愛が聞こえる 31
2015 / 04 / 30 ( Thu ) 7年ぶりに触れた手はこんなに小さかっただろうかと思うほどに頼りなく思えた。
それでも、握りしめた手が驚くほどの力で握り返された瞬間、えも言われぬ感情が全身を駆け巡る。それはまるで稲妻が走ったかのように。 ___ この手をもう二度と離しはしない。 「牧野っ! 大丈夫かっ!」 「はぁっはぁっ・・・ど・・・じ・・・っ」 苦悶に顔を歪めたつくしの瞳には涙がいっぱいに溜まっていた。 おそらくまともに目の前が見えてはいないだろう。 ここにいるのが司だという認識が本人に一体どれだけあるのか。 だがそんなことは関係ない。 ここに本人がいるいないにかかわらず、つくしが助けを求めたのは自分だったのだから。 今にも消え入りそうな声で彼女は確かに言った。 『 道明寺 』 と。 それはそのまま彼女の心の叫びを表していた。 心の奥底ではつくしも自分を求めているのだと。 ならば何があってもこの手を離さない。 必ず彼女をこの苦しみから救い出してみせる。 「牧野! 落ち着けっ! ゆっくり俺の名前を呼ぶんだ!」 司は握りしめた手とは反対の手で蹲ったままのつくしの体を抱き起こす。 顔は真っ青で、初めて司が目の当たりにしたつくしの姿と何一つ変わってはいない。 見ている方が息が止まるのではないかと思うほど、あまりにも痛々しい。 「牧野! 名前を言うんだ!」 「はぁっはぁっはぁっ・・・ど・・・み・・じ・・・はぁっはぁっ!・・・」 虚ろな瞳で目の前の影を捉えると、つくしは必死で言葉を紡いでいこうとする。 「ど・・みょじ・・・はぁはぁっ・・・!」 「そうだ、もう一回、何度も何度も繰り返して!」 「どう・・・みょうじっ・・・! はぁっ・・・」 必死で己の名前を口にするつくしの姿に、司は心を打たれていた。 不謹慎なのは百も承知だ。 それでも、あれだけ避けてきたであろう自分の名前を必死で紡いでいくその姿に、心が震えない人間などいるのだろうか。もがき苦しみながらも、自分の名を呼んで助けを求める姿に心を動かされない者がいるだろうか。 「 牧野っ・・・! 」 張り裂けんほどに胸が苦しくなると、考えるよりも先に体が動いていた。 小刻みに震える細い体を引き寄せると、自分の腕の中へ閉じ込めて力の限り抱きしめた。 「牧野っ、牧野っ・・・!」 全身でつくしがここにいるのだということを確かめる。 記憶を取り戻してから、・・・・いや、正確には記憶を失っていた頃から求めていた。 ____ 牧野つくしだけを。 地獄のような時間を過ごしてきた自分にとって、求め続けてきた唯一の光。 それが今、この手の中にある。 「はぁっ・・・どみょ・・・じっ・・・」 つくしがどこまで理解できているかはわからない。 それでも、彼女が呼び続けているのは他の誰でもないこの自分なのだ。 今はその事実だけで充分だ。 「牧野、ゆっくり、ゆっくり息を吸って俺の名前を呼べ。何度も、何度も」 ぐったりと力の入らないつくしの体をしっかりと抱きしめ、まだ激しく上下する背中をゆっくりゆっくり摩りながら言い聞かせるようにつくしに囁き続ける。 その声に合わせるようにつくしが何度も司の名前を口ずさむと、やがて少しずつ呼吸が落ち着きを取り戻し始めた。 「そうだ、それでいい。ゆっくり、ゆっくりでいいんだ」 「はぁ・・・はぁ・・・」 肩で息をする回数が明らかに少なくなってきた。 それでも司は根気よく、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。 何度も何度も背中を摩りながら。 つくしの体温を、存在を確かめながら。 「 ・・・・・・ 」 それから数分後、完全につくしの呼吸は落ち着きを取り戻した。 それと同時にずしりとつくしの重みを感じる。 「・・・牧野?」 「・・・・・・」 返事はない。 