愛が聞こえる 26
2015 / 04 / 22 ( Wed ) 「・・・ハル?」
西日の差し込んだ部屋に遥人はいつものように1人でいた。 だがつくしの声かけにも気付かない。 本を手にしてはいるがただ握られただけの状態で、その目は窓の外のどこか遠くへと向けられていた。 今日ここに来るまであれだけ悩んでドキドキしていたというのに、何故かその横顔を見ただけで胸がギュッと締め付けられてしまう。 うだうだ悩んでいたことが嘘のように。 「・・・ハル!」 「えっ・・・?」 もう一度はっきりとした声で名前を呼ぶと、ハッと我に返ったようにこちらを振り返った。 「あ・・・なんだ。つくしかよ」 「ちょっと、なんだとは何よ、なんだとは」 「別に~」 さっきまでどこか物思いに耽っていた表情から一転、いつもの憎まれ口が出る。 そのことにつくしは無意識にホッと胸を撫で下ろしていた。 いつも以上に大人びた横顔がまるで別人のように見えた。 ___ 自分の知らない、自分を知らない誰かのように。 「ここに来たってことはちゃんと答える気になったんだろ?」 「・・・えっ?」 今度はつくしが顔を上げる番だ。 目の前にいるのはすっかりいつもの調子を取り戻した少年。 それでもその目は真剣だ。 一回り以上歳が離れているというのに、別に彼の要求に従わなければならない理由などどこにもないというのに、何故だか全く逆らえる気がしない。 もう笑えてしまうほどに。 「・・・ハルの満足いく答えを出せる自信はないけど」 「つくしが嘘をつかなければいいだけだろ」 苦笑いしながら答えたつくしに遥人は即答する。 嘘・・・ 何が嘘で何が嘘じゃないのか。 それは自分ですらわからない。 10歳の少年に心の全てを暴かれてしまいそうで怖い。 ・・・それでも、彼と向き合うためには目を逸らしては駄目。 「でも1つだけお願いがある」 「・・・何?」 「話してるうちにもしかしたら・・・発作が起きるかもしれない」 その言葉に遥人の手がピクッと動いた。 この少年は既に2度、つくしが発作で苦しむ姿を目の当たりにしている。 その言葉の意味は嫌と言うほどわかっているだろう。 「ハルの聞きたいことにちゃんと答えたいとは思ってる。それでも、発作が起こりそうだと思ったらそれ以上は答えられない。・・・それでもいい?」 「・・・・・・」 正直、つくし自身今の自分がどういう状況で発作を起こすのかがわかっていない。 これまでなら2つの主な原因が考えられた。遥人が事故に遭いそうになった時のことを思い出してもその1つは変わっていないことに違いはないだろう。 問題はもう1つだ。 彼・・・道明寺に関することがどこまでセーフでどこからアウトなのか、自分でわからない。 少し前なら全てがアウトだった。 それなのに、彼に再会してから何かが変わり始めている。 それが良い方向に変わっているのか、それとも逆なのか、それすらもわからない。 ・・・だから怖い。 真っ暗闇を手探りで進んでいくようで。 「・・・わかった。その時は無理強いはしない」 しばらく黙っていた遥人の出した答えにつくしはほっと安堵する。 やっぱりこの子は根は優しい。 だからこそ、不用意に傷つけたりはできない。 ・・・放ってなどおけない。 つくしは笑って見せると、遥人に一番近いところにある椅子に腰掛けた。 彼はつくしのその一挙手一投足をただじっと見つめている。 「・・・それで? 何が聞きたいの?」 冷静に言ってはみたけれど、心臓は今にも止まるんじゃないかと思うほどに速い。 自分でもどうなってしまうのかわからない恐怖心なのか、それとも・・・ 「道明寺司ってつくしの何なの」 だがそんなつくしの心の内を知ってか知らずか、遥人は直球で核心をついてきた。 彼の口から出てきた名前にドクンッと一際大きな鼓動が響く。 ・・・それでも、今のところ発作が出る気配はない。 つくしは念のため1度大きく深呼吸をした。 「・・・何でもないよ」 「嘘つくなよ」 「嘘じゃない。言うとするなら昔の知り合い。ただそれだけ」 そこに偽りはない。 それでも、遥人が納得していないのは明らかだ。 「じゃあ質問を変える。あのおっさんはつくしの何だったの」 相変わらず回転が速い。とてもじゃないが10歳だとは思えないくらいに。 間髪入れずに続けられた質問に言葉に詰まるが、こんな質問は最初から予想していたことだ。 「・・・昔好きだった人」 「それだけ?」 