愛が聞こえる 44
2015 / 05 / 19 ( Tue ) 「遥人坊ちゃま!!」
街の中心部から少し外れた静かな場所に長谷川家の別邸があった。 家の前で心配して待っていたのだろうか、60代ほどの女性が車から降りてきた遥人に気付くとすぐさま駆けよって来た。 「あぁ、無事で何よりです。今日は何も仰らずにお出掛けになりましたから・・・まさか何かあったのではないかと心配で心配で」 「別にガキじゃねぇんだし、これくらいのことでそんなに心配するなよ」 「クッ、どう考えたってガキだろうが」 「んだとっ?!」 窓から顔を出してバカにしたように笑っている司に遥人が食ってかかる。 と、司に気付いた女性は目の前まで移動すると深々と頭を下げた。 「今日は遥人坊ちゃまが大変お世話になりました。ありがとうございます」 司は特段何か答えるでもなく静かにその動作を見ているだけ。 やがて綺麗な所作でゆっくり顔を上げた女性が何か違和感に気付いた。 「・・・! あの、もし間違っていたら大変申し訳ありません。ですがもしかしてあなたは道明寺財閥の・・・?」 その言葉に司はイエスともノーとも答えずにただフッと目を細める。 「じゃあな、クソガキ。ちゃんと風呂入って寝ろよ」 「んだとっ?! うるせぇぞおっさん!!」 「ははっ、じゃあな」 愉快そうに笑いながらハンドルを握ったところでつくしが慌てて窓から顔を出した。 「ハルっ・・・またね!」 「・・・ちゃんと考えろよ」 「 ! 」 「じゃあな」 それだけ言い残すと、遥人は車が動き出す前に門の中へと入って行ってしまった。 残された使用人らしき女性だけが申し訳なさそうにつくし達に頭を下げ続けている。 つくしもそれに合わせて会釈をしたところで音もなく車が動き出した。 あっという間に邸が見えなくなると、静かな車内には2人だけの空間ができる。 さっきまでは遥人がいた分そこまで気にならなかったが、2人きりになった途端、たちまち心臓が落ち着かなくなってどうしていいのかわからない。 「・・・・・・」 「助手席に来るか?」 「えっ?」 驚いて顔を上げれば、バックミラー越しに司と目が合った。 「お前さえよければだけど。俺は隣に座って欲しいと思ってるけどな」 真っ直ぐなその視線と言葉にドクンッと一際大きく心臓が音をたてる。 なんとか必死で平常心を保つと、つくしはゆっくりと首を横に振った。 おそらく最初からそれを想定済みで聞いたのだろう。司は表情一つ変えず、むしろどこか笑っていて余裕すら見える。つくしは慌てて視線を逸らすと、そのまま後部座席に身を預けて静かに目を閉じた。 モーター音すらほとんど聞こえない車内には静寂が広がる。 きっとこの男は寝たふりをしていることなんかとっくに気付いているに違いない。 それでも何も言わない。 何も聞かない。 結局、一言だって泣いていたことに触れることはなかった。 何故・・・あんなにも怖くて堪らなかった車にこれだけの時間乗っていられるのだろう。 何故・・・あれだけ苦しめられ続けた発作が起こらないのだろう。 何故・・・この男はこんなにも・・・ 何故・・・ 自問自答を繰り返していくうちに、やがてつくしの意識は少しずつ薄れていった。 *** 「・・・・・・・・・の、・・・・・・きの、・・・・牧野!」 「・・・・・・はっ!!」 急に頭の中に響いた声にハッと顔を上げる。 ___ と、唇まであと少しという至近距離に端正な顔が迫っていた。 「ひっ・・・ひゃああああっ?!」 「牧野っ!」 ゴンッ!!! 「い゛っ!! ったぁ~~~~~~っ!!」 思いっきり立ち上がったかと思えば今度は後頭部を押さえて座り込んでしまった。 いくら高級素材でできた内装だとはいえ、全力で激突すれば目の前に星が飛ぶのは当然で。 「おいっ、大丈夫かっ?!」 「うぅっ・・・」 恥ずかしい・・・ 恥ずかしすぎる。 どうしてこの男と会うとこんなにもみっともないところばかり見せてしまうのだろうか。 しかもどうやら自分はまたしても寝てしまっていたらしい。 おそらく呼んでも起きなかった自分を起こすために隣に来て声を掛けていたのだろう。 我ながらもう何もかもが信じられない展開だ。 「おい牧野、マジで大丈夫か?」 つくしが顔を真っ赤にして悶絶している間にも司は至極真剣に心配している。 蹲っていたのを口実にスーハー数回深呼吸を繰り返すと、つくしは冷静を装いながらゆっくり顔を上げた。 「・・・大丈夫。 ごめん、びっくりしただけだから」 「すっげぇ音したけど」 「もう大丈夫だから。・・・それよりありがとう、うちに着いたんだよね」 「あ? あぁ。お前、あの短時間で爆睡してるからさすがに驚いたぜ」 「・・・・・・」 もうそこには突っ込まないでほしい。 心の声がもろに顔に出ていたのか、司が我慢できずに笑い出した。 「ふはっ! ・・・でも安心したぜ」 「・・・え?」 