忘れえぬ人 2
2015 / 07 / 30 ( Thu ) 「どうぞこちらへ」
「あ、ありがとうございます・・・」 案内されるまま執務室に入ると、デスクに向かって下げていた頭がふっと上がった。 「やぁ。 遅かったね」 「あ・・・ごめん。ちょっと色々あって・・・」 「別にいいよ。呼び出したのはこっちだからね。 君、もういいよ」 「あ、はい・・・」 ここまで案内してくれた秘書の女性が出しなにちらりとこちらをを振り返る。 その視線は明らかに好意を含んではおらず、つくしはそれに気付かないふりをして誰にも見えないように深く息を吐いた。 「何溜め息ついてるのさ?」 だがそんなことにすら目ざとく気付いてしまうのがこの男。 いつの間に立ち上がっていたのか、ふわりと微笑みながらこちらへ近づいてきた。 「だって・・・明らかに場違いなあたしが特別待遇でこんなところまで通してもらえるなんて・・・あの人達が不満に思うのも当然なんだもん」 「そう? 俺がいいって言ってるんだから何の問題もないでしょ」 「充分あるよ・・・」 いくら友人だとはいえ、こんな役員クラスの執務室に簡単に出入りしていいはずがない。 目の前の男はどうして自分がこんなに憂鬱になっているのか少しもわかってはいない。 「毎度毎度受付と秘書の人達の視線が痛いんだから」 「ははっ、そういう連中の妬みなんて気にする必要ないから」 「はぁ~~っ、あんた達には一生わかってもらえないんだろうね。 花沢類」 思いっきり皮肉を込めて言ってみても、相変わらずどこ吹く風で猫のように笑って見せるだけ。 どこかでこうして愚痴るのを楽しんでるんじゃないかとすら思えてくる。 度々花沢物産へ通うようになってからというもの、つくしの存在を知る一部の女性達から目の敵にされてしまっているのが辛いところだ。 「あれ、そこどうしたの?」 「え?」 「お尻のとこ、汚れてる」 「えっ!!」 まさか知らない間に月のものでも始まってしまっていた?! 慌てて後ろを押さえようと手を伸ばしたが、それよりも先に動いたのは類だった。 こともあろうにパンパンと音をたてて平然とお尻の辺りをはたいている。 「ぎゃあっ!!」 思わず出た声にその動きが止まり不思議そうな顔に変わった。 「・・・どうしたの」 「どっ、どうしたのじゃないよ! お尻! 触らないでよっ!!」 真っ赤になりながらつい今しがたまで動いていた右手を指差す。 「・・・触ってないけど?」 「触ってました!」 「スーツの泥を払っただけだけど」 「だとしてもお尻に当たってたから!」 何をそんなに怒ってるんだとばかりにキョトンとしているが、こっちからしてみればこの上なく恥ずかしいのだから当然の主張だ! 「お尻・・・?」 「ちょっとっ! 今とんでもなく失礼なこと考えてるでしょっ?!」 じーっと己の右手を見つめながら首を傾げる類の心の中など想像するに難くない。 『 どこにお尻の感触があったっけ? 』 うるさいっ、どうせ鶏ガラ女だよっ!! 「ていうかさ、なんでそんなに汚れてるの。来る途中どっかで転んだ?」 「あ・・・いや、実はね」 「・・・? あんた、今日何か香水でもつけてる?」 「え?」 「いや、今少し動いた拍子になんか匂ったから珍しいなと思って」 「ううん、香水なんて何も・・・」 そもそも持ってすらいない。 だが類の言葉にふとあることを思い出す。 「・・・あ。 もしかしたらさっきの人かも」 「さっきの人?」 「うん。あのさ、もしかしてあたしがここに来る前に誰か男の人がここに来たりした?」 「え?」 つくしの口にした言葉にサッと類の表情が変わったのを見逃さなかった。 そのほんの一瞬の変化が意味することは全く検討もつかないが、普段見せないその様子からしてどうやら図星らしいということくらいはつくしにもわかる。 「・・・なんで?」 「あ・・・いや、実は下のエレベーターに乗るときに男の人と思いっきりぶつかっちゃって。このお尻の汚れもその時に尻もちついたせいだと思うんだ」 「・・・そう。 それで?」 「えっ?」 「それで? その後どうしたの?」 「あ、えーと、なんかその男の人がすっごい怖いオーラに包まれてて。ちゃんと謝る前にいなくなっちゃった」 「・・・・・・」 「・・・類?」 話を聞いて急に黙り込んでしまった類に今度はつくしが首を傾ける。 さっきからどこか彼の様子がおかしい気がするのは気のせいだろうか。 「それだけ?」 「え?」 「何か気付いたこととかなかったの?」 「気付いたこと・・・?」 何故そんなことを聞くのだろうか。 全く意味がわからないが、彼はいつになく真剣な顔をしている。 「・・・あ。そういえばこれを拾ったの」 処分に困っていたタイピンをポケットから取り出すと、つくしは類の目の前に差し出した。 「多分あたしがぶつかった時に落ちたんだと思う。追いかけようにももうどこにも姿が見えなかったし・・・かといってこんな高価なものを持ち続けててもあたしが困るっていうか。