幸せの果実 21
2015 / 05 / 08 ( Fri ) 「 もしもし、司? 」
『 あぁ。 どうだ、どこもおかしいところはねぇか? 』 「 あははっ、昨日の今日でそんなに変わったりしないよ。相変わらず眠気があってちょっと食欲がないくらい。全然大丈夫だよ 」 『 お前が食欲がないだなんて尋常じゃねぇだろ 』 「 あはは! それは確かにそうかも。でも大丈夫だよ。いつもに比べればってことだから。まだまだあたしのつわりは軽い方なんだから心配しないで。 ね? 」 『 ・・・あぁ。 悪かったな。こんなときに出張なんか入って 』 「 ぜーんぜん! 司は社長なんだから。いちいちそんなこと気にしちゃだめだよ。あたしには心強い人がたくさんついてるんだから何の問題もなし! 」 『 ・・・それはそれで気に食わねぇな 』 「 えっ? あははっ、ヤキモチ焼かないでよね~! もうほんとに 」 『 フッ・・・あ、そろそろ行かねぇと。じゃあくれぐれも無理はするんじゃねぇぞ? 』 「 大丈夫! また検診が終わったらメール入れておくから。司も体に気をつけて頑張ってね 」 『 あぁ。仕事が終わったらすぐ帰るから、待ってろよ 』 「 うん、待ってる。 じゃあまたね! 」 通話を終了させるとふぅーっと息をついて背もたれに寄り掛かった。 「司様ですか?」 「あ、そうです」 「相変わらず仲が宜しいですね」 「いえいえ、そんな」 タハハと照れ笑いするつくしにバックミラー越しに斎藤が目を細める。 「2泊3日とはいえ司様はお寂しいことでしょうね」 「え? あははは・・・それは、否定できないかもしれません」 ニコニコ笑顔の斎藤につくしは苦笑いだ。 司は昨日からシンガポールへと飛んでいる。 社長ともある人間だ。ある日突然海外に飛ばなければならないなんてことはザラにある。 だが今回ほど行くのを渋ったことはなかっただろう。秘書とはいえ身重のつくしを連れて行くなど論外、となれば自ずと離ればなれにならなければならない。 最後の最後まで行かずに済む方法はないかと根回ししていたが、結局その願いは叶わず、つくしの説得と半ば西田に引き摺られる形で昨夜発ったのだった。 「・・・ふふっ」 「どうされましたか?」 「あ、いえ。なんでもありません」 思い出し笑いの止まらないつくしに不思議そうにしながらも、つられるようにして斎藤も笑っている。妊娠が判明してからというもの、こうして笑顔に溢れた生活を送れていることは本当に幸せだと実感する。 多少体調が悪くたって、食欲がなくたって平気。 この体の中で懸命に成長している命があると思えば、どんなことでも愛おしい。 「お子さんの成長が楽しみですね」 「ほんとですね。夕べはドキドキして眠れませんでした」 「えぇえぇ、そうでしょう。きっと司様もそうだったと思いますよ」 「あはは、一緒に行けたら良かったんですけどね。それはまた今度ってことで」 土曜日の今日は2週間ぶりの検診だ。 それもあって司は最後まで日本を離れるのを渋っていたのだが・・・まだまだ先は長い。 検診の度に社長が仕事を休んでいては部下に示しがつかないよとつくしに諭され、渋々重い腰をあげて今に至る。 まさかあの司がここまで積極的に関わろうとしてくれるとは、正直ちょっと予想外でもあった。 とはいえ照れくささが残りつつも、やっぱり嬉しいのが本音なのだけれど。 「うん、順調に大きくなってますね」 「本当ですか?!」 「えぇ。 ほら、見えますか? ここが頭と手と足ですよ」 「えっ? ・・・・・・あぁっ、本当だっ!!」 モニターをよーく見てみると、確かに言われたとおりの形が見えてくる。 と、見た瞬間ぴょこぴょこと手足が動いた。 まるで 「おかあさーん!」 と手を振っているかのように。 「あっ、動いてる!」 「元気がいいですね」 「すごい・・・たった2週間でこんなに違うものなんですか?」 「そうですよ。これから見る度に赤ちゃんは大きくなっていきますよ。だって考えてみて下さい。豆粒より小さかったものが生まれるときにはこんなに大きくなってるんですから」 女医のジェスチャーにあらためて体の神秘を思う。 「すごい・・・すごいですね。本当に・・・」 感動のあまり言葉すら出てこない。 司を説得して仕事に送り出しておきながら、やっぱりこの場に彼がいてくれたらどんなにいいだろう・・・なんて、ついつい勝手な想いが巡ってきてしまうほどに。 「つわりはどうですか?」 「あ・・・はい。最近ちょっと辛いなぁと思うこともあります。