続・幸せの果実 3
2015 / 08 / 13 ( Thu ) 「1週間ほど奥様が帰られるとの連絡がまいりました」
「えっ?」 夕食中、何の前触れもなく告げられた事実にぽろんと手元のパンが転がり落ちた。 「以前からもしかしたら・・・という話は伺っておりましたが、直近になってみなければわからないということでしたので。それで今日になって連絡が来たというわけです」 「そうなんですか・・・。 司は知ってた?」 「あー・・・そういえばなんか西田がんなことを言ってたな」 向かいの席でしれっとのたまった男はおそらく確信犯で黙っていたはずだ。 もうっ! そうならそうと言ってくれればいいのに! 「お母様に会うのって・・・」 「式以来じゃねーか?」 「だよねぇ・・・。 ってことはついに誠とご対面かぁ~!」 ドキドキ、ワクワク。 そしてほんのちょっぴり怖いような。 一体彼女は誠に会ってどんな反応をみせてくれるのだろうか? 笑わない? 笑う? 喜んでくれる? それともいつもと何一つ変わらない・・・? 「またお前余計なこと考えてんだろ」 「え? 全然考えてない考えてない」 「ふん、お前に事前に話しておくとそうなるのがわかってたからな。ま、実際帰って来るかはギリギリまでわからなかったわけだし」 類の突然の一時帰国から1週間、今度は楓まで帰って来るとは。 偶然というのは重なる時は本当によく重なるものだと思う。 「そっか~、帰って来るんだ」 「内心げぇって思ってんだろ」 「失礼な! あたしは司と違ってそんなことは考えてないよ。むしろ楽しみ」 「どうだかな」 「ほんとだってば! ・・・それに、直接会って伝えたいことがあったから」 「なんだよ?」 「ふふっ、ナイショー!」 次に楓に会った時には直接伝えたいことがつくしの中にはあった。 そして密かに抱いていた願いが。 このタイミングで帰って来るというのも、何か運命的なものを感じるなんて言ったら笑われるのかもしれないけれど。 *** それから数日後、邸はいつになく緊張状態にあった。 もともとはこれがあるべき姿だったわけだが、この邸につくしという人間が来てからというもの、ガラリとその色は塗り替えられた。現在の主である司も昔とは纏う空気が見るからに変わり、そこかしこに張り詰めていたピリピリした空気はすっかり鳴りを潜めていた。 だが今日は違う。 決してピリピリはしていないものの、どこかピーーンと一本の糸が張り詰めたような何とも言えない緊張感が漂っている。 それもそのはず。 司以上に見る者を畏怖させるその人、道明寺楓が1年ぶりに帰国するというのだから。 エントランスに整列している使用人達も、いつになく真剣な面持ちでその時を待っている。 そしてその中心で、つくしはタマと共にその人の登場を待ちわびていた。 「奥様お入りになられます」 その言葉にドクンと胸がより一層高鳴ると、重厚な扉がゆっくりと開いていく。 やがて日の光に負けないほどの眩しいオーラを携えた女性が姿を現すと、つくしは自分でも気付かない間にゴクンと息を呑んだ。 いつどんなときでも、やはりこの人の存在感は唯一無二であると。 「お帰りなさいませ、楓様」 「「「「「 お帰りなさいませ 」」」」」 カツンと響いたピンヒールの音が合図だったかのように一同が一斉に頭を下げた。 「おっ、お帰りなさいませ!」 すっかり出遅れてしまったつくしも慌ててそれに続くと、やがてコツコツと響いていた音が目の前で止まった。ハッとして体を起こせば、やはりそこには楓が立っている。 「あ、あのっ・・・」 「無事に出産された報告は受けています」 「えっ? あ、はいっ。このとおり元気な男の子を授かりました! 名を誠と言います」 「・・・」 特に表情を変えたりはしないが、誠を見下ろしている瞳が優しく見える・・・なんて言ったら自惚れすぎだろうか。 「奥様、是非とも誠様をお抱きになってくださいませ」 「・・・タマ?」 