だからもしあの人が花沢類の知り合いなんだとしたら、これは花沢類が・・・」 「お前が持ってなよ」 「え?」 「それはあんたが預かっておきな」 「・・・・・・え、なんで・・・? だって・・・」 見ず知らずの男性の高級な持ち物など預かって一体どうしろと言うのか。 「牧野が拾ったんだから。最後まで責任もってあんたが管理しな」 「そ、そんな! だってこんな高価な物・・・それに、どこの誰かもわからない上にまた会える保証なんてどこにも・・・」 「会えるよ」 「えっ?」 「必ず会えるよ」 「・・・・・・なんで、そんなこと・・・」 「・・・」 真っ直ぐ射貫くビー玉の瞳にそれ以上言葉が続かない。 今日の彼はいつもとどこか違う。 何故? このタイピンだって知り合いだというのなら渡してくれたっていいのに。 どうしてそんな遠回りなことをさせようとするのか。 ・・・わからない。 いつだってこの男の心の中は読めないけれど、今日は格段に見えない。 「じゃあ早速だけど本題に入っていい?」 「あ、うん・・・」 こちらの戸惑いなどお構いなしに相変わらずこの男はマイペースを崩さない。 だが今日ばかりはつくしも心ここにあらずでちっとも話が頭に入ってこない。 おそらくン十万・・・下手すればさらに桁が上がるかもしれないこんな代物を、特売が大親友の自分なんかが持っているなどできっこない! 類の性格を考えれば無理矢理押しつけたところで絶対に頷いてはくれないだろう。 受付の人に頼んで渡してもらう? ・・・いやいやいや、そこで万が一何かあったら責任取れる? だったら拾得物として交番にでも届ける? ・・・って、持ち主を知ってる人間がここにいるのにそんなバカな話があるかっ! あぁ~~~、もうっ!!! 「あのっ!」 突然大きな声で言葉を遮ったつくしを類が仰ぎ見る。 「・・・何?」 「あのさ、これ、花沢類にお願いしてさっきの人に返してくれるなんてことは・・・」 「ないね」 「・・・だよね」 わかっちゃいたけど一応聞かずにはいられなかったというか。 「じゃあさ、せめてあの人の情報だけでも何かくれない? あたしほんとにこんな高価なものを預かるなんて嫌だからさ。名前とか、勤務先とかでもわかれば届けるから。だからほんの少しでいいから何か教えてほしいの。 お願いっ!!」 「・・・・・・」 人に押しつけることもできなければこんなものを平然と持ち続けることもできない自分にできることは・・・もう拝み倒すしかないっ! 見なくても呆れたようにこっちを見下ろしてる花沢類の姿が容易に目に浮かぶけど・・・ 背に腹はかえられない。 「 道明寺司 」 「 ・・・・・・・・・えっ? 」 力を入れて頭を下げていたせいでよく聞こえなかった。 間抜け面で顔を上げたつくしとは対照的に、どこかいつもよりも真剣な顔でもう一度類がその名を口にした。 「道明寺司。 その持ち主の名前」
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by: * 2015/07/30 00:36 * [ 編集 ] | page top
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むむう、昨日一話目よんで、明日は少し、ヒントをつかめるかななんて、甘いことを、考えてましたが、ムムム???予想がつきません。予想される皆さんがスゴイと思います。あー気になります! --管理人のみ閲覧できます--
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やっぱり司とつくしを結ぶのは類。 記憶はなくても再び出会った二人。 やっとまた時が流れ始めたとばかりに、タイピンを受け取らなかった類。 まだしっかり話が固まってなくてもいいんです(笑) 二人が幸せになればそれで・・・。 ということで、みやともザワールドを楽しませていただきます(笑) --管理人のみ閲覧できます--
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つくしちゃんポカーン状態ですよね。 一体何がどうなっているのやら? そして類は強力なサポーターなのか? ふっふふふ、そんなに単純だと面白くないですよね~( ̄m ̄) --きな※※ち様--
ふふ、いつも拍手一番乗りを狙ってる方がいらっしゃるみたいで。 更新直後にはだいたいポチされてることが多いです^^ さてこちらのお話、ダブルで・・・なのでしょうか? 小出しにしつつ皆さんには色々と予想して楽しんでもらえたらなと思ってます。 今回は本当にいろんなパターンが予想できると思うので、そこも一つの楽しみ方じゃないかな~なんて。 私も大まかな部分しか決めてませんから、今後物語はどんどん変化していく可能性もあります。 終わったときにどんな話になっているか、ある意味では私にも予想がつかないのでドキドキしてますよ(*^^*) --こ※様--
