忘れえぬ人 21
2015 / 08 / 24 ( Mon ) 注) 本日2回目の更新となります。20話を未読の方は先にそちらを読んでください。
「・・・あんのクソ女! 一体どこ行きやがった!」 左手のロレックスはもうすぐ午後1時を示そうとしている。 約束の正午からほぼ1時間。 遅刻も遅刻、大遅刻だ。 「なんだって俺がこんなこと・・・・・・ん?」 自ら車を運転して島内を回っていると、とあるビーチ入り口に例の自転車を見つけた。 「あれは・・・」 すぐに車を降りてビーチへと入っていく。だが砂浜には人っ子1人いない。 「あの野郎、一体どこ行きやがった・・・?」 自転車があるということはこの辺りにはいるはず。 イライラしながら歩き回ると、いくつか点在している小屋の中にチラッと人影が見えた。 白くて細い腕が見えてそれが女だと認識すると、イライラも頂点に達する。 「おいっ、このクソ女っ・・・!」 大声を張り上げて中に入ると、つくしはベンチの上に横たわって熟睡していた。 司の大声にも全く反応する気配はない。 「なんなんだこの女・・・さっきもあれだけ寝ておきながらまた寝てんのか?!」 目の前の光景が俄に信じがたい。 まさかここに来てからずっと寝ていたというのか。確かに自由に過ごせとは言ったが、ひたすら寝るとは想定外だった。 「おいてめぇっ! いい加減にっ・・・」 条件反射でベンチを蹴り上げようと右足を振り上げたが、そこでふと思いとどまる。 意識したわけではないが、寝顔を見ているうちに何故か足を下ろしている自分がいた。 「・・・・・・」 スースーと気持ちよさそうに寝息をたてている女をじっと見つめる。 とりたててこれといった特徴のない、どこにでもいる平凡な女。 顔がいいわけでもスタイルがいいわけでもない。 そんな女がこの4年、幾度となく夢に出てきては自分を苛立たせてきた。 一体この俺に何を訴えようとしているのか。 自分のことを思い出せとでも言っているのだろうか。 まぁ普通に考えればそう思うのが自然だろう。 それなら何故夢の中で決してその顔を見せようとしないのか。 自分が記憶を失っているから浮かび上がらないのか、そうすることで思い出せと促しているのか。 「なんでてめぇは俺に何も言わない?」 再会して後、つくしの口からそれらしい言葉が出たことはただの一度もない。 4年前、記憶のないこの俺の元へ幾度となく押しかけて来た奴と同一人物だとはとても思えない。 それともこの4年の間に吹っ切ったということか。 それならそれで一向に構わないが、じゃあ何故未だに夢に出続けるのか。 ・・・そう。 帰国してからも、もっと言えばこの女と再会してからも尚あの夢を見続けているのだ。 しかも相変わらず背中を向けたまま、決して俺を振り返ろうとはしない。 あの女はこの女ではないということか? ・・・いや、それだけは絶対ない。 たとえこの女が死ぬまで認めないとしても、あの後ろ姿の女は間違いなくこいつだ。 そして気になる点がもう1つ。 最初に顔を合わせた時、こいつはまるで初対面の人間でも見るかのような顔をしていた。 いないはずの人間を目の前にして驚いていただけなのか、それとも・・・? 「・・・てめぇは俺をイライラさせんだよ」 すっきりしない、モヤモヤと相変わらず心にかかった靄は晴れない。 だが何故自分こそこの女を無視できないのか。 一番の苛立ちはそこにある。 過去の関係を認めることもできなければ放置することもできない。 己こそ一体どうしたいというのか。 「ん・・・」 いつの間にかつくしの頬に触れそうになっていた手がその声にハッと止まる。 「俺は、一体何を・・・」 ギリッと唇を噛んでその手を握りしめると、司は立ち上がって大きく息を吸い込んだ。 「おいっ起きろ! このクソ女っっっ!!!」 「ひゃああっ??!!!」 ガタガタッ、ドシンッ!! 「いったあ~~~! な・・・何っ?!」 突然の大声に飛び起きたつくしの体が勢い余ってベンチの上から転がり落ちた。 頭やら腰を押さえながら鳩が豆鉄砲を食ったようにキョロキョロと辺りを見渡す。 「てめぇ、何時までに戻ってこいっつった?」 「えっ? ・・・あっ!!」 司が目の前にいることにやっと気付いたのか、ようやく我に返ったつくしの顔色がみるみる真っ青になっていく。