そっと顔を覗き込んでみれば、街灯に照らされたつくしの瞳は閉じられていた。 「疲れて眠ったか・・・」 体に感じる重みがこの上なく心地いい。 つくしが自分に全てを委ねているのだと思うだけで、これ以上ない幸福感が襲ってくる。 ____ ただただ、愛おしい。 「牧野・・・」 もう一度その存在を確かめるように両手に力を込める。 「司様っ!!」 だがその時後方から聞こえた切羽詰まった声にハッと振り返れば、すぐ目の前に手を振りかざした人影が見えた。 「チッ・・・!」 つくしのことに全神経が注がれていて油断していた。 司がつくしを支えた反対の手を咄嗟に振り上げると、腕に一瞬痛みが走った。 「っの野郎っ・・・!」 カァッと全身に血が巡ると、即座に立ち上がった長い足が男の腹部へと命中した。 「ぐあっ!!」 カシャンカシャーン! という音と共に、ナイフと男の体が数メートル吹っ飛んだ。 男が体を起こす暇も与えずに馬乗りになると、司はその顔面に数発拳を落としていく。 鈍い音と声が響き渡ると、やがて男は完全に抵抗しなくなった。 「司様っ! もうその辺りにしておいてください!」 ようやく追いついた西田が慌てて司の体を引き止める。 「この野郎、ナイフまで持ってやがった。 ぶっ殺す・・・!」 もし自分が駆けつけるのがもう少し遅ければつくしは一体どうなっていたというのか。 そう考えると腹の底から業火が湧き上がってくる。 「気持ちはわかりますがもう気を失ってます! 今は牧野様のことを第一にお考え下さい!」 振り払おうとしていた西田の声に我に返る。 ガバッと振り返れば視線の先でつくしの体が運転手の斎藤によって抱き起こされようとしていた。 「牧野っ!」 腹の下でグッタリした男など気にも留めず全速力で駆け寄ると、まるで壊れ物を扱うようにそっとつくしの体を受け取った。まだ顔色が良くないが、幸い本人は呼吸も落ち着いてスースーと寝息をたてている。 そのことにひとまずはほっと胸を撫で下ろす。 「司様、腕から血が・・・」 ナイフを受け止めた際にできた切り傷により司の左手からは血が流れていた。 「こんなんかすり傷だ。なんでもねぇ。それよりその男を警察送りにしろ。再起不能なほどにやれ」 「・・・かしこまりました。牧野様はいかがなさいますか? 病院を手配いたしましょうか?」 司の腕の中でくったりと力を失ったつくしを見て西田が言う。 「・・・・・・いや、今病院に連れて行くことはこいつにとって得策じゃないだろう。ただでさえこのクソ野郎のせいでショックを受けてんだ。目が覚めて俺がいて、しかも病院にいるとなればパニックになる可能性だってある。とりあえずはこいつの部屋に連れて行く」 「・・・そうですね。司様の仰るとおりかもしれません。では私は警察の手配をしますので、何かありましたらいつでもご連絡下さい」 「あぁ、頼んだぞ」 頭を下げた西田に背を向けると、司はつくしを抱き上げたままアパートの階段を上っていく。 カンカンカンと甲高い音をたてる階段は、決してそこが新しい場所ではないことを教えている。 昔ながらの、女一人が暮らすには心許ない古びたアパートだ。 「司様、せめて鍵だけでもお取り致します!」 追いかけてきた斎藤が両手の塞がった司の代わりを申し出た。 「・・・じゃあ頼む」 「はいっ! ・・・牧野様、大変申し訳ございません。鍵だけ取らせていただきます。失礼致します」 全く聞こえていないだろうつくしに何度も頭を下げると、斎藤はつくしの鞄の中から鍵を取り出した。そしてその手で鍵穴に差し込むと、ガチャッという音と共にドアが開いた。 「では私はここまでで失礼させていただきます。私もこちらに留まっておりますから、何かあればいつでもご連絡くださいませ」 「あぁ。悪いな。サンキュ」 司の口から自然と出たその言葉に斎藤は一瞬目を丸くする。 「い、いえ、そんな滅相もございません! では失礼致します」 2人に深々と頭を下げると、斎藤はすぐに階段を降りていった。