愛が聞こえる 29
2015 / 04 / 28 ( Tue ) 「あのジジィ、相変わらず何考えてんのか全く読めねぇな・・・」
ハァッと大きな体を革張りのソファーに沈み込める。 どんなに勢いよく倒れたところでそこはふわりとその体を受け止める。 本格的な交渉を始めてから早4ヶ月。 一向に進展の兆しの見えない現状にイライラが募る。 だがその一方でこのままでも構わないと心のどこかで思っている自分がいることにも気付いていた。話がまとまらなければ再びあの地へ赴く正当な理由ができるのだから。 交渉を有能な部下に任せることだってできるというのに、今回ばかりは決してその権利を譲ることはなかった。あの地に足を踏み入れるのは自分以外には認めないと言わんばかりに。 「お前はあのガキと今回の件が関連してると思うか?」 「・・・それはまだなんとも。ただ絶対にないとは言い切れないのは確実です。あの少年がこの辺りに移り住んだのと計画が白紙に戻された時期はそう離れてはいませんから。ただ決定打となるものは何もないのが現状です」 「・・・」 西田の答えが全てだろう。 現時点でそれ以外に知りようがない。 ただ、あのガキが何かしらの鍵を握っているような気がしてならないのは考えすぎか。 この数ヶ月、つくしと直接対面できたのはあの2回のみ。 あとは間接的に見るか手紙を渡すか、あのガキを通してその存在を確かめるくらいだ。 おそらく開封されてもいないだろう手紙をもう何通託しただろうか。 ・・・いや、何十通と言った方が正解か。 プロジェクトにおいても、つくしのことに関しても、あの少年が大きな鍵になるのではないか。 それはここ最近ずっと頭の中を占拠して離れない1つの可能性だった。 昔の自分と全く同じ目をした少年。 まるでそこに分身がいるのではないかと思える程だった。 あのガキが何を思い、何に苛立っているのかが手に取るようにわかる。 そんな少年がつくしと出会い、変わろうとしている。 そしてそのガキが確かに自分とつくしを繋ぐ架け橋になっているのは違いない。 これらのことを全て 「偶然」 という一言で片付けてしまっていいのだろうか。 「はぁ・・・」 度重なる激務に思わず溜め息が出る。 一目でもつくしの姿を捉えることができれば百万馬力なのだが、それも思うようにはいかない。 はじめから簡単にどうこうなるなどと思ってはいなかったが、ある意味期待以上に己の惚れた女は手強かった。 「くっ・・・俺も大概か」 雑草のようにしぶとい女を諦めない自分も相当なタマだということか。 そう考えると笑えて仕方がない。 一人笑う上司を横目で見ている西田の視線など気にも留めず、窓の外を凄まじいスピードで流れていくすっかり見慣れた風景に目をやった。 ピリリリリリッ ピリリリリリッ とその時、広いリムジンに胸ポケットから電子音が響き渡る。 音を奏でる物体を出してみればそこには 『 非通知 』 の文字が並ぶ。 「 ・・・・・・・・・ 」 通常であれば非通知の電話などまず出ない。 だが司はほんの数秒その画面を見ただけですぐに通話ボタンを押した。 「 ・・・もしもし? 」 電話の向こうからは何も聞こえては来ない。 「 もしもし。 お前だろ、遥人 」 『 ・・・・・・・・・ 』 変わらず受話器の向こうは何の反応も示さない。 だが司は確信を持って言葉を続けていく。 「 何があった。隠さず話せ 」 『 ・・・・・・つくしが・・・ 』 「あいつがどうした」 ようやく聞こえてきた声は今にも消え入りそうなほどに頼りなげだった。 思わず司は体を起こす。 『 つくしが・・・・・・知らない男とどこかに・・・ 』 「 ?! おい、お前何言ってる? 」 『 俺、思うところはあったけど、でもつくしが大丈夫って目をしてたから、だから・・・。 でもあの男、俺を最後に見た目が明らかにおかしくて、それで・・・ 』 司の言葉が聞こえているのかいないのか。 遥人はらしくもなくまとまりのない言葉を忙しなく連ねていく。 「 おいっ、落ち着け! お前がしっかりしなくてどうすんだっ! 」 『 っ・・・! 』 怒鳴りつけるような言葉に遥人の言葉が初めて途切れる。 「 いいか、落ち着いて順を追って話していけ。 わかったな?! 」 *** 「やっと会ってもらえた」 「・・・・・・」 最寄り駅近くのコーヒーショップで互いに向かい合う。 男が心底嬉しそうな笑顔を浮かべているのとは対照的に女の表情は冴えない。 「・・・あの、ご用件はなんでしょうか」 「もちろん決まってる。牧野さんに会いたかったんだよ」 「・・・」 即答ぶりにますます困惑すると、さっきよりも余計俯いてしまった。 