幸せの果実 26
2015 / 06 / 20 ( Sat ) 直視するのが眩しいほど王子様然とした目の前の笑顔に言葉を失っているのはつくしだけではない。その場にいた200を優に超える全ての人間の目がある一点に集中していた。
「・・・どうしたの? 変な顔して」 だが注目を一身に集める男だけは涼しげな顔をしている。 「・・・いや、どうしたのって・・・それはこっちのセリフでしょ?」 「なんで?」 「なんでって・・・だってこんなところに類がいるだなんて思うわけがないじゃん」 「・・・そう?」 「そうだよ!」 つくしの即答に何だか不思議そうに笑っているこの男は相変わらずだ。 突然の花沢物産御曹司の登場に当然ながらその場は騒然としていて、中にはキャアキャアと黄色い声が混ざって聞こえる。 ・・・むしろそちらがメインだろうか。 「どうしたの? 突然。今日うちに用事ってあったっけ・・・?」 隣に腰を下ろした類につくしが尋ねる。 「いや、ないよ? たまたまここの近くで仕事があって。時間もあったから何となく牧野の顔が見たくなって」 「・・・・・・」 「何?」 「いや、・・・もしかして、それだけ?」 「うん」 今度は類が即答する番だ。 というかいつだってこの男の言葉には迷いがない。 飄々とした顔でこちらがドギマギするようなことを平然と口にするから困ったものだ。 「そう言えば今日司が仕事でここにいないって話を前に聞いてたなーって思い出して」 「え?」 目を丸くするつくしに悪戯っ子の顔で類が微笑む。 「だから今来れば司に邪魔されずに牧野と会えるかな~と思って」 「は、はぁ?!」 「・・・それ、残ってるけど食べないの?」 「え?」 つくしの混乱などお構いなしで次から次に話を変えたかと思えば今度は目の前にある丼を指差している。そこにあるのはおそらくこの男にとって初めて目にするであろうカツ丼。 食べるも何も、あんたが来たからびっくりして食べられないんでしょう! なんて言おうものなら 「なんで?」 と言われて振り出しに戻るに違いないのだ。 ・・・あぁ、不毛過ぎる。 「俺が食べさせてあげよっか?」 「・・・へっ?!」 「こういうの一回やってみたかったんだよね」 「へ? え? はっ?!」 大混乱するつくしをよそに類はニコニコ顔でカツを掴むとつくしの目の前へと差し出した。 その瞬間周囲からキャ~ッ! という悲鳴にも似た歓声が上がったのが嫌でも耳に入ってくる。 「いいからいいから。遠慮しないで食べてよ」 「いやっ、全っ然意味わかんないから!」 「わかんない? 口開けて普通に食べればいいだけだよ?」 「いやっ、だからそういうことじゃなくて! なんでこんなことになってるのかが全くわかんないから! っていうか自分で食べるからっ!」 「いいじゃん別にこれくらい。減るもんじゃなし。 はい、あーん」 実に楽しそうにあーんと口を開けて見せる男につられて思わず口が開きそうになったのを慌てて引っ込める。 いやいやいや! そうじゃないから! 万が一にもこんなところをあの男に見られでもしたら・・・ えぇい、やっと戻って来た平穏な日々を掻き乱すでないっ!! だがそうこうしているうちにも大好物のカツが着々と目の前へと迫ってくる。 相手が類だけにSPもどうしたものかと考えあぐねているのか止められずにいるようだった。 おまけにチラリと横を見れば、佐藤が向かいの席で見てはいけないものを目撃してしまった家政婦のように、どこか期待を込めたキラキラした目でこちらを見ているではないか。 こらーーーっ、助けんかいっ!! 「ちょっ・・・類っ・・・!」 大好物がニコニコ美男子の顔が隠れるほどに接近した、その時。 ガツッ!! 後ろから伸びてきた手が突如類の手を掴んだかと思えば、まるでさっきの再現かのように箸先のカツがいきなり出てきた口の中にバクッと飲み込まれていった。 「 ・・・・・・・・・ 」 突然のことに今度はその場が一瞬にして静まりかえる。 「てめぇ、類・・・お前悪ふざけもたいがいにしろよ?」 獰猛なライオンのようにカツにかじり付いたその正体は・・・ 「 司っ?! 」 振り向いたつくしの目の前にいたのはここにいるはずのない男。 もう何が何やらわけがわからずに次の言葉すら出てこない。 「よぉ。 つーかお前何こいつに襲われそうになってんだよ」 「お、襲われるってそんな・・・」 「ったく、隙見せてんじゃねーよ。オラ類、いっこずれやがれ」 「えー、俺ここがいいのに」 「うるせぇよ! いいから隣に行けっての」 グイグイ肩を押されて文句を言いながらも類の顔はどこか楽しくて堪らない風だ。 ・・・もしかして最初からこれが目的だったとか? そんなばかなと思いつつも、悲しいかなこの男ならやりかねない。 「っていうかなんでここにいるの? 戻りは3時過ぎの予定だったよね?」 「あ? あぁ、今日の予定が思った以上に早く終わってな。戻って来たら見覚えのあるリムジンが停まってんじゃねーか。で、嫌な予感がして来てみりゃあこの有様だったってわけだ」 「あーあ。せっかくあとちょっとで牧野にあーんできたのに」 「あぁ?! てめぇ寝言言ってんじゃねーぞ」 「寝言じゃないよ? だって起きてるじゃん」 「んだとぉ・・・?!」 ああ言えばこう言う、相変わらずのマイペース男にまんまと司の額に青筋が浮かび上がる。 「ちょっ・・・司、落ち着いてってば! もうっ、類も類でわざと煽らないでっ!!」 「・・・了解」 「チッ・・・!」 やはり全てが狙い通りだったのか、妙に楽しそうに類があっさり頷くと、ますます司の顔が苦々しいものへと変わる。どうやら司本人も類の手のひらで踊らされていたということにようやく気付いたらしい。 