気分が悪かったり、眠れなかったり」 「食欲はありますか?」 「・・・正直あまり。人生で初めてです。食欲がない生活を送るだなんて」 「えっ? あははは! つくしさんは面白い方ですね」 「いえ、それくらい私にとっては一大事なんです。私は断然! 花より団子派ですから」 「ふふふ、あの司さんの奥様と聞いて一体どんな方かと思ってましたけど・・・とってもチャーミングな方でなんだか嬉しいです。まだ司さんが幼い頃に何度かお見かけしたことがありましたけど・・・この前お会いしたときに随分雰囲気が変わられていて驚いたんですよ。 あなたを見ているとその理由がよくわかります」 「えっ? いえいえ、そんな・・・」 照れくさそうにはにかむつくしに女医もニコニコ笑っている。 「きついときには無理して食べる必要はありませんよ。多少食べられなくても大丈夫。赤ちゃんは思ってる以上に逞しいんです。ちゃんと大きく成長していってくれますよ。つわりが落ち着くまでは食べられる物を中心にゆっくり栄養をとっていけばそれで大丈夫ですから」 「そうなんですか?」 「そうですよ。食べられないことよりも、母体にストレスがかかる方が悪影響ですからね。あまり構えすぎずにリラックスして過ごすのが一番ですよ」 「・・・はい」 女医の言葉につくしの体からすぅっと力が抜けていく。 本音を言えば、このところ不安になることも少なくなかった。 日に日に食欲がなくなっていき、それどころか見るだけでも気分が悪くなることもあった。 とはいえお腹の子のことを考えれば栄養はしっかり取らなければと、半ば無理をして食べている部分も多かった。その後人知れず戻して落ち込む・・・なんてこともあったりしたのだが、心配をかけたくなくて誰にも言えずにいた。 司に話した方がいいだろうと思いつつ、過剰に心配されるのが怖くて言えなかった。 毎日忙しい中でも体調を気にかけてくれて、たくさんの愛情を注いでくれて。 それだけでも充分安心と幸せをもらっていたから。 「妊娠中はちょっとしたことで不安になりますよね。でもそれは誰もが通る道ですよ。ちっとも弱くなんかないんです。何の不安もない妊娠性活を送る人なんてまずいないですから。赤ちゃんのこと、自分の体のこと、誰もが何かしら悩みや不安を抱えながらやがて出産を迎えるんです。もしご主人に言いづらいと思うことがあれば、私たち医師がちゃんと受け止めますから。不安なことは一緒に考えて解消していきましょうね、お母さん」 「先生・・・」 まるでつくしの心の中を覗き込んだのだろうかと思える程の的確なアドバイスに、つくしの胸がグッと締め付けられる。 誰もが通る道。 不安になるのは弱いからじゃない。 その言葉がストンと落ちてきて、心がふわっと軽くなったような気がした。 「・・・はい! ありがとうございます」 ほんの少し目を潤ませながら力強く頷いたつくしに、女医も微笑んで頷き返した。 ・・・なんだか早く司に会いたい。 早く会って、いっぱい話を聞いて欲しい。 そしていっぱい抱きしめて欲しい。 そんな想いが溢れそうになったつくしはお腹にそっと手を当てると、ほんの少しだけふっくらしたのを感じられる自分の体がますます愛おしく思えた。 *** 「あ、お帰りなさいませ!」 「お待たせしました」 病院のエントランスではいつものように斎藤がつくしの帰りを待っていた。 結果を聞きたい素振りを決して表には出さず、ごく自然体で接してくれることがどれだけ有難いことか。彼を筆頭に、お邸の人達は皆気遣いの人ばかりだ。 「じゃーん! 順調に大きくなってくれてました」 鞄の中からつくしが出した写真に、これまで普通にしていた斎藤が釘付けになる。 「えっ、どれですか? ・・・わぁっ、本当ですね!」 「ちなみにここが頭でこっちが手足らしいですよ」 「えぇっ?! ・・・あぁっ、本当だ! 凄いですねぇ~~!!」 さっきまでの冷静さは何処へやら。 普段なら絶対に見られないほど興奮した様子で写真を見ているその姿につくしも思わず笑ってしまう。 「・・・あっ! どうしましょう・・・」 「? どうしたんですか?」 だが突然何かを思い出したように斎藤の顔色がみるみる悪くなっていく。 「私、司様より先にお子様の写真を見てしまいました・・・なんという失礼なことを。司様になんとお詫びすればいいのか・・・嬉しさの余りつい・・・大変申し訳ありません!」 「え、えぇっ?! 斎藤さんっ、そんなことで頭を下げないで下さいっ!」 