忘れえぬ人 18
2015 / 08 / 22 ( Sat ) 2人の間に漂っているのは妙な緊張感。
・・・いや、そうではなく実際には聞かれた男が動揺を隠せていないだけだ。 「おいあきら、聞いてんのか」 「えっ? あ、あぁ・・・。 ・・・先に聞くけど、それを確認してお前はどうしたいんだ?」 「どうしたい?」 「あぁ。お前、牧野のことを何か思い出したのか?」 「いや? だからこうして調べさせたんだろ」 目の前には数枚とは到底言えぬ厚さの書類の束。 その一番上にはよく見知った女の写真と 『牧野つくしに関する報告書』 と書かれている。 「だから一体何のためにそんなことをしてるんだ? お前、この前牧野に会ったときにはあれだけ突き放してたのに、ここまで徹底して調べる理由は何なんだよ?」 「それがわかればこんなことしねーな」 「えっ?」 調査書に視線を送った後、司は何故か笑った。 「この女、無性に俺をイライラさせる」 「それは・・・」 「思えば4年前記憶を無くした後もそうだった。こいつを見る度に苛立ちが募って仕方がなかったんだよ。NYに行けばそれも解消されるとばかり思ってたが・・・俺の苛立ちは決して消えることはなかった。何をやっても頭に靄がかかったように俺の中でくすぶり続けてやがる」 「・・・それでさっきの話と牧野がどうやれば繋がるんだよ」 「夢に出てくる女がいるんだよ」 「夢?」 「あぁ。決まって同じ夢だ。・・・暗闇の中にぼんやりと後ろ姿の女が立ってんだよ」 「後ろ姿の女・・・? まさか、それが・・・?」 「俺もまさかとは思ったけどな。後ろ姿を見て確信したんだよ。あの後ろ姿の女と夢に出てくる女が同じだってな」 あきらは驚きを隠せなかった。 この4年、自分たちはつくしを幾度となくこの目で見て接してきたというのに。 その後ろ姿をどれほど見てきたというのか。 それなのに、世間の話題を攫っている女がすぐ目の前にいるなどと考えだにしなかった。 それをこの男は一瞬で見抜いたというのか。 「司、お前・・・」 「あいつは類の女じゃねぇのか?」 「え?」 「あの類があそこまで徹底して守ろうとする女だ。そう思うのが自然だろ」 「・・・いや、それは違うぞ」 「だとしても類にとっては特別な女ってことに違いはねぇよな?」 「それは・・・」 あきらがどうこう言えることではない。 類の今現在の本心がどこにあるかなど、真実は本人しか知りようがないのだから。 「じゃあ最初の質問に戻す。俺とあの女の関係はなんだ?」 「・・・・・・」 「今思えばあの女、あの当時とんでもねぇ言動を繰り返してたよな。あんたはあたしのことが好きだの、邸に平然と入って来たこともあったな。使用人もそれに何の疑問も感じてはいなかった」 「司、あのな」 「俺の女か?」 「えっ?」 「俺の女だったんじゃねぇのか?」 シーーーーンと室内が静まり返る。 ゴクンと息を呑む音まで、脈打つ心臓の音まで響き渡るような、そんな静寂が。 口を開けたまま二の句を告げないでいるあきらを見ると、司は何故か愉快そうに笑った。 「やっぱりな」 「司、お前これからどうするつもりだよ」 司自らがそれに気付いたというのに、何故かあきらの心は晴れない。 それは目の前の男が決してその事実を歓迎しているようには見えないからだ。 「どうする? 俺はこの鬱屈としたイライラをさっさと取っ払いてぇんだよ」 「その事実を知って、お前は牧野をどうするつもりなんだ? 恋人に戻るっていうのか?」 「クッ、冗談じゃねーよ。過去は過去、今の俺には関係ねぇ話だ」 「お前・・・牧野を傷つけるようなことはするなよ。後になって後悔するのはお前自身なんだからな」 「知るか。俺は自分の本能のままに動くだけだ。その結果あの女がどうなろうと知ったこっちゃねぇ。俺の女だったっつっても、どうせあの女の方が一方的に好意を寄せてただけに決まってんだからな」 「それは違うぞ。むしろ追いかけてたのはお前の方だ」 「・・・何?」 整った眉がピクリと動く。 「確かに牧野もお前のことが好きだった。けどな、惚れて惚れて惚れ込んでたのは間違いなくお前の方だ。それは揺らぎようのない事実だぞ。だからこそあいつを傷つけるような真似はするな」 「フン、仮にそれが事実だとしてじゃあ何故俺はあの女を忘れた? 本当にそれだけ大事な女ならたとえ死のうともその女のことだけは忘れないんじゃねーのかよ」 「それは・・・」 そこを言われてしまっては何も返しようがない。 司の主張は普通に考えれば最も理にかなっているのだから。 考えすぎて忘れてしまう。 何故そんなバカなことが・・・あの時誰もが思ったことだ。 