ニコニコ上機嫌の類はまるで忠犬、ガルルと今にも噛みつきそうな顔で忠犬を睨み付けるのは獰猛な肉食ライオン。そんな2匹を鶴の一声で操縦してしまう猛獣使いが一人。 そのなんとも世にも珍しい光景をその場にいた誰もが手を止め息を詰め、ただただ食い入るように見つめていた。そして誰もが心の中で同じ事を思っていたに違いない。 ___ 道明寺つくし恐るべし、と。 「___ で? 実際のところ何の用があって来たんだよ」 「え?」 「こいつの顔見るためだけなわけがねーだろ?」 「・・・牧野の顔が見たかったのはほんとだけど?」 サラッと出された言葉に司の目がジロリと光る。 あまりにも期待通り過ぎたのかまたしてもプッと類が吹き出した。 「あははっ、そんな睨むなよ。・・・まぁ確かにそれだけじゃないのは当たってるかな」 「え・・・そうなの?」 てっきり本気でからかうためだけに来たと思い込んでいたつくしが意外そうに司の後ろから顔を出した。 「ぷっ、あんたのその姿、プレーリードッグみたいなんだけど?」 「えっ? ・・・もうっ! だって司が大きすぎてこうでもしないと見えないんだもん!」 「おい、俺が悪いみたいに言うんじゃねーよ」 「だってほんとのことだもん」 相変わらずくだらないことで痴話喧嘩・・・と言うより端から見ればただじゃれ合っているだけの親友2人にますます笑いが止まらない。 「・・・・・・しばらくはこの光景ともお別れかな」 「「 ・・・えっ? 」」 ひとしきり笑い終えた類がサラッと流すように放った一言に2人の動きが止まった。 いまいち理解できていないそんな2人を見てまた吹き出しそうになりながらも、類は真っ直ぐに目の前の親友2人を見つめながら言葉を続けた。 「 俺さ、しばらくフランス行くことになったから 」
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by: * 2015/06/20 05:18 * [ 編集 ] | page top
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折角司がいないと思ったのに、こういう時に限って予定が早く済んで、リミジンを見てすぐつくしのところに駆けつける司。 類、残念~。 あ~んし損ねちゃった~。 つくしのカツ丼がまた減っちゃったよ・・・(笑) 類に食べられ、司に食べられ・・・。 でもフランス行きを告げに来たとは・・・。 淋しい報告だったのですね。 --k※※ru様<拍手コメントお礼>--
ほんとにねぇ、あのままもう少し休んでたら多分気力がなくなってたと思います。 一度やる気がなくなるとなかなか立ち上がるのが難しい性格なのでね、半ば無理矢理尻を叩いて戻って参りました。 せめて中途半端な連載は終わらせなければと。 小林さん達のその後、気になりますよね~。 --ち※様--
あはは、読み手からすると「愛が聞こえる」からの流れでこれを読んでる分尚更「平穏」の意味が染みますね(笑) 決定的瞬間は間違いなくあっちこっちで撮られてるでしょうね。 あ~、私もその写真欲しいな~。 有料でもいいから!(笑) --ke※※ki様--
そうなんですよ! つくしにとっていつでも類は特別な存在ですけど、この物語では特にそうなんですよね。 例の事故以降一緒に暮らしてた期間もあるくらいですからね。 あの献身的な支えがなかったらつくしは記憶が戻っていなかった可能性だって・・・? そう考えると尚更寂しいですね。 類は白リムジンのイメージありますけど、でもやだな~、仕事中も白リモで移動する会社役員。 どんだけバブルかぶれしてんだって感じで(笑) --ゆ※ん様--
当たりっ! 猫が類で翻弄されるひよこ2匹がつかつくです(≧∀≦) 類は犬がよかったんですけどね、そう都合のいい画像ばかりは見つからないので(笑) わぁ、風邪大丈夫ですか? 私未だにこの前の風邪が完治してなくてですね、未だに咳が続いてます(;´Д`) どうかゆっくり休まれてくださいね! 変な妄想なら回復してからたっぷりできますから( ̄m ̄) --ぴ※※あ様--
ほんとに雰囲気が全然違いますよね~! 「愛が聞こえる」がドラマチックな展開が続いただけにこっちは物足りなく感じるかも(^_^;) 何がトラブルを起こさないとですかね?! そうなんです、類王子フランスに行っちゃうんです。 でもそこはセレブですから、会おうと思えばいつでも会えますけどね(笑) --す※れ様<拍手コメントお礼>--
このまったり感、懐かしいですよね。 逆に平和すぎて物足りなくないですか?(笑) そうなんです、類はしばらく日本を離れちゃうんです。 その間何もないことをつい願っちゃいますよね。 小林さんたちのその後がすっごく気になりますよね~。 --みわちゃん様--
あはは、ほんと、つくしの貴重なカツがどんどん減っちゃいますね~。 類に食べられ特盛りが大盛りに逆戻り。 司に食べられ大盛りが普通盛りに逆戻り。 ・・・あれ?とりあえず普通盛りはあるからいっか(・∀・)笑 --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --コ※様--
あはは、ドラゴンレーダーならぬつくしレーダーがついてるのかもしれませんね(笑) さすが野獣、嗅覚は鋭いです。 ほんと、貴重なカツが2回も奪われちゃいました! でも大盛りを特盛りにおまけしてもらってたから、差し引いても普通盛りくらいはあるのかな?(笑) |
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