愛が聞こえる 47
2015 / 05 / 22 ( Fri ) もうすっかり地方での暮らしに慣れていたつもりだったが、18年暮らした都会への感覚は消えてはいなかったらしい。すれ違う人の波を無意識に避けながら、つくしはぼんやりとそんなことを考える。
「・・・あ。あそこにあった店が変わってる」 7年もの年月が過ぎれば何も変わらないなんてことはあり得ないわけで、それは街も人も同じ事が言えるのだろう。 7年前この地を去ったとき、もうここには戻って来ないつもりだった。 そしてそれは2年前のあの悲劇で揺るがないものとなり、よもや今自分がここにいる未来など予想だにしなかった。 「後悔のない人生を・・・」 つくしは鞄に忍ばせたお守りをキュッと握りしめると、青になったと同時に一気に流れていく人の波に逆らわずに足を進めた。 *** 「・・・っていうかなんでよりにもよってここなのよ・・・」 大通りに面したガラス張りの店内から意識せずとも見えてしまう景色にどうにも落ち着かない。 いつか自らの足でとは思っていたが、今はまだそのタイミングではないから。 まだ今は。 「早く来ないかな・・・・・・って、あ。」 横断歩道の向こうからゆっくりとこちらへ向かってくる人影に気付いて思わず立ち上がる。 一歩ずつ、着実に足を進めるその人物もやがてこちらに気が付いた。 咄嗟に手を振ると向こうも笑って手を振り返す。 そうして少しずつ互いの姿が大きくなっていくと、やがて鈴の音と共に目的の人物が目の前へと姿を現した。 「遅れてごめん」 「全然! あたしもついさっき来たばっかりだから」 「そっか。 ・・・あ、コーヒーお願いします」 水を持って来たウエイトレスにそう言うと、椅子を引いてつくしの目の前に腰を下ろした。 「・・・何?」 やたらじっと自分を凝視するつくしに思わず不審そうに眉を潜める。 「あ・・・いや、なんかあんたまたガタイがよくなってない?」 「あぁ、まぁ鍛えてるからね」 「・・・」 そう言って自慢気に力こぶを作って見せる男をつくしは無言で見ている。 「・・・なんだよ。まーーた変な方に変換してんじゃないだろうな? あのことが原因で鍛えてるんじゃないかとか」 「ちっ、違うよ! ただほんとに思った以上に逞しくなってたからびっくりして・・・」 慌てて否定するつくしに痛い視線が突き刺さる。 「社会人になってかなり鍛えられてるからね。体力がないとついて行けそうにない世界だから。それで体力作りも兼ねて鍛えてんだ。だから変な方に捉えんなよ」 「うん、ごめん・・・」 初々しかったスーツ姿も今では見違えるように様になっている。 まるで我が子の成長を見守る母親の気分だ。 「IT企業に勤めてるんだっけ? えーと、名前はなんだったっけ・・・」 「あ~・・・、まぁそれは後でいいとしてさ、何だよ話したい事って?」 「えっ?」 「この前俺が電話したとき言ってただろ。俺に話したいことがあるって」 「あ・・・うん。 ・・・先にそっちが話さない?」 「ダメ。先にそっちがしろよ、姉ちゃん」 少しの迷いも一刀両断した男、それは約10ヶ月ぶりに会う弟、進だ。 あの日___ 司からの手紙と携帯の封印を解いたあの絶妙なタイミングで掛かってきた電話。 それは数ヶ月ぶりに連絡をしてきた進からのものだった。 あの事故以来、進からの連絡は何を差し置いてでも真っ先に受けるようにしていた。 残されたたった一人の肉親。 彼なくしては今のつくしはいなかったと言っても過言ではないほど、つくしの心と肉体を繋ぎ止めてきたかけがえのない存在だ。 事故で重傷を負ったにも関わらず、いつだって自分よりもつくしのことを気に掛けていた。 つくしはつくしでそんな進への自責の念でいつも押し潰されそうだった。 人の気持ちに敏感すぎる姉弟だからこそ、心配するのは相手のことばかり。 今思えば、相手を思いやっているつもりが逆に大きな負担となっていたことを痛感する。 事故によるブランクはあったが、たまたま大学の長期休暇と重なったというラッキーもあり、進は留年することもなく予定通り4年で卒業することができた。