初っ端から謎がいっぱいですよね。 是非色んな予想を立てながら読んでいただけたらな~と思ってます。 そしてこちらの物語での司君、一体どんな人生を送ってきたんでしょうねぇ? 私も今から書くのが楽しみで仕方ありません(*^^*) お元気になられたようでよかったです! --あーちゃん様--
すぐに全てがわかってしまっては面白くないですからね。 少しずつ少しずつ、ですよ~! 謎だらけながらも皆さん色んな予想をされていて、それを見るのがまた楽しいです( ´艸`) --k※※hi様--
つくしちゃん、忘れちゃってるんでしょうかねぇ・・・? 類の真意はいかに?! また徹底的なサポートに回るんでしょうか。 でもなんだかんだ彼がライバルだと一番盛り上がりますからね。 今後どうしていこうかな~とまだ色々と考え中です^^ --ke※※ki様--
あはは、坊ちゃんのイライラモードが伝わりましたか? さすがですね~、仰るとおりですよ。 年齢はそうですね、つくしが22になる年あたりでしょうか。 今回は本当に可能性は無限大な設定だなと自分でも思ってます。 一応ラストまでのざっくりとした筋道はできてるんですが、気分次第でいくらでも変えていく可能性はありますから、自分でもどんなお話に仕上がるのか予想がつきません。 まずはつくしと司が今一体どういう状況なの?!ってところですよね。 小出しではありますが徐々に明らかになっていきますのでお楽しみに! そしてチビゴンが血の涙を流しているのを見た時はさすがにちょっと焦りましたね~。 結果的に大したことがなくてほっとしましたが、少しずれていたらと思うと怖いです。 猫がトラウマにならないかなと心配でしたが、帰宅してすぐにギューッと抱きついていたのでなんだかうるっとしちゃいました。 --マ※※ち様--
さぁ、2人とも・・・なのでしょうか? そして類の真意は?! まだまだ謎だらけですよね。 思った以上に皆さんの食いつきがよくてなんだか嬉しいです(笑) --た※き様--
どうなんでしょうね~? もう少ししたらわかってくることが増えますからそれまでは色々と予想して楽しんでくださいね^^ --みわちゃん様--
どんな状況下に置かれているのかはまだ謎だらけですが、2人が再び出会ったということは紛れもない事実。 さぁ、ここからどう運命が動いていくのか。 そして類は味方なのかそれとも強力なライバルなのか。 私にとっても楽しみがいっぱいです(*^^*) みやとも・ザ・ワールド、高視聴率目指しますっ!!(笑) --c※※co様--
むむむっ! 思わぬ展開に思わず慈英さん出ちゃいましたね?!(笑) 皆さんのリアクションが楽しくて楽しくて、俄然やる気が出てますよ~!(≧∀≦) チビゴンはちょっと焦りましたが幸い大事には至らず。ホントに良かったです。 猫も全然悪気はなかったんですけどね。 カーテン越しに遊んでてお互いがよく見えない状態でジャンプしたため避けきれなかったようで。 その後怖がることもなく仲良くしてくれてるので一安心です。 --イ※※マ様--
おぉ、引き込まれてますか?すごく嬉しいです~(≧∀≦)ヤッター! 司君の初登場は圧倒的で冷たいオーラを放ってましたが・・・さて彼は今どういう状態なんでしょうね? 謎だらけだとは思いますが、是非色んな予想をしながら楽しんでくださいね♪ --す※れ様--
どれくらいの長さになるかは私自身も全く検討ついてないですね~。 書きながら物語を完成させていくタイプなのでね、予想は当てになんないです(笑) そして読み方は色んな形があっていいと思いますよ~。 私も物語によっては同じようなことしてますし。 でもん~、ごめんなさい、今後のネタバレ的なことはお教えすることはできません。 それやっちゃったら話を書く楽しみなくなっちゃうので。 私も実際どんなラストになるのかまだはっきりと固まってませんのでね。 皆さんと共に作り上げていきたいと思ってます。 --てっ※※くら様--
もしかしてもしかしてですよね~! でも類とは至って普通・・・あれ~?みたいな。 思いもよらない展開でしたか? ふふっ、そういう反応が欲しくて書いてますからね。狙い通りでし・あ・わ・せ(*´∀`*)笑 今まで以上に予想の幅が広がってる状態だと思うので、是非色々想像してやってくださいね~! --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
おぉっ、早速の読み返し有難うございます! ほんと、結末がわかって読み返すと新たな発見がありますよね。 週末は是非どっぷりみやともワールドに染まってくださいませ(* ̄∇ ̄*) |
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