幸せの果実 28
2015 / 06 / 22 ( Mon ) 「寂しいか?」
「えっ?」 食事を終えて自室のソファーに深く腰を下ろしたところでおもむろに司が尋ねた。 「類がフランスに行くこと」 「・・・そりゃあ寂しくないって言ったら嘘になるよ。だって大事な友人なんだし、海外だし・・・。それに、類にはほんとに色んな意味でお世話になったから」 「・・・・・・」 「・・・何。 もしかして妬いてるの?」 「妬いてねー」 「・・・・・・」 即答だったがそこに説得力は全くない。 何故なら彼の顔が如実に 「面白くない」 と言っているのだから。 嫉妬する要素などどこにもないというのに、全くこの男は相変わらずなのだから。 「ふふっ」 「・・・何笑ってんだよ」 思わず吹き出してしまったつくしをジロリと鋭い瞳が睨み付ける。 それがまるでいじけた子どものようで、我慢しなければと思えば思うほど口が緩んでしまう。 「おいっ、笑うなっつってんだろ!」 「きゃ~~~っ!!!」 突如ガバッと飛びかかってきたと同時にソファが沈み込むと、まるで羽交い締めするように後ろから大きな体が覆い被さった。背中から伝わってくる温もりにすぐにつくしの体から力が抜けていく。 「あ~、このイスすっごい座り心地がいいなぁ」 「おい、俺はイスじゃねぇ」 「あはは、人間イスってことで。褒めてるんだから喜ぶところだよ?」 「意味わかんねーだろ」 「あははは!」 言葉はぶっきらぼうでも触れる手はこの上なく優しい。 「・・・今あたしたちがこうして笑っていられるのは類のおかげでもあるでしょう? だからやっぱり類には他の皆とはまた違った特別な感情がどうしても消せないよ」 「・・・・・・」 「これは好きとか愛とかそういう感情とは全く違ったものだから」 「・・・だからこそ面白くねぇんだろ」 「え? ・・・フフッ」 後ろから回された手にキュッとしがみつく。 まるで特注品であつらえてもらったかのようなこの抱き心地は言葉にできないほどに気持ちいい。 「赤ちゃんも 『パパ、変なことでヤキモチ妬かないでね~っ』 て言ってるよ?」 「だから妬いてねーっつの」 「あははっ! ・・・ん?」 掴んでいた手が解かれたかと思うと、大きな手がつくしの顎を掴んで後ろを振り向かせた。 それと同時に覆い被さってきた唇がつくしのそれと重なると、途端に部屋中に甘い空気が充満していく。やがて体ごと振り向かされると、抵抗することなくつくしは自分の体を司のそれに委ねた。 「・・・!」 だが司の手が胸元に伸びてきた次の瞬間、条件反射のように体を引き離した。 「・・・おい、つく・・・」 「あ、あのっ! お、お風呂! そう、ちょっと汗かいたからお風呂入ってくるねっ?!」 「あ、おいっ!」 言うが早いか立ち上がると、引き止める隙も与えないほどの早技でバスルームへと消えていった。 やがてバタンッと無情な音が聞こえてくると、その場に呆然と取り残された司が我に返ったようにくしゃっと頭を掻き分けた。 「はぁ~っ・・・まいったな・・・」 小さくそう呟くと、再びソファーにその大きな体を投げた。 *** チャポン・・・ 「あ~・・・ひどいことしちゃったよね・・・。 うぅ、どうしよう・・・」 広すぎる浴槽に膝を抱えて座りながらブクブクと半分顔を沈めて悶々と悩み続ける。 それもそのはず。実は妊娠発覚以降、一度も夫婦生活をもっていないのだ。 別につくしが嫌がっていたとかそういうことではない。 むしろどちらかと言えば司の方が遠慮していたと言った方が正解だった。 妊娠初期は流産のリスクも比較的高いと医者から聞かされていたため、決して彼は無理強いしようとはしなかった。更には思った以上につわりで苦しんでいるのを目の当たりにしたせいか、つくしが恐縮するくらいにいつも体調を気にかけてくれていた。 そうこうしているうちに安定期に入り、ようやくつわりも終息の気配を見せ始めた辺りからそれとなく誘いのサインを感じるようにはなっていた。もちろんそれは強引にではなく、あくまでもいい雰囲気の流れのまま、ということがほとんどなのだが。 