「・・・あいつも、あたしのことが好きだったことがある。自分で言うなって感じだけど」 ハハッと笑うしかないつくしを見ても遥人の表情は変わらない。 まるでつくしの表情の変化をじっと観察しているかのように視線を逸らそうとはしない。 「でも全ては過去の話だよ。今は本当に何でもないってことに嘘は何一つない」 「・・・・・・じゃあなんであいつはつくしに会いに来るの」 「それは・・・」 それを自分の口から言うのは何か違う。 はっきりと本人の口から聞いたわけではないのだから。・・・いや、聞こうとはしないのだから。 「つくしのことが好きだからじゃないのかよ」 ドクンッ・・・! 体が揺れたかと思うくらいに大きく動いた心臓に思わず胸を押さえる。 ・・・・・・大丈夫。 大丈夫。 発作は起こらない。 落ち着いて。 言い聞かせるように何度も深呼吸をすると、次第に落ち着いていくのがわかる。 少し前までは考えられなかったことだ。 これも全てはハルのおかげ。 「それは・・・あたしにはわからない」 「聞けばいいだけだろ。会いに来てるんだから」 「それは、そうかもしれない・・・でも・・・」 尻すぼみに声が小さくなっていくと、そのままつくしは俯いてしまった。 まるで年齢が逆転したかのような光景がそこにはある。 「・・・つくしはあいつが来ることに迷惑してんのか?」 「えっ・・・?」 投げられた変化球に思わず顔が上がる。 迷惑・・・? 「なんだよ、嫌だから避けてるんじゃないのかよ」 「それは・・・」 迷惑・・・? 嫌・・・? そんなことは考えたこともなかった。 ただ、もう会うことはできないって、それだけで・・・ 「即答できないってことは今でも好きってことなんじゃないのかよ」 「それは・・・」 『 違う 』 その一言が何故すぐに言えないのか。 肯定も否定もできない自分の心の中を全て少年が見透かしているようで。 「前にも言っただろ? うちの親ってそれなりの権力者だって。つくしが本気で嫌がってるって言うんなら俺が・・・」 「やめてっ!!」 今日一番の大きな声に驚いているのは他でもないつくし自身だ。 対照的に遥人は顔色一つ変えていない。 まるでこうなることを予想していたかのように。 「・・・なんで会わないんだよ」 「そ、それは・・・」 「本当に会いたくないんならはっきりそう言えばいいだろ。逃げてたってあいつは来るんだから」 「・・・・・・」 正論過ぎて何一つ反論できない。 そう。 たった一言でもいいからはっきりと本人に言えばいいのだ。 もう二度と会いに来ないで欲しいと。 苦しむ自分を目の当たりにした今の彼なら、きっと昔の様な強引な行動には出ないに違いない。 それは再会してから今日までの日々が如実に語ってくれていることだった。 それなのに・・・ 「本音では会いたいって思ってるんだろ?」 「・・・っ」 どうしてこの子はこうも人の心が読めてしまうのだろう。 自分の心の内は決して見せようとはしないのに。 どんな鎧をまとったとしても、全て剥ぎ取られてしまったかのように全てを見透かしてしまう。 「本当は会いたい。 でも会えない。・・・そういうことだろ?」 「・・・・・・」 「そして何か会えない理由がある」 ドクンッ・・・! 「その理由は一体・・・」 ドクンッドクンッドクンッドクンッ 「・・・つくし?」 「・・・・・・ハッ・・・」 「つくしっ?!」 みるみる顔色が悪くなっていくつくしに今日初めて遥人が動揺を見せた。 慌てて立ち上がるとすぐにつくしの肩に手を掛けて揺らし続ける。 「おいっ! 大きく息吸って!! ゆっくり! もっと、ゆっくりっ!!」 「ハッ・・・ハッ・・・う、んっ・・・ハッ」 遥人の声がこれでもかとうるさいほどに頭の中に響いてくる。 その雑音とも言えるほどの声があるおかげで発作ががなんとか踏みとどまっている。 霞んでいく意識の中でつくしは必死で遥人の声を認識していく。 「息吸って、吐いて! もう1回!」 「ふぅっ・・・はぁ~~っ・・・」 自分は一体何歳なんだ? なんてことはこの際どうだっていい。 この発作から救ってくれる手があるのなら、どんな手だって掴みたい。 いつからからはわからないけれど、確実にそう思えている自分がいた。 「・・・落ち着いた? もう大丈夫か?」 「・・・・・・はぁっ・・・、うん・・・もう大丈夫。 ・・・またごめんね? 