幸せの果実 25
2015 / 06 / 19 ( Fri ) 「つくしちゃん、大盛りのところを特盛りにしといたよっ!」
「えっ? わー、おばちゃんありがとうっ!!」 「いいってことよ。つくしちゃんには元気な赤ちゃんを産んでもらわないとだからねっ!」 「あはは、これじゃあ元気になりすぎて産むのが大変になっちゃう。 あっ・・・!」 笑いながら受け取ろうとしたトレーが横から伸びてきた手にサッと奪われる。 つくしと目が合ってニコッと笑うと、トレーを奪った男は一番人気の少ない最奥窓際の席へと無言で歩いて行った。 「今日も指一本触れられませんでしたね」 「・・・っていうか高速すぎでしょ」 呆気にとられたようにその後ろ姿を見送るつくしに同僚の佐藤がクスクス笑っている。 「それだけ社長が徹底して指示なされてるんでしょうね」 「全く・・・。病人じゃないっていうのに過保護なんだから」 「ふふっ、つくしさんとお子さんが大事で大事で仕方ないんですよ」 ぶぅっと不満そうなつくしのお腹は誰の目に見てもふっくらしているのがわかるほどになっていた。 「随分お腹もわかるようになってきましたね」 「・・・うん。もともと痩せ型だから余計目立っちゃうのかもしれない」 「ふふ、じゃあ行きましょうか」 「はーい」 そう言ってつくしたちが歩き出すと、暗黙のうちに道が開けていく。 さらにはつくしのすぐ隣には黒いスーツの厳つい男が貼り付いていて、誰の目に見ても普通じゃない光景がそこには広がっていた。さぞかし物々しい雰囲気かと思いきや・・・ 意外や意外。 むしろその逆で、その場は何ともほのぼのとした空気に包まれていた。 それもそのはず。 つい先日ようやくつくしの懐妊が大々的に公表されたのだ。 5ヶ月に入ったということ、つくしの体調も安定してきたこと、そして最大の理由は見た目で妊娠しているということが誰の目にも明らかになってきたということだった。 いつまでも隠し続けているよりは今度は公表することでつくしを守る。 司がそういう体制にシフトさせたのだ。 待望の発表に会社はもちろんマスコミも大いに盛り上がったことは言うまでもない。 社内でひそかに司に憧れを抱いていた女達も、隠すことなくまざまざと見せつけられるつくしへの愛情表現にすっかり戦意喪失し、今度はそれだけ愛されているつくしに自己投影することで幸福感を味わっているようだった。 元来自分から敵を作るタイプではなかったつくしの評判は上がっていく一方で、気が付けば妊娠発表後は会社全体で身重のつくしを見守っているような状態になっていた。 とはいえ、万が一の事態に備えて司が徹底してSPを配備していることだけはもうどうにもなりそうにないのだが。 「いただきま~す! ・・・ん~、おいしいっ!」 「ふふっ、じゃあ私もいただきます」 いつものようにつくしの歓喜の声が食堂に響き渡ると、満足したようにその場にいた誰もが再び自分の手を動かし始めた。 「それにしてもさすがは妊婦さん。凄い食欲ですね」 「あはは、ほんとに困っちゃう。つわりが思った以上にきつかったから、その反動もあるのかも」 「しばらくはほんとにきつそうでしたもんね・・・」 「まさか自分がああいう目に遭うだなんて予想もしてませんでしたよ。食べることが何よりの生き甲斐の私にとって食べられないことほど辛いことはないっていうのに」 「えっ? あはははっ! 相変わらずつくしさんは面白い方ですね」 「だってほんとにそうなんですよ! 食べ物を見るだけで気持ち悪くなったり戻したり・・・私の辞書には一生存在しなかったはずの現象なんですから!」 「あははは」 5ヶ月、いわゆる安定期に突入した頃からつくしのつわりもようやく落ち着きを見せた。 なんだかんだ2ヶ月近くはつわりに苦しめられることとなり、結局妊娠前より3キロ体重が落ちてしまっていた。ここに来て気分も安定し何よりも食欲が戻って来たことで、まるでこれまで食べられなかった分も! と言わんばかりにモリモリと日々の食事を楽しんでいた。 これまでは社食でお昼をとることも厳しく禁止されていた。 例の一件以降、司のつくしの安全確保への気の使い方は尋常ではなかった。 心身ともストレスをかけないようにと常に気を配り、ましてや人が集まる食堂などもっての外。 お昼は決まって執務室で司と食べるか、司不在の折には秘書仲間と控え室で食べるかのどちらかに徹底されていたのだ。 だがここに来て色々な状況が落ち着いてきたことで、たまにはつくしにも気分転換が必要だと、警護を徹底するという条件付きで社食利用の許可が下りたのだった。 司と一緒の時はシェフ特製の 「なんちゃって庶民弁当」 を作ってもらっているのだが、所詮そこはなんちゃって。見た目的にはいかにもそれらしいが、やはりセレブ感は隠せておらず・・・。 もちろん最高に美味しいのだけれど、やはり自分は庶民気質。 