だが一体どうしたことだというのか。 いざそれを受け入れようとすると、今度はつくしの方がどうしていいのかわからないでいた。 医師からも適度な夫婦生活はもっていいと言われていたし、つくし自身も司の肌の温もりを直に感じたいと思っていて、実際人肌恋しくもあった。 ・・・だが、いざそういった雰囲気になるとどうしてだか萎縮してしまうのだ。 本当にそんなことをして赤ちゃんは大丈夫なのだろうか? とか、変わってきた体を見て司がどう感じるのだろうか、とか、1人でぐるぐると考えるうちにさっきのようにそれとなく避けてしまっている自分がいた。 「絶対傷つけてるよね・・・・・・はぁ・・・」 実際その行為に及んだとしても、ああ見えて司ならとてつもなく優しく抱いてくれるだろうことはわかっているし、体の変化を目の当たりにしたところでどうこう考えるはずがないなんてことも本当はわかっているのだ。 ・・・わかっているのに、心と体のバランスがどうしてもうまく取れないでいる。 もっともっと深いところで繋がっていたいと思っているのに、あと一歩が踏み出せない。 「もしかしてこれもマタニティブルーってやつの一種だったりするのかなぁ・・・?」 全てが初めてのことでやることなすこと戸惑ってばかりだ。 世のお母さん達が本当に逞しく見えて仕方がない。 「・・・・・・ん?」 その時、ブクブクと息を吐いていたつくしの動きが止まった。 まるで金縛りにあったかのように、じっと瞬きもせずにそのまま固まってしまっている。 「・・・・・・・・・・・・」 「あ~・・・俺らしくもねぇ」 横になったソファーの上で天を仰ぎながら思わず溜め息が出る。 これまでは我慢しても何ともなかったというのに、ここにきてつくしに触れる度に衝動を抑えきれなくなる自分がいる。今までならば多少抵抗されようともそれも含めてのつくしだと思って強引に出ることもできたが、今は身重の体。 もしかしたら本気で嫌がっているのかもしれない。そう思うとそれ以上手を出せなかった。 自分らしくないのは百も承知だが、つくしを傷つけるようなことだけは絶対にしたくない。 「子ども産んだらどれくらいでできるようになんだ・・・?」 こんなことまで考えている自分がとことん情けないが、愛する女をこの手に抱きたいと思う気持を消すことなどできやしない。 「 つっ、つかさぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!!! 」 「な、何だっ?!」 突然部屋に響き渡った悲鳴のような声に慌てて飛び起きる。 急いで室内を見渡すがつくしの姿は見当たらない。 ということは・・・ 「風呂場かっ?!」 そう口にしたときには既にその体は走り出していた。 まさか何かあったのか?! もしかしてさっきのことがストレスで・・・? あぁっ、クソッ!! 風の如く部屋を駆け抜けると、凄まじい勢いでバスルームの扉を開けた。 「 おいっ、どうしたっ?! 大丈夫かっ!!! ・・・っ?! 」 バンッと音をたてて中に入った瞬間、思わず司の息が止まった。 何故なら、目の前の女がその神々しい体を惜しげもなく見せていたから。 どんなに関係を深めようとも、つくしが堂々と自分の体を晒そうとしたことなどただの一度もない。 あるとすればよっぽど泥酔したときくらいのものだろう。 そんなつくしが今、何一つ隠すこともなく浴槽の中に呆然と立ち尽くしているのだ。 長いことじっくり見ることのなかったその体に思わず見とれてしまうが、ハッと我に返ると司は慌ててつくしの元へと駆け寄った。 「おい、どうした? 何かあったのか?」 「・・・・・・たの」 「え? おわっ!」 目の前の手をガシッと掴むと、今にも泣きそうな目でつくしが司を見上げた。 「おい? つく・・・」 「動いたの・・・赤ちゃん・・・」 「・・・え?」 「ポコポコって、はっきり動いたの」 「・・・・・・」 目を見開いたまま動かなくなってしまった司の手をゆっくり引き寄せると、つくしは自分の下腹部へとそっと触れさせた。