「あなた様はこの子の血の繋がった大事な家族なのですから。いつだって会えるわけではないのですし、是非に」 帰ってきて早々にそんなことを言うタマに正直驚いたが、つくしも慌ててそれに追随する。 「あのっ、私からも是非お願いします!」 「・・・」 しばらく黙り込んでいた楓だったが、ふぅっと息を吐く音が聞こえたと思った次の瞬間、スラリとした手が伸びてきた。 「・・・え?」 「え? ではないでしょう。 あなたが抱けと仰ったのではなくて?」 「あ、あぁっ、そうです、そうでした! ありがとうございます! じゃあ・・・」 ドキンドキンドキンドキン・・・ かつてこんなに緊張したことがあっただろうか。 誠を渡す手が震えていることに気付かれているかもしれない。 ・・・それでもいい。 嬉しさのあまり震えることができるなんて、これ以上幸せなことはないのだから。 完全に楓の腕の中に誠が包み込まれると、どこからともなく感嘆の声が聞こえてくる。 見ればこの場を目撃していた使用人達が本当に幸せそうに笑っていた。 もちろんタマだって。 確認することはできないけれど、きっと自分もそれに負けないくらいに笑っているに違いない。 「誠、あなたのおばあちゃんですよ」 「・・・おばあちゃん?」 無意識に口にしていた言葉にピシッとその場に亀裂が入ったのがわかった。 使用人達に至っては笑ったまま硬直してしまっている。 「あっ・・・! ご、ごめんなさいっ! あたしったらなんて失礼なことを・・・嬉しくてつい・・・本当にごめんなさいっ!!」 やってしまった。 やらかしてしまった。 当然の如くそこに悪意などさらさらないが、馴れ馴れしく 「おばあちゃん」 などと口にするとは。 事実そうだとは言え、見た目的にはとてもとてもその言葉は相応しくないというのに。 「・・・まぁおばあちゃんであることに違いはありませんけれど」 「・・・・・・えっ?」 ひたすら頭を下げていたつくしに降ってきたのは予想だにしない言葉。 慌てて顔を上げると楓は全く怒ってなどいない。 ・・・笑ってもいないけど。 「奥様、司坊ちゃんにそっくりでございましょう? 思い出しませんか? 今から数十年前、あなた様の腕に抱かれていた赤ん坊のことを」 「・・・・・・」 特に言葉もなければ笑顔もない。 けれど、その顔はとてもとても優しさに溢れて見えて仕方がなかった。 目には見えない母性がつくしにはひししと伝わってきたから。 「あの、そのおくるみありがとうございました! こんなに素敵なものを準備してくださってたなんて・・・本当に嬉しかったです」 「お礼を言われるほどのことは何もしていません」 すんなりとどういたしましてなんて返ってこないことは百も承知。 むしろそのひねくれ具合が今では可愛らしいと思えるほどだ。 ・・・死んでも口にできないけれど。 今誠の体を包み込んでいるもの。 それは出産を間近に控えたつくしの元に届けられたこの世に1つしかないオーダーメイドのおくるみだ。最高級のコットンで作られたそれは触れた瞬間ふわりと、えも言われないような優しい感触に包まれる。そして 『 誠 』 と名前まで刺繍されていた。 タマが言うにはこれを完成させるには1日2日では無理だと。 そんなものを事前に用意してくれていたなんて・・・ものをもらったことよりも、その想いが何よりも嬉しかった。 すぐにお礼は伝えたが、やはりどうしても面と向かって言いたかった。 ___ そして願わくば、叶えたい夢があった。 「そろそろ社の方へ参ります」 「あ、はいっ。 ありがとうございました!」 差し出された誠を受け取ると、楓はつくしを横切って自室へと向かう。 「 あ、あのっ、お願いがあるんですっ! 」 *** 「お宮参りに一緒に行って欲しいと頼んだ?」 遅くに帰宅した司とソファーに並んで今日一日の出来事を振り返る。 誠ができてからというもの、そうして日々の成長を報告することが日課となっていた。 「うん。