愛が聞こえる 46
2015 / 05 / 21 ( Thu ) 「財布よし、携帯よし、戸締まりよし・・・」
鞄の中と部屋の中の最終チェックを入念に行う。 全ての確認を終えると、棚の前に正座をして座り込んだ。 毎朝欠かさずにやっている日課だが、今日はいつもと同じであって同じでない。 つくしは正面を見据えると、両手を合わせて静かに目を閉じた。 「・・・パパ、ママ。 今から私が私らしくあるために、一世一代の勇気を出してきます。・・・どうか最後まで見守っててください」 そう語りかけて長い時間祈りを捧げると、意を決したように目を開いた。 その瞳は今までのどこかおどおどとしていたものとは明らかに違っている。 「・・・よし。 じゃあ行ってきます!」 グッと握り拳をつくって自分に気合を入れると、つくしは荷物を手にして勢いよく立ち上がった。 *** 「・・・・・・つくし?!」 いきなり玄関まで行って欲しいと言われ、何事かとぶすくれながら歩いていた遥人の目に思いも寄らぬ人物が映る。驚いて駆け寄ると、目の前の女は満面の笑みで出迎えた。 「お前・・・どうしたんだよ。今日はボランティアの日じゃ・・・」 「ハル、この前はありがとう」 「え? ・・・あぁ、別に俺は何も・・・」 「あたしちゃんと考えたよ」 「え?」 「ハルに言われたこと、ちゃんと考えた」 「・・・・・・」 ・・・なんだろう。 いつものつくしと同じでどこか違う。 感じずにはいられないこの違和感の正体は・・・ 「・・・後悔したくないから、自分らしく行動してくるよ」 「えっ?」 「もし万が一明日自分が死んだとしても、自分の人生に悔いはなかったって胸を張って言えるように」 突然のことに呆気にとられる遥人につくしはニコッと微笑みかける。 「お前・・・」 今目の前で見せている笑顔は、これまでのどの笑顔とも違う。 まるでこれがつくしの真の笑顔だと言われているような気がして。 「どういう結果になるかは自分でもわからない。でも必ずハルに一番に報告に来るから。・・・だから待っててくれないかな」 「・・・・・・」 何も言わない遥人の答えをただじっと待ちつづける。 その目にもう迷いはなかった。 「・・・・・・はぁ。・・・仕方ねぇな。 お前がどうしてもっつーから聞いてやるよ」 時間を掛けて出てきた憎まれ口には愛がたっぷり感じられた。 プイッとそっぽを向いてしまうその仕草すら堪らなく愛おしい。 どうしてこんなに素直な少年を突き放そうとできたのか。 一時の気の迷いとはいえ、自分の愚かさを心の底から悔いてならない。 ・・・だからこそ。 今自分にできることを、すべきことを全力で。 「ハル、本当にありがとう。 じゃあ行ってくるから」 「・・・え? 今から行くのか?」 「うん」 思った以上の展開の早さにさすがの遥人も目を丸くする。 3人で出かけた日からまだわずか一週間しか経っていない。 あれだけぐだぐだ悩み続けていたくせに、この変わり様は一体何なのか。 「ハルの言葉一つ一つがあたしの心にガツンと響いたの。考えて、考えて・・・今まで自分は何をしてたんだってようやく目が覚めた。そうしたらもう悩んでる時間がもったいないって思えてきて。全部ハルが気付かせてくれたことだよ。本当にありがとう」 「・・・」 「自分らしく行動してくるから」 「・・・」 こんなに生き生きした姿を見るのは初めてだった。 これが本当の牧野つくしの姿なのか。 元気だけが取り柄の女だとは思っていたが、今はその比ではない。 内から溢れるパワーが直視できないほどに眩しく見える。 「・・・じゃあ時間もないからそろそろ行くね」 最後にそう言い残すと、つくしは笑って背を向けた。 「おいっ!」 玄関を出たところでかけられた声に足を止めて振り返る。 「・・・・・・気をつけて行ってこいよ」 「・・・! ハル・・・。 行ってきます!」 やっぱり視線を合わせずにどこか照れたようにそう呟いた遥人に満面の笑みを見せると、つくしは大きく頷いて再び歩き始めた。 今度はもう振り返らずに。 そのつくしの後ろ姿を、遥人は見えなくなるまでずっと見続けていた。 *** 「はぁ~~~・・・」 執務室に戻るとすぐにソファに体を投げて天を仰いだ。 つくしに会うためには半日ほどは時間を確保しなければならない。 つまりはその分のしわ寄せが必ずどこかに来てしまうわけで、このところの激務にさすがに疲労も蓄積していた。