忘れえぬ人 1
2015 / 07 / 29 ( Wed ) 時々、夢を見る。
その夢の中であたしはバカみたいに大口を開けて笑ってて、 一体何がそんなにおかしいの? ってくらいにとにかく笑ってるんだ。 そしてその夢には決まって誰かがいる。 でもその 「 誰か 」 はわからない。 せいぜいわかるのは、見上げるほどの背の高さで多分男の人なんだろうなってことくらい。 いつだって 「その人」 と笑ってる。 ひたすら笑って、笑って、笑って。 そうしてひとしきり笑い終えると、急に真顔になって 「その人」 が何かを言おうと口を開くのだ。 でも、 「その人」 の口から何かが発せられようとしたその瞬間、 決まって夢は終わりを告げる。 もう何度そんな夢を見続けたのだろうか。 目が覚めてしまえば記憶も薄れて忘れてしまうけれど、 ほら、またこうして同じ夢を見る度に思い出す。 ねぇ、 「 あなた 」 は一体だれ・・・? 一体何を言おうとしているの・・・? ピピピピピピピッ ピピピピピピピッ ピピピッ! 「う゛~~ん・・・」 バシッと張り手をかましてアラームを止めると、尚も諦めきれない体がもぞもぞと布団の中で回転を繰り返す。 「・・・・・・・・・えっ、8時っ?!!!!」 だが棚の上の置き時計をうっすらその視界に捉えると、数瞬前までの微睡みが嘘のように飛び起きた。 「やばいっ、遅刻するっ!!」 転がり落ちるようにベッドから離れると、まるで早送り再生をしているかのような動きで慌ただしく身支度を整えていった。 バンッ!!!! 「おはようございますっ!!!」 扉を壊さんばかりの勢いで入って来た女はぜぇはぁ全身で息をしている。 「おい牧野~、お前この小さい事務所をぶっ壊す気か?」 「し、しゃちょ・・・す、すま・・・せっ・・・ぜぇはぁ」 呆れ顔の社長に必死で謝罪の言葉を並べようとするが、もはや解読不能の暗号状態だ。 「ぶはっ、牧野~お前すげぇ格好してんな」 「えっ・・・?」 「一瞬ヤマンバが入って来たかと思ったぜ」 「やっ・・・? も、大塚っ! ゲホゲホゴホッ!」 「おいおい、まずは落ち着いて呼吸しろって」 バンバンと背中を叩かれながら必死で深呼吸を繰り返す。 「・・・・・・・・・はぁ~、ありがと。もう大丈夫」 「久しぶりにやらかしたんか?」 「うん、今日は本気でやばかった。でも間に合ったあたしってかなり凄くない?」 8時に起きて8時半の就業時間に間に合わせる。 ギリギリ徒歩圏に住んでいるとはいえ、我ながら自分を褒めてやりたい。 「まぁ間に合ったのはすげーかもしんねぇけど・・・お前相変わらず女を捨ててるよな」 「もうっ、さっきからうるさいよっ!」 「ハハッ、だって自分の姿を見てみろよ。多分思ってる以上にすげーぞ」 また大袈裟にからかってと思いつつ事務所内に置かれた鏡に自分を映すと、そこには少しも誇大表現などではないほどひどい有様の女がいた。 ・・・女と言うには躊躇うほどに。 爆破実験でも行ったのかと思えるボサボサの髪に、身につけた服はヨレヨレに乱れまくり。 「な、想像以上だっただろ?」 「・・・もう何も言うでない」 「ぶはっ!」 一気に疲れが出てきたのか、つくしはガックリと項垂れた。 「牧野、少しくらいなら時間やるから身なりを整えてこいよ」 「社長・・・すみません、じゃあお言葉に甘えて少しだけ」 「おう、少しはいい女になって戻って来い」 「そのお約束はできません」 「ハハッ、そこは嘘でもいいからはいって言うとこだろうが」 とても上司と部下だとは思えないくだけた雰囲気の事務所は、つくしが高校卒業後すぐに就職した小さな建築事務所だ。社員はつくしを含めてわずか6人。小さな会社だが、40と比較的まだ若い社長の人望もあってか仕事の依頼は後を絶たない。 高卒はつくしだけだったが、そんな自分ですら確かな戦力として大事にしてくれる会社で働けることに、この上ないやりがいと達成感を日々感じていた。 つくしがここで事務員として働き出してもう3年の月日が流れていた。 *** 「牧野、週末だし今日は久しぶりに行かねぇか?」 クイッとお酌の真似をしてみせるのは同期入社の大塚亮平だ。 高卒のつくしと大卒の大塚には4つの年齢差があるが、先のやりとりからもわかるようにそういった年齢の壁は全く存在しない。 「あ~・・・ぜひ! って言いたいところなんだけどね。 ごめん、今日はムリ」 「えっ・・・? もしかして・・・男か?」 どうしてどいつもこいつも予定がある = 男 の図式にしたがるのか。 つくしはハァッと溜め息をつくとトントンと目の前の書類を束ねて机に置いた。 「残念ながら違います。学生時代の知り合いとね、ちょっと会う予定が入ってて」 「へぇ~、お前が断るなんて珍しいからついに男でもできたかと思ったけど・・・まぁお前に限ってそれはねーか」 「もうっ、だからいちいちうるさいよっ! あんたこそ週末を一緒に過ごす女くらいいないの?!」 「別に俺がその気になれば普通にいるけど?」 「はぁ~・・・見た目がいい男ってなんでこんなんばっかりなの」 「ん? 何か言ったか?」 「・・・何でもない」 身近に存在する似たような男を思い出してげんなりする。 確かにこの男、見た目はそれなりにいい。 きっと本人が言っていることもあながち大袈裟なことでもないのだろう。 が、いかんせんその軽さがつくしには理解できなかった。 友人としてはいい男だと思うが、異性として意識するなんてことはとても考えられない。 「その気になりゃあ遊ぶ女なんていくらでもいるんだけどな。いい加減そういうのはやめて本気になろうかと思って」 「ふ~ん・・・? よくわかんないけど、まぁ頑張って。あ、じゃあ時間来たから今日はもう帰るね」 ガタガタと荷物を集めると社長のもとへと向かって一言二言言葉を交わす。 そうして退社の了承を得たのだろうか、元気よく社員に挨拶をすると意気揚々と事務所を後にした。 「・・・・・・・・・」 呆れたようにその姿を見送っていた大塚の肩にポンと手がのせられる。 振り向けばそこにはこの事務所であと1人しかいない女性、社長の妻であるその人がいた。 その顔がどこか笑いを堪えきれないようにしているのは気のせいなんかではないはずだ。 「大塚君も大変ね」 「・・・あいつの鈍感さはエベレストよりもハードルが高い気がします」 「ふふっ、それが彼女の良さなんじゃないかしら?」 「そうなんですけどね・・・こうも鈍いと時々わざとやってんじゃないかとすら思えますよ」 「クスクス・・・まぁ焦る必要はないんじゃない? じっくり時間をかけて頑張って」 「はぁ・・・」 己の人生において経験したことのない難敵の出現に、大塚はその張本人の消えた扉を恨めしげに見つめながら盛大に溜め息をついた。 *** 「あ~やばい、約束の時間過ぎちゃってる」 流れる人の波に逆らうように目の前に立ちはだかる高層ビルへと急ぐ。 何度ここへ足を運ぼうとも自分の場違いっぷりを感じずにはいられない。 つくしは慣れたように裏口へと回ると、通常特別な人間しか通ることを許されないエレベーターへと急ぐ。 「あっ、ちょうど来てる!」 タイミング良く扉が開いてるのが見えてさらにその足を加速させる。 ドンッ!! 「きゃあっ!!」 ドサッ、バサバサバサッ!! だが基内に体を滑り込ませようとした瞬間、誰もいないと思っていた中から出てきた人物と激しくぶつかった。つくしの体は軽く吹っ飛び、思いっきり尻もちをつくと同時に手にしていた荷物が見事に散乱する。 「いったたたたたた・・・ご、ごめんなさいっ! 大丈夫ですかっ?!」 どうやら正面からぶつかった相手は転んだりしていないようで、ひとまずほっと胸を撫で下ろしながら立っている人物を仰ぎ見た。 「 ____ っ・・・! 」 だがその姿を目にした瞬間、続けようとした謝罪の言葉を思わず呑み込んだ。 目の前に立って自分を見ろしている人物 ___ その男は身も凍り付くほどの冷たい瞳を携えていたから。 はっきりとした目鼻立ちにも関わらず、その瞳は鈍い鉛のような光を放っている。 「あ、あのっ・・・!」 武者震いだろうか。 