愛が聞こえる 45
2015 / 05 / 20 ( Wed ) 箱の中にあるのは決まって白か青の封筒ばかり。
そしてその一つ一つから微かなコロンの香りが漂い、それが何十通ともなれば箱を開けた瞬間に離れた距離にいてもわかるほどの香りを放つ。 決して忘れることのない世界にただ一つの香りを。 思わぬ再会を果たしてから早5ヶ月。 目を逸らし続けてきた時間の積み重ねが確かにここにある。 つくしは箱の底からうっすらと見覚えのある一枚の封筒を取り出した。 それは職場の司書づてに渡された最初の封筒だ。 あの時からこれまで、間接的に封筒の数は増え続けていった。 だが、ただの一度も開けることはなかった。 かといって捨てることもできず。 自分でも中途半端な行動だと重々自覚していたし、何度か捨てようと踏み切ったこともあった。 だがどうしてもできなかった。 『 万が一の時に後悔する資格なんてない 』 十以上も離れた少年に言われた言葉が重く重く心にのし掛かる。 一言一句、彼の告げた言葉は全てが正論だ。 もうずっと目を逸らし続けていた。 ___ 自分の気持ちから。 未来から。 自分と深く関わりをもたなければ、誰かを不幸にすることもない。 必死にそう自分に言い聞かせて生きてきた。 でも・・・ 『 今の俺を見て笑ってくれてんのかなって 』 この言葉が強烈な刃となって胸に突き刺さる。 ・・・本当に・・・? 本当に、誰かを傷つけたくなくて心を閉ざしてきた? 本当はずっと気付いていたんじゃないの? ____ 傷つきたくないのは、他でもない自分自身だったんだということに。 封筒を握りしめた手にギュッと力を入れて目を閉じると、油断すれば一気に呼吸が上がってしまいそうになる体を必死でコントロールしながら深呼吸を繰り返していく。 そうして自分の心を静めると、これまで封印され続けていた封筒を開けてゆっくりと中の紙を取り出した。 そこにはおそらくじっくり見るのは初めてであろうあの男の字が並んでいる。 最初にこの封筒を目にしたときにも率直に思ったことだったが、その字は普段の横柄な態度からは想像もつかないほど綺麗だった。 達筆とはまた違う、端正な字。 その字一つ見ても育ちの良さがわかる、そんな印象を与えるものだった。 「やっぱり何でもそつなくこなせるんだな・・・」 確かに、大財閥の上に立つ人間が書く字が下手だったら・・・それはそれで残念かもしれない。 自分が思っている以上に幼少期からずっとずっと厳しい躾や教育を受けてきたのだろう。 つくしはそんなことを考えながら封印の解かれた文字を目でなぞっていった。 『 牧野 ○月△日、7年にもわたる俺の地獄の時間が突然終わりを告げた。 俺にとってこの時間は生きていても死んでいるかのような、まさに地獄の日々だった。 蘇った記憶と共に考えたのは他でもない、牧野、お前のことだった。 やっとのことで見つけたお前には予想だにしないことが起こっていた。 その原因に俺があることは違いない。 7年もの間お前を突き放しておきながら記憶が戻ったからと再びお前を手に入れようとするなんて、自分勝手でどうしようもない奴だと誰もが思うことだろう。 そんなことはこの俺自身が一番わかっている。 どんなに詫びようとも取り返しのつかない7年が過ぎてしまったということを。 それでも、俺はお前を失えない。 あのまま地獄の底で沈んでいたかもしれない俺をすくい上げたのはお前だと信じてる。 そしてお前が今何かに苦しんでいるのなら、それを救い出すのも俺だと信じてる。 言い訳はしない。 己の過ちから目を逸らすことは絶対にしない。 何をどうしようと、過ぎてしまった過去を変えることはできない。 ならば俺はお前との未来を掴むためにどんな努力も惜しまない。 お前が自分と向き合うことができないのなら、代わりに俺が向き合う。 ・・・・・・必ず。 必ずこの手にお前を取り返す。 