いつもならつくしの顔を見るだけでその疲れも吹っ飛んでいくのだが、しばらくはその時間すら作れそうにない。 「・・・西田」 「はい」 「次にまとまった時間が作れそうなのはいつだ?」 「そうですね・・・。しばらくは大柳産業との東京での仕事が主軸になりますから、おそらく2、3週間ほどではないかと・・・」 わかってはいたが、予想通りの答えに再び深い溜め息が出る。 確実につくしとの距離が再び縮まったと確信できたというのに、このタイミングで会いに行くことができないなんて。あわよくば向こうから会いに来てくれたらどれだけいいことか・・・なんて、あり得ない展開を期待してしまうほどに今すぐにでも会いたい。 「・・・会いてぇな・・・」 ぽつりと零れた一言に西田が司を見るが、変わらず目を閉じたまま。 ほんの少しの時間ですら司にとっては貴重な休息であることをわかっている西田は、音をたてないようにそのまま静かに部屋を後にした。 コンコン! 「・・・・・・」 沈んだ意識の中に音が聞こえたような気がしてフッと目が覚める。 どうやらあのまま一瞬だけ眠ってしまっていたらしい。時間にしてほんの数分程度だろうか。それでも、さっきよりは遥かに頭がクリアーになっているのを感じる。 コンコン! どうやらあの音は夢ではなかったらしい。 「・・・誰だ」 そう答えても何の返事も返ってこない。 この部屋に直接入って来られる人間など限られている。さっきの今で西田が戻って来るとも思えないし、そもそもあの男なら既に室内に足を踏み入れているはずだ。 いつもと違う状況に司の眉間に深い皺が寄る。 ガチャッ とその時、何の言葉もなく扉が開いた。無言で侵入するなど命知らずもいいところだ。 「おい、てめぇ何してやが・・・」 人を殺しかねないほどの眼光で入って来た人物を睨み付けると、次の瞬間にはその目が大きく見開かれた。 「 ?! 」 無意識だが思わず立ち上がってしまうほどに予想外のその人物とは___ 「プロジェクトの進行はいかがかしら」 棒立ちしている息子を目の前にしても、鉄の女は顔色一つ変えずビジネスモードを崩さない。 帰国するだなんて話は一言だって聞いてなかったし、ついさっきの西田の様子からも知っていたとは思えない。 「ババァ・・・なんで・・・」 「香港に行ったついでです。抜き打ちでチェックをするのも上としての大事な仕事ではなくて?」 「・・・」 それは確かにそうかもしれないが、この女がたったそれだけの理由でわざわざここに足を運ぶだろうか? 過去の事を考えれば疑心暗鬼になるなという方が無理な話だ。 「あなたが帰国なさってもうすぐ半年かしら」 「・・・何が言いたい」 「最初に言った通り、あなたに与えられた期限は半年以上一年未満。それで駄目なら・・・」 「させるかよ」 最後までは言わせない。 「もしもの話なんていらねぇんだよ。俺はやるっつったらやる。それ以上もそれ以下の話も必要ねぇ」 「・・・・・・」 バチバチと見えない火花が飛び散る。 何事にも動じない同じDNAを持つ者同士、互いに一歩も引くことはない。 「・・・いいでしょう。期限は期限です。あなたがどのような手腕を発揮されるのか、お手並み拝見とさせていただきます。話はそれだけです」 そう言い残すと、楓はたった今来たばかりの道を戻っていく。 「待てよ。てめぇは知ってたのか?」 「・・・何のお話をなさってるのかしら」 部屋から出る寸前、司の投げかけた問いにその足が止まる。 「とぼけんじゃねぇよ。牧野の弟がうちに入ったことをてめぇが知らないはずがねぇだろ。一体何を企んでる?」 「・・・・・・」 ふぅっと呆れたように息をつくと、明らかな敵意を剥き出しにした我が子と向き合う。 「あなたがどう思おうと自由です。あの青年はうちの入社基準を満たしていた、ただそれだけのこと。それ以上もそれ以下もありません。わが社は不必要な人間を取り入れるほど暇な会社ではないことはあなたもよくご存知なのではなくて?」 「・・・・・・」 「仰りたいことはそれだけかしら? でしたらこれで」 フイッと視線を逸らしたと思った時にはあっという間に目の前からいなくなっていた。 正味何分の出来事だっただろうか。 まるで今起きたことが夢だったかのように、風のようにやって来て風のように去っていった。 あの女が額面通りプロジェクトの進行状況を聞くためだけにわざわざ足を運んだとはどうしても思えない。 「一体何を考えてやがる・・・?」 自分とはまた違う高貴な香りの残された部屋で一人、司は今起きたことの意味をいつまでも考えていた。 「 まさかまたここに来るなんて思いもしなかったな・・・ 」 目の前を流れるのは人の波、波、波。 もう長いこと忘れていた感覚に圧倒されそうになりながら、つくしは実に7年ぶりに東京の地へと足を下ろした。