本来であればNYにいるから難しいだろうなって半分諦めてたんだけど・・・でもこのタイミングで帰ってきてもらえたのも、偶然なんだろうけど偶然のままにしたくなくて」 誠が産まれてから約1ヶ月。 司の都合のいい日を利用してお宮参りすることが既に決まっていた。 「ババァは何だって?」 「仕事が詰まってるから無理だろうって・・・。 まぁそりゃそうだよね」 そもそも今回の帰国も仕事の関係で急遽決まったものだ。 「確かに予定は詰まってたな。 まぁ仮に仕事がなくともすんなり行きますって言うような女じゃねぇだろ」 「うん・・・。あたしが欲張りなのはよくわかってるんだ。白無垢を早くから準備してくれてたり、誠のおくるみを贈ってくれたり。言葉や態度に出さなくても、お義母さんがあたし達や誠のことをちゃんと愛してくれてるんだってことは充分に伝わってるんだから。誠のことまで抱っこしてくれて・・・これ以上欲張っちゃいけないんだと思う。 でも・・・」 それ以上は黙り込んでしまったつくしの体を大きな手が引き寄せる。すっかり自分に馴染んだ体にきゅっとしがみつくと、大好きなコロンの香りを思いっきり吸い込んだ。 「はぁ~~~っ、最近のあたしって欲張りだなぁって自分で思うよ。やっぱり司の贅沢病がうつったのかなぁ?」 「おい、しれっと人のせいにしてんじゃねーぞ」 「あはは、ばれたか。 ・・・でもほんと、どんどん貪欲になって嫌になっちゃう」 一緒になれただけでも充分幸せだったのに、あれもこれもとつい望んでしまうなんて。 「 クッ・・・ 」 「 え? 」 顔を寄せていた胸元が小刻みに揺れて顔を上げてみれば、何故か愉快そうに司が笑っている。 「・・・何がおかしいの?」 「いや、今さら何を言ってんだって思ってな」 「・・・どういうこと?」 「お前は俺を好きになった時点でこの世の誰よりも貪欲な女なんだよ」 「えっ?」 キョトンとするつくしに司がニッと不敵に笑う。 「そして俺もな。俺たちは自分が最も欲しいものを手に入れた時点でこの世で最も貪欲な者同士になったんだよ。 だから今さらなこと言ってんじゃねーよ」 「・・・」 「欲張り? 上等じゃねーか。もっともっと欲張りになれよ。それがお前の笑顔のみやもとになるんなら、いくらでも強欲人間になれっつーんだ」 「司・・・」 言葉に詰まってしまった体が再び引き寄せられる。 当然のようにそれを受け入れると、つくしはぎゅうっと大きな背中にしがみついた。 「・・・ありがと、司」 「礼を言われることは言ってねー」 「・・・クスッ、そういうところもほんとお義母さんにそっくり」 「・・・それは聞き捨てならねーな」 本当に。 こんなにも似たところのある親子で一緒に幸せの時間を共有したい。 欲張りだけれど、それが嘘偽らざる正直な心だ。 「・・・司」 「なんだよ?」 「こんないいことを言ってくれた後に水を差すようでイヤなんだけど・・・」 「・・・なんだよ」 急転直下の展開はつくしあるあるだ。 途端に司の声色が怪訝なものへと変わる。 「・・・・・・あのね、笑顔のみやもとじゃなくて “みなもと” だからね?」 「 ・・・ 」 「すっごくすっごく感動したんだけどね? なんか宮本武蔵みたいで気になって・・・・・・ブフッ!」 ブルブル体を震わせてしばらく耐えていたが、辛抱たまらんとばかりに一気に吹き出した。 「あはははははっ! 司語録久しぶりに聞いたよ。 プププッ・・・! ってきゃあっ?!」 ぐるんと視界が一転すると、抵抗する間もなくソファに横たえられていた。 体に跨ぐ形で上に乗られ、全く身動きがとれない。 「・・・・・・お前がそんなに笑ってくれるんならもっと喜ばせてやらねぇとなぁ?」 「 えっ?! 」 何とも意味深な言葉に、途端に危険センサーがピコーンンピコーンとけたたましい音をたてて発動する。 「ま、まさか・・・」 「泣いてよがるくらい喜ばせてやるよ」 ニイッと見せた顔はこの世で最も危険とされるエロ魔神そのものだ! 