ぱっと目に入った高級腕時計は既に1時過ぎを示している。今から自転車を超特急で飛ばしても20分はかかる。 なんてことだ! 「ごっ、ごめんなさいっ!!!」 慌てて立ち上がって司の横をすり抜けようとしたところで突然左手を掴まれた。 「な、何っ?! ___ っ?!」 驚いて振り返ると、すぐ目の前に美しく整った顔があって呼吸が止まる。 決定的な身長差がなければ唇がぶつかっていたのではないかと思えるほどの距離。 女を見下ろしたまま、男を見上げたまま、互いに金縛りにあったように身動き一つできない。 ドクンドクンドクンドクン・・・! な・・・なに? 一体何が起こってるの?! この距離感はなに?! 近すぎでしょう! っていうかその表情は何? いつものように怒っているのとも違う、かといって笑っているわけでもない。 その真剣な眼差しは一体 ___ 「・・・・・・わざわざ探しに来てやったこの俺を差し置いてどこに行くつもりだ」 「へっ? い、いや、自転車で戻らなきゃだから急ごうと思って・・・」 「・・・・・・」 「あ、あのっ、何か問題でも・・・?」 だからこの至近距離からじーっと見るのはやめてっ! いくら貧乏ブサイク女だろうと、異性とこんなに密着していて何とも思わないほど女を捨ててはいない。・・・つもりだ。 つくしは刺すような視線に耐えきれずにギュウッと目を閉じた。 その瞬間、掴まれていた腕がフッと軽くなる。 「・・・・・・?」 そーっと目を開けると、目の前にいたはずの男はいつの間にかいなくなっていた。 「え・・・? えっ?」 狐に抓まれたような気分で振り返ると、司は既に小屋を出て凄まじいスピードで歩いている。 だがしばらくして足を止めると、呆然とそれを見ていたつくしに言った。 「てめぇがどうしても自転車で戻りてぇっつーならそうさせてやる。ただし10分以内に戻って来いよ」 「じ、10分っ?!」 30分かけてここまで来たというのに、そんなの絶対にムリだ! 「それが嫌ならさっさと来い」 「えっ?」 それってどういう・・・ 「10秒以内に来なけりゃ置いていく」 「えっ!!」 そう言い残すと、サッと目の前の男の姿が見えなくなってしまった。 一体どういう意味・・・? 「っていうか・・・10秒っ?! まっ、待ってぇ~~~~っっっ!!!!」 青い大海原につくしの雄叫びが響き渡った。 「ぜぇはぁぜぇはぁ・・・」 なんとか滑り込んだ助手席でグッタリと、今にも死にそうなほどに項垂れる。 この男と会ってからというもの走ってばかりな気がするのは思い過ごしだろうか? 「・・・あの、これからすぐ帰るの?」 「さっきの事務所で少し打ち合わせがある。それにお前も参加してもらってそれから帰る」 「そうなんだ・・・大遅刻してしまって本当に申し訳ない・・・」 「打ち合わせ自体は俺と西田の3人だ」 「え、そうなの?」 「あぁ」 ・・・そうなんだ。 もしかしてあたしの素性を明かさないようにしてくれてる? ・・・なんて、自分に都合良く考えすぎか。 シーーーーーーーーーンと車内を沈黙が包む。 別に何か話したいわけではないが、狭い密室の沈黙はどうにも居心地が悪い。 「あ、あの、遅刻してほんとにごめんなさい。それから迎えに来てくれてありがとう」 「・・・・・・」 肩肘をついてハンドルを握ったままウンともスンとも反応がない。 ・・・何だよ、何だよ! 人が素直に言ってるってのに相変わらずこの男は。 しかも何なのよ、そのやってらんねーと言わんばかりの気怠そうな態度は! ・・・くっそー。 それでもカッコイイことだけは認めざるを得ないのがまたむかつく! つくしはフンッと横を向くと、凄いスピードで流れていくオーシャンビューに視線を送った。 「・・・・・・」 そんなつくしをチラッと横目で確認した後、司は自分の右手を見つめた。 あの時、・・・この女が自分の横をすり抜けていこうとした瞬間、何故かこの手が勝手に動いた。 理由なんてわからない。 だが、何故だかすり抜けたらそのまま消えてしまうのではないかという錯覚に襲われたのだ。 そして気が付いたときには腕を掴んでいた。 『 惚れて惚れて惚れ込んでたのは間違いなくお前の方だ 』 親友の言葉が甦る。 この俺が? こんな何の取り柄もない貧乏女に? ・・・そんなバカな。 だったら何故記憶がなくなった? 何故この女を前にしても思い出さない? 「・・・・・・・・・バカバカしい」 誰にも聞こえない声でそう呟くと、額にかけていたサングラスを下ろして一気にアクセルを踏み込んだ。