その足取りは心なしか軽い。 「・・・・・・」 司はしばらく開いたドアを見つめると、やがてその中へと足を一歩踏み入れた。 遠目にこの場所を何度見ただろうか。 やってることだけを見れば自分のやっていることもストーカー同然かもしれない。 「・・・クッ」 笑ってその考えを振り払うと、初めて目の当たりにする室内に目をやった。 中は入ってすぐのところに小さなキッチンがあり、部屋はせいぜい6畳程度だろうか。 外観通り、中も古びた感じの造りだった。 部屋にはシングルベッドが1つ、それ以外には収納棚と小さなテーブルが1つ、今時こんな小さなものがどこで手に入るのだろうかというほど小さなテレビが1つ置いてあるだけ。 女が住むにはあまりにも閑散とした空間が広がっていた。 つくしがここでいかに慎ましやかな生活を送っていたのかなど、もはや考えるまでもない。 全く飾りっ気のない部屋がいかにもつくしらしいと言えばそれまでだが、何故だか司の胸は締め付けられるように苦しかった。 こんな部屋でただ1人、どんな想いを抱えながら生活してきたというのか。 ギシッと音をたててゆっくりとつくしをベッドへと下ろす。 さっきよりは幾分顔色が戻っただろうか。 スースーと安定した呼吸音が聞こえることにひとまず安堵する。 きっと目が覚めたら目の前にいる自分の姿を見て驚愕することだろう。 おそらくさっきのつくしの行動は頭で考えてやったものではない。 無意識に、もっと言えば本能で体が動いた。 人は時として考えるよりも先に体が反応することがある。 先のつくしはその典型だったと言える。 つくしが心で自分を求めているということを確信した。 だが、それをつくしが自覚しているかというとまた話は別だ。 自分の行動すらほとんど覚えていない中ですぐに受け入れられるかと言えば・・・それは難しいだろう。 それでも。 彼女の本心を知ってしまった以上、もう躊躇う理由などどこにもない。 俺がお前を、お前が俺を求めている。 その事実がある限り、もうこの気持ちを止めることなど天地がひっくり返ろうとも不可能だ。 「 牧野・・・ 」 そっと触れた頬には確かな温もりを感じる。 血の気の戻ってきた顔色はほんのりと桜色に染まっていた。 寒いわけでもないのに、小刻みに手が震えているのは一体どうしたというのか。 7年もの時間をかけてようやくこの手に触れることができた。 この想いを言葉にすることなどできやしない。 「・・・あれは・・・」 ふと、視界に入ってきたものに視線を奪われる。 小さな収納棚の上に置かれた一台の写真立て。 引き寄せられるように立ち上がろうとした体がくんっと後ろに引っ張られた。 「 ? 」 何事かと振り返ると、つくしの小さな手が司のスーツの裾を掴んでいた。 見ればつくしは変わらずぐったりと眠ったままで全く起きる気配はない。 それでも、その手はしっかりと服を掴んだまま離さない。 まるで離れて行かないでと言っているかのように。 そんな無邪気なつくしの寝顔を見ていたら、大声で叫びたいほどの感情が司を埋め尽くす。 その衝動を必死で抑え込むと、その代わりにつくしの手を両手で包み込んだ。 やはりその手は小刻みに震えていた。 情けないほどに。 「 牧野・・・ 」 次から次に溢れてくる想いを伝えるように、司は自分よりも一回り小さなその手に静かに唇を落とした。
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発作を起こしたつくしを、今度はハルではなく司自身がケアした。 司は対処法をハルに教えた張本人だから。 嬉しかっただろうなぁ~。 つくしに触れて、抱きしめることもできて、何よりつくしが自分を求めてることを知ることができて。 でもあの男ナイフで司を傷つけるだなんて・・・なんてことをしてくれたんだぁ。 さあ、つくしの部屋で司はどうするのか? 気になりますぅ~。
