続・幸せの果実 5
2015 / 08 / 15 ( Sat ) 「ご無沙汰していますね、楓さん」
「幸村さん・・・」 全ての参拝を滞りなく終え、本殿を出たところで優しい笑顔がとても印象的な男性が近づいて来た。年は見たところ70代後半から80代前半と言ったところだろうか。どうやら楓の知り合いらしい。 一同の目の前までやってくると、楓の腕に抱かれたままの誠をうんうんと嬉しそうに何度も頷きながら見つめた後、司とつくしへと向き合った。 「はじめまして。私はこの神社の先代の宮司である幸村と申します」 「あっ・・・、はじめまして! この度は大変お世話になりました」 司もそれにあわせて軽く会釈すると、男性は見上げながらどこか懐かしそうに目を細めた。 「そうですか・・・あの赤ん坊だったあなたがこうして立派に親になられたのですか・・・」 その言葉一つ一つをしみじみと、感慨深そうに噛みしめている。 「実は道明寺家の皆様には先代の旦那様の時代からたいそうお世話になっているのです。今からもう何十年前になるのでしょうか。まだ幼い椿様と、そして赤ん坊だったあなた様を連れてここにお参りにいらっしゃったのは」 「え・・・その時も家族でお参りされたんですか?」 「その通りですよ。それはそれはお幸せそうに見えました。 ねぇ、楓さん?」 「・・・さぁ、私にはわかりかねます」 素っ気ない答えにも男性はニコニコと笑顔を崩さない。 今から30年近く前、全く同じ場所で司も誕生をお祝いされた。 しかも家族総出で。 その命が継がれて今がある。 「・・・凄い。 こうして家族って続いていくんですね」 「えぇえぇ、仰るとおりです。あれから数十年、皆様のご活躍は常に耳に入っておりました。願わくば、私が生きているうちにこうして楓さんとまたお会いして、そしてあなた様のお子様にお目にかかれたらと密かに思っておりました」 そこで一度言葉を句切ると、男性は今一度全員の顔を見渡した。 「そしてその願いがこうして叶い・・・私は本当に幸せ者です。 皆様を見ていれば、今がどれだけお幸せであるか、そこに言葉など必要ありません」 「・・・ありがとうございます」 すんなりと司の口から出た感謝の言葉に、男性は晴れ晴れしく破顔した。 「楓さん、とても素敵な息子さんに成長されましたね」 「・・・ありがとうございます」 「あなた様が頑張ってこられたからこそ今の幸せがあるのですよ」 「私は何も・・・」 「いいえ、全てのことが未来へと繋がるのです。あなた様の生き方がまた彼らの道標となって新たな道がつくられていく。人生とはそうして代々繋がっていくのですよ」 「・・・・・・」 さわさわと、心地の良い風が吹き抜けていく。 まるで今日のこの日を、今この瞬間を祝福してくれているかのような、爽やかな風が。 「またこれから数十年後、今度はこの子があなた達のように立派な親となって再びここを訪れてくることを・・・私たちは心から楽しみにお待ちしています」 *** 「どうした? ぼーっとして。疲れたか?」 「あ・・・ううん。 ありがと」 スッと目の前に差し出された紅茶を受け取ると、つくしはコクンと一口呑み込んだ。 ほんのりとした温かさがじんわりと胸の辺りに染みわたっていく。 「はぁ~、おいしい。司が入れてくれるなんて超レア」 「お前は俺を何だと思ってんだよ」 「・・・俺様?」 「このっ!」 「キャーッ! 零れる、零れちゃうからっ!!」 肩を組まれて零れそうになる紅茶にワタワタしながらも、つくしはそのまま司の胸元に体を預けた。ヒョイッとカップが奪われると、司もまんざらでもなさそうにつくしの体へと手を回す。 「・・・今日、お義母さんと一緒に行けてよかったねぇ」 「俺はどっちでもよかったけどな」 「またそんなこと言う! 本音では嬉しいんでしょ?」 「さぁな。お前はよくそう言うけど俺には本気でわかんねーんだよな。物心ついた頃から親はいないのが当たり前だったし、今さら親の愛情云々言われたところでピンとこねーよ」 「・・・」 司にあってつくしにないもの。 そしてつくしにあって司にないもの。 それを理解しようと思っても、互いに芯からわかり合うことはきっと難しいことなのだろう。 司がこう言うのだって、決して照れや強がりなどではなく、きっと素直な感情であるに違いない。 「でもまぁ、俺がどうでもよくてもお前はそうじゃねぇんだろ? 俺はお前が幸せならそれでいいんだよ」 「・・・誠も?」 「お前が幸せなら誠だって幸せに決まってんだろ」 「・・・やっぱり俺様」 「そんな男にお前は惚れたんだろうが」 「ぷっ! 自分で言う?」 「違わねーだろ?」 「・・・おう」 クッと笑う声が聞こえたと思ったと同時に目の前が真っ暗になった。 重ねられた唇に自然と目を閉じると、つくしは脱力したまま身を委ねた。 