迷惑掛けちゃって」 数分して呼吸が落ち着いてきたつくしの顔色もようやく戻ってきた。 「迷惑だとは思ってない」 「・・・ふふ、ありがとう」 「・・・それに、原因は俺だろ?」 「えっ?」 「理由が何かは知らないけど、きっかけを与えたのは俺だから」 「そんな、ハルのせいじゃないよ」 「俺だよ」 「違うって」 「違わない」 終わりのない子どものような応酬に思わずつくしが吹き出した。 「・・・ぷっ! どこまで続けるつもりよ」 「つくしがうんって認めるまでだろ」 「あははっ! それじゃあ何も言えなくなっちゃうじゃない。・・・とにかく! ハルのせいじゃないから。原因は私の中にあるの。だからハルが気にする必要はない」 「・・・」 浮かない顔のハルにつくしがフッと目を細める。 「全く・・・。 そんなに気にするくらいなら何で聞こうとするのよ」 「それは・・・」 「・・・なんて、わかってるよ。あたしを助けたいって思ってくれたんでしょ?」 バッと顔を上げたかと思えば、面白くなさそうにプイッとそっぽを向いてしまった。 口を尖らせたその姿が等身大のハルに見えて自然と口元が緩んでいく。 「ほんとにありがとね。あたしもこのままじゃいけないってわかってるんだ」 「・・・・・・」 「逃げてるだけじゃだめだってことも、わかってる」 「・・・え?」 その言葉に遥人が再びつくしを見た。 「あいつが・・・道明寺があたしの居場所を知ってしまった以上、ずっと避け続けることなんて不可能だって事はあたしが一番よくわかってる。 それに・・・今のままじゃ自分が一生このままだってことも」 「じゃあ・・・」 「うん、そうだね。・・・いつかはちゃんと向き合わなきゃいけないって思ってる」 「つくし・・・」 前向きな発言が予想外だったのか遥人は驚いている。 自分でそう仕向けようとしてたくせに、いざ本当にそうなりそうだとこうして驚くなんて。 そのアンバランスさがやっぱりまだ彼が子どもなのだということを教えてくれる。 「でもね、もう少しだけ時間が欲しいの。ハルから見たらなんで?! ってイライラするかもしれない。そう思うんだったらさっさと行動に移せばいいって思うのも当然だと思う。・・・それでも、あたしにとってはこれだけでも充分前進してるの。もう二度と・・・あいつには会うつもりはなかったんだから」 「・・・・・・」 そこまで言うとつくしはニコッと笑った。 「だから約束する。いつかちゃんとあいつと会って話をするって。それでどうなるかは・・・自分でもわからない。それでも、自分が前に進むためには必要なことだって今なら思えるから。・・・だから待っててくれるかな?」 「・・・俺は・・・別に・・・」 「ハル、本当にありがとう。こうしてあいつの話をしても発作が出ないだなんてこと、少し前の自分なら想像もつかなかった。それに、発作が起こっても少しずつ自分がコントロールできつつあるの。それもこれも全部ハルがあたしのために調べてくれたおかげだよ」 「それはっ・・・!」 「ん?」 何かを言いかけた遥人につくしが笑いながら首を傾げる。 「・・・いや、何でもない」 「・・・? とにかく、ハルのおかげで前向きになれてることは事実なの。だから感謝してる。どうもありがとう」 「・・・・・・」 目の前で頭を下げたつくしを遥人はただ黙って見ている。 「あ。 そろそろバスの時間じゃない?」 「え? あ・・・」 時計は遥人がここを出るタイムリミットを示していた。 「じゃあ帰ろっか。バス停まで送っていくよ」 「いいよ別に。子どもじゃあるまいし」 「あははっ! 充分子どもでしょうが!」 「てっ! 何すんだよ!」 ツンと頭を小突かれた遥人がプリプリ怒る姿もまた愛おしい。 こうして色んな表情をもっともっと見せて欲しいと心から思う。 *** 「じゃあまた今度ね」 「・・・あぁ」 結局バス停まで見送りに来ると、相変わらず無愛想なまま遥人はバスに乗り込んだ。 だがステップに一歩足を掛けたところで振り返ってつくしを見る。 「・・・どうしたの?」 「・・・・・・もう1つだけ聞いてもいいか」 「えっ? ・・・何を?」 「・・・俺とあいつって似てるのか?」 「えっ」 思わず驚いてしまったが、よく考えれば一番はじめに聞かれたことはこれだった。 遥人がどういう意図で聞いているのかはわからない。 けれど・・・ 「・・・・・・似てるよ」 「え?」 「あいつと重なって見えることがあるのは本当。