「だっ、ダメダメダメっ!! 少なくともお宮参りが終わるまでは無理って言ってたでしょ?!」 「知らねぇなぁ」 さわ、さわ・・・ 「ヒィッ! ちょっ・・・どこ触ってんの! だめだってば!!」 「聞こえねぇなぁ」 ちゅっ、ちゅっ・・・ 「ぎゃあ~~~!! やめろ~~! ヘンタイっ! エロ大魔神っ!!」 「・・・聞き捨てならねぇなぁ」 クチュッ・・・ 「いぃやぁあぁ~~~~~~!!!」 それから 「ごめんなさいもう余計なことは言いません」 の全面降伏をするまで散々弄られ続けたつくしの元に嬉しい知らせが届いたのは、お宮参りを翌日に控えた日のことだった。
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by: * 2015/08/13 00:25 * [ 編集 ] | page top
--マ※ナ様<拍手コメントお礼>--
お盆は嫁ミッションで大変な奥様方も多いことと思われます。 楓さんがツンだけじゃなくてツンデレに変わったのは紛れもなくつくしの存在があってこそですよね。 多分一生こんな感じなんだろうけど、だからこそらしくていいな、なんて思ってます(*^^*) それにしても・・・文で見るだけでも強烈な義母さんですね・・・ 明るく言われてますが実際はかなりの御苦労をされてることとお察し致します・・・ 何て言いますか、悲しいけど世の中色んな人がいますよね。 自分がしてることがいつか自分に返ってくるって思わないのかな~? ・・・まぁ考えもしないからこそできるんでしょうけどね(=_=) いつもいつもご苦労様です! ここで少しでも息抜きができますように(o^^o) そしてまたお盆明けにはこれでもかと吐き出しちゃってくださいね♪(≧∀≦) --ひ※様--
あはは、いつも司かっこいい! そしてつくしが羨ましい!と言われてますね(笑) ほんとにそれしか言い様がない2人ですよね~!(〃▽〃) --管理人のみ閲覧できます--
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いえいえ、間違ってますよ。 よーーく見てください、「みやとも」じゃなくて「みやもと」です。 正直迷ったんですよね、いっそのことみやともにしちゃおうかって。 でも司からすれば「てめぇ誰だ」状態ですからね。やめときました(笑) 結婚式以来の楓さん、いつだそうかと楽しみにしてたんです♪ --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
真っ最中!! ・・・と言いたいところですけどね、残念ながら一方的に襲ってるだけです(笑) 今回は結局乳繰るだけでお預けと言うことで( ̄∇ ̄) 楓さん、ツンデレ発動となるんでしょうか。 --し※く様<拍手コメントお礼>--
そうなんですよね~! 結構皆さん「ここはみやともでいって欲しかった!!」と仰ってくださって。有難いことです。 でも司からすれば「てめぇ誰だ?」状態ですからね(^◇^;) まだ命が惜しいのでやめておきました~(笑) --苹※様--
嫁姑問題って永遠に尽きないと思うんですけど、案外つくしちゃんって恵まれてると思うんですよね。 敵の時はこれ以上ない相手ですけど、一度懐に入ってしまえば楓さんって結構やりやすい相手というか。 やりやすいっていうと語弊がありますけど、基本的に夫婦事に一切介入してこないと思うんです。 しかも普段は生活は別々ですしね。 のびのび羽を伸ばせるんじゃないかな~なんて(笑) 画像の件はご報告有難うございました!全然気付いてませんでした(^_^;) 一応その辺りも確認の上ですので大丈夫なんですが、できることなら表示してほしくはないですね(^◇^;) |
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