忘れえぬ人 19
2015 / 08 / 23 ( Sun ) 「おはようございます。本日は休日にもかかわらず朝早くからありがとうございます」
「お、おはようございます! こちらこそ、よろしくお願いしますっ・・・」 まだ夜も明けない薄暗い中、まるでロボットのように綺麗に男性が頭を下げる。 しばし見入ってしまっていたが、ハッと我に返って同じようにお辞儀をする。 ゆっくりと顔を上げてみればまだ相手はお辞儀をしていて、慌ててつくしも下げ直した。 この人はあの時執務室にいた秘書の男性だ。 名は確か・・・西田さんだったか。 「では参りましょうか」 「はい・・・あの、どちらへ行かれるんですか?」 「副社長から伺っておりませんか? ジェットで離島へと行っていただきます」 「り、離島?! じ、ジェット?!」 全く聞き慣れない言葉に思わずどもってしまった。 「先日仕事の詳細について説明したときにお話しした離島です。今度我が社がリゾート開発に着手することになりまして」 そういえばあの後たっぷり説明を受けたんだった。 にもかかわらずイライラもやもやしっぱなしで何一つ覚えちゃいない。 あぁ、我ながら社会人失格の烙印を押されてしまうダメっぷりだ。 「でもまだ開発前ですよね? 私1人が行ってどうするんですか?」 「そこは副社長の考えですので私にはわかりかねますが・・・おそらくあなたを現地に連れて行くことで広告のイメージをつくられたいのではないかと」 「イメージ・・・」 ああいう業界にはそれ専用のクリエーターがいそうなものだが、それすらも自分でやるということだろうか。 「その通りでございます」 「えっ!! な、なんでっ・・・」 「何故と言われましても・・・牧野様の口から出たことに返事したまでですが?」 「あ、あわわ・・・!」 またしてもやってしまった! どうして自分という人間は独り言が無意識に口に出てしまうのか。 「では時間も迫っていることですし参りましょう。副社長もお待ちです」 「あ・・・はい!」 案内されるがままに車に乗り込むと、後ろを振り向いていた運転手の男性がたいそう優しい顔で微笑んでいる。・・・確かこの人は手を挟まれたときに心配してくれた人と同一人物ではないか。 「あ・・・よろしくお願いします」 「こちらこそよろしくお願い致します。その後お怪我はどうですか?」 「あ、もう全然大丈夫です! ずっと心配してくださってたんですか? ありがとうございます」 「いえ、とんでもございません。では安全運転で参らせていただきますね」 何がそんなに嬉しいんだろうというくらいニッコリ笑ってハンドルを握る後ろ姿は、今にも歌い出しそうなほど軽快なものだった。つくしは不思議そうに首を傾げつつも、この男性には全く嫌味がなく、何故か懐かしさすら感じる雰囲気にさっきまでの緊張がほどけていくのを感じていた。 それにしても・・・これが噂に聞くリムジンというものか。 無駄に長いと思っていたが、それに加えて無駄に座り心地が良すぎてかえって落ち着かない。 4時起きで眠くて仕方がないはずなのに、不思議と全く眠気が襲ってこない。 貧乏故にお金持ちが羨ましいと思わないわけでもないが、あまりにも住む世界が違いすぎて自分のような人間はかえって生きづらい世界に違いないと、全くする必要のない心配までしてしまう有様だった。 *** 「おせぇぞ」 相変わらず顔を合わせれば憎たれ口ばかり。 朝からこんな陰気な奴の顔なんて見たくもないのに! 「私はちゃんと約束前に外で待ってました。これ以上はどうしようもありません」 「相変わらず口の利き方のなってねぇ女だな。俺が上司だってこと忘れてねぇか?」 「そうですね。忘れてます」 怯むどころかツンとそっぽを向いてしまったつくしに何故か司は面白そうにしている。 「フン、そうやってお前の虚勢がいつまで張れてるかが見ものだな。そのうち泣きついてくるのがオチだ」 「死んでもありません」 「じゃあ死ぬのが先だ」 「なっ・・・、もう! いちいちうるさいっ!!」 せめてもの抵抗にと敢えて丁寧口調でいようと思っていたのに、ものの数秒で脆くも崩壊してしまった。案の定、にっくき男はしてやったりとばかりに愉悦に顔を歪めている。 「ねぇ、っていうかここどこよ! ジェットで行くんなら羽田から飛ぶんじゃないの?」 「クッ、ばーか。誰があんなクソ混雑したところなんか行くかよ」 「えっ? でも・・・」 「ジェットならそこにあるだろうが」 「え?」 