でもそれと同時に全く違うなとも思ってる。ハルがどういうつもりで聞いてるかはわからないけど、あいつはあいつ、ハルはハルだよ」 「・・・・・・」 ふわりと微笑んだ顔には何一つごまかしは感じられなかった。 「・・・わかった。じゃあな」 「え? あ、うん。気をつけて帰るんだよ!」 「だから子どもじゃねぇっつの」 お決まりのセリフを言って奥へと入ってしまった遥人につくしがあははと笑う。 いつものように手を振るつくしを一瞥した後フイッと別の方向を見ると、バスはそのままつくしを残して立ち去っていった。 「・・・・・・そんなに急いで大人にならないでいいんだよ。 ハル・・・」 見えなくなっていくバスに向かってつくしがポツリと呟いた。 それと同じ頃、バスの中では遥人が2時間前に起きたことを1人思い返していた。
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発作はかなりコントロールできるようになってきたようで良かった。 遥人は思わず調べたのは自分じゃなく、司だと言いそうになってたけど・・・。 この少年、何者? 子供の考えとは思えないほど、つくしと司を見てる・・・。 そしてそして、つくしが抱えてることは何? 全然思いつかない・・・。
by: みわちゃん * 2015/04/22 00:26 * URL [ 編集 ] | page top
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この2年ほとんどと言っていいほど発作をコントロールできなかったのに、 何かが少しずつ変わってきている。 つくしを変えているのはハル?それとも・・・? そして一番気になるつくしの抱える闇の部分。 ここが最大のクライマックスになるのかな~と思ってます。 あっ、大した展開じゃないんですけどね!(^_^;) --マ※ナ様<拍手コメントお礼>--
なんだかちょっぴりお久しぶりのような? 勘違いだったらごめんなさい(^◇^;) いつもいつもお気遣い有難うございます~! おかげさまで子どもは元気になりました。 でも今朝は幼稚園行くのに案の定ギャン泣きでしたけどね・・・(^_^;) そして今度は私の体調が何やら怪しい雲行きです・・・トホホ --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
あはは、ハルの存在が気になってるようですね~。 色々想像されてるようですが、そんな深い設定は全くないんですよ( ̄∇ ̄)マイッタナー 猫ちゃんはいい加減ネタ探しも限界に近づいて参りました(笑) --k※※hi様--
はい。つくしにとってはかなりの前進です。 まず司 = 即発作 とならないだけでも大きな変化なんですね~。 鉢合わせする日もそう遠くない・・・? 遥人はミニ司みたいなものですからね。結構闇を抱えた少年です。 --ke※※ki様--
なんだか暖かくなったり寒くなったり。体調を崩す原因はこれかな~なんて。 あとはやっぱり環境の変化でしょうねぇ。 今日は登園させたんですが、案の定ギャン泣きで(^_^;) やっぱり泣かれると辛いですねぇ。 かくいう私も体調がいまいちで、ちょっと注意しなきゃなぁと思ってます。 花男ミュージカル化らしいですね~。 でも真央潤ドラマが大ヒットしちゃってますからねぇ。 どんなキャストを持ってこようとかなりハードルは高いかと。 ドラマのメンバーがやってくれるなら高価格でも喜んで見るのにな~(笑) --さと※※ん様--
あはは、「はるつく」。 完全に我が家限定の言葉ですねぇ(笑) ハル、実写化したらどんな顔してるんでしょうねぇ。 いや~、そんじょそこらの子役じゃダメよ、ダメダメ!(古ぅっ!!) つくしが司に会えない理由は何でしょうねぇ? 一体あと何話くらいで発覚するのやら。 というかこのお話一体何話になるんだろう? 全体的な流れはなんとなく頭の中にできてるんですけど、いざ書いてみないとわからない(笑) 「あなたの~」より長くなったりして( ̄∇ ̄) そうそう、ハルの魅力は普段大人びてるくせにたまに見せる子供っぽさなんですよね~。 母性本能をくすぐるくすぐる。 要注意でっせ!姉御!! |
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