忘れえぬ人 5
2015 / 08 / 02 ( Sun ) 「お前、最近昼の度にどこ行ってんだ?」
戻って来るなりバッタリとデスクに突っ伏してしまった女に大塚が呆れ返る。 ここ一週間、昼になると同時に瞬く間に事務所を出て行き、やけにげんなりとした状態で時間ギリギリに戻ってくるの繰り返し。てっきり外に食べにでも出ているのだろうとばかり思っていたが、とても鋭気を養ってきた人間には見えない。 「ん~~、ちょっと野暮用があってさ・・・」 顔を上げる気力もないのか、俯いたまま無気力に答えるだけ。 「・・・・・・ひゃあっ!! なっ・・・何っ?!」 だが次の瞬間、突然頬を襲った凍り付くような感触に思わず立ち上がると、あまりの勢いに椅子がガタンと大きな音をたててひっくり返ってしまった。 「びびった・・・お前なに、すげーパワーが有り余ってんじゃんかよ」 「っていうか何っ?! びっくりしたのはこっちの方なんだけど!」 「ほら、すげー疲れてんだろ?」 「・・・え?」 スッと差し出されたのはつくしの大大大のお気に入りであるイチゴオレ。 このビル内のとある自販機にしか売っていないレアアイテムだ。 「え? これって・・・」 「見た感じ何も食ってねぇんだろ? 時間まであと5分あるから。とりあえずこれだけでも腹ん中入れとけよ」 そう言ってデスクの上に置かれたのは1つのおにぎり。 つくしはそれらと大塚の顔を交互に見ながら言葉を探すが、予想外のことに咄嗟に出てこない。 「あの、大塚・・・」 「いいのか? あと4分になっちまったぞ」 「えっ?! それは困るっ!!」 時計が示すのは1時まであと4分を切ったところ。 つくしは条件反射のように倒れた椅子を起こして座り直すと、余計なことなど全てすっ飛ばして目の前の宝の山にかじり付いた。 「ブハッ、やっぱお前女捨ててんな」 「うるはいっ!」 色気より食い気。結局4分もかからずにペロリと平らげてしまったつくしは、しばらくこのネタで大いにからかわれることとなった。 「大塚、今日はほんとにありがとう」 「あ? あぁ、別に。食いきれずに余ったのをやっただけだし。とどのつまりは残飯処理だ」 「え、でも甘いもの嫌いって言ってたよね?」 「うっ・・・そ、それは、まぁたまたまだ、たまたま!」 いつも軽くてからかってばかりの男だが、基本的に気配りのできる心優しい男だとも思う。 つくしは妙に慌てふためく姿がおかしくてたまらずクスッと笑った。 「・・・なんだよ」 「ううん。嬉しかっただけ。ありがと」 「お、おう・・・」 カァッとらしくもなく赤くなっていく頬を慌てて隠すが、当の本人はそんなことには露ほども気付かず何事もなかったかのように涼しい顔で荷物をまとめ始めた。 「おい牧野」 「うん?」 「今日メシ行かねーか?」 「えっ?」 きょとんと上げた顔がまるで小動物のようで、また緩んでいきそうになる顔を隠すだけでも精一杯だ。 「あ、いや、この前ダメだっただろ? で、すげー評判のいいメシ屋があるってダチから聞いてな。行ってみたいと思ってんだけど、どうせお前も暇だろうから一緒にどうかと思って。なんなら俺がおごってやっても・・・」 「あ~、ごめん。今日もダメなんだ」 「え?」 ほとんど隠せていなかった緩んだ顔がその言葉で一瞬にして消え去る。 「今日はどうしても外せない用があるんだよね。ほんとごめん! あたしも是非行ってみたかったけど・・・ほら、他の人達を誘って行ってみなよ! 行ったらまた感想聞かせて?」 「・・・・・・」 「あ、やばい、もうこんな時間。じゃあお昼はほんとにありがと。また来週!」 屈託のない笑顔を振りまくと、つくしはいつもと同じように1人1人に挨拶をして飛び出して行った。その後ろでがっくりと項垂れる男がいるだなんて夢にも思いもせずに。 「 ・・・・・・・・・あんの無自覚女、タチが悪すぎる・・・ 」 「 ドンマイ、大塚 」 まるで昼のつくしの再現のように突っ伏してしまった大塚の背中を、ポンポンと宥めていく手は後を絶たなかった。 *** 「あっ、いたいた!」 足音に振り向いた男性がニコリと微笑んで手を挙げる。 「ごめんっ、待った?」 「全然。今来たところ」 彼なりの優しさかもしれないと思いつつもほっと胸を撫で下ろしたつくしがあることに気付く。 「よっ、牧野」 「え・・・西門さん?! 美作さんも!」 カウンター席に並んで類に隠れるようにして座っていたのは色男2人組だ。 「え、どうしたの?」 「いや、飲むのに類にも声かけしたらお前と会うって言うじゃねーか。だったら皆で揃って飲むのがいいかと思ってさ」 「あ、そうなんだ・・・」 「なんだよ、類と2人っきりが良かったってか?」 「はぁ? 違うよ!」 「牧野、そこそんなに即答しなくてもいいんじゃない? 俺傷つくんだけど」 間髪入れずに否定されて類が悲しげに顔を伏せる。 「あぁっ、違う違う! そういう意味じゃなくって・・・って、笑ってるじゃん!」 「あ、ばれた?」 「もうっ!」 悪戯っ子の顔で笑うその姿は気まぐれな猫のようだ。 「で、何? あんたが呼び出すなんてよっぽどな用でもあったわけ?」 「あ・・・それなんだけどさ」 ガサガサと鞄の中から取りだしたのはビロードの小箱。 自分ではまず行くことのない宝飾店にわざわざ出向いてまで購入したものだ。 「・・・何?」 「この中に例のタイピンが入ってるの。