ふと 「普通の味」 が恋しくなるのは自然な感情だった。 そんなつくしにとって社食での食事が何よりの楽しみになるのは当然の流れなわけで。 許しが出てからというもの、司不在時には必ず足を運んでいた。 決して口が裂けても言えないが、司の外回りが決まっている日は朝からそわそわ落ち着かないほど待ち遠しかったりする。 「そう言えばもう胎動を感じたりしてるんですか?」 「あ・・・実はまだわからなくて」 「そうなんですか。でもそろそろですよね。楽しみですね」 「ふふ、ほんとに。でも私って凄く鈍いからちゃんと気付いてあげられるかどうか。もしかしたら既に何度か動いてたりして」 「あははっ、私の姉は6ヶ月に入ってから初めてわかったって言ってましたから、きっと大丈夫ですよ!」 「だといいんだけど・・・」 折り紙付きの鈍さは自分でも否定できないレベルだけにやや不安が残る。 もしかして今のがそうなのだろうか? と思うことがなかったわけでもないが、そうかもしれないし、たまたま腸が動いただけなのかもしれない。 とにかくあまりにも一瞬のこと過ぎてそれを確認する術がないのだ。 早くここにいるのだということを自分自身の体で感じたい。 少しずつ大きくなっていくお腹を見ながら日々つくしの想いは募っていく一方だった。 「そういえば少し前にうちと仕事した遠野デザイン事務所ってあるじゃないですか?」 「え?」 久しぶりに耳にした名前にドキッとする。 あの一件以降、彼らのことがつくしの耳に入ることがないようにと司が情報管理を徹底していた。 司がそうするのも致し方のないことだし、つくしもそれは納得の上だった。 これ以上自分にストレスを与えないためにしてくれていることだとわかっていたから。 だからあれから彼らが、特に小林がどうなったか気になってはいたものの、つくしがそれを知る術など全く存在しなかった。 だが予想外の形で耳にすることになるとは。 「あの事務所が・・・どうかしたんですか?」 「あ、いえ、昨日たまたま先輩が話してるのを聞いちゃったんですけど、なんでも業績が悪化してて結構大変みたいですよ」 「えっ・・・?」 「小さい事務所ではありましたけど、今かなり話題になってるところでしたし、何と言ってもうちとも仕事をしたくらいですからね。飛ぶ鳥を落とす勢いだったんだと思うんですけど・・・ここにきて状況が一変してるとかで。 何かあったんでしょうかね? 相当評判も良かったみたいですし、ちょっと意外でした。会社経営ってあらためて大変なことなんですねぇ・・・」 「・・・・・・」 しみじみと事情を知らずに話している佐藤はつくしの変化には気付かない。 彼女の言葉に、食べようとしていたカツを持ったまま手の動きが宙で止まってしまった。 ・・・そうなって当然のことを彼はしてしまった。 司にしてはかなり譲歩してあげたことも事実だ。 とっくに潰されていてもおかしくはない状況だったのだから。 だが・・・ たとえ甘いと言われようとも、やはりそういった現実を聞かされるのは辛い。 彼は自業自得だとしても、小林がどれだけ責任を感じているだろうかと思うと・・・ 「・・・・・・」 その時、食堂内がざわつき始めたことに思考に浸るあまりつくしは全く気付かない。 そしてそのざわつきが徐々に自分に近づいているということも。 「あっ・・・!」 「・・・え?」 目の前の佐藤が驚いて声を上げたことに弾かれたように顔を上げる。 「 っ?! 」 と次の瞬間、持ったままで固まってしまっていたつくしの右手の先にあったカツが、突然現れた口の中にパクリと消えていった。 突然のことに全く反応ができなかった。 「・・・うん、結構おいしい」 もぐもぐ咀嚼してゴクンと飲み込んだ後にそう言って涼しい顔をしているその男、 それは・・・ 「 類っ?! 」 驚きの余り大きな声の出たつくしに、目の前の男はフワリと天使のような微笑みを見せた。
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by: * 2015/06/19 00:10 * [ 編集 ] | page top
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お久しぶりのこのお話、嬉しいです。 ありがとうございます。 パクッっと食べたのが類だなんて・・・司が見たら怒りマックスですよね(笑) そんなこと全く気にしないのが類ですよね(笑) さあ社食中の注目をあびて何が起きるのかな? 楽しみ~(笑) --管理人のみ閲覧できます--
