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愛しい野獣には冒険をさせよ 前編
2015 / 04 / 03 ( Fri )
「ねぇねぇ、あんたが声掛けなよ!」
「え~っ、やだぁ、あんたこそやってよぉ」
「だってぇ~、なんか近寄りがたいオーラが出てるんだもん」
「バカね、そんなことじゃこんなチャンスは二度と来ないわよ!」
「えぇ~、でもぉ~~」


雑踏の中から聞こえてくる耳障りな黄色い声、声、声。
途切れることのない纏わり付くうっとおしい視線の数、数、数。

いい加減我慢も限界を超えそうだ。

一体なんだってこんなことしなきゃならない。
この俺が。 この俺様が。


「あ、あのぉ~・・・」
「・・・」

「あ、あのっ・・・!」
「・・・」

「・・・あのっ! もしよかったら私たちとご一緒しませんかっ・・・?」
「・・・」


声を掛けども掛けどもウンともスンとも反応は返ってこない。
これを俗に言うガン無視と言うのだろうか。
そもそも話しかけられたことすら気付いているのか。
チラリと横目で確認することすらしようとはせず、ただ真っ直ぐに前を見つめたまま。
友人に後押しされる形で勇気を振り絞って声を掛けた女だったが、恥ずかしいやら惨めやらで今にも泣き出しそうになっている。当然の如く男はそんなことに見向きもしない。

「・・・あ」

俯いて今にも零れ落ちそうな涙と格闘していた女の耳に、目の前の男の口から微かな声が聞こえた。思わず期待に胸を膨らませて顔を上げれば、相変わらず男はこちらなど見てはいない。
だがとある一点に神経を集中させているのがわかる。
さっきのがガン無視なら今度はガン見だ。

何があるのだろうかとその視線の先を辿ってみれば、人垣の向こうから息を切らしながら全速力で走ってくる女の姿が見えた。
ひたすら仏頂面だった男の顔がその姿を捉えるなりみるみる緩んでいくのがわかる。仏頂面でも極上のイケメンだったが、微笑んだ顔はその比ではない。
だが女が目の前までやってくると、まるで隠すようにその表情をさっと引っ込めてしまった。


「はぁはぁはぁ・・・ごめんっ! 寝坊しちゃった」
「・・・っまえ、おっせぇぞ! この俺をどんだけ待たせりゃ気がすむんだよ!」

開口一番の怒鳴り声に周囲にいた人間がびびるが、言われた本人だけは負けていない。

「だっ、だからごめんって言ったじゃん!」
「1時間だぞ! 1時間も待たせるなんざどういうつもりだっ?!」
「い、1時間?! ・・・って、あたしが遅れたの3分なんですけど・・・」
「うっ、うるせぇよ!とにかくお前が待たせたんだからな! この落とし前はきっちりつけてもらうぞ」
「落とし前って・・・遅れたあたしも悪いけど早く来すぎるのだって自己責任でしょ・・・。それに、今日はあたしのしたいようにしていいって約束だったでしょ?!」
「・・・・・・チッ」
「あーーーっ、舌打ちしたね? じゃあノルマ一個増やすからね!」
「んだとっ?! おまっ、ふざけんな!」
「だって舌打ちしないでねって言ってたじゃん! ・・・よし、じゃああたしの遅刻は今の舌打ちでチャラね。これでお互いイーブンってことで。ここから先舌打ちしたらアウトだらかね?」
「チ・・・・・・」

思わず出かかった音に我に返った男が何事もなかったかのように流し目で明後日の方向を見た。

「・・・今舌打ちしなかった? もしくはしようとしてなかった?」
「ねぇよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

じーーーーっと女に見られている男はどうにもこうにもバツが悪そうにしているが、女はしばらくするとニコッと笑って頷いた。

「ま、いっか。今日はすっごい楽しみにしてたから大目に見てあげる。とにかく楽しもう?」
「・・・あぁ」
「ふふ、じゃあ行こっか」
「・・・あぁ」

そう言って女が歩き始めると、後ろからついて歩き出した男が実にすんなりと女の手に自分の手を絡めた。その瞬間驚いたように顔を上げた女がみるみる恥ずかしそうに赤くなっていく。手を離そうとしているのだろうか、ブンブンと動かす素振りも見えるが、指に絡められた手は全く離れる気配がない。
やがて諦めたのか苦笑いしながらも楽しそうに何かを話すと、男も今日初めて心からの笑顔を見せた。
その場にいた誰もが思わず見とれてしまうほどの甘い笑顔を。



「かっこいい・・・・・・!」
「何あれ何あれ~~!! あの人彼女・・・だよね? どう見ても」
「あの人の素振りじゃ間違いないだろうね」
「ガガーーーーーン! ショックぅ~~・・・」
「っていうかあれだけのイケメンでいない方が奇跡でしょ」
「でも彼女は割と普通の感じだったね」
「うん。・・・でもあの人の顔見た? うちらが声掛けても1ミリだって反応してくれなかったのに、あの女の人見た途端あの表情だよ? もう好き好きオーラが出まくってるじゃん。入り込む隙間なんてナシって見せつけられた感じ」
「イケメンなのに一途ってズルすぎ~~~っ!!」