どこの誰とも知らない相手だというのに、一目見た瞬間から震えが止まらない。 きちんと謝らなければと思うのに、まるで酔っ払いのようにろれつが回らない。 「・・・・・・・・・」 青い顔をして動揺しまくるつくしをしばらくじっと睨み付けると、やがて男は言葉もなくその場から立ち去ってしまった。見るからに長い足が作り出す一歩は大きく、声をかける隙など与えられないほどにあっという間にその姿は見えなくなった。 「・・・・・・こ、怖かったぁ~・・・」 完全に見えなくなると、どっと全身から力が抜けていく。 と同時に変な汗が一気に噴き出してきた。 「怖かったけど、すっごいオーラ・・・」 そう。 震えてしまったのは単純に怖いからというだけではなく、あの言葉にできない圧倒的な存在感がそうさせていたのかもしれない。 「イタタタタ・・・お尻と腰、いったぁ~!」 脱力した途端思い出した様にあちらこちらが痛みを訴え始める。 とはいえいつまでもこんな場所で座り込んでいるわけにもいかない。 まるでお婆さんになったかのようによろよろと体を起こすと、つくしは辺り一帯に散乱した荷物を急いで拾い始めた。 「・・・・・・ん?」 その最中、やたらと光を放つ銀色の小さな物体にふと目が奪われる。 「これって・・・」 ハッとして前を見たが、当然ながらそこにはもう誰もいない。 戸惑いがちに拾い上げると、小さいながらもそれは目映いほどの輝きを伴っていた。 「すごっ・・・ネクタイピンなのにダイヤが埋め込まれてるんだけど・・・」 しかもちょっとやそっとの数ではない。 これ1つで一体いくらするのだろうかというほどびっしりと埋め込まれている。 驚きに言葉を失うと同時にはたと大事なことに気付く。 「これ、一体どうしたらいいの・・・?」 偶然ぶつかった初対面の人間に再び会える確率など、一体どれほど天文学的な数字となることか。 かといってこんな持っているだけで手が震えるような高級なものを持ち続けることなどできない。 「ここにいたってことは・・・聞けば何かわかるのかな・・・」 そう呟くと、つくしはすっかり誰もいなくなった裏口をもう一度じっと見つめた。 特徴的な髪型をした長身の男は、煌々と輝くネクタイピンだけでなく、これまでのつくしの人生で嗅いだことのない甘酸っぱい香りをもその場に残していた。
いよいよ新作始動です! 読みながら 「ん? どういうこと?」 と思った点が多々あるかと思います。その辺りは今後徐々にわかっていきますので、是非色々と想像しながら楽しんでいただけたらと思っています^^ |
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by: * 2015/07/29 00:21 * [ 編集 ] | page top
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ふふふ、早速頭の中には「はて?」が渦巻いておられるようですね。 いいんですいいんです、それでいーーんです!! ←ジエイ? めくるめくみやともワールドへようこそ・・・( ̄ー ̄) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
花咲か宮さんならぬ「謎咲か宮さん」の登場でいっ! 謎の花を撒き散らすだけ撒き散らしておいて撤収作業は一切しないというね。 そんじょそこらの妖怪さんよりよっぽど厄介でごわす。 ごっつあんですっっっ!!!( ̄△ ̄) セントラルパークやガン見楓さん、懐かしいな~! 読み返してもらえるって幸せなことだなぁ~しみじみ(; ;) --ち※様--
ざっくりとした柱だけしかない無謀なスタートです(笑) 実を言うと毎回こんな感じなんですけどね( ̄∇ ̄;) 我ながらよく完結させてきたもんだと感心します。 このお話も最初になんとなく考えていたものから、書きながらどんどん変化していくんだろうな~なんて思ってます。 今は「どういうこと?」「まさか?」なーんてことが色々浮かんでると思いますが。 是非ともそれを思う存分楽しんでくださいませ( ̄ー ̄) --k※※hi様--