たとえ地獄の果てまででも、お前を追いかけて絶対に手放しはしない。 俺はお前との未来を信じてる 司 』 紙を持つ手が震える。 ・・・どうして・・・ どうして彼はこんなにも・・・ 震える手で急くように別の封筒の中身を取り出す。 『 うちの主治医と今日話す時間をつくって過呼吸についての話を色々と聞いた。 原因は当然ながら精神的なものが大きいと言われた。 だがきちんと時間をかけて向き合っていけば必ず治るとも言われた。 苦しいだろうがどうかお前にも向き合って欲しい。 散々苦しめてきた俺が言うのはおかしいのはわかっているが、お前が苦しむ姿を見ているのは辛い。お前を助けられる術があるのなら、俺はどんな情報でも手に入れたい 』 そこから先には再会したあの日つくしがやっていた対処法が今では危険だと言われるようになっていて、時代と共に対処法も変わりつつあることが書かれていた。それと同時に咄嗟の時にはどうすることが望ましいかなどが事細かに書かれていた。 おそらく遥人の持っていた紙にも同じ事が書かれていたのだろう。 他の封筒の半分ほどがつくしの過呼吸に関することだった。 『 あいつ、多分医者にでも会って色々聞いたんじゃねーのか? 』 遥人の指摘はその通りだった。 医者にでも聞かなければ到底知りようがないことが事細かに、かつ素人にもわかりやすく噛み砕いた言葉で書かれていた。 そしてもう半分は何でもないただの一言のようなものが書かれているだけ。 仕事でこんなことがあった、天気はどうだった、 全てが特に意味を持たない日常の一コマを切り取っただけの一言。 パタッ パタッ・・・ 手にしていた紙に一粒、また一粒と滴が落ちて染みこんでいく。 最初は数えられる程度だったそれも時間と共に紙全体へと広がり、次から次と滝のように滴り落ち始めた。 「 なんで・・・ 」 あの男がどれだけ多忙な生活を送っているかなど考えるまでもない。 この地に赴くまで片道3時間、往復すれば6時間、それだけの時間を確保することがあの男にとってどれだけ大変なことであるか。 それなのにこんなくだらない一言が書かれた手紙を渡すためだけにわざわざ足を運ぶなんて。 休む暇もないほどクタクタだろうに。 そんな中で無理をして来て事故にでも遭ったらどうするのか。 「バカじゃないのっ・・・?!」 どうして、どうしてあの男はこんなにも・・・ 『 己の過ちから目を逸らすことは絶対にしない。 未来を掴むためにどんな努力も惜しまない。 』 何故こんなにも強くいられるの。 一方で自分はどうだというのか。 度重なる不幸に自ら心を閉ざし、現実から目を逸らし、未来から逃げてきただけではないか。 誰かを傷つけたくないと言いながら、ただ自分が傷つくのが怖かっただけじゃないか。 「ほんとに・・・・・・バッカじゃないっ・・・?!」 何故こんなことにすら気付かなかったのか。 辛い現実から自分の心を守ることに精一杯で、大事なことに何一つ気付いてなどいなかった。 自分が大切な人は今のこんな自分を望んでなどいないということに。 どんなに夢の中で再会しても、どこか悲しそうに笑っているだけだった。 どうして? 何故? いつもそう思って悲しかったけれど、そうさせていたのは他でもない自分自身だったんじゃないか。 目の前の写真立てにいるのは眩しいほどの笑顔を見せる大好きな家族。 夢の中でももうどれだけこの笑顔に会えていないのだろうか。 でもそれは何ら不思議なことではなかったのだ。 自分が笑っていないのに、彼らが笑ってくれるはずがない。 全ては合わせ鏡だっただけ。 ___ 私が幸せでなければ彼らは幸せになれない。 こんなシンプルな答えに辿り着くまでに、一体どれだけの遠回りをしてしまったのか。 「ごめんっ・・・ごめんなさいっ・・・パパっ、ママっ・・・!」 大量の手紙の山に蹲りながら、つくしは声を上げて泣き続けた。 そんなつくしを、頭上の写真の中の4人が言葉もなくただ静かに見守っていた。 *** ガタッ・・・ 30分ほどひたすら泣き続けると、ぼんやりとする頭を奮い立たせてつくしはさらに別の引き出しを開けた。そしてその最奥からあるものを取り出す。 それもまた長年封印されたままで捨てられずにいたあるものを。 「・・・・・・」 しばらくそれと睨めっこを繰り返すと、つくしはボタンへと手を伸ばした。 充電などとっくに切れているだろう。 それ以前にとっくに壊れているかもしれない。 「・・・あ」 だがその予想に反してそれは光を取り戻した。 とても懐かしい光を。 「嘘・・・ついた・・・」 7年前に封印した携帯が今その力を蘇らせたのだ。 ・・・信じられない。 いくらバッテリーがある状態で電源を切っていたとはいえ、あれからもう7年も経っている。 それなのに電源が入るだなんて、奇跡だとしか思えない。 ____ まるで自分を後押ししているかのように。 「 ・・・・・・ 」 つくしはこの奇跡が天国にいる両親が起こしてくれたものではないかと思えてならなかった。 あり得ないことがあり得ている、この今が。 「・・・・・・・・・逃げてばかりじゃ未来は掴めない」 自分に言い聞かせるようにそう独りごちると、つくしは手にした携帯のボタンを押した。 ピリリリリリリッ ピリリリリリリッ とちょうどその時、鞄の中に入っていたつくしの携帯の音が部屋に鳴り響く。 その音にハッとして手の動きが止まった。 「・・・誰・・・?」 尚も鳴り続ける音につくしは手にしていた携帯を一度テーブルに置くと、鞄の中から急いで音を奏でる携帯を取り出した。 「・・・あ」 そして液晶に表示された名前を確認すると、つくしはすぐに通話ボタンを押した。 「 もしもし? 」
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by: * 2015/05/20 10:21 * [ 編集 ] | page top
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良かった~。 やっとつくしが自分が笑顔になることの大切さに気付いてくれて。 そして司からの手紙を読んでくれて・・・。 ハルの言葉が、司に抱きしめられて伝わる気持ちが、つくしに大事なことを分からせてくれた。 でも、電話は誰からかかってきたのかな? それはつくしにとって良いものなのか、どうなのか? みやとも様~まだつくしに試練はありますか? 気になるぅ~。 --管理人のみ閲覧できます--
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司君ストーカー並につくしちゃんを愛しちゃってます(笑) さて、つくしはこれからどうするのか。 電話の相手も気になります。 --みわちゃん様--
ようやくつくしが前を向くことの大切さに気付いてくれましたね! そして手紙の封印が解かれました。 まぁ封印と言うほどの内容が書かれているわけじゃないんですが、つくしの心をとかしていくには充分な効果があったようです。 そして気になる電話の相手は?! つくしへの試練ですか? う~ん、どうだろう? クライマックスにあるようなないような・・・(笑) --うか※※ん様--
もうどこで切ってもきっと続きが気になりますよね?(笑) はい、やっとやっとやっとやっと牧野つくしが目覚めてくれました。 ほんと電話の相手はその足枷にならないで!と祈りたくなりますね。 司も相変わらず犯罪級に卑怯な男です。 だってカッコ良すぎでしょ、どう考えても捕まるでしょ(笑) 物語も終盤戦。 最後の最後までドキドキハラハラワクワクしちゃってください。 --マ※※ち様<拍手コメントお礼>--
あらら、またしてもごめんなさい(ノД`) でも希望の見える展開になってきましたよね? だからそれで許してチョ(っ´ω`c)オ・ネ・カ・゙イ そして電話の相手が気になる気になる木です。 --ち※様--