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by: * 2015/05/21 10:27 * [ 編集 ] | page top
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このタイミングで楓さん登場です。 彼女は一体何を考えているのか・・・ やっぱりラスボスは彼女なのか?! そしてつくしはどこへ行く? --あー※※ん様<拍手コメントお礼>--
はい、いよいよクライマックスに向けて大きく動きだしましたよ~! そして満を持しての楓さんの登場。 まだまだドキドキが続きます! --ひ※様--
楓さんは立ち塞がる敵なのか否か?! 非常に目が離せない存在ですね・・・ そして7年ぶりに東京にやって来たつくし。その目的とは? --k※※hi様--
子どもは相変わらず熱が下がらず、楽しみにしていた親子遠足も行けませんでした・・・(ノД`) 私にうつして早く元気になって欲しいんですが図太いからか全くで(;´Д`) お話はいよいよつくしらしさが出てきました! 誰に会いに来たんでしょうね? --さと※※ん様--
牧野つくし復活祭り開催じゃーーー!!! ・・・ってことで幹事をお願いしますだm(__)m 両親はもちろんハルにも律儀に宣言していくところがいかにもつくしらしいですね。 それにしても・・・ダバダ~♪ ってめっちゃ久しぶりに聞きましたよ(笑) 元ネタがすぐにわかっちゃうあたり世代もばれるって?( ̄∇ ̄) ありゃっ?執務室のガチャリ、つくしだと期待しちゃいましたか? あはは、狙ったつもりはないんですけどねぇ~。いや、ホント。 皆さん思いっきり引っかかっちゃいましたかね?(笑) 東京での再会、これが・・・おーーーーっとお口チャック!!(・m・) --ち※様--
あはは、執務室のガチャリの被害者がここにも・・・(笑) 言われて見ればつくしだと思っちゃいますわなーーー。 いやぁ無意識だったんですけどね。 我ながらなかなかやりおるなと関心しております。わっはっは! ← つくし、ついに7年ぶりに東京に戻って来ました。 そこで彼女は何をする? そして誰と会おうとしてるんでしょうか。 ここに来て現れた楓さんの存在も気になります。 もう一気に最終回までこの作品一本でいくことにしました。 その方が自分にとっても皆さんにとっても一番いい形なんじゃないかと思いまして。 最後までどうぞ見守ってやってくださいね! --こ※様--
このタイミングで楓さんが帰国したのは偶然か必然か?! いずれにせよクライマックスに向けて欠かせない人物の一人ですからね。 目が離せそうにありません。 そしてつくしは東京で何をしようとしているのでしょうか。 --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
7年ぶりに東京に戻って来たつくし。 その彼女が向かう場所は・・・? そしてこのタイミングで満を持して日本へやって来た楓さん。 いよいよ終盤戦だということがじわじわ皆さんにも伝わっているのではないかと思います( ´艸`) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --ke※※ki様--
あはは、狙ったわけではないんですけどね。 何名かの方に「やられたっ・・・!」と言われてそういえばと気付きました。 このところ色々と一杯一杯で(^_^;) ここに来て一気に話が前に進んでますよね。 皆さんの盛り上がり的には司がストーカーからつくしを守った辺りがおぉ~!って感じだったんでしょうけど(笑) やっぱりね、つくしには自分から動いてもらわないと。 |
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