「やっとお前らしさが出てきたな」 「・・・っ!」 ドクンッ・・・! 目の前にあるその顔は言葉にできないほど優しくて、嬉しそうで。 ・・・まるで言葉の代わりに想いが全て溢れ出しているかのようで。 その眼差しを数秒ですら直視できず、つくしは鞄を手に取ると慌ててドアノブに手を掛けた。 「あのっ、今日は色々とほんとにありがとう! っそれじゃあ・・・あ、あれ・・・?」 ガチャガチャとノブを引っ張るがドアは一向に開いてはくれない。 焦れば焦るほど頭の中はパニックになるばかりだ。 「バカ、ロック掛かったままだっつの」 「 ! 」 その時、後ろからスッと手が伸びてきたかと思えば、つくしの手に重なるようにしてカチッとロックを解除した。すぐ真横には司の体がほぼ密着している状態であり、何もしなくてもフワリと甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐる。 ドクンドクンと暴れ牛のように激しく脈打つ鼓動が今にも聞こえてしまうんじゃないかと、つくしはギュッと目を閉じると一気にドアを開けて外に出た。 太陽が顔を出して長くせずして家を出たというのに、いつの間にか空にはまん丸の月が浮かんでいた。その光の引力に吸い込まれそうな錯覚を覚えて思わず足が止まる。 「 牧野 」 声と共に背後から聞こえてきた足音にハッと我に返る。 つくしは視線を合わさないようにどこか焦点をずらしながら顔だけ振り返った。 「あ、あの、今日はほんとにありがっ・・・?!」 『 とう 』 の言葉は発することができなかった。 振り向き様に手首を掴まれたと思った時には目の前が真っ暗になっていた。 一体何がと考えようとした瞬間、さっき鼻をくすぐった香りが全身を包み込んでいる事に気付く。 ___ 自分は今この男の腕の中にいるのだと。 ドクンドクンと聞こえているのは自分の心臓の音か、それとも・・・ 「あ、あのっ・・・!」 「牧野、好きだ」 「・・・っ!」 背中に回された手にグッと力が入る。それはもう苦しいほどに。 「 好きだ・・・ 」 そのたった一言が、信じられないほどに心に染みこんでいく。 迷うことなく突き飛ばせばいいのに、金縛りにあったように体は動かない。 まるで自分のためにつくられたんじゃないかと思えるほどピタリと寄り添うこの場所が、震える体ごと全ての思考を、動きを封じ込めてしまう。 無になっていく・・・ 「・・・・・・・フッ、すげぇ心臓の音だな」 もうどれくらいそうしていたのかわからないほど固まっていた体の拘束がふっと解けると、笑いながら司が顔を覗き込んできた。つくしは未だ呆然と力が入らないでいる。 「・・・このままキスしてぇところだけど」 「___ っ?!」 だが次の一言にようやく正気に戻ると、グイッと力の限り目の前の体を突き放した。 それも全て想定済みなのか、司はますます楽しそうに声を上げる。 「バーカ、しねぇよ。 ・・・今はな」 「 ?! 」 驚いて顔を上げたつくしと目が合うと、司は自信に満ち溢れた顔で不敵に微笑んだ。 「お前の気持ちがちゃんと俺に向くまでは待ってやる。ただしその時が来たら少しだって遠慮はしねぇから覚悟しておけよ」 「なっ・・・?!」 「お前の体は正直なんだよ。今日一日過ごして確信した。お前の気持ちも俺と同じだって。あとはお前がそれを自覚するだけだ」 「何を言って・・・」 「あのガキは気に入らねぇが与えてくれた時間は決して無駄じゃなかった」 「 ! 」 「お前もあのガキの気持ちを無駄にすんなよ」 「・・・・・・」 その一言はとてもとても重く心にズシリとのし掛かる。 「・・・ほら、部屋に入るまで見てるから行けよ」 動けないでいるつくしの背中を司の大きな手が後押しする。 それに逆らわずに一歩、もう一歩と足が前へと動いていく。 やがて階段の下まで来たところでつくしの足が止まった。 「どうした?」 「・・・」 少し離れたところから不思議そうに声を掛ける司をゆっくり振り返ると、つくしは何度も何かを話しかけてはやめるを繰り返しながら、最後に勇気を振り絞るように口を開いた。 「・・・・・・どうか気をつけて帰ってね」 その一言に司の目が大きく見開かれた。 だがそれも一瞬のことで、すぐにいつもの自信に満ち溢れた顔に戻る。 「心配すんな。ぜってぇに何も起きない。約束する」 「・・・・・・今日はほんとにありがとう。 ・・・それじゃあ」 直視できない司から逃げるように頭を下げると、つくしはそのまま視線を合わせないようにして一気に階段を駆け上がった。部屋に入るまで痛いほどの視線を背中に感じていたが、それに気付かないフリを続けて。 ガチャガチャ、バタンッ!! 震える手で必死に鍵を開けると、一目散に部屋の中へと飛び込んだ。 入った途端、全身から力が抜けたようにズルズルと地面に座り込んでしまう。 ドクンドクンドクンドクン・・・・・・! 