by: みわちゃん * 2015/04/30 00:30 * URL [ 編集 ] | page top
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嬉しかったというよりむしろ安心したでしょうね。 自分が色々と調べたことがつくしにとって無駄になってなかったと身をもって知ることができて。 司は今のつくしが作られた原因の大半は自分にあると思ってますからね。 単純に嬉しいという感情だけではなさそうです。 さて、この後つくしが目覚めたら一体どうなってしまうのでしょうか・・・ --莉※様--
えへへ、そんなに褒められたら・・・照れますぅ~(*´ェ`*)キャ この展開でお預け状態にしたら皆さん発狂しそうなのでね、 今週は「愛が~」週間となりそうです(笑) このままイケイケゴーゴー!でくっついてくれればいいんですけどね。 ほら、相手はつくしですから。しかも謎もまだ残ってますし・・・ まだ忍耐が必要なようです(~_~;) とはいえ2人にとって大きな転機を迎えたことに違いはないですよ! --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
ね~、つくしがハルの対処法と同じだ!と気付いてくれるといいんですけどねぇ。 きっとそんな余裕はないだろうなぁ(^_^;) さぁ~、つくしが目覚めたらどうなってしまうんでしょうねぇ。ドキドキ --ち※様--
おぉ、つくしにシンクロして息が詰まりそうになっちゃいましたか?! 深呼吸深呼吸!! 臨場感が伝わったのならガッツポーズです(笑) そう、「愛おしい」って「好き」とも「愛してる」とも違いますよね。 上手く説明できないんですが・・・ 今の司には一番しっくりくる言葉だなと思ってチョイスしました。 --ゆ※※ろう様--
やっと直接対面の瞬間が訪れそうです。 遥人、ほんとによく頑張った! あとはつくしがどうするか・・・ですよねぇ。 1つの山を越えたのは間違いないですが、それでもすぐに雪解け、 とはいかないでしょうねぇ・・・ --sh※※ko様--
ふふ、そんなくさやみたいな臭いセリフなんて聞いてられっかー!!(`Д´) ってなセリフでも、司が言っちゃうと何故かかっこよく決まるんですよねぇ。 ちくしょー、羨ましいぜっ!! そうなんです。まだまだ問題は山積みなんです。 でも司の中での迷いは吹っ切れました。 地獄の果てまで・・・ですよ( ̄ー ̄) --ke※※ki様--
ね~、なんだか凄い盛り上がりで。こっちがびっくりです(笑) 間違いなく読者の皆さんが気になる展開になるだろうなとは思ってたんですけどね。 予想以上の反響に嬉しく思ってます。 まだまだ前途多難とは言え、坊ちゃんの中での迷いは吹っ切れました。 あとはひたすら前を見て突き進むのみ、です。 とはいえ相手はつくしですからね。 7年間という負い目もありますから、ただの暴走特急となるだけでは難しいでしょうねぇ。 坊ちゃんの成長を見守りましょう。 --花様--
本当なら自分の手でトドメを刺したいところでしょうけどね。 今の司にとって一番大事なのはつくしなので、そこは西田におまかせ!です(笑) つくしの部屋、らしいと言えばそうですけど、それでも切ないですよね・・・ 早く幸せになってもらいたいものです(ノД`) --L※※A様<拍手コメントお礼>--
司にはホントに頑張ってほしいですね! まだそんな簡単にはいかないだろうけど・・・君ならできるっ! うふふ、バナー気に入っていただけて嬉しいです。 なるべく物語にリンクするようにしてるんですけどね。 なかなか難しいです(^◇^;) |
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