「「「「 あぁ~~~っ、あの女の人が羨ましい~~っ!!! 」」」」







「くしゅっ!」
「どうした、風邪か?」
「え? ううん、違う違う。誰かあたしの噂でもしてるんじゃないかな、あははっ」

大口を開けて笑う女の手をさらにギュッと握りしめると、予想通りほんのりと頬が赤みを帯びていく。
ったく。 散々やることもやってるってのに何を今さら。
・・・まぁいつまでたってもこういう奴だからこいつらしくもあるんだが。

「風邪気味ならうちの邸に来てゆっくり過ごすか? 無理はすんな」
「ダーメ! そう言って予定を変えようとしても無駄だよっ」
「ち・・・」
「ん? 何か言おうとした?」
「・・・・・・」

舌打ちの形で唇が固まった俺をなめるように凝視してやがる。
くそっ、そんな可愛い顔でじっと見るんじゃねぇよ。
このままマジで邸まで連れて帰るぞ!

「ふふっ、なんか逆らえない道明寺って可愛いね。すっごい貴重な経験かも。あ~、今日一日ほんとに楽しみだなぁ~!」
「・・・・・・」

ブンブン手を振りながら今にもスキップしそうになっている牧野は本当に嬉しそうだ。
そんな顔を見てたらこっちまで思わずつられ笑いしそうになるが、この後の展開を考えるとそう笑ってばかりもいられない。

何故なら・・・

「あ、着いた着いた。じゃあ切符買おっか」
「・・・」

辿り着いた場所を見て思わずデカイ溜め息が出た。


事の始まりは一週間前 _____






「・・・びっくりした。どうしたの? こんな時間にっ・・・!」

驚いた顔でこっちを見上げる牧野を問答無用で抱きしめた。
当然のようにあいつは驚きで固まってるが、抵抗する気配は全くない。

時刻は夜中の11時過ぎ。
パジャマ姿で寝る気満々の牧野と未だスーツ姿の俺は対照的だ。
そんなアンバランスさなどどうだっていい。 
今はこいつとこうしていたい。 ただそれだけ。

「ね、ねぇ、ほんとどうしたの? 疲れてるんでしょ? 邸に帰って早く休・・・」
「悪かった」
「・・・え?」

突然謝罪の言葉を口にした俺にようやく牧野がごそごそと動き出すと、驚いた顔で俺を見上げた。

・・・その格好でその顔はやめろ。
目的が変わっちまうだろうが。

「・・・突然どうしたの?」
「突然じゃねぇだろ」
「・・・もしかしてそれを言うためにわざわざ?」
「わざわざじゃねぇだろ」
「・・・!」

驚きに目を丸くすると、しばらくしてその表情がほんのりと和らいでいく。
そうして最後には本当に嬉しそうな顔になって笑った。

「そっか、そのために・・・。ありがと。・・・へへ、嬉しい」

はにかんだように照れ笑いする牧野は殺人級に可愛い。
普段は気が強いくせして、たまに見せるこうした健気さやいじらしさが俺の心を捉えて離さない。
このまま一気にベッドの上に押し倒してしまいたいところだがまずはその前に。

「来週休みが取れそうなんだ」
「え、そうなの?」
「あぁ。だからどこでも好きな所に連れて行ってやる」
「・・・でもせっかくのお休みなんだし、たまには家でゆっくり休みなよ」

そう言って見せた顔は作り笑いだ。
本心じゃない。
だが牧野がそう言いたくなるのも当然のことだ。


本当は今日仕事の後に会う予定だった。
だが俺の仕事が予想以上に忙しくなってしまい、結局ドタキャンせざるを得なくなってしまった。
牧野に連絡をしたときこいつは笑ってた。まるでどこか予想していたかのように。
それもそのはずだ。これで3回連続なのだから。

俺がどういう立場の人間なのかよくわかっているし、こいつがそんなことで文句を言う奴だとも思っていない。だが、こうも毎回聞き分けよくすんなりと俺の都合を受け入れてしまうことに、俺は何とも言えない寂しさを感じていた。
勝手な言い分だとはわかってる。
仕事を放り出せと言われたらそれはまたそれで困るくせに、どこかでそんな我儘を言って欲しいと思っている自分がいる。こいつがそんなことを言おうものなら、俺は本当に仕事を投げ出してしまうかもしれない。

だからこそこいつは死んでも言わないのだ。
俺がこいつのためなら何でもやってしまう男だとわかっているからこそ、こいつはいつも自分の感情を押し殺してしまう。

___ 俺のために。


「お前のやりたいこと何でも聞いてやるよ」
「えっ?」
「今度のデート、お前の希望を何でも聞いてやる。俺にできないことはねぇんだから何でも希望を言え。何もないって言うなら俺がやりたいことをやるからな」
「えっ!」

ニヤリと笑って見せると何を想像したのか、牧野の顔がゾッとしたように青くなる。
あぁそうだよ。俺のやりたいことなんて一つしかねぇだろ?
朝から夜まで・・・いや、朝になっても離さねぇぞ。
それが嫌なら早くお前の希望を言いやがれ。
こうでもしなきゃお前は我儘なんて言いっこねぇんだからな。
っつってもこいつのことだ。どうせ大したことない希望しか言わないんだろうけどな。


「庶民デートしたい」


・・・は?