その手は少し震えているような気がする。 震えているのは自分か、司か。 それともどちらもなのか。 「「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ! 」」 長い沈黙の後、2人の声が同時に上がった。 その直後にさらにもう1回。 「・・・わかった?」 「・・・・・・あぁ」 「動いたよ?」 「・・・あぁ」 2人の手に確かに伝わった小さな振動。 それはここに私はいるよとはっきりとその存在を教えてくれていた。 目や耳ではなく、初めて体でその存在を感じた瞬間だった。 「・・・・・・」 司は無言で浴槽の中へと入ると、そのままつくしの体を引き寄せた。 「・・・濡れちゃうよ」 「んなんどーでもいい」 「・・・へへっ、・・・・・・嬉しい・・・グズッ」 「あぁ」 「司・・・・・・・・・大好きだよ」 「知ってる」 即答に腕の中で笑うと、つくしは涙で濡れた顔をゆっくりと上げた。 長い指でその滴を拭うと、司は引き寄せられるようにつくしの唇へと顔を落としていく。 触れ合うとすぐにつくしの手が背中にギュッと回された。 まるでもっと強く抱きしめてと言わんばかりに。 その想いに応えるように細い体を引き寄せると、司は何度も何度もつくしを恍惚の世界へと落としていった。 「はぁッ・・・」 長いキスの後、何とも艶めかしい吐息がつくしの口から漏れる。 「・・・今ね、キスしてる間にも何回か動いてたよ?」 ほんのり上気した頬と濡れた唇がこの上なく色っぽい。 「俺たちが仲良くしてんのが嬉しいんじゃねーのか?」 「え? ふふっ、そうかもしれないね」 そう言って心から幸せそうに微笑む。 そんなつくしの唇を指の背でなぞると、自分を見上げたつくしに司が囁いた。 「お前を抱きたい。・・・いいか?」 「・・・っ!」 あまりにもストレートなその言葉にカァッと頬が真っ赤に染まる。 「お前が嫌なら無理強いはしない」 「・・・・・・」 その瞳は少しも嘘をついてなどいない。 今ここでノーと言えば、この男はすんなりとそれを受け入れてくれるに違いない。 ・・・絶対に嫌がるようなことなどしない。 そう考えただけでキュウッと胸が締め付けられる。 つくしは胸に顔をうずめると、さらに強い力で司の背中にしがみついた。 「・・・・・・じゃない」 「え?」 「・・・嫌じゃない・・・」 「・・・・・・」 蚊の鳴くような声でやっとのことそう告げたつくしの耳は真っ赤だ。 司はフッと笑うと、つくしの顎を引っ張って上向きにさせたところでもう一度唇を落とした。 「きゃっ?!」 力が抜けた体がフワリと宙に浮く。 「・・・うんと優しくするからな?」 「へっ?!」 舐めるように耳元でそう囁くと、ニヤリと妖艶な笑みを浮かべた男はつくしを抱きかかえたまま浴槽から出ていく。しばらくは女の慌てふためいた声と男の軽快な笑い声が浴室内に響き渡っていたが、やがてバタンという音と共にその声も小さくなっていった。 そう長くせずしてそれが甘い声に変わったことは・・・2人とお腹の子だけが知っている。
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by: * 2015/06/22 01:37 * [ 編集 ] | page top
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素直に抱きたいと言われて、つくしも応じるのは当たり前ですよね。 司、胎動を一緒に感じることができて、そして抱くこともできて、嬉しさ倍増ですね(笑) あの司が出産後まで待つなんてありえない・・・てか無理に近い。 つくしを愛するが故にいたわる気持ちと理性でひたすら耐えていたんだろうに・・・。 きっと本当にやさし~くやさし~く甘い時間を過ごしたんだろうなぁ。 --管理人のみ閲覧できます--
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