忘れえぬ人 3
2015 / 07 / 31 ( Fri ) 「司様?」
ぼんやりと、何も考えずにただ窓の外に流していた意識が急に現実に引き戻される。 「・・・何だ」 「そちら・・・どうなさいましたか?」 「あ?」 意味不明な問いかけにイラッとしつつも男が指差した先へと視線を移す。 ・・・と、そこには本来あるはずのものがなくなっていた。 「どこかで落とされましたか?」 「・・・記憶にねぇな」 そう口にした後であることを思い出す。 「・・・あの時か?」 「え?」 「・・・いや、なんでもねぇ」 ほんの10分ほど前にある女とぶつかったことを思い出す。 イライラしてろくに顔も見ていないが、随分間抜けなツラでこちらを見上げていた記憶だけが微かに残っている。そう言えば周囲にはあの女の荷物が散乱していたか。 大方あの時の衝撃で落ちてしまったのだろう。 ・・・チッ、イライラする。 「これからどうなされますか? 代替案をお考えならば・・・」 「必要ねぇ。最初の計画通りだ」 「ですが花沢様は・・・」 「関係ねーよ。俺はやると決めたらやる。あいつが首を縦に振らないなら振らせるまでだ」 「・・・・・・かしこまりました」 この男は良きにせよ悪しきにせよ額面通りに事を進めていく。 やると言ったらやる、それもまた同じこと。 一切の説得など無意味だと判断すると、西田は手元の資料へと視線を落とした。 *** 「う~~~~ん・・・」 ゴロンと寝返りを打って伸ばした手の先を見つめる。 結局あれから持ち帰ったもの。それは・・・ 「道明寺司って・・・あの道明寺財閥の道明寺だよね?」 答えてくれる人間がいるわけでもないのに思わず口にしてしまう。 そしてその答えが 「イエス」 だということは状況的に見て疑いようがないわけで。 「道明寺司・・・?」 どこかで聞いたことがあるような名前につくしが考え込む。 道明寺と言えば世界に名だたる大財閥の名前だが、引っかかるのはそれだけではないような・・・ 「・・・あ。」 「何か思い出した?」 「もしかして・・・あの時言ってた人?」 「正解」 ご名答とばかり類が頷いた。 「あの人が、道明寺司・・・」 ずっと前に話に聞いたことはあったが、実物は想像以上にオーラが凄かった。 少しだけ教えてもらっていたことのある人物像が、決して大袈裟なんかじゃなかったということをたったあの一瞬で身をもって知ることになろうとは。 「何も思い出せない?」 「・・・うん。 ごめん・・・」 「はは、なんで謝るのさ。 あんたは何も悪いことなんかしてないだろ?」 「でも・・・」 しょんぼりと落ち込んでしまった頭にポンポンと手がのせられる。 反射的に上げた顔は今にも泣きそうに不安でいっぱいになっていた。 「また落ち込む」 「だって・・・」 「言っただろ? 焦ったって仕方ないって。お前はお前のペースでゆっくり行けばいいって何度話した?」 「・・・うん」 この手の話になると普段の勢いがまるで嘘のように萎れてしまう。 その姿に類は呆れるように笑った。 「必ずその時は来る。今日偶然会ったのだって何かの意味があるかもしれないし、ないかもしれない。それは誰にもわからないことだし、自然の流れに身を任せな」 「・・・うん」 「ということでそのピンは牧野が自分で管理すること」 「・・・うん・・・・・・えっ!!」 ハッとして顔を上げればしてやったり顔で類が笑っている。 ・・・やられたっ! 「はぁ~~、また花沢類のペースにやられちゃったよ・・・」 「人聞きの悪いこと言わないでくれる? 素直に返事したのは牧野自身だろ」 「それはそうだけどさ・・・」 思いっきり嵌められたような気がするのは気のせいなんかじゃないはずだ。 「じゃあ今度こそ本題に入るよ。次の予定だけど・・・」 「はぁ~~~、道明寺ホールディングスかぁ・・・」 結局、そのことについて類と話をしたのはそれっきりだった。 後は本来の目的を果たすべくひたすら打ち合わせに没頭するのみ。 聞いたところで余計焦りが募るだけだとわかっているせいか、彼も必要以上にその話に触れようとはしなかった。 「なんで花沢類から返してくれないんだろ・・・」 焦らなくていいと言いながらも頑としてこのタイピンを受け取ってはくれなかった。 できることなら今すぐにでも返しに行きたいくらいに持っているだけで不安でしょうがない。 彼の正体がわかった今、これを返すためには道明寺ホールディングス本社へ行かなければならないということが確定してしまった。 花沢物産へ行くだけでも憂鬱で仕方がないのに、今度は道明寺ホールディングス?! しかも意味不明なものを持って見知らぬ女が来たともなれば・・・一体受付でどんな顔をされるというのやら。 かといってこんなものを持ち続けるなんて冗談じゃない。 もしなくしてしまったら? もし今この部屋に強盗が押し入ったら? 無限大に広がる 「 もし 」 を考えるだけでもド庶民のつくしにとっては苦痛だ。 「明日・・・って言っても土曜日だからな~。いないかもしれないし、かえって迷惑になったら嫌だし・・・う~ん」 眩しいほどの輝きが恨めしく思えてくる。 質屋に出せば一体何ヶ月分の家賃が払えるのだろうか。 「とにかく行ってみるか。動かないことには進まないわけだし。ダメならダメでまた月曜に出直そう。うん、そうしよう!」 半ば強引に納得させるように自分に言い聞かせると、おもむろにベッドから体を起こして収納棚に手を掛けた。大した物は入っていない収納だが、その中でただ一つだけ、鍵の掛かる小さな金庫が置かれている。 明らかに不釣り合いなその箱を取り出すと、つくしは番号を入力して鍵を解除していく。 カチャッと小さな音をたてて開いた箱の中から更に小さな箱を取り出すと、テーブルの上のタイピンに並べるようにしてそっと置いた。 そしてゆっくりと、ゆっくりと、慎重に慎重を期して箱を開けていく・・・ 「・・・・・・」 いつだってこの箱を開ける瞬間は言葉を失う。 