「・・・なぁ」 「・・・なぁに?」 うっとりと目を開けると、至近距離に見える男は何故か真剣な顔をしている。 「誠のお宮参りは終わったぞ」 「・・・うん?」 そんな当たり前のことをそんなに真剣に言って一体どうしたというのか。 だが次の瞬間、唇をゆっくりと指でなぞっていくその動きにつくしはハッとした。 「お前が嫌だっつーなら無理強いはしねぇけど」 そう言って唇をなでる指が伝えていることは1つ。 昔からこの男は本気で無理強いをしようとしたことはない。 いつだってこちらの気持ちを尊重してくれた。 今だって、 「まだ」 と言えば間違いなくそうしてくれるに違いない。 「・・・・・・」 つくしは何も言わずに俯くと、答えの代わりにギュウッと司の背中に手を回した。 密着した体が伝えていることもただ1つ。 きっと、まるで初めての時のように心臓が凄いことになっているのに気付かれているだろう。 「つくし、顔上げろ。キスできねぇ」 「・・・」 「つくし」 まるで催眠術にかかったようにゆっくりと顔が上がっていく。 と、目が合った瞬間司が吹き出した。 「ぶはっ! お前・・・どこの茹でダコになってんだよ」 「うっ、うるさいよ! 顔を埋めてたから苦しくて赤くなっちゃっただけだもん!」 「くくっ、あーそうかよ。 ・・・ま、なんだっていいけどな」 クイッと顎を掴んで上を向かせると、大きな影がゆっくりとつくしに覆い被さっていく。 真っ赤な顔をしながらもつくしも静かに目を閉じると、長くせずして2つの影が1つに重なった。 ドクンドクンドクンドクン・・・ 徐々に深くなっていくキスにますます心臓があり得ないことになっていく。 もう何度だってしていることなのに、もう子どもだって産んだっていうのに、どうしてこうもドキドキが止まらないのか。 ・・・あぁ、これが 『 好き 』 ってことなんだなぁ・・・ つくしは蕩けていく意識の中でうっとりとそんなことを考えた。 「 失礼致しますっ!! 」 突如バーーーン!! と何の前置きもなく開いた扉に互いの体がビクッと跳びはねる。 司に委ねていた体は気付かぬ間にソファーに横たえられて上に乗られる形になっていた。 しかも着ていた衣類がはだけている。 一体いつの間にっ?! 「ちょっと失礼致しますよ・・・あら、本当にお邪魔したようですねぇ」 「たっ、タマさんっ?!」 姿を現した老婆につくしが慌ててはだけた前あわせを掴んで隠す。 「・・・おいタマ、てめぇブッ殺されてぇのか?」 「いえいえ、よもや事をイタしてるだなんて思いもよらず・・・大変失礼致しました」 「わかってんなら邪魔すんじゃねーよ」 司にとっては待望の瞬間だったのだから、機嫌が悪くなるのも当然だ。 「ですがどうしてもつくしにはお伝えした方がいいのではないかと思いましてねぇ・・・」 「・・・え、何かあったんですか?」 意味深な言葉に思わずつくしが体を起こしてタマを見た。 「実は奥様がこれからNYにお帰りになるんだよ」 「えっ・・・? だって、帰るのは明後日じゃあ・・・」 「そうだったんだけどねぇ。予定より仕事が順調に済んだから全てを切り上げてすぐに帰るとおっしゃられてねぇ。せめて明日にしたらと言ったんだけど・・・奥様は決めたことを変えられる人ではないから」 「そんな・・・まだゆっくりお礼だって言ってないのに」 明日あらためて感謝の意を伝えようと思っていたのに。 「今ならまだ間に合うだろうから、あんたには一言伝えておこうと思ってね。おそらくあと10分もしないうちに邸を出られるんじゃないかと・・・」 ガタンッ!! 「あっ、おい、つくしっ!!」 そんな・・・そんなっ! 次に直接会えるのがいつになるかなんてわからないのに。 ちゃんと話もできないまま、気付かないままにバイバイだなんて絶対に嫌だ!! つくしは考えるよりも先に駆けだしていた。 そんなつくしの後ろ姿を呆然と見送った後、我に返ったように司が盛大に溜め息をついた。 「本当にお邪魔する気ではなかったんですよ?」 「・・・結果的に邪魔しまくってんじゃねーかよ」 「そうですけどねぇ。でも何も知らずに奥様が帰ったと後で知った方が後々司様にも厄介なことがあるやもしれぬと思いましてね。老婆心かとは思ったんですが・・・」 「・・・チッ! ほんっと最悪のタイミングだぜ。あのババァ、ぜってぇわざとやってんだろ」 急転直下はつくしあるある。 つい直近もこんなことを考えたような。 司はさっきまで触れていた柔らかい感触を思い出しながら、再び特大の溜め息をついた。 *** バタバタバタバタ・・・ 「あ、あのっ!!」 騒々しく近づいて来た足音に、今まさにエントランスを出ようとしていた足が止まった。 