一瞬言われた言葉がわからない俺を牧野はキラキラした瞳で見上げる。
だからその顔やめろっつってんだろ!
・・・つーか今何て言った?

「庶民デートしたいっ!!」

ガシッと俺の両手を掴んで満面の笑みで牧野がもう一度言った。
庶民デート・・・?
その言葉に昔の苦い思い出が一瞬にして蘇ってくる。
あの時俺たちは・・・

「ねぇ、いいでしょ? 道明寺と庶民デートがしたい!」
「・・・」

庶民デートなんて冗談じゃねぇ。
副社長ともあろう人間が庶民デート? んなばかな。
そう言ってやりたいのに。

「・・・わかったよ。男に二言はねぇ。つーかお前が望むならどんな贅沢だってさせてやるってのに」
「やだ。そんなこと望んでないもん。あたしは庶民デートがいいの」

贅沢させてやるっつってるのに速攻で拒絶するのはお前くらいのもんだろうよ。
しかもそんな嬉しそうな顔しやがって。

「・・・ったく。お前はほんっと変な女だよな」
「えー? あたしからすれば道明寺の方がはるかに変でしょ」
「んだと?」
「あぁ、今度のデートすっごい楽しみ! ねっ?」
「うっ・・・!」

キランキランの顔で上目遣い。ちょっと首を傾けて・・・笑顔満開。
しかもパジャマ姿ときたもんだ。

・・・やっぱりこの女タチが悪ぃっ!!!

「わかったわかった。お前の言うことなんでも聞いてやる。だからまずは、な」
「え?」

ガシッとこいつの肩を掴むとそのまま部屋の奥へとズンズン足を進めていく。

「えっ? な、何っ?」
「何って・・・野暮なこと聞いてんじゃねーよ」
「えぇっ、嘘っ!! だってこんな時間・・・明日も仕事だよっ?!」
「んなん関係ねーよ。俺は不死身だ」
「あんたはよくてもあたしはよくないのっ! あたしは生身の人間なんだからっ!!」

叫んだ体がドサッとベッドに沈み込む。目を見開いているがそんな顔すりゃするほど俺に火がつくってことお前はいい加減学習しろよ。

「心配すんな。手加減してやる」
「ちょっ、待っ・・・んんっ・・・!」


尚も何か言いたそうな口を塞ぐと、そのまま俺たちは快楽の淵へと落ちていった。



極上に幸せな時間も束の間、一週間後に自分の言った言葉を激しく後悔するはめになるとは、この時の俺はまだ気付いてもいなかった。





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このお話はキリ番10万を踏んだaoi様からのリクエスト作品となります。
リクエストは 『 庶民デート 』 でした♪
しばし楽しい(?)2人のデートをお楽しみくださいませ(*´∀`*)
色々と手違いがあり遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。
10万どころかもう20万目前ですよね・・・(=_=) いや、本当に面目ないm(__)m
ちなみに20万のキリ番を狙ってる方がもしいらっしゃいましたら、もしかしたら今日中に迎えるやもしれません。その場合は夜だと見込んでます。(日付が変わる前後あたり・・・?←あくまで予想なので一切保証なし)
質問したいという方も是非お早めに!(o^^o)
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コメント
--ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--

ふふっ、ほんとお前は一体何しに来たんだ?って話ですよね(笑)
でも野獣が獲物を前に我慢できるわけがありませんから~( ´艸`)

そして野獣のくせに待ち合わせにはめっちゃ早く来るというね(笑)
もちろんつくし限定ですけど~。
by: みやとも * 2015/04/03 11:32 * URL [ 編集 ] | page top
--管理人のみ閲覧できます--

このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2015/04/03 19:43 * [ 編集 ] | page top
--ke※※ki様--

坊ちゃんが待つのは後にも先にもつくしただ一人です。
しっかし1時間早く来て怒鳴られてもねぇ・・・(笑)
逆ナンした子達もぶっ飛ばされなかっただけラッキーですよ、ほんと。
しっかし声をかけるなんて命知らずな人間がよくいたもんだ(笑)
by: みやとも * 2015/04/04 07:43 * URL [ 編集 ] | page top
--ブラ※※様<拍手コメントお礼>--

ほんとですよね~。
依頼主さんはベタですみません!なんて仰ってたんですが、
そのベタこそ見たかった!みたいな。
意外と盲点で私は全然思い浮かばなかったネタです。
そしてつくし限定で早くから待つのもテッパンで(笑)
by: みやとも * 2015/04/04 17:08 * URL [ 編集 ] | page top
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