つくしと同じで普段から真面目な性格が功を奏したと言ってもいいだろう。 聞いたことのないIT関連企業に就職が決まったという話は聞いていたが、場所が東京ということもあり、つくしも必要以上のことは聞こうとはしなかったし、進もまた特別話そうとはしなかった。 事故以降つくしが酷く自分を責めているのを誰よりも近くで見ていただけに、進は決して姉の心の重荷になるようなことは言わなかったししなかった。 足にハンデが残ってしまったが、就職に伴う準備も絶対につくしに手伝わせようとはしなかった。 そうして春から離ればなれの生活が始まり・・・ 新入社員として多忙を極めるあまりか、進からの連絡も日を追うごとに減っていった。 先日の電話も実に1ヶ月ぶりに掛かってきたものだった。 掛かってきたとしても軽い近況報告程度ばかりだったのだが・・・ 『 話したいことがあるからこっちに出てきてくれないかな 』 前回の電話で言われたのは耳を疑いたくなるような一言だった。 こっちというのは紛れもなく東京のことなわけで、発作が多発するようになってからというもの、つくしの前ではタブー化していたと言ってもいいくらい触れることがなくなっていた。 それを突然言われたかと思えばこともあろうに来て欲しいなどとは。 まさかの展開に驚きは隠せなかったが、つくしはそのタイミングにすら運命的なものを感じた。 自分の心の壁を乗り越えて前に進むには、進と向き合うことは絶対に避けては通れない。 そしてつくしが長いトンネルを抜けて新たな一歩を踏み出そうとしたあの瞬間、東京に来て欲しいとの連絡が来た。 これを運命だと言わずになんと言えばいいのだろうか。 「姉ちゃん? どうしたんだよ、ぼーっとして。疲れてんのか?」 「あ・・・ごめん、全然大丈夫」 「そ? じゃあ何だよ、俺に話したい事って」 「・・・・・・」 ・・・躊躇っている場合じゃない。 何のためにこの地へ赴いたのか。 その意味を忘れるな。 つくしは膝の上に載せた手をグッと力強く握りしめると、目の前の進を真っ直ぐ見た。 「・・・・・・進、あたし・・・前に進んでもいいかな?」 「え?」 「自分勝手なのはわかってる。・・・でもようやく気付いたの。過去ばかりを見て生きてるあたしをパパとママは望んでなんかいないって。せっかく助かった命を後ろ向きに生きても・・・何の意味もないって」 「・・・・・・」 「だから、だから・・・全てを背負った上で、自分の気持ちに正直に生きたいの」 「・・・・・・」 互いに見つめ合ったまま長い長い沈黙が続く。 ハンデを負わせてしまった進からすればなんておめでたい奴だと思うかもしれない。 ___ それでも。 たとえそう言われたとしても、どうせ後悔するなら精一杯生きて後悔したい。 何かに怯えて逃げ暮らすような自分は牧野つくしなんかじゃないと大切な人が気付かせてくれたから。 「・・・・・・・・・・・・・ぷっ」 だが更に長い沈黙にさすがのつくしの決心もぐらつきそうになったその時、 「あっははははは!」 「・・・え? えっ?!」 もう我慢できないとばかりに進がお腹を抱えて笑い出した。 突然のことにつくしは目を丸くして驚くしかできない。 一体何が起こっているのか。 「ははははっ・・・はーーーーーっ、こんなに笑ったの久しぶりかも」 「・・・」 目尻に滲んだ涙をグイッと拭うと、進は呼吸を落ち着けてあらためてつくしと向き合う。 「・・・遅すぎだろ」 「えっ?」 「そんな当たり前のことに気付くのにどんだけ時間かかってんだよ」 「・・・!」 思いも寄らない切り返しに言葉も出ない。 「俺は事故に遭った直後からずっと言ってただろ? あの事故は結果論であって姉ちゃんが責任を感じる必要なんかないって。・・・でもまぁ俺が逆の立場だったら何も気にせずに生きていられるかって言ったらやっぱり自信はないんだけどな」 そう言ってははっと苦笑いする。 「それでもやっぱり俺は言うよ。姉ちゃんが何かを背負う必要なんか少しだってない。俺だけじゃない。