暗がりの中、司の指差した方向にぼんやりと見える大きな物体。 朝靄がかかっていていまいちよく見えないが、その先にあるのは・・・ 「じ・・・ジェット機?!」 「プライベートジェットだ。行くぞ」 「ぷっ、プライベート・・・?!」 確かハリウッドのセレブがそんな単語を口にしていたのを雑誌で見たことがあるようなないような。 「おい、乗らねぇならてめーは泳いで来いよ。時間に遅れたらブッ殺すからな」 「ハッ! い、行きますっ! 乗りますっ!!」 決定的な足の長さの違いがなせるのか、いつの間にかタラップに足をかけていた男にようやく気付くと、つくしは猛ダッシュでプライベートジェットなるものを目指した。 ゴオオオオオオオオ まさか・・・生まれて初めての飛行機がプライベートジェットになるだなんて。 人生、生きていれば本当にどこで何が起こるかわからない。 しかもよりにもよって一緒にいるのがこの男だとは。 っていうか自宅の敷地内に飛行場があるってどういうことよ!その自宅とやらも敷地が広すぎてちっとも見えやしないし。 お前はセレブかっ!! 「・・・って、あ。 ガチセレブなのか」 自分で自分に突っ込んで特大の溜め息が出た。 ジェットで離島へ行ける、普通なら手放しで喜びそうなシチュエーションだというのに・・・ まるでこれから閻魔様に地獄巡りに連れて行かれんばかりのこの浮かなさは何だというのか。 「なんであたしの人生ってこう波瀾万丈なんだろ・・・」 浮き沈みという言葉があるけれど、ずーっと沈みっぱなしのような気がしてならない。 「さっきからグチグチうるせーぞ。独り言なら便器に向かって言え」 「なっ・・・?!」 通路を挟んで反対側の席に悠然と座っている男は、視線をこっちに向けることすらせずに毒を吐く。豪華なシートにゆったりを体を預け、長い足を見せつけんばかりに前に組んで肩肘をつきながら書類に目を通す・・・ その姿が腹立たしいほどに様になっていてこれがまた癪に障る。 どこからどう見ても文句なしのセレブ。少しも名前負けしていない。 本当に住む世界の違う人間というものは存在するのだ。 「ジロジロ見惚れてんじゃねーぞ」 「みっ・・・?! 見惚れてなんかいませんっ! 自惚れないで!」 「あぁ? さっきからこっち見てんのはてめぇだろうが」 「そ、それはっ・・・」 図星だが見ていた意味が違うっ! 「ふん、女っつーのはどいつもこいつもハイスペックな男にすぐ群がるからな」 「・・・はぁ?!」 何言ってんのコイツ。 たとえ事実だとしても自分でハイスペックなんて普通言うか? 群がるどころかドン引きだよ、ドン引き! ・・・けど、今の言い方から考えるに、そういう人種ならではの苦労もあるんだろうか? そんなことを考えながら視線を戻すと、じっと探るように自分を見ている司と目があってドキッとする。一体いつから見られていたというのか。 その睨み付けるような、射貫くような鋭い目がどうにもこうにも居心地が悪くて、つくしは目を逸らして慌てて話題を探した。 「あっ、あのさ、やっぱりもう1つだけどうしてもお願いしたいことがあるんだけどっ・・・」 「・・・・・・」 「あの・・・広告で顔を出すのだけは何とか避けてもらえないかな・・・? たとえ一瞬だけだとしても、どうしても抵抗が・・・」 「お前んち」 「 えっ? 」 「お前、いくら貧乏人だからってちゃんと鏡くらい家に買えよ」 「・・・・・・え?」 どういうこと? 鏡ならちゃんとあるけど・・・ 考えあぐねて眉をハの字にするつくしを司が鼻で笑う。 「てめぇの顔くらいよく見ろっつってんだよ。誰がブサイクな貧乏人の顔なんか出すかよ。身の程を知れ」 「なっ・・・?!」 怒りと羞恥でカーッと顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。 その変化こそが愉快で堪らないとばかりに笑っている男に、ますます怒りが込み上げてくる。 「ブサイクで何が悪いの?! いくら見た目がよくてもね、腐った根性してる性格ブサイクよりはよっっっっぽどマシだわ!」 「・・・んだと?」 思わぬ反撃に司の顔からスーーッと笑みが引いていく。 そのあまりの変わりっぷりにゾゾッと背筋が凍ると、つくしは何も見なかったように精一杯の虚勢を張ってフンッと背を向けた。 