彼と彼女の事情 1
2015 / 06 / 26 ( Fri ) 「牧野さーん、さっき携帯鳴ってたわよ?」
「え? ・・・わかりました。ありがとうございます」 隣のデスクに座る先輩の親切心も正直今はありがた迷惑でしかない。 とはいえ教えてもらっておきながら無視するわけにもいかず。 「・・・はぁ・・・」 せっかくの休憩だったというのに、戻って来て早々誰にも聞こえないように溜め息をつきながら恐る恐る携帯をチェックする。 こんなに気が重いのにはちゃんと理由がある。 だって・・・ 「・・・・・・ほらね」 中身をチェックして再び溜め息が出た。 『 今夜8時 マンションに来い 』 有無を言わさない俺様口調。 こっちの都合なんてお構いなし。 行こうが行かまいがどうせ逃げられやしないのだ。 間違いなくSPにこっちの行動を監視させているに違いないのだから。 「ほんっと俺様を中心に世界を回してるんだから」 「え? 何か言った?」 「あ、いえっ、何でもありません!」 ガバッと慌てて携帯をカバンに突っ込む。 「もしかして、デートのお誘い?」 「えっ?!」 「あら、違った?」 「あはは・・・まさか。そうだったらもっと嬉しそうな顔してますよ」 ・・・そう。 デートどころかむしろ地獄への招待状のようなもんだわ。 「・・・確かにそうかも。なんか眉間に皺が寄ってるしね」 「はははは、そうですそうです」 乾いた笑いをするのが精一杯。 全く、皺が取れなくなったら一体どうしてくれんのよ! 超高級美容整形で顔中の皺ごと取ってもらうんだからね! 「デートじゃないんなら、よかったら今日牧野さんも合コン行かない?」 「ご、合コン?!」 「そう。なんと! 今日はY社の男性陣との合コンなのよ。かなりのハイスペックが揃うらしいから、なかなかないチャンスよ~!」 Y社・・・確かにエリートが集う会社に違いない。 普通なら眉唾もののお誘いなんだろうけど・・・ 「・・・ごめんなさい。お誘いは有難いんですけど、私そういうのはちょっと・・・」 「え~、また?! っていうか牧野さんこの手の誘いに1回ものったことないよね? 飲み会参加も必要最低限だし。やっぱり付き合ってる人が・・・?」 「あぁっ! 私午後の会議の資料の準備で終わってないのがあったんです! ごめんなさい、ちょっと失礼しますっ!」 「え、ちょっと、牧野さんっ?!」 それ以上の追及から危機一髪逃れると、脱兎の如く資料室へと逃げ出した。 「はぁ~~~~っ。もうなんで女ってこういう詮索が好きなのかな・・・」 それとも一切合切興味のない自分が異端児なのだろうか。 「あ~~、気が重い」 今日何度目かわからない溜め息をつくと、重い腰を上げて書類へと手を伸ばした。 *** 「・・・・・・・・・・・・遅ぇぞ」 むかつくほど高級な革張りのソファーにむかつくほど長い足を組んでむかつくほど偉そうな態度で開口一番そうのたまった男に顔を合わせて早々カチーーンとくる。 どしゃ降りのひどい天気の中わざわざ来てみればいきなりこれだ。 「遅いって、これでも都合つけて来たんですけど? 文句言われる筋合いなんてない」 「・・・来て早々何キレてんだよ」 「キレてんのはそっちでしょ?!」 「あぁ? お前だろうが!」 ガタンっ! と音をたてて立ち上がった男はこれまたむかつくほどスタイルがいい。 っていうかいちいち見上げるの首が痛いんだから立ち上がらないでよ! 「・・・で、何? SPに半ば無理矢理拉致させるような形で呼び出して」 「何じゃねーよ。話なんて1つしかねーに決まってんだろ。お前こそ白々しいこと言ってんじゃねーよ」 明らかに声のトーンが下がったのがわかる。 本気でいらついてる証拠だ。 ・・・ここは冷静に、至って冷静に。 「・・・はぁ。だからすぐに結婚は無理だって言ったじゃん」 「なんでだよ」 「なんでって・・・その理由だって散々話したじゃんか」 「俺にはさっぱり意味がわかんねーな」 「わ、わかんないって!」 「だってそうだろ? 俺は4年後にお前を迎えに来るっつったんだ。・・・まぁ実際は5年かかっちまったけど。でも自分の責任は果たした。だからお前と結婚する。それの何が悪い?」 「悪いってわけじゃ・・・」 「じゃあ何なんだよ」 「・・・・・・」 また、だ。 いつも同じ事の繰り返し。 何度理由を説明したところで理解してはもらえない。 そりゃあこの男の言うことだって正論なのはわかってる。 確かに4年後迎えに来るって言った。 実際には5年後になったけど、そこに文句を言うつもりはない。 こいつがどれだけ頑張ってたのかをこれでもかってほどに知ってるから。 でもこっちだってちゃんと待ってたんだ。 だから今度は少しくらいこっちの気持ちを待って欲しいと望んだってバチは当たらないんじゃないの? 「・・・あたしも仕事始めたばっかりだし、帰国しました、はい結婚しましょう、じゃなくてさ。もう少し落ち着いてからでも・・・」 「んな必要ねーよ。どっちにしたって結婚することに変わりはねぇ。だったら今すぐすりゃあいい。