「過去がどうであろうと俺は俺だ。過去に振り回されるなんてまっぴらごめんなんだよ。この俺をイライラさせるあの女を間近で見て、その結果どうするかはそれからだ。必要ないと思えば容赦なく切り捨てる」 「おい、牧野は俺たちにとっても大事な友人だ。お前が必要以上にあいつを傷つけるようなことがあれば、いくらお前だろうと俺たちは黙っちゃいないぞ」 「・・・・・・クッ」 釘を刺しているというのに、何故この男は笑っているのか。 「・・・やっぱりあの女は相当強かな野郎だな。お前ら全員を懐柔してるってわけか」 「司っ!」 「まぁいい。とにかく俺はその事実を確かめたかっただけだ。この報告書を見たときから違和感を感じてたんだよ。あの女に関する決定的な記述が抜け落ちてるんじゃねぇかってな。やっぱり俺の勘は当たってたってわけだ。・・・西田の奴、どういう狙いがあるのかは知らねーが、そのまま俺を騙せるとでも思ったのか? だとしたら随分見くびられたもんだな」 「西田さんが・・・?」 「要件はそれだけだ。急に呼び出して悪かったな。俺はもう行くけど好きなだけ飲めよ」 「司っ、これだけは言っておくぞ。絶対にあいつを傷つけるな! これはあいつのためじゃない、お前のために言ってるんだ」 「聞き飽きたな」 鼻で笑うと、司は颯爽と部屋から出て行ってしまった。 あきらはしばし呆然とその場に立ち尽くしていたが、やがてテーブルの上に放置されたままの書類に気付くとそれを拾い上げる。 「嘘なんかじゃねぇぞ。現に牧野に執着し始めてることが何よりの証拠じゃねーか。後で後悔したって遅いんだからな・・・!」 やるせない想いに、思わず握りしめた手の中でぐしゃっと音がした。 「にしても・・・これだけの報告書に肝心要の情報が書かれてなかったってどういうことだ?」 すっかり形を変えてしまった紙の束を見下ろす。 ここにはつくしはもちろん、牧野家に関する調査結果も事細かに書かれているに違いない。 だが最も重要な部分、言ってしまえば欠落した記憶の部分が丸々触れられていないということなのか。だとすれば何のために? 2人を引き合わせないためか、それとも・・・? 「ってことは・・・司の奴、自分だけじゃなくて牧野も記憶がないってことには気付いてんのか・・・?」 そう口にしたところで、その答えを知る男はとっくにその場からは消えていた。 *** ピリリリリリリッ ピリリリリリリッ ピリリリリリリッ ピッ・・・ 「ん・・・」 ・・・首が痛い。 「・・・あれ、あたしあのまま寝ちゃったんだ・・・」 ゆっくりと体を起こすと、どうやらテーブルで雑誌を読みながらそのまま顔を横にして眠ってしまっていたらしい。首が痛い原因はこれのようだ。 「あたたた・・・危うく寝違えるところだったよ」 ゴキッゴキッと首を回して動かない場所がないことにひとまず安堵する。 ピリリリリリリッ ピリリリリリリッ ピリリリリリリッ 「ん? 携帯だ。やっぱりあの音は夢じゃなかったのか。・・・あれ? 鳴ってない」 ごそごそと愛用している鞄の中の携帯を取り出したものの、ウンともスンとも反応していない。 だが室内には変わらず電子音が響き渡っている。 「・・・あっ!」 そういえば。 バッと振り返ると、つくしは急いで棚の上へと手を伸ばした。 「・・・やっぱり」 見慣れない真っ黒な、まるで漆塗りのようなそれが勢いよく音をたてている。 あの男がこの前強引に残していった、あの携帯が。 この番号を知っている人間は・・・おそらく1人しかいないのだろう。 『 いついかなる場合でも連絡を無視することは許さねぇ 』 「なによ、なんなのよ・・・!」 できることなら思いっきり無視してやりたいが、自らの意思で受け取った以上そうすることもできない。つくしはゴクンと息を呑むと、恐る恐る黒い物体へと手を伸ばした。 あぁ、急激に心臓が暴れ出して変な汗まで出てきたじゃないか! 「・・・も、もしもし・・・?」 『 おせぇぞ! ブッ殺されてぇのかっ!! 』 「ひっ!」 通話開始と同時に聞こえてきた鼓膜をぶち破るほどの怒鳴り声に飛び上がる。 「う・・・うるさいわねっ! そんな大きな声出さなくたって聞こえてるわよっ!!」 『 てめぇ、この俺が何回かけたと思ってる 』 「知らないわよ! そもそも今何時だと思ってんの? もう日付も変わってるっていうのに、こんな時間にかけてきてすんなり出る方がおかしいでしょうが!」 『 知らねーな。いつだろうと出ろっつってただろ 』 「くっ・・・!」 こんのクソ男! なーにが 「司は思ってるほど悪い人間じゃないよ」 だ。 どっからどうみても極悪人じゃないかっ! 『 次の土曜。朝5時にお前の家に迎えをやる 』 「えっ?」 『 えっ、じゃねーよ。仕事だ。5時だからな。1秒でも遅刻してみろ、ぶちかましてやるからな 』 「なっ・・・!」 『 用件はそれだけだ 』 「えっ? ちょっ、待っ・・・!」 ブツッ、 ツーッ ツーッ ツーッ・・・ 突然鳴って突然消えた携帯をあんぐりと見つめる。 「何よ、何なのよ・・・」 予測不能な嵐。 しかも逃げればとことん追いかけてくる。 これから先、こんなことが延々と続くのだろうか。 つくしはその現実にガックリと項垂れながらも、目の前のカレンダーに予定を書き込んでしまっている自分のクソ真面目さこそが恨めしくて仕方がなかった。