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あはは、「愛が聞こえる」が終わってぽっかり心に穴が開きましたか? 私もです私もです。 もうなーーーんにもやる気が起きないってくらいに燃え尽きちゃいまして。 それくらい魂込めてラストを書いたんですね。 で、たった2日休んだだけで「このままだともう一生復帰しない気がする」と危機感を覚えまして(笑) ほんとやる気がなくなるとびっくりするくらいやらなくなるタイプなので(^_^;) なので半ば無理矢理自分の尻を叩いて起き上がりました(笑) またガラリとカラーの違うこちらの作品。 楽しんでいただけましたら嬉しいです(o^^o) --5-※※ans様--
はいっ、字数減りましたよぉっ! いつもよりかなり短い時間で書き上げられましたから(笑) やっぱり減らすと気分的に楽ですね~。 ここからまた徐々に増えていかないように気をつけなければ。 ついつい長くなる悪い癖があるのでね~(^_^;) 初っ端に司君ではなく類の登場ですが、はてさて何が起こる? --k※※hi様--
厳しい監視体制はあるようですが(笑)幸せそうなマタニティライフのようで何よりですね♪ そんなところに類先輩の登場。 カツをパクってさらに何をしようってんでしょうか?!( ̄ー ̄) --マ※ナ様<拍手コメントお礼>--
あはは、ほんとにね~。つくしが妊婦さんだったことすら忘れてる人が結構いるかもしれませんねぇ。 こっちも休載前はすんごい盛り上がりだったんだけどな(笑)マイッタナー また徐々にボリュームが増えないように今度こそ気をつけま~す(≧∀≦) --す※れ様<拍手コメントお礼>--
長らくお待たせ致しました~! かれこれ約1ヶ月半ぶり・・・ひゃ~>< 私も思い出すのにしばらく時間がかかりました(笑) えぇっ、液晶が弱いとは聞いてましたけど、そこまで弱いんですか? うちの子も時々おもちゃでギギーとかやってるんで本気で止めなくちゃ! --ち※様--
あはは、復習必須ですよね(笑) こっちはまたカラーが全然違いますからね。 ほのぼの路線をお楽しみいただけたらと思ってます(o^^o) --うか※※ん様--
「幸せの果実」、ようやく返って参りましたぁっ!(ロ_ロ)ゞ そうです。つくしちゃん妊婦さんでした(笑) そして名前当てクイズもありますよね~。 皆さんもうすっかり忘却の彼方だと思いますが・・・(笑) 正解発表がいつになるかも含めてお楽しみくださいませ♪ --m様<拍手コメントお礼>--
司が直接与えた制裁は道明寺との手を切ることだけなんですけどね。 やはり影響力は絶大ですから。間接的に厳しい状況に追い込まれているようです。 その辺りも含めて今後が気になるところですね。 --みわちゃん様--
ほんとにお久しぶりになっちゃいましたね~。 大丈夫ですか?忘れちゃってないですか?(汗) 久しぶりの再開で登場したのは司でなく類。 しかも間接キッスなんかしちゃってもうたいへーーん(≧∀≦) さぁさぁこの後何が起こる?! --翔様--
わ~い!ガッツリ復習有難うございま~すヾ(*´∀`*)ノ こっちは基本ほのぼの系ですから読んでても苦痛はないかと(笑) わんこは類をイメージしたんですけどね。猫でいいのが見つからなくて。 そしたら司はやっぱりライオン探さないとダメ?とか一瞬考えちゃいましたよ(笑) --ぎ※様--
長らくお待たせ致しました~! こちらはほのぼの路線で皆さんを笑顔にしたいと思ってますよ~!(*´∀`*) --ke※※ki様--
おぉ~、黒はともかく白リムジンって珍しいですよね。 一体どんな人が乗ってたんでしょうね?!超気になる木~。 そうそう、名前予想クイズもありました。 すっかり忘れ去っちゃってたこちらの作品、ドタバタしつつもほっこりしていただけるように書いていきたいと思います~(o^^o) でもいきなり類君の登場ですからね。 何か起こらないわけがない?! --マ※※ち様--
あはは!短めになった方が喜んでもらえるだなんて。 さすがはナカーーーマヾ(*´∀`*)ノですね(笑) こちらは仰るとおりほっこり路線で行きますよ~。 時々ドタバタ、ドキドキが入ったりしつつ。 早速類君登場でどうなるんでしょうか? --管理人のみ閲覧できます--
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あっ、やっぱり前に食べたのもカツ丼で合ってました? 多分そうだったよな~といううろ覚え状態で書いたんですが(^_^;) ←オイ つくしちゃんの大好物ってことで。 あ、もちろん私が勝手に決めました(笑) --コ※様--
やっぱりこれだけの大企業を敵に回してしまうとポッと出の小さな事務所なんて致命的ですよね。 とはいえ実力自体は持っているようですから、後は本人がどれだけ這い上がってこれるかって感じですね。 メンタルの問題でしょうか。 彼らのその後も気になるところですね。 |
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