新作始動です! このところ甘いお話が多かったですからね。 またガラリと雰囲気を変えてお届けします(o^^o) どういうこと?と頭の中がハテナでいっぱいかと思いますが、 それも含めて是非お楽しみくださいませ! --名無し様<拍手コメントお礼>--
まだまだ謎の多いこちらのお話。 楽しんでいただけたら嬉しいです^^ --サ※※ン様--
はじめまして^^ おぉ、ミスチルに同じタイトルの曲があるんですね?! 私は何にも考えずに(知らずに)内容と言葉のイメージからつけました。 やばい・・・ミスチルファンに怒られませんように・・・ (=人=)パクッテマセン、シンジテクダサイ また雰囲気を一新して物語が展開していきますので、どうぞお楽しみに♪ --管理人のみ閲覧できます--
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記憶喪失ものってお話でしたけど、つくしも、司も? いやぁ~さすがに最初で読者の心をグっとつかむのがお上手でいらっしゃる(笑) これから先が楽しみですぅ~。 --ke※※ki様--
ね~、どうやらミスチルの曲に同じタイトルのものがあるようで・・・ ハイ、わたくし何も知らずにつけました。 なのでパクっていません、お代官様信じてくだせぇ (T△T) 昨日の短編が曲のイメージから作るお話だったので尚更そう思われたのかもしれませんね。 私、こちらの曲も知らなかったので歌詞を見に行ってみたんですが・・・ 確かに、司というよりは類のイメージに近いかも。フムフムφ(..) なんとな~く、以前から使いたいと思っていたこのタイトル。 今作こそ一番相応しいのでは?!と即決でした。 その理由は・・・? まぁおいおいと、ね ( ̄m ̄) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --ぴ※※あ様--
新作始動いたしました! 「こ、これは・・・!」と思っちゃいました? 気付いちゃいました? ( ̄m ̄) オット、オクチチャックアルネ そうそう、初っ端からオリキャラ登場です。 彼、大塚君にはこれから色んな意味で頑張ってもらう予定ですのでお楽しみに! わはは、「ネバ丼!」気に入っていただけました? すっごい強力そうですよね(笑) でも肝に銘じないといけないのは「実る恋も実らなくなる」という点ですからね? くれぐれも使うタイミングをお間違えなきよう・・・自己責任で! ( ̄∇ ̄) --みわちゃん様--
あららっ、掴みはオッケーですかっ?! (≧∀≦)ヒャッホー 「何?どういうこと? えっ? おいっ、みやともどうなっとんじゃ!!」 という導入こそが 「みやとも・ザ・ワールド」 ですから! どこぞで聞いたことがあるような新番組作っちゃいますよ! 我がワールドをたっぷりとご堪能くださいませ( ´艸`) --c※※co様--
はい、新作が始まりましたよ~! 初っ端から「何がどうなっとんじゃ?!」な展開ではありますが、 そこは私の十八番だと思って暫しの辛抱をば(笑) ダイヤのネクタイピンね~、ほんと、質屋に入れて小遣いに・・・といきたいところですが、そんなもんを身につけてるなんて相手が大物であることに違いはないだろうから怖くてムリだな(笑) つくし嬢、どこへいっても無意識にもてております。腹立つわー(笑) 大塚君というオリキャラがいきなり登場しておりますし、謎だらけのスタートですし、これから楽しんでいただけたら嬉しいです^^ --マ※ナ様<拍手コメントお礼>--
久しぶりの短編楽しんでいただけたようで良かったです♪ そして新作も動き出しました~! 「何、何?!」は私のおハコですから。 めくるめく妄想でお楽しみくださいませ(笑) |
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