「・・・こんな夜遅くに一体何事ですか」 「ご、ごめんなさいっ! でもたった今タマさんにお義母様がNYに戻られるって聞いて・・・それでっ・・・」 激しく息を切らすつくしに楓はこれみよがしに溜め息をついた。 「はぁ・・・タマさんは本当に余計なことをしてくれるわね」 「いえっ、タマさんは私のことを想ってくれればこそ教えてくれたんです! ・・・お義母様、誠のお宮参りに一緒に行ってくださって、本当に有難うございました」 言葉と共に深々と頭を下げる。 「・・・私は祖母としてできる最低限度のことをしたまで。お礼には値しません」 「いいえ、値します。この世に 『当たり前』 なことは何1つありません。今回一緒に参拝してもらえたのも、全ての偶然が重なったこと、そして何よりもお義母様がそうしたいと思ってくださったからこそ。私たちはそのお気持ちが本当に嬉しかったんです。だから言わせてください。 ありがとうございます」 「・・・・・・」 頭上から聞こえてきたふぅっという溜め息に、つくしはゆっくりと顔を上げた。 「・・・誠は?」 「あ、今はぐっすり眠ってます」 「そうですか。慣れないことで大変なこともあるでしょうけど・・・邸の者達の力を借りながら、あなたらしく頑張りなさい」 「あっ、ありがとうございます・・・!」 「言いたいことはそれだけかしら?」 「えっ? は、はい」 「そうですか。では私はもう参ります」 「あ、はい・・・。 どうかお気をつけていってらっしゃいませ。また次にお会いできる日を楽しみにしています」 ニコッとつくしが笑顔でそう伝えると、しばらくそれを見ていた楓が表情を変えずに振り返った。すぐにスタンバイしていた使用人が扉を開く。 だが扉をくぐって数歩進んだところで何故かその足が止まった。 足を止めたまま、背中を向けたまま楓は動かない。 「・・・? あの・・・?」 「もし私があなたのような向き合い方をあの子達としていたら・・・」 「えっ?」 何と言った? 声が小さすぎてよく聞こえない。 前屈みになって耳を澄ませると、おもむろに楓が振り返った。 「・・・いいえ、そんな 『もしも』 は不毛というもの。私は私。あなたがあなたであるように他の誰にもなり得ない」 「・・・・・・」 「あなたはあなたらしく進みなさい。 道明寺婦人として恥じぬ生き方を」 「お義母様・・・」 カツンとピンヒールの音が響く。 どんなに疲れていたってこの人には隙がなく常に完璧だ。 ___ それが道明寺楓という女の生き方。 そんな眩しいまでの背中が見えなくなるまで見送ると、つくしはあらためて誰もいない扉に向かって頭を下げた。 「あたしはあたしらしく。 ずっと見ていてくださいね・・・!」 1年前に飾られた1枚の家族写真。 それは20数年振りにこの道明寺家へと飾られた大切な1枚となった。 ・・・そして今日、そこに新たな1枚が加わる。 1年前にはなかった新たな顔を中心にしてそれぞれが幸せそうに笑う、そんな1枚が。
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--マ※ナ様<拍手コメントお礼>--
あはは、終戦記念日と共に地獄の嫁タイムも終了・・・深いですね。 世の奥様方にとっては人ごとではないかと(=_=) 途中から開き直るのが大事ってよくいいますよね。 真面目に考えれば考えるほどドツボに嵌まるといいますか。 (とは言ってもね~、実際はそんな簡単な話じゃないですよね) 同居だとどこにも逃げ道がなくて本当に辛いでしょうけど、たまにしか会わないのならばひたすら土偶と化しましょう! 見ざる聞かざる言わざる・・・(Θ_Θ) お盆中の更新は結構大変でしたが、こうしてどなたかの憩いの場となれていたのなら嬉しい限りです(o^^o) 今度はご実家でゆっくり羽を伸ばされてくださいね♪
by: みやとも * 2015/08/15 15:43 * URL [ 編集 ] | page top
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このコメントは管理人のみ閲覧できます --ke※※ki様--
幸村さん、宮司っぽい名前と思って適当につけたんですが・・・ まさかここでもそういった偶然があったとは。 以前からke※※ki様の行動とのシンクロ率高いですよね(笑) 彼は1回こっきりのレアキャラになるのか・・・それは誰にもわかりません(笑) 色んな行事って自分が子どもの時は正直面倒くさいって思ってても、親になるとあれこれしてあげたいとなるから不思議ですよね。もう完全親のエゴになっちゃってますが(笑) セカンドバージン物語でもつくしあるあるが炸裂しまくってますね(≧∀≦) やっぱりお約束は入れとかないと! |
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