親父とおふくろだって、姉ちゃんには笑って生きていて欲しいって願ってるに決まってるって」 「・・・」 「自由になれよ」 その言葉にハッとする。 進の顔は、とてもとても真剣で・・・真っ直ぐだった。 「自分の幸せを考えて生きていけよ。せっかく助かった命を無駄に生きんな」 「・・・進・・・」 「・・・泣くなよ」 「ごめっ・・・」 パタッパタッと数滴手のひらに落ちた滴はたちまち形を変えていく。 もう拭っても何の意味も持たないほどに、次から次に溢れて止まらない。 進は感情のままに涙を流す姉の姿を、言葉とは裏腹に優しい眼差しで見守っている。 「泣いてめそめそする姉ちゃんなんてらしくねぇぞ」 「・・・ん、うんっ・・・!」 「ははっ、全然止まんねぇじゃん」 必死で止めようとすればするほどぼろぼろと溢れて止まらない。 きっとどこかのネジが一本外れてしまったに違いない。 まるでコントのように泣き崩れるつくしの姿を見ながら、進は再びお腹を抱えて笑い転げた。 「・・・はぁ~~~・・・ずびびっ」 「ふはっ、きたねーな。 ようやく落ち着いたかよ?」 「う゛ん・・・ごべんね・・・」 「ってか全然喋れてねーから。 いやぁ~、面白いもん見せてもらったわ」 「・・・・・・」 弟の前でこんなに泣いたのなんてあの悲劇の時くらいだった。 それもあの時だけで、あれ以降泣くことすら封印していた。 それがまさか前向きな涙を流す日が来るなんて・・・考えもしなかった。 とてもとても勇気のいる行動だったけれど、目の前で心の底から嬉しそうに笑っている進の姿を見ていたら・・・自分の行動は間違っていなかったのだと確信する。 『 今の自分を見て笑ってくれてんのかなって 』 きっと・・・きっと同じように笑ってくれてるよね? パパ、ママ・・・ 「・・・そういえば進の話したい事って何だったの?」 「え? あー・・・そういえばそうだったな」 すっかり忘れていたのか進が思い出したように頷く。 「よっぽど大事な話なんでしょう? わざわざこっちに出てきて欲しいって言うくらいなんだから」 「まぁ大事っつーかなんつーか・・・でもこのタイミングで姉ちゃんが前に進み出したってのもなんかすげぇなって思うわ」 「? どういうこと?」 どこか感動したように言葉を噛みしめる進につくしは首を傾げる。 「・・・俺さ、半年アメリカに行くことになったんだ」 「・・・・・・え?」 出てきた言葉はあまりにも予想だにしなかったものでつくしの時間が止まる。 アメリカに・・・? 誰が・・・? 呆然と放心状態になってしまったつくしを進は手を振って現実に引き戻そうと笑っている。 「おーーーーーい、聞こえてっかぁ?」 「・・・え・・・どういう、こと・・・?」 「仕事の研修でさ、アメリカの本社に行けるチャンスをもらえたんだ」 「仕事で・・・?」 つくしが納得できないのも当然だろう。 進が就職したのはIT関連企業だと言っていた。 確かにグローバルに展開する職種だと言えるが、新入社員がいきなり海外研修というのがつくしにはいまいちピンと来ない。 泣き顔から一転、難しい顔でぐるぐる考え込んでいるつくしの忙しさに吹き出すと、進はコホンと咳払いして姿勢を正した。 「・・・実はさ、俺が就職した会社、嘘ついてたんだ」 「・・・は?」 つくしの眉間に皺が寄るのも仕方がない話だ。 嘘だった・・・? 一体どういうことだというのか?! 「そんな怖い顔すんなよ」 「だって・・・!」 「あの時は言えない理由があったんだよ」 「言えない理由・・・?」 もう何がなんだか全く意味がわからない。 この男は一体何を言っているのか? 「あっち、見てよ」 「え?」 「あっち」 そう言って進が指差した方向。 そこにはガラス張りの店内からはっきりと見えるビルがそびえ立っている。 忘れもしない大きなビルが。 「・・・・・・え?」 指差した先と進の顔を何度も何度も行ったり来たりする。 まさか・・・ まさか・・・・・・?! つくしの心の中が読めたのか、進は大きく頷くとスーツのポケットからあるものを取り出した。 それは彼の写真が載ったIDカードだ。 つくしは差し出されたそれを恐る恐る受け取ると、ゆっくりと視線を下ろす。 そしてそこに記載された内容を見て目を見開く。 まさか、そんなことが・・・ 「 俺さ、道明寺ホールディングスの社員なんだ 」 震える手でIDカードを握りしめるつくしに進がはっきりと告げた。