このところ彼を何度か見かけたことがあった。 最初は他人の空似だと思った。 けれどもそれからふとした瞬間に視線を感じると、その先に必ずと言っていいほど彼がいた。 目が合った瞬間見せる顔が、笑っているのに何故か怖くて、ずっとずっと気付かないふりをしてきた。 それなのに・・・ 「そういえば俺転職したんだ」 「そう、なんですか・・・」 「あれ、どんな仕事に就いたか聞かないの?」 「いえ・・・」 ニコニコ笑いながらもグイグイ押してくる男につくしはただ相槌をうつだけで精一杯だ。 つくしがさっきから浮かない顔をしているのは誰の目にも明らかなのに、男はそんなことには構わず1人上機嫌で会話を続けていく。 「俺もこっちに引っ越してきたんだよ」 「えっ・・・?」 まさかの一言にここに来て初めて正面から男を見た。 つくしと目があったのが嬉しいのか、ますます男の目尻が下がっていく。 「1ヶ月前に偶然この街で牧野さんを見かけてね。ずっとずっと会いたいと思ってたから。これは神様がくれたチャンスだと思って仕事もやめてこっちに引っ越して来たんだよ」 「・・・・・・」 つくしにはこの男が何を言っているのか全く理解できない。 いるはずのない街にいたかと思えば引っ越して来た? しかも自分がいるから・・・? 思わずブルッと体が震える。 つくしの顔色がみるみる悪くなっていくのを目の当たりにしても男は笑ったまま。 その笑顔こそがつくしを震え上がらせていた。 だが男は気にしたそぶりも見せず、それどころかさらに耳を疑うような信じられない言葉を続けた。 「今の住まい、ここから割と近いんだ。よかったらおいでよ」 「えっ・・・?!」 驚愕するつくしに照れくさそうな素振りで笑う。 「はは、っていうか俺の気持ちはもう知ってるよね? だから俺としてはいつも牧野さんと一緒にいたいと思ってるから。 だからうちにおい・・・」 ガタンッ!! 勢いよく立ち上がったせいで思いの外大きな音が店内に響き渡る。 だがそんなことを気にしてなどいられない。 つくしはカバンの中からガサガサと急いで紙幣を取り出すと、目の前のテーブルに置いた。 「あのっ、用事があるのでこれで失礼します。 さようならっ」 「えっ? あっ、ちょっと! 牧野さんっ!!」 呼び止める声も無視して急いでお店を後にする。 一瞬だけ振り返るとつくしを追いかけるためか慌てて立ち上がっているのが見えた。 お金を払っている間に少しでも離れなければ。 早く、早く、早く !!! 今にも足が絡まって転んでしまいそうなのを必死で堪えてひたすら全速力で走る。 何故? 何故彼はここに? この街に引っ越して来た・・・? もしかして・・・自分を追いかけて・・・? 今日あのバス停で会ったのは偶然じゃなかったとしたら・・・? _____ 怖い。 以前と何一つ変わらない笑顔の奥に見える濁った目が、怖い。 「はぁっはぁっはぁっ・・・!」 こんなに全速力で走ったのはいつ以来だろうか。 もしかしたらすぐ後ろを追いかけてきているかもしれない。 かといって振り向いている間に距離が縮まってはもっと困る。 つくしは見えない恐怖に襲われながらも必死で前だけを向いてひたすら走り続けた。 *** 「足、痛・・・」 ようやくアパートの近くまで戻って来た頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。 あれから、つくしは万が一のことを考えてひたすら小道に入って遠回りをして帰った。 正規のルートをもし相手に知られてしまっては困ると考えたからだ。 幸い後ろから誰かが追いかけてくることはなく、その点に関してはホッと胸を撫で下ろした。 だが問題は解決していない。 いつも彼の視線を感じたのはフリースクール周辺だった。 ということはボランティアに行くときにはまた偶然を装って会う可能性が高いということ。 そうなった場合一体どうすればいいのだろうか。 ハルが見ている手前、変な行動は起こせない。 ただでさえ鋭い彼にこれ以上余計な心配などかけるわけにはいかないのだから。 「・・・・・・あれ・・・?」 そんなことを一人ぶつぶつ呟きながらアパートの数メートル前で立ち止まる。 誰かが・・・いる。 アパートの階段付近に人影が見える。 誰・・・? つくしがそう思ったのと、人影が振り返ったのはほぼ同時だった。 「・・・っ!」 街灯に照らされたその顔を見た瞬間、つくしの呼吸が止まる。 対照的にこちらに気付いた人影の口元がゆっくりと弧を描いていく。 「おかえり、牧野さん。 ひどいなぁ、まだ話の途中だったのに置いて帰るなんて」 「野、口さん・・・」 驚きに硬直するつくしはそれ以上の言葉を発することができなかった。