驚き、感動、疑問、恐れ、 ありとあらゆる感情が同時に襲ってきて、何一つ言葉にすることなどできなくなってしまうから。 つくしはその中身を手に取ることはせずに、指の先でそっと撫でていく。 「・・・おーい、あなたはどうしてこんなところにいるの~?」 そう問いかけてみても答えなど返ってくるはずもなく。 少し視線をずらして入ってくるタイピンと交互に見比べると、用途も形も全く違うものなのに、何故だか不思議と共通点があるような気がしてならないのはどうしてなのか。 小さな物体の中に大宇宙が広がっているかのようにキラキラと輝きを放っているだけではなく、何かもっと違う共通項があるような。 「偶然にしたってこんな高価なものを2つも持ってるなんて・・・生きた心地がしないよ」 普通の女なら喜ぶところなのかもしれないが、とてもじゃないがそんな気になどなれない。 見れば見るほど 「何故?」 ばかりが頭を埋め尽くしていく。 「っ・・・! いった・・・」 そしてその後は決まって激しい頭痛に襲われる。 同じような事を繰り返してもう何年経つのか ___ 考えないように、焦らないように、そう言い聞かせていても、ふとしたきっかけでこうして頭の中を占拠しては消えてくれないものがある。 自分には、どうしても取り戻せない抜け落ちた記憶があるのだということを。
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by: * 2015/07/31 00:25 * [ 編集 ] | page top
--ワクワク(*´ω`*)--
今までにない話の展開ですね。毎日ドキドキしながら読んでます。つかつく両方まさかの記憶喪失?続きが気になってしょうがない!ステキな小説をありがとうございます!毎日酷暑ですがこのストーリーが日々の活力源になりますo(^o^)o --管理人のみ閲覧できます--
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つくしは土星のネックレスを大事にしまってるんですね? なぜそんな高価な物を自分が持ってるのかも分からず・・。 なぜ?と思うと、襲ってくる激しい頭痛。 思い出せない。 でもつくしの本能が、心がきっと覚えているはず。 で、司は? まだまだお話がよく分からず、ワクワク、ジレジレ状態です(笑) --管理人のみ閲覧できます--
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あはは、独り言が多くなってる!(笑) ほんとですよね~、とりあえずつくしちゃんが記憶喪失中だということが判明。 とはいえまだまだ謎だらけです。 --うか※※ん様--
うふふ、なんとな~く見えてきましたか? 小出し作戦で皆さんの心理を揺さぶっていきますよぉ~!(笑) そうなんです。 今までになかったパターンを目指したいと思ってます(・∀・) --エミ様--
今までにない感じでドキドキしますか? 今の私にとってそれが一番嬉しい言葉かもしれません(*^^*) どうなってんの?どうなってんの?がしばし続くかも・・・(笑) --ち※様--
どうして記憶喪失になっちゃったんでしょうねぇ。 それがわかるのはいつ頃になるのか・・・自分でもまだ決まってません(笑) そうですね~、謎解きは気が向いたときでってことでいいですか?( ̄∇ ̄) ちょいとちょいと! そこかしこからそこはかとなく昭和のかほりが漂ってますよっ!! にゃんこはオッドアイではないですね。両目金です。 --ふ※※ろば様--
ふふふふふふ、予想がそれとなくつき始めながらも「あれ、じゃあここはどうなってるの?」なポイントが次々に浮上してきますよね? ムフフフ、それでいーんです!( ̄ー ̄) 少しずつパズルのピースが嵌まっていきますので、それまではあっちこっち嵌める場所を迷いながら楽しんでいただけたらと。 私がちゃんと全てを解き明かせるかは・・・誰にもわかりません( ̄∇ ̄) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
とりあえずつくしが司のことを忘れているのは確定しました。 が、まだまだわからないことだらけ。 毎日「?」を準備してサイト訪問をお願い致しますm(__)m 笑 --みわちゃん様--
何やら身に覚えがないけれど大事にしてるものがある様子。 それがまさに本能というやつなのでしょうか? つくしのことが少しわかったところで気になるもう一人。 彼は一体どうなってるんでしょうね? たっぷりワクワクジレジレしちゃってください。 それこそが「みやとも・ザ・ワールド」ですから! ←しつこい --k※※hi様--
謎だらけで楽しいですか? うふふ、そう言っていただけると嬉しいです。 類もさすがですよね。 物語に「どういうこと?」な一面を作りたいときには彼が大活躍してくれるので助かってます(笑) --ke※※ki様--
つくしちゃんが持ってるのはネックレスなんでしょうかね? もしそうだとするならば記憶を失った時制はいつ・・・? と新たな疑問が浮かび上がってきますよね。 仰るとおり私のお話はナマモノですね。 だから途中でどんな化学反応を起こしていくかは私にも未知数なんです。 とりあえず爆発してそのまま燃料切れとならないように気をつけます(笑) --c※※co様--
わーい、本日も「ムムムッ」いただきました~!(≧∀≦) パンドラの箱はちゃんと開くのか?開いたらどうなっちゃうのか? 書き手も全く検討がつきません( ̄∇ ̄) が、皆さんにワクワクしてもらえるように頑張りま~す! |
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