幸せの果実 27
2015 / 06 / 21 ( Sun ) 「・・・フランス?」
そう先に口にしたのは司ではなくつくしだった。 言いながらも呆然としているつくしに類はニコッと微笑む。 「そう。元々いつかは行かなきゃならなかったんだ。色々考えた結果今がベストかなと思って。うちの親父もいい加減うるさくなってきたしね」 「どれくらい行くんだ?」 「最低1年かな。そこから先はまだなんとも」 「そっか・・・お前も行くのか」 「・・・・・・」 まるでこうなることがわかっていたかのように淡々と話を進める2人をつくしはどこか他人事のように傍観していた。そこには自分には決して見えない壁のようなものがあったからだ。 つくしを寄せ付けないのではなく、自分が理解してあげることができない世界の壁。 短い会話は彼らのような人間にはそれは避けては通れない道のりなのだと語っている。 つくしには到底わからない、大企業の跡取りとしての宿命。 学生時代あんなに荒れていた司ですら、父親が倒れたという状況になればあっさり自分の立場を自覚していたのだから、それはきっと類にとっても同じ事に違いないのだ。 「そんな顔しないでよ。別に永遠の別れじゃないんだからさ」 「え?」 「あんた、今にも泣きそうな顔してる」 「・・・!」 言われて初めて気付いて慌てて頬を押さえたが、それでも湧き上がってしまう感情を誤魔化すことはできそうにない。 「・・・いつ行くの?」 「来月頭かな」 「来月って・・・もうあと2週間しかないじゃん! なんでそんな・・・」 「急に決まったってわけでもないんだけどね。さっきも言ったけど、話自体は結構前からあったんだ。あとはいつ話すかってタイミングだけだったって感じかな」 「え?」 その言葉にハッとする。 ・・・・・・もしかして? 「類、もしかして・・・」 「言っとくけどあんたのためじゃないからね? 単純に俺の中でのタイミングってだけ」 「・・・」 聞く前にサラッと返ってきた答えに確信する。 彼は身重の自分が余計なことを考えないようにわざと言わなかったのだ。 愛や恋じゃないのだとしても、つくしが類に対して特別な感情を抱いているのは疑いようのない事実なわけで、そんな彼がいなくなるともなれば悲しまないわけがないのだから。 かといって日本を発つ時に話してもそれはそれでショックを与えてしまう。 だからこそ、安定期に入って全てが落ち着いた今のタイミングを待っていたのだろう。 司が高校卒業と同時に渡米したように、類ももっと早い段階で海外に飛んでいてもおかしくはなかった。実際そういう話が前から出ていたと言っているのだから。 じゃあ何故今になったのか? ・・・それは自分のためだ。 今思えば、司と離ればなれになってからの年月、常に類が支えとなってくれていた。 もちろん他の友人達もそれは同じだが、それでもやはり彼の存在は特別だった。 さりげなく見えないところから支え、時には強く出て守ってくれた。 苦しかった時間も、ずっとずっと、精神的な支柱となってくれていた。 ・・・本当の笑顔を手に入れられるその時まで、ずっと。 「おい、お前泣いてんのか?」 「っ泣いてないっ・・・」 司に顔を覗き込まれて慌てて目尻を拭うと、変わらぬ表情で自分を見つめたままの類を仰ぎ見た。 「・・・・・・類、ごめんね? そしてほんとにありがとうっ・・・」 「何の話? 別に謝られる覚えもお礼を言われる覚えもないんだけど?」 そうやって返ってくるのも全ては想定通り。 ・・・それが花沢類という人間の愛情表現なのだ。 「うん・・・でもあたしが言いたいだけだから。 ほんとにほんとにありがとう・・・!」 「・・・何の話かさっぱりわからないけど、まぁどういたしましてとだけ答えておくよ」 「・・・うん、ありがと」 やれやれと肩を竦めた類につくしも笑って頷く。 そんな2人のやりとりを黙って見守っていた司もなんだかんだ内心複雑そうだ。 何もないとわかっていても、絶対に自分が入り込めない2人の世界があるのはどうにもこうにも否定しようがないのだから。 いつもならここですかさず間に入るところだが、今はつくしが大事な時期。 さすがの司もここは1歩引いて寛大な心で見守っている、そんなところだろうか。 お腹の子は生まれる前から既に偉大な力を発揮しているようだ。 「1年が目安ってことはこいつの出産時にはいないってことだよな」 「多分ね。でもまぁ仕事で日本に立ち寄ることもそれなりにあると思うから、タイミングが良ければ生まれたばかりの赤ちゃんと対面することもできるかもね」 「そうなんだ・・・。そうなるといいな」 「その時は俺が名前つけてあげようか?」 「えっ?」 突拍子もない言葉につくしの声が裏返る。 見れば類の笑顔は一見天使のように見えて、その実悪戯っ子のような悪~い顔をしている。 「アホかっ! 誰がお前なんかにさせっかよ!」 「なんで? 減るもんでもないんだしいいじゃん。俺、司よりいい名前つける自信あるよ?」 「ざけんなっ! てめぇの子じゃねぇ、俺の子だっ!!」 