「いいえ、お父上となられる司様を差し置いてこんな大失態を・・・何とお詫びすればよいのか・・・」 「いやいやだから謝る必要なんてないですからっ! 頭をあげてくださーーーいっ!!」 腰より低く頭を下げ続ける斎藤の服を引っ張って必死で顔を上げさせようと奮闘する。 どうやら斎藤は本気で申し訳ないと思っているようだ。 「私にとって斎藤さんは第二のお父さんみたいなものですからっ! つまりはこの子にとってはおじいちゃんみたいなものなんです! だからそんなこと気にせずに一緒に成長を見守ってやってくださいっ! ・・・わっ?!」 突然ガバッと顔を上げた斎藤に心臓が跳ね上がる。 「ほ、本当ですか・・・?」 「えっ?」 「私がおじいちゃんのような存在だとは・・・」 「あ、あはは、すみません、お爺ちゃんだなんて失礼ですよね」 「いいえっ!! いいえ!! 嬉しいです。とっても・・・嬉しいです・・・」 「えっ・・・えぇっ?!」 何を思ったか、今度は目を擦りながら泣き出してしまったではないか。 妊娠中の自分よりも感情豊かな気がするのは気のせいか? 「ありがとうございます、つくし様。この斎藤、これからも精一杯お仕えさせていただきます!」 「あはは、ありがとうございます。もう、斎藤さん~、最近涙もろすぎですよ?」 「お恥ずかしい限りです・・・今からこんな調子でお子様がお生まれになったらどうなってしまうことやら・・・」 「あはは、でもそれは斎藤さんに限った話じゃないかもしれないですね」 「・・・確かに。邸中がとんでもないことになりそうですね」 「ハイ、今から怖いです」 そう言うと2人で顔を見合わせて笑いあった。 リムジンに乗るとすぐに司への報告メールを打つ。 見えにくいかもしれないけれど、エコー写真も添付して。 「・・・まさかこれのせいで帰国するなんて言い出さないよね?」 大いにあり得そうで一瞬送信するか迷うが、やっぱり報告したい。 手綱は西田がしっかり握ってくれていると信じてつくしは笑いながら送信ボタンを押した。 「つくし様、このままお邸へ戻ってもよろしいですか? どこか寄りたいところがあればお連れ致しますが」 「あ、それなんですけど、ちょっとお店に寄ってもらっていいですか?」 「どちらの?」 「名前が思い出せないんですけど、前に一度プリンを買ったところ覚えてませんか?」 「・・・あぁ! 銀座にあるあのお店ですね。かしこまりました」 「ありがとうございます。なんだか今日は少し食べられそうな気がするんです。だからお邸の皆さんにも持って帰って一緒に食べようと思って」 「そうですかそうですか。皆泣いて喜びますよ」 「あはは、多分そうなるでしょうねぇ」 「ふふふ」 食べられそうだと思った時に食べたい物を食べる。 医師に言われた言葉がつくしの心を軽くしていた。 なんだか今はお邸の人達とおしゃべりしながら美味しいものを食べたい。 今ならきっとタマさんだって大目に見てくれるはず。 つくしの心はまるで童心に返ったかのようにワクワクドキドキしていた。 *** 「わぁ~、結構混んでますねぇ」 車を停めた先に見えるお店には並んでいる人もちらほら見える。 「私が買って参りますから。つくし様は中でお待ち下さい」 「あっ、いえ! 私が自分で買いたいんです! それに、少し気分転換もしたくて」 「ですが・・・」 「大丈夫ですよ。あの人数だと待ってもせいぜい10分くらいでしょうから。心配しないで下さい」 「そう・・・ですか? では私はこちらで車を見ていますから。何かありましたらすぐにご連絡下さい」 「わかりました。辛くなりそうなときにはすぐに連絡します」 「えぇ。是非ともそうなさってくださいね」 「じゃあ買ってきますね!」 「お気をつけて」 リムジンを路肩に停めているため斎藤は車から離れることができない。 目と鼻の先にある洋菓子店は商業施設の一角にあり、売り場は2階、そして飲食スペースが1階にカフェとして展開されている人気店だ。以前何かの帰りにたまたま立ち寄ったところ、あまりのおいしさにいつかまた来たいと思っていた。 つくしは転ばないように、人にぶつからないように細心の注意を払いながらお店の階段をゆっくりと上っていった。 「・・・あれ? あの人って・・・」 階段を上りきったところでふと、渡り廊下を挟んだ隣の店舗内に見えた見覚えのある顔に立ち止まる。そのまましばらく見ていたところ、やがてその人物もつくしの視線に気付いてこちらを向いた。 途端に驚いた顔に変わり、店員に一言二言声を掛けて慌てて店の外へと出てきた。 「こっ、こんにちは!」 「こんにちは。今日はプライベートですか?」 「いえっ、見ての通り仕事です。これからお得意先の社長のお宅にお伺いすることになっていて、その手土産を買いに来たんです」 「そうなんですか~。土曜日もご苦労様です」 ペコッと頭を下げたつくしに恐縮しきりのその相手、小林理彩に会うのは妊娠に気付いたあのパーティ以来のことだった。