お前のぐだぐだに付き合ってたらいつになるかなんてわかったもんじゃねーからな」 カッチーーーーン! ・・・ほらね。 結局こうなっちゃうんだ。 いつだって冷静に話し合おうとしてるのに、ちゃんとこっちの想いを伝えようとしてるのに、結局この男はこの捨て台詞でバッサリ切り捨ててしまうのだ。 いつだって。 いつだって!!! 「・・・・・・もういいよ」 「あ?」 「もういい」 「もういいって・・・じゃあ結婚するってことだな?」 どこまでも俺様思考でめでたすぎる。 ・・・腹立たしいほどに。 「道明寺がそういうスタンスを崩さないならあたしにだって考えがある」 「・・・は?」 そんな勘違い男をキッと睨み付けると、スーーッと大きく息を吸い込んだ。 何やってんだって顔して見てるけど、そんなこと知ったこっちゃない。 「道明寺とは結婚しない」 思いっきり吐き出した息と共に出した言葉に目の前の男が固まる。 それもそのはず。つい数秒前まで結婚できるとばかり思い込んでいたのだから。 「・・・・・・何言ってんだ?」 やっとのことで反応した道明寺はまだ呆然としている。 けどここで情に流されたらおしまいだ。 「道明寺が今のままならあたしは結婚できません。ごめんなさい。 以上です」 そう言って立ち尽くしたままの男に頭を下げると、クルッと踵を返して部屋を後に・・・ 「おいっ! 待てっ!!!」 ・・・させてくれるわけがないのはまぁ予想してはいたけども。 ガッツリ握られた右手を恨めしそうに見ながら振り返る。 と、珍しく道明寺は動揺を見せていた。 ・・・さすがに効果があった? 「お前、ふざけんなよ」 「ふざけてなんかないよ」 「結婚しないってどういうつもりだよ!」 「どうもこうもその言葉の通りだよ。今の強引すぎる道明寺のままじゃ結婚なんてできない」 「ざけんなっ! じゃあ別れるってことかよ?!」 「そんなつもりはっ・・・」 ・・・・・あれ? ないって言い切れるのだろうか? 結婚するつもりはないのに別れる気もないって、なんか世で聞くクズ男の典型みたいな感じじゃない? あたしが言ってることってそういうことになっちゃうの? ・・・いやいやいやいや! あたしはただ道明寺にもっと歩み寄って欲しいだけで決してそんな・・・ 「・・・許さねぇぞ」 「痛っ・・・!」 ギリギリと、握りしめられた右手に痛みが走る。 ハッとして顔を上げれば道明寺の顔が苦痛に歪んでいた。 痛い思いをしているのはどう考えたってこっちなのに。 ・・・なんであんたの方が痛くて堪らないって顔をしてんのよ! ゴロゴロピカピカ。 まるで今のあたしたちのように外は不穏な空模様だ。 「お前を手放すなんてこと、ぜってぇに認めねぇからな!」 「ちょっ・・・右手、痛いからっ・・・離してっ・・・!」 「離さねぇよっ!!!」 ピカッ!! ガラガラガラガラドシャーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!! 「きゃああああああああっ!!!!」 「牧野っ! おわっ?!」 ドサドサドサッ、ガタンッ!!! 「いっ・・・たたたたた・・・」 突然響いた雷鳴に驚いて目の前の男にしがみついたはいいものの、あまりのタックルぶりにそのまま2人して倒れ込んでしまったらしい。 「・・・っていうか背中痛っ・・・!」 咄嗟に道明寺の手が自分を包み込んでくれたような気がしたけど・・・この痛みからするに気のせいだった? っていうか上に人が乗ってるし。 どうやら最終的にあたしが下に転がってしまったらしい。 道明寺が上に乗ってりゃ重いし痛いに決まってる。 「道明寺、大丈夫? ごめん、重いからちょっと下りてもらっていい?」 「ん・・・あ、あぁ、悪ぃ」 「よいしょっと」 ぶにゅっ。 「・・・ん?」 ぶにゅ? ・・・何、今の感触。 なんか、道明寺の胸が妙に柔らかかったような・・・ 「・・・・・・え?」 「・・・・・・は?」 次の瞬間、2人同時に声が出ていた。 そしてその一言を最後にそれ以上の言葉を出すことができなかった。 ・・・何故なら、あたしの目の前にいたのは 「牧野つくし」 あたし自身だったのだから。
看病続きで気分転換したくて新作に手を出してしまいました。コメディ路線になるのかな? 長編というより中編の予定。楽しんでいただけましたら嬉しいです^^ |
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by: * 2015/06/26 11:33 * [ 編集 ] | page top
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子供さん具合はどうですか? 本人も辛いだろうし、看病するママも先のことがわからない分、余計にキツイですね。 早く落ち着かれることをお祈りしていますね。 新しいお話、二人が入れ替わっちゃうわけですね。 どうなるのか楽しみです。 --管理人のみ閲覧できます--
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