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by: * 2015/08/24 06:45 * [ 編集 ] | page top
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本能なんでしょうかね~。 なんだかんだストーカーな上に束縛までしているという(笑) 近づいているのか拘束されているのか微妙ではありますが・・・ 鈍い女に暴走男、とってもお似合いだと思います( ̄∇ ̄) --n※o様--
はじめまして!当サイトへようこそお越しくださいました(o^^o) ハマっていただけたというお言葉、本当に嬉しいです。 ブログを始めて10ヶ月ほど、気が付けばそれなりに作品が増えていました。 その中に1つでも気に入るものがあればこの上ない喜びです。 彼らの最後は当然ハッピーに決まってます! そうでなきゃなんのために二次を始めたんだってことになっちゃいますからね。 あくまでも私は幸せになった彼らに会いたい。 そこはこれからもぶれずにやっていけたらいいなと思ってます。 これからもよろしくお願い致します(*´∀`*) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
つくしが4年前とどこか違うような・・・と気付いてはいても、まさか自分と同じ記憶喪失になってるとはまだ気付いてなさそうですからね。 でも野獣の勘なら時間の問題なのかなぁ? お互いの気持ちが大きく動くのはいつになるんでしょうか。 --うか※※ん様--
2回更新喜んでいただけて何よりです♪ 超鈍感 VS 暴走本能 世紀の一戦、一体勝つのはどっちだ?! ハブ対マングースのように仁義なき戦いになりそうな・・・( ̄∇ ̄) 互いに恋愛感情がないからこその楽しみ方に嵌まっていただけてるようで嬉しいです。 いつ動き出すのか?!ドキドキ目が離せません! ← 過大広告要注意 --管理人のみ閲覧できます--
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えぇ、思いっきりトリップされてたようですよ( ̄∇ ̄) そうそう、確か前もありましたよね~。 内容とコメントがあってないって一体どういうカラクリ?!とは思いましたが(^◇^) それも真夏の夜の夢がなせる七不思議ってことで(笑) --かず※※ん様--
いえいえ、読み逃げ大歓迎ですよ~♪ と言いつつこうしてコメントいただけたらもっと嬉しいんですけどね(≧∀≦) ダブル記憶喪失物語って私の記憶には多分ないんですよね。それこそ私が記憶喪失になってなければの話ですが(笑) 斬新な切り口でゼロスタートの2人がどう変わっていくのかを見てみたい!と書いてみた作品になります。2人とも記憶なしってことで物語の可能性が無限大に広げられるんですよね。 私自身も書きながら作り上げてる状態なので、今後どうなっていくか読めません(笑) そして猫バナーも気に入っていただけて嬉しいです^^ 結構楽しみにしてくださってる方も多いみたいで、いつも必死に探してますよ(笑) これからも宜しくお願い致します(*´∀`*) --c※※co様--
就学児をもつご家庭はこの時期は宿題に追われてるところが多かったのかな? 私が学生の頃はまだ8月31日までが夏休みだったので、今の感覚に慣れませんね~。 8月中から学校ってあっついですよね~(´д`) そうそう、無人島なんて、なんともラブいシチュエーションを期待したくなりますが。 まだまだ無糖なこの2人。・・・いや、超微糖くらいにはなってるのかな? それとも尾藤イサオになってる? ・・・いや、世代じゃないけど言いたくなって( ̄∇ ̄) 牛歩戦術ながらも関係変化に期待ですね! |
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