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by: * 2015/05/08 00:27 * [ 編集 ] | page top
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お久しぶりのマタニティーつくしちゃん。 司も出張は断腸の思いで行ったんだろうなあ。 検診は全部一緒に行くつもりだっただろうに・・・。 忙しいはずの社長さん、無理やり時間作るんだろうなぁ(笑) さてさて小林さんに会っちゃったけど、近くに例の社長はいないのかな? 司がいない時に何か起こりそう・・・。 --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --k※※hi様--
あはは、久しぶりの更新だから一瞬「ん?!」って思いますよね。 私も皆さんの頭の中が完全に「愛が~」脳になってるだろうなぁと思いつつ更新しました(笑) でも向こうは完結するまで読まない派の人はこっちが待ち遠しいでしょうからね。 とりあえず一段落したのでこっちに戻って参りました。 妊娠中ってほんと不安定になりますよね~。 私は妊娠までも、してからも、かなりの山あり谷ありだったので最後の最後まで不安しかなかったですね。つくしにこんな話書いてますけど、「そんな気楽になんていけねーよ!」って思ってます(笑) 斎藤さんいいキャラですよね~。 大好きなので登場回数多し!です( ´艸`) --みわちゃん様--
お久しぶりで申し訳ない! 皆さん内容覚えてますか?(´д`)(汗) つくしに上目遣いにおねだりされて、西田にリードを引かれながら渋々出発した司が容易に想像できますね(笑)忠犬司君( ´艸`) 幸せ気分で忘れた頃に再び小林さんの登場です。 司がいないだけにちょっと心配です・・・ --さと※※ん様--
斎藤さんいいですよね~。 予定ではこんなに活躍するはずじゃなかったんだけどな~。おかしいなぁ~?( ̄∇ ̄) 超音波って医者から詳しく言われないと何が何かわかんないですよね(笑) わーお、10キロ痩せたんですか?それは辛いですねぇ・・・>< ほんと、こんなに食べられなくて子どもは大丈夫なのか?! って状況でも赤ちゃんってちゃーんと大きくなってるのが不思議&感動的ですよね。 人体の神秘って人知を超えてるんだなとつくづく思います。 忘れた頃の小林さん。 何やら起こりそうな予感・・・ --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
あはは、久しぶりだと「小林って誰やねん」になりますよね。 気が付けばオリキャラも結構な数になってきました。 自分でもパッと思い出せない人がいますもん(笑) 司のいないタイミングでの再会。 何やらドキドキします・・・ --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --苹※様--
久々のほっこりモードです。 いい加減続き書かないと皆さんに忘れ去られてしまう!と焦りまして(^◇^;) 幸せモード&久しぶりの更新ですっかり皆さん忘れてるでしょうが、 まだやっかいの種は残ったままなんですよねぇ。 何もなければいいんですが・・・ つくしの親戚っているのか謎ですよね。 全く影が出てこない分自由に設定できるんですけどね、 とりあえず今はややこしいのでいないことにしてます(笑) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --ke※※ki様--
妊娠中ってどうしてああも体質が変わるんでしょうね? しかも十人十色症状は人によってバラバラ。 体って不思議だなぁと身をもって体験した時間でしたね。 あはは、穏やかに・・・ですか。 ってもう次の話読まれてますもんねぇ(^◇^;) |
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