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by: * 2015/08/22 00:13 * [ 編集 ] | page top
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おっかないですよね~。でも原作初期に比べたら全然マシだと思うのは私だけ? だってあの頃相当なもんでしたよ?( ̄∇ ̄) イライラするくせに執着する。ザ・矛盾!!って感じですが(笑) その辺りがいかにも司らしいですね。 その代わり自覚さえしてしまえば・・・ね。違った意味で暴走特急になるぞ、みたいな(笑) つくしも司に対する余計な先入観がない分逆に思いっきり立ち向かえるのかもしれないですね。 --マ※ナ様<拍手コメントお礼>--
あはは、この時期はどこの家庭もそうでしょうね~。 小人と言えば少し前に流行(?)したこびと図鑑、あの気持ち悪いおっさん達に助けに来てもらいますか?(笑) 頑張らないとあのこびと達にチューされちゃうぞって言えば娘さん死ぬ気で頑張るかも・・・( ̄∇ ̄) --てっ※※くら様--
なかなか進展が見られず焦れる展開ではありますが・・・ その辺りを大事に描きたいのでね、それぞれの微妙な心境の変化を楽しんでもらえたらと思ってます。 仰るとおりどこかで必ず物語が動きますのでね、その時をお楽しみに♪ 西田は一体何を考えて記述を抜いたんでしょうねぇ・・・ まだまだ妄想が広がりまくりです(笑) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
猫ちゃんガックシって感じですね(笑) 全国のニシダスキーさん、彼の陰謀なのかそれとも救世主なのか、とっても気になるところではありますが・・・ 今回も名脇役として助演男優賞を狙っていただきましょう( ̄ー ̄) --ke※※ki様--
あはは、後を引く物語ってそれぞれにありますからね。 私はこのところよそ様の作品を読む時間が皆無なのでそんなこともすっかりなくなりましたが・・・ それでもむかーし読んだものでふと思い出すものがあったりしますよ。 ズーーーン・・・とね(笑) そうそう、今回はどっちも記憶がないですからね。 そういう意味ではお互いにやりたい放題できるのではないかな、と。 余計な先入観がないといいますか。 とはいえ司の方はあきらから過去の事実を聞いたわけですからね。 だからといってどうこう変わる男ではないでしょうけど、本当に全く影響がないのか・・・? それは彼の本能次第ってところでしょうか。 さぁ、赤紙タイムは一体どこへ行くんでしょう? --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --す※れ様--
野生の勘、追われる側にとっては恐怖でしかないですよね(笑) しかもイライラするくせに執着してくるとかどんだけ迷惑なんだってね(^_^;) 記憶はどっちが先に戻るんでしょうね~? そもそも戻るのかも謎ではありますよね。さてさて?! 傷跡は少しずつ薄くなっていくといいですね! 時間薬という言葉がありますから、ゆっくりゆっくり、少しずつ、ね(o^^o) うんうん、ついてない時ってとことんついてないですよね~。 わかりますわかります。 でもそういうときはもうこれ以上落ちようがないだろうと考えるようにしてます。 必ず浮上するときが来ますからその時を待ちましょう♪ --リ※ー様<拍手コメントお礼>--
わぉ!早速の読み返し、有難うございます(*^ー^*) 書いた私自身も忘れてることが多々あるだろうなぁ(笑) 猫バナーはなるべく内容に沿ったものにできたらいいなと頑張って探してます(笑) 番外編も始まりますのでお楽しみに! |
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