あはは、ど根性首相、感動していただけましたかっ?! ごっつあんです!ヽ(.◕ฺˇд ˇ◕ฺ;)ノ え?司の手紙を読みながら左手で思わず口を押さえてしまった? えーーと、一応確認ですけど、それは大爆笑を阻止するためじゃないんですよね? 首相は「感動したっ!!」って仰りましたよね? 笑い阻止じゃないですよね? ・・・・・・そういうことだと信じます。フーーー(;´Д`) 司の香りはすっごいノーブルな感じなんでしょうね。 甘すぎず辛すぎず。爽やかな残り香を振りまく香り・・・ってどんなやねん! 電話の相手が気になります~~! --ke※※ki様--
えぇ、一気に来ましたよ~。 思えばつくしっていつもそうじゃなかったです? 色々考えて考えて考えて・・・噴火のようにドッカーーーン!!みたいな。 人の本質ってやっぱりそう変わらないということで(笑) それに、やっぱりああいう経験をしている以上、いくら雑草魂と言っても前向きに生きるって辛いことだと思います。自分のせいで誰かの人生を終わらせてしまった・・・その自責の念に駆られながらも迷わずに幸せを追求出来る人ってそういないんじゃないのかなぁ。 でもようやく大切なことに気づけました。 あとは恐れず突き進むのみです! --マ※ナ様<拍手コメントお礼>--
それぞれの想いが痛いほど伝われば嬉しいです。 皆、今を必死で「生きてる」んですよね。 そしてそれは当たり前じゃない。 つくしはようやく大事なことに気づけました。 ほんと、皆に幸せになってほしいですね! --さと※※ん様--
私、手書きのものが大大大好きなんです。 今は当たり前に機械の時代ですけど、だからこそ手書きが愛おしい。 これほど書き手の想いがダイレクトに伝わるツールはないと思ってます。 誰か文通してくれないかしらぁ~~(*´︶`*) 元来司の愛ってでっかいんですよね。 横柄だった時代から変わらず。 ただそれを自覚させたのがつくしだったわけで。 つくし、迷わずその大海原に飛び込むんや! ・・・で、もしもしの相手が気になって眠れまへんか? --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
わぁ・・・壮絶な経験をされていたのですね・・・ それは二次の世界とはいえ、読んでいて色々と苦しいときもあったことかと思います。 私何ぞに話してくださって有難うございますm(__)m ほんとに、誰かを恨んで幸せになれるならいいですけど、それって同時に自分を疲弊させていくんですよね・・・ 乗り越えることは決して簡単なことではない。 でも生きているうちにその壁を乗り越えたとき、本当の意味で幸せだと思えるのかなぁ・・・なんて僭越ながら自分の経験上思ってます。 つくしも長いトンネルからようやく抜け出せそうです。 後はひたすら応援したいですね!^^ --t※※o様--
逃げない、言い訳もしないだなんて。 くうぅ~!そんな一言卑怯だぞ~~!! ですよね(笑) でも言い訳してる司なんて見たくないですから。 そんな暇があるならひたすら突き進む、司にはそうであって欲しい。 仰るとおり人ってどん底を味わって強くなる、本当にそう思います。 --k※※hi様--
司からのラブレターはやっぱり司らしさでいっぱいでした~! 字はどうしようかなと思ったんですけどね。 彼ああ見えてお茶もピアノもなんでもできるじゃないですか。 じゃあ当然習字とかだってやってるに決まってるよなと思いまして。 つくしも言ってますけど、字の下手な会社役員ってかなり残念じゃないです? なので「端正な字」に落ち着きました(笑) 元来メールすら嫌がるだろう男の手書きの手紙、響かないはずがありません。 そして気になる電話は誰から? |
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