「別にいいんじゃない? 親が名付けしなきゃいけない法律なんてないんだし」 「んだとぉっ?!」 思わずガタンッと音をたてて司が立ち上がった。 その直後、 「 こらっ! いい加減にしなさいっ!!! 」 拡声器よろしく響き渡った声に、一瞬にしてその場が静まりかえる。 と同時に面白いように司の動きもピタリと止まった。 そんな男と以前として涼しい顔のままの男の間に仁王立ちして仲裁に入った女。 「・・・・・・牧野、ここが食堂だって覚えてる?」 「え? ・・・あっ・・・!」 どうやらすっかりその事実を忘れていたらしいつくしが一瞬にして真っ赤になったかと思えば、今度はみるみる青くなっていく。それもそのはず、360度どこを見渡してもそこにあるのは自分を凄いものでも見てしまったかのような驚愕の顔、顔、顔。 さらに真向かいの特等席で一部始終を目撃していたなんちゃって家政婦佐藤は、驚きつつも感動していると言った方が正解のような顔つきだ。 「あ・・・あのっ・・・うるさくしてごめんなさいっ・・・!」 我に返ったつくしはさっきまでの威勢が嘘のようだ。 「あ~、やっぱりこれがしばらく見られなくなると思うと残念だなぁ」 「えっ?」 ハッと横を見ればまたしてもそこにはあの悪戯っ子の顔が。 ・・・・・・夫婦揃ってまんまとやられたっ! 「~~~~~っ、類っっっっ!!!」 「ハハハッ!」 小悪魔の軽快な笑いが響き渡った午後、2人のイケメン御曹司を操縦する道明寺夫人の姿と、そのイケメン2人が食堂という何ともレアな場所でこれまたレアな笑顔を見せている写真が、瞬く間に道明寺ホールディングス社内を駆け巡ったことは言うまでもない。
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by: * 2015/06/21 08:50 * [ 編集 ] | page top
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おっ、届きました? それ高く売れますから売り時を間違えちゃダメですよ!(≧∀≦) いいなーいいなー、つくしはタダでいつでも見放題だなんて・・・ やっぱり一発ぶん殴らないと気がすまんっ! (`Д´)/ キィーッ 今とっても平穏ですがまた何か起こるんでしょうかねぇ・・・? どっちがいいですか? ←え --す※れ様<拍手コメントお礼>--
類、本当にさりげない優しさが染みますよね~。 誰にでも優しいわけじゃないってところがもう堪らんわけで。 あー、つくしが羨まし過ぎる。書いててグレそう(笑) お見送りの時はお腹も触ってハグもあるかも?!(≧∀≦) --ke※※ki様--
ほんと、類には幸せになってもらいたいと心から思いますよね。 でも彼の幸せって一体何なんだろう? 永遠のテーマのように考えても考えてもわからない・・・ というか、つくし以外の女を好きになって優しくしてる姿がどーーーしても浮かばないんですよね。 つかつく派のくせに、彼にはずっとつくしを好きでいて欲しいと願っているというこの矛盾(笑) でも本当に想像がつかない。 神尾先生に聞いてみたいな~。未来の類像ってあなたの中ではどうなってますか?って。 一つだけ質問が許されるなら迷わずこれを聞きたい! ----
やってしまいましたね・・・食堂で・・・。 そんな馬鹿騒ぎもできなくなるなんて、つくしにとっては勿論のこと、類も司も寂しいでしょうね。 ずっとずっとつくしを見守ってきた類。 お互いが特別な存在ですものね。 もう類がひょいっと現れることがなくなるなんて、つくしだけでなく私も寂しいです・・・。 類にはひたすら感謝ですよね。 ねこちゃんが肩をくんでる写真、いいですねぇ~気に入っちゃいました(笑) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --みわちゃん様--
彼らにとっては避けて通れない道だとしてもやっぱり寂しいですよね。 でも類としては今のつくし達を見てもう大丈夫、と思ったんでしょうね。 子どもが産まれれば寂しいだのなんだの考えてる余裕なんて皆無になるだろうし(笑) お話の中ではしばらく離ればなれになりますけど、もともと登場回数はそう多くないから読者目線的にはあまり変わらないかも。っていうか海外にいる設定も忘れちゃうかも(笑) 猫の写真はコラだろうなと思いつつも可愛かったので(o^^o) --コ※様--
類の存在は言葉では言い表せない特殊なものですからね。 何と言うか、彼らの言葉を借りるなら半身が消えるような感覚でしょうか。 でも寂しいだなんて言ってられませんからね。 元気な赤ちゃんを産まなきゃ! そういうのも含めて今がベストかなと思ったのかもしれませんね。母は強し!ってことで。 あはは、出産時は帰国どころか立ち会ったりして~(笑) |
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