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by: * 2015/04/28 00:22 * [ 編集 ] | page top
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野口・・・気持ち悪い・・・。 一生懸命回り道して帰り着いたのに、前で待ってられたら、どうしようもない。 なんなんでしょう? 何者? ハルが司に伝えてくれたから、司がその存在を知って、何とかしようとしてくれるかな? つくしは困るかもだけど・・・。 --管理人のみ閲覧できます--
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もう少しこちらを進めていきたいと思ってます。 何やらストーカーチックな男の登場でつくしちゃん大ピンチです。 そしてついに司に連絡をしたハル。 なんだかんだ言いつつも、司を信頼してるんでしょうねぇ。 やっぱり彼は色んな意味でキーパーソンになりそうです。 --名無し様<拍手コメントお礼>--
ほんとですよね~。 ニコニコ笑いながら行く先で待ち伏せされるって恐怖以外の何物でもないですよね。 さぁつくしちゃん大ピンチです!! --みわちゃん様--
気持ち悪いですね~。 色々考えて遠回りしたのがかえって仇となってしまったようです。 というかそもそも家を知られていてはもうどうしようもないですね。 このピンチ、つくしは乗り越えられるのでしょうか?! --ふ※※ろば様--
何やらストーカーチックな男のようですね。 つくしに迫る危機を感じてついにハルも重い腰を上げましたが・・・ あはは、さすがはふ※※ろば様。 たとえ助けてもつくしとは接触せずに立ち去るんですか。 それは坊ちゃん不憫ですねぇ~(笑) でも坊ちゃんをいじりたくなる気持ちはよくわかります(笑) --管理人のみ閲覧できます--
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ただのストーカー?それとも何かある? いずれにせよつくしちゃん大ピンチです>< こんな時こそ金田一君の出番ですかね?( ̄∇ ̄) --k※※ru様<拍手コメントお礼>--
つくしちゃん絶体絶命のピンチ?! ハルの想いはちゃんと届くのでしょうか。 身内の不幸が続くと大変ですよね。 私もこの2年の間に3回もあって大変でした(汗) --ke※※ki様--
今ってストーカーがほんとに多いですよね。 SNSの発展とかも影響してるのかな~なんて個人的には思ってます。 一番怖いのは表面的には全くそんな素振りも見せずに世間的に善人で通っている人。 こういうのが一番怖いですよね~。 坊ちゃん、おそらくSPはつけてないかと。 今はつくしの気持ちを無視して勝手なことはできないと思ってるのでね。 万が一ばれでもしたらそれこそつくしの心が戻ってくることはないと怖いんですよ。 本音ではつけたいに決まってるんですけどね。 ということでつくしちゃんガチのピンチです。 --さと※※ん様--
あれ~、英世が怖くて千円札見られなくなっちゃいました? だったら郵送でいいから手持ちの千円札掻き集めて送ってくださいな! 私が有効に使わせてもらいますからっ!( ̄^ ̄) うふふ、少しでもドキドキ恐怖を味わってもらえてますか? 下手くそなりに臨場感がちょっとでも出るようにと必死です(笑) そしてハルがついに司に連絡しやがりました!頑張ったね~! 後はそれがどうなるのかは・・・・・・どうなるんでしょうね?誰かおせーて!(・∀・) --ブラ※※様<拍手コメントお礼>--
うふふ、英世怖いですか? え、違う? 五郎の方ですかい? いや~、まいったな( ̄∇ ̄) --コ※様--
つくしちゃん大ピンチです! 人ホイホイはついにストーカーまで引き寄せちゃいました(@@;) ハルの嫌な直感は残念ながら当たっちゃったようですね。 子どもと動物の勘って鋭いですからね~。 司をまだ信じ切れているわけじゃないけど、今一番頼りになると思ったのは司だった。 うん、ハル、よく頑張ったぞ!! --こ※こ様<拍手コメントお礼>--
絶体絶命のピンチをつくしは抜けられるのでしょうか?! このまま彼女は男の手に・・・? それとも・・・?! ひゃ~、ドッキドキです(≧0≦) |
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