ほんとに申し訳ないんだけど、花沢類からあの人に返してもらえないかな」 「・・・牧野が責任もてって言ったよね?」 「言った。だから責任持って返しに行った。でも門前払いでどうにもこうにもならないの。この一週間、時間を見つけては毎日足を運んでるんだけど・・・行けば行くほど不審者扱いされちゃって。受け取ってもらえないどころかそのうち警察に通報されるんじゃないかとすら思えるの。だからもう花沢類に頭を下げるしか方法がないの。・・・お願いしますっ!」 「・・・・・・」 今の自分にできる方法は全てやった。 が、どれもこれも見事に玉砕した。 たかだか落とし物を届けるだけの行為が何故こんな結果になってしまうのか。 考えたところでその理由などわかるはずもなく。 困った時の花沢類頼みじゃないが、もうこれ以外に方法は見当たらない。 つくしは全身全霊で頭を下げ続ける。 「これなんだ?」 「あっ!」 横から伸びてきた手がヒョイッと箱を取り上げる。 「なんだこれ、ネクタイピンか? 牧野にしちゃ随分珍しいもん持ってんな。 男・・・なんているわけねーか。どうしたんだよ?」 いるわけねーは余計だ! ・・・まぁ全く間違ってはいないけど。 「つーかこれ相当な高級品だな。類のもんか?」 「いや、司の」 「えっ?」 サラッと返された言葉に総二郎とあきらの動きが止まった。 そしてその意味を理解すると驚いた顔でゆっくりとつくしに視線を移す。 「・・・お前、司に会ったのか?」 「え? あ、うん。 この前花沢物産に行った時にエレベーターのところでぶつかっちゃって。その時に落としちゃったみたいなんだけど・・・あたしこんな高価なものなんて持ってられないから」 「つーかポイントはそこじゃねぇだろ・・・」 「えっ?」 「・・・いや、何でもねぇ」 つくしを見れば昔と状況は何も変わっていないことは明白だった。 それは先日司と会ったときにも再認識したことで、直接顔を合わせた結果をもってしてもそうだということが何とも言えない寂しさを生み出していた。 「この際花沢類じゃなくてもいいや。西門さんと美作さんもその人の親友だって言ってたよね? だったらあたしの代わりにこれを返してくれないかな? 道明寺ホールディングスに行ってもなす術がなくて本気で困ってるの」 「いや、それは・・・」 チラッと困惑したように男同士が視線を合わせる。 やっぱりこの話になるとどうもおかしな空気になる。 一体何故? 「ねぇ、なんでそんなに頑なに受け入れてくれないの? あたしそんなに我が儘なお願いしちゃってるのかなぁ?」 「いや、決してそういうことはねぇと思うぞ」 「だったらお願い! これ返しておいて? きっとその人だって困ってると思うから・・・」 「いや、多分それもねぇぞ・・・って、 あ。」 「えっ?」 何かを見て声を上げたあきらの目線を咄嗟に追う。 「・・・あっ!」 と、無意識でつくしも全く同じ反応をしてしまっていた。 スラリとしたモデルのような体躯、一目見て一級品だとわかる仕立てのいいスーツ、見る者全てを黙らせるような鋭い眼光。 ・・・そして一度見たら忘れようのない特徴的な髪型。 「 道明寺司・・・ 」 思わず口にしていたその名の男がこちらへ向かって歩いてきていたのだから。
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by: * 2015/08/02 00:29 * [ 編集 ] | page top
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大塚君、涙無しには読めません( ̄∇ ̄) あまりの不遇さに彼を応援したくなる読者が続出するんじゃなかろうかと(笑) そして偶然の再会。 ついに面と向かって顔を合わせるときが来たようです。 ドキドキドキドキ・・・ --t※※o様--
人ホイホイ炸裂です(≧∀≦) いや~、罪造りな女よのぅ・・・ ガンバレ、大塚っ!! ← えっ? ふふふ、気になる気になる木~で終わってこその連載ですよ♪( ̄ー ̄) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
あはは、ダースベーダーの曲、確かに。 ドラマでの着信音は笑いました(笑) つくしはどうして記憶をなくしちゃったんでしょうねぇ? --ke※※ki様--
そうなんですよね~。 今の2人は言ってみれば高校で出会う前くらいの認識しかないですからね。 鉢合わせになって一体どんな感じになるのか・・・ 色々と心の準備をして明日をお迎えくださいませm(__)m 大塚君、つくしホイホイの毒牙に嵌まって抜けられそうにありません。チーン --c※※co様--
なんだか次回は何かが起きそうな予感が?! 色んな意味でドキドキしますよね。 何故か書いた私までドキドキしてます(笑) え?意味深だって?(・∀・)ハテ? 大塚君、これからも是非とも頑張ってもらいましょう!! --た※き様--
そうなんです!どっちもっていうのは盲点ですよね。 自分でもこれから2人がどう恋に発展していくのか、ドキドキワクワクしています。 今までにない展開を是非お楽しみくださいませ(*^^*) |
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