熱い・・・ 全身が燃えるように熱い。 きっと・・・あの男はまだあそこでこの部屋を見ているに違いない。 そう考えるだけで心臓が壊れてしまいそうなほどに暴れ回る。 自分は一体どうしてしまったというのか。 また新しい種類の発作でも起きてしまったのかと思えるほどに、胸が苦しい。 『 あれ調べたの俺じゃねーから 』 『 ・・・ちゃんと考えろよ 』 『 お前もあのガキの気持ちを無駄にすんなよ 』 蹲っていた脳裏に魔法のように言葉が蘇ってくる。 「 ・・・・・・・・・ 」 その言葉に導かれるように顔を上げると、つくしは重い腰を上げてゆっくりと立ち上がる。そして数歩歩けばすぐに端まで辿り着いてしまう狭い室内を進むと、棚の一番下の引き出しから小さな箱を取り出した。 『 お前にそんなことする人間なんて1人しかいねぇだろ 』 捨てようと思えばいつだって捨てられたはずのその箱。 見る勇気もないくせに、かといって捨てる勇気すらなかった。 ・・・いや、捨てられなかった。 「・・・・・・」 静かに目を閉じて何度も深呼吸を繰り返す。 そうして長い時間をかけて自分の心を落ち着けると、つくしはゆっくりと箱の蓋を持ち上げた。 その瞬間中からカサッと一枚の封筒が滑り落ちる。 いつの間にか、小さな箱には入りきらないほどの封筒がそこには存在していたのだということに、つくしはこの時初めて気が付いたのだった。
|
--管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2015/05/19 11:33 * [ 編集 ] | page top
--管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --名無し様<拍手コメントお礼>--
2人の男の一途な想いが胸に響きますね。 相変わらずつくしちゃんモテモテでずるいわ~(笑) そうですよねぇ。2人が両想いになっても鉄の女が昔と変わっていなければ・・・ その辺りも終盤戦のポイントですね~。 --ke※※ki様--
週末に寒い日があったせいで風邪を引いてたんですよね~。 月曜幼稚園から帰ってきたら熱があって・・・ 親子遠足だってあったのに・・・トホホで悲しいです(ノД`)グズッ 司は押せ押せのところを引くところを巧みに使い分けてるようです。 まぁほんの少し前まで自分を見て発作を起こしてた相手ですからね。 今更焦って振り出しに戻ってもバカらしいですし。 つくしが自分に揺れてるのがわかるからこそ、押して引いて作戦です。 --ち※様--
あはは、ど根性ガエル様ようこそいらっしゃいました!(笑) 50話を間近にしてようやくつくしが動き出しそうな気配・・・? ほんと、逆回転だけはして欲しくないですねぇ。 さぁ、ずっと封印されていた司からの手紙には何が書かれているんでしょうか。 次回はラブレタータイムとなるのでしょうか?(笑) --さと※※ん様--
ほんとに、体って正直ですよね~。 いくら気持ちでは認めなくたって受け入れちゃってるんですから。 あとは心がそれに追いつくのを待つばかりなんですが・・・ 姐御、手フェチでして? それは奇遇ですな。あっしもでやんでい。 太すぎず細すぎず、大きなスッとした男らしい手が大好物ですねん( ̄∇ ̄) さて、坊ちゃんからの手紙には何が書かれてるんでしょうか。 「この手紙を読んだ人は5人に・・・」 とか不幸の手紙だったりして。 --きな※※ち様--
役員お疲れ様です~。 私も力不足ながらやっちゃってますよ!(笑) あはは、0時に起きてた理由の弁解が凄い力説に・・・(笑) 大丈夫、ダイジョーーーブ!! ちゃんと伝わりましたから!全面的に信じますよ。←何様 アナタハカミヲシンジマスカーーー?! ・・・すいません、多忙なのでちょっとネジが緩んでるみたいです。 え?いつもだって? ナニヲーーー!!(`Д´)/ 私も昔どっぷり二次に嵌まってた頃はストーカーになってたなぁ。懐かしい(笑) --マ※※ち様--
あちゃ~、すいません。最近気が合わないですか。 定時更新したいんですけどねぇ、ほんとに今忙しくて。 せめて更新しないよりは・・・と頑張ってるところです。 ほら、そういうすれ違いもロマンスには必要なエッセンスだと思って・・・! ←何の話やねん つくしにもようやく変化が見えてきましたね。 ほんと、このお話ではつくし達だけではなくハルにも幸せになってもらいたいものです! --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
ようやく光が差してきましたよね~! 敢えてここで押して押して押しまくらない司がまた憎らしいほどにカッコイイ・・・チクショー さぁ、どんなラブレターなんでしょうね。 司が妙に格言めいたこと書いてたら引くかも・・・(笑) |
|
| ホーム |
|