怖っ、怖っ、 怖~~~っ!! コイツ、前世で殺し屋でもやってたんじゃないの? っていうか現世でも実は何人か犠牲になってるんじゃないの? イエスと言われても全く異論がないくらいにあの真顔が怖すぎる。 あぁもう! こういうときは寝るに限るのに。 余計なことなんか考えずにひたすら寝る! そうできたらどんなにいいことか。 よりにもよってこんなときに限ってちっとも睡魔が襲ってこないなんてどういうこと?! 「・・・・・・おい西田」 「はい」 「コイツの鼻と口に大根でも詰めろ。うるせーったらねぇ」 「・・・さすがにここに大根はございませんが」 「チッ! このクソ女が・・・」 あれからわずか5分。 ガーガーと大口を開けて豪快に眠りこける女を横目に、司は忌々しげに舌打ちして見せた。 ・・・なんてことがあったことに当の本人が気付くはずもない。
日頃の感謝を込めて明日は2回更新でお届け致します! 定時(0時)と午前6時の2回となりますので、読み飛ばしにご注意を! |
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by: * 2015/08/23 02:40 * [ 編集 ] | page top
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わぁ、お久しぶりです!ヾ(*´∀`*)ノアイタカッタヨー おもろなってきましたか?ホンマですか? いやね、一体いつ恋愛要素が出てくるんだ?みたいな展開ですのでね。 皆さん内心どう思ってるんだろう・・・と気になってまして。 でもその分動き出したときには盛り上がってもらえるんじゃないかな?なんて勝手に希望的観測を抱いております( ̄∇ ̄) 大根ぶっ込み、ここで西田の鞄からスッと出てくるのも面白いと思ったんですけどね。 さすがにありえねーだろってことでやめときました(笑) おぉ、5年ぶりの実家宿泊ですか! そうそう、どんなに古かろうとやっぱり実家って落ち着きますよね。 私は夏に帰省できなかったので冬こそは帰りたいな~。 でも冬は雪が積もるのでいない間の積雪が心配なんですよね。うーむ。 うちのチビゴンね~、なんでこんなに早起き魔人なんだとびっくりです。 え?私ですか?ふふふ、私はたまにしか起きてませんよ? 面倒くさいときには父ちゃんに丸投げで体操が始まる直前に起きる姑息な母です( ̄∇ ̄) (それどころかぶっちするときもアリ・笑) 明日は何で突然?のファン感謝デーです♪(≧∀≦) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
ふふふ、ゆ※ん様ならきっと最後のオチに反応してもらえるんじゃないかと思ってましたよ(笑) つくしが乗り移ったようなこの爆睡っぷり。 我ながらお気に入りです♪ --マ※ナ様<拍手コメントお礼>--
お母さん業お疲れ様です!m(__)m ご褒美・・・にもなりませんが、明日は2回更新(1話のボリュームはいつも通りです)でお届けしますのでお楽しみに♪ --てっ※※くら様--
ハンネの件は了解致しました! 話は頭の中に完成したのであとは週末に間に合うように頑張るぞ~(o^^o) 明日はふと思い立って2回更新することにしました。 なんだかラブ要素が少なすぎて申し訳なくなったといいますか(笑) 潤いの足りない展開ではありますが、その分火がついたときには盛り上がっていただけると信じてます!(みやともの願望( ̄∇ ̄)) --た※き様--
わぁ、寝つきが凄くいいんですね!羨ましいです~。 うちの旦那がまさにそれで、横になって3秒後にはいびきが聞こえてきます(^◇^;) お前はのび太かっ!! いびきがうるさいので今日こそ先に寝て安眠妨害されないようにするぞと思っても、結局追い越されてしまってね・・・毎晩殺意との闘いですよ( ̄∇ ̄) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --ke※※ki様--
わぁ、休日出勤ご苦労様ですm(__)m 確かに仕事っていい口実になりますよね。 つくしにとってはハンパない強制力を発揮するでしょうし。 公私混同甚だしいということに司は気付いているのか・・・気付くわけないか(笑) |
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