|
--管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2015/05/22 09:47 * [ 編集 ] | page top
--管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --委員長殿--
あっははは、ほんとに 「コリャマイッタネ!」 ですね(ノ∀`) 結構バナー猫に寄せられる期待値が大きくてですね、 軽~い気持ちで始めたものが今や結構なプレッシャーになってます(笑) --ち※様--
待ち合わせの相手は類じゃありませんでした。 類とも2年近く会ってませんからねぇ・・・ 少し前のつくしには類のことを考える余裕すらなかったかもしれません。 司のことも封印してたくらいですしね。 はい、進君は真面目に優秀な社員なんです。 この研修も彼の実力で得たチャンスです。 カフェの中からDH本社が見えるだけでそわそわ落ち着かなかったのに、まさかの展開にびっくり玉手箱のつくしちゃん。 さぁこの後の反応やいかに?! あー、よかった、大爆笑阻止じゃなくて(笑) --ke※※ki様--
司じゃないとすれば進しかいませんよね、やっぱり。 今のつくしを繋ぎ止めていたのは彼の存在に違いないですから。 前に進むためには絶対に欠かせない存在です。 そして敢えてビルの目の前を待ち合わせ場所に指定してきた進。 うーむ、なかなかやりおるな( ̄ー ̄) まぁ新人研修に抜擢されるくらいですからね。 切れ者なのでしょう。 --ひ※様--
司に一直線!と行きたいところですがそこは真面目なつくしちゃん。 やはり進を差し置いて勝手に幸せになることはできないのです。 --花※※好き様--
コメント有難うございます^^ つくしちゃんがいよいよ前向きになって・・・はい、お話が動きますよ! ストーカーの一件ではいよいよ?!と思わせてそこからの突き放しがありましたからね。 でも今回はつくしの方から動き出してますから。 いよいよ本当の佳境へ向かっていきますよ。 え?司がカッコイイですか? つかつく大好き人間が書いてますからね。 皆さんにムフムフしていただけるように頑張ってますよ!(笑) --さと※※ん様--
電話の正体は進でした~! つくしが躊躇わずに出た時点でピンと来た方も多かったかな? 前向きに生きる決意をしたものの、待ち合わせ場所がまさかのDHビル前。 さすがのつくしも心の準備というか、びびったようです(笑) でも進から言われちゃノーとは言えないからね・・・ 進、いい男ですよね~。 いや、普通にいい男、ほんと。 将来どんなお嫁さんもらうのかなぁ~?(*´∀`*) --k※※hi様--
やっぱりね、潰れそうになりながらもそこで踏みとどまっていられたのは進の存在あってですから。 前向きに生きると決めたからには彼に黙って・・・とはつくしにはできないのです。 姉弟そろって真面目か!(笑) そしてまさかの予想外の告白におったまげちゃったつくしちゃん。 進君、普通に優秀な社員なんですね~。(もちろんコネなしです) さぁ、つくしちゃんの反応やいかに?! --あー※※ん様<拍手コメントお礼>--
あはは、進が司並にカッコイイですか? 真面目な分だけ総合的には進の方がいい男かもしれません(笑) あ、でも見た目は司の不戦勝だな( ̄∇ ̄) つくしが気付かないだけで彼はずっとずっと大人に成長していたんですね。 つくし、負けてられないぞっ!(・∀・) --み※こ様--
毎日楽しみにしていただけているようで嬉しい限りです。 長~いトンネルからようやく抜け出したつくしちゃん。 これからクライマックスに向けてどうなっていくのか、皆さんにハラハラドキドキしていただけたらと思ってます( ´艸`) |
|
| ホーム |
|