忘れえぬ人 24
2015 / 08 / 27 ( Thu ) 熱い・・・
苦しい・・・ 頭が割れそうに痛いよ・・・ 「 大丈夫だよ。 じきに点滴が効いてくるから、ゆっくりお休み 」 ・・・誰・・・? なんだか、凄く懐かしくて、あったかい声がする。 あたしはこの声を知っている。 ・・・・・・でも顔が浮かばない・・・ ・・・・・・名前がわからない・・・ あぁ、熱くて、熱くて、何にも考えることができない。 このまま脳みそが溶けてなくなっちゃうんじゃないかってくらいに熱くて、何も・・・ ヒヤッ・・・ ・・・・・・気持ちいい・・・ 触れた手は冷たいのに、不思議ととても温かく感じる。 大きくて、安心できるこの手は、誰・・・? ずっとずっと、触れていて・・・ このままずっと、離さないでいて _____ 「う・・・」 ・・・だるい。 まるで体が鉛になったように重くてだるい。 重しがついてるんじゃないかと思える瞼をゆっくり開けると、ぼやけながらも徐々に世界が鮮明に彩られていく。自分が室内にいるのだとわかると同時に、どうやって家まで帰ったのかと不思議に思う。 確か仕事だと呼び出されて待ち合わせ場所で待たされて・・・ 「・・・・・・・・・」 ・・・ん? ぼんやり見上げたシャンデリアに目が釘付けになる。 キラキラと宝石のように光を放つそれは人を魅了して止まない。 ・・・・・・ってそうじゃなくて! シャンデリア?! 「えっ・・・?」 一気に現実に引き戻されて慌てて体を起こした。 が、ぐるんと回転するように視界が揺れ、そのまま真っ逆さまに倒れていく。 「牧野様っ!!」 咄嗟に聞こえた声と伸びてきた手がつくしの体を間一髪支え、辛うじて落下は免れた。 「大丈夫ですか?!」 「え・・・あ、ありがとうございます・・・って、え・・・? ここは・・・? 一体何が・・・」 たいそう心配そうにしているのは30代ほどの女性だろうか。まるでメイドのような服装に見るからに豪華絢爛な室内。ふかふかの大きなベッドにどこかの貴族を思わせるような調度品の数々。 自分は今一体どこにいるというのか。 よもや無意識でメイド喫茶に来たなんてことは・・・ 「気が付いたようだね」 「あ、タマ様・・・」 タマ様? 混乱するつくしの前にもう1人、見知らぬ老婆が姿を現した。 腰の曲がった小柄な女性に見覚えは・・・ない。 「具合はどうだい?」 「あ・・・体がだるいですけど、でも大丈夫です。それよりもここは一体・・・皆さんはどちら様ですか?」 「牧野様・・・?」 つくしの言葉に若い女性がひどく驚いている。何かを訴えるようにすぐに隣に立つ老婆を見たが、対照的にその人は落ち着いた様子でじっとこちらを見つめたまま。 「覚えてないかい? あんたは昨日雨の中でずぶ濡れになって倒れてたんだよ」 「倒れてた・・・?」 導かれるように少しずつ記憶が蘇ってくる。 そうだ、あの男から仕事だと命を受けて待ち合わせ場所に行ったはいいものの、待てど暮らせど誰も来なかった。途方に暮れていたところでどしゃ降りになるという、まさに泣きっ面に蜂状態だったのだ。 元々風邪気味で熱っぽいなとは思ってたけど・・・まさかあのまま倒れてしまっただなんて。 ・・・でもちょっと待って。問題はそれからどうしたんだってことじゃない? 「・・・あのっ、それでここは一体・・・」 「やっと起きたかよ」 「えっ・・・?」 離れたところから聞こえた声に顔を上げると、そこには思いも寄らぬ人物がいた。 ____ まさか。 何故?! 何故この男が・・・ 「 道明寺っ・・・! 」 思わず口をついて出た名前に司の眉がピクリと上がって慌てて口を押さえた。 ズンズン近づいてくる男は見るからに・・・怒りのオーラに満ちている。 驚いてつい呼び捨てにしちゃったくらいでそんなに怒らなくたっていいでしょうが! そんな心の声も虚しく、さっと横へずれた女性陣の代わりにすぐ目の前で司が仁王立ちになった。 な、何を言えばいいのやら。 全くもって状況が見えずにどこから聞けばいいのかもわからない。何から・・・ 「 このバカ女っっっっ!!! 」 「ひゃあっ!!」 が、突然落ちた雷にそんな思考も全て吹っ飛ばされてしまった。 「な・・・何っ?! 確かに呼び捨てしちゃったのは悪いけど、でも驚いて咄嗟に出たくらいでそこまで怒んなくたってい・・・」 「てめぇ何考えてやがる?! あんなどしゃ降りの中ずっとずぶ濡れで立ってるとかバカだろうが! 死にてぇのかっ!!!」 鬼の形相で怒鳴りつける男に一瞬言葉を失うが、こっちにだって言い分はある! 「そっ、そんなに怒らなくたっていいでしょ?! だいたいね、時間を守らずに散々人を待たせたのはどこのどいつよ! こっちがどれだけ待たされたと思ってんの? 挙げ句の果てに雨まで降ってきて・・・何度帰ろうと思ったことか。それでもちゃんと待ち続けたんじゃない!」 「携帯は」 「えっ?」 「お前、俺が渡した携帯はどうした」 「・・・あ・・・それは、家に忘れて・・・」 「メール、電話、何回したと思ってる。俺は予定変更をお前に幾度となく連絡してんだよ」 「あっ・・・・・・」 シーーーーーーーーーン・・・・・・ さっきとは対照的に静かに降ってくる声が逆に恐ろしい。 沸々と湧き上がっている怒りがよりリアルにびしびしと全身に突き刺さってくるから。 「ご・・・ごめんなさい・・・」 あぁ、なんだか腑に落ちないけれど、それでも自分の落ち度は認めないわけにはいかない。 思いの外あっさりと謝罪の言葉を口にしたつくしを司はただ黙って見下ろしたまま。 うぅ、空気が重い。 ちゃんと謝ったんだから何か一言くらい言ってよね! 「坊ちゃん、もうその辺にしておいたらどうですか。まだ体調だってよくないんですから」 「・・・フン」 重苦しい空気に助け船を出してくれたのはあの老婆だ。 「あ、あの・・・さっきも聞いたんですけどここはどこですか?」 「ここは道明寺のお邸だよ。あんたが倒れてるのを坊ちゃんが見つけてここに連れて来たのさ」 やっぱり・・・ この男が現れた時点でもしかしたらとは思っていたけど、本当にそうだったなんて。 この高級過ぎる室内もそれで合点がいくというもの。 理由はどうあれ迷惑をかけてしまったことに変わりはない。 「あの・・・迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい」 「・・・・・・」 うぅ、だから何か言ってよ! 「・・・助けてくれたことには心から感謝します。・・・すぐにあたしは帰りますから・・・わっ?!」 「危ねっ!!」 「ぶっ・・・!」 布団を捲って急いで立ち上がろうとした瞬間、またしても景色がぐるんと回った。 何が起こったかもわからないままに倒れていった体が、顔面から硬い何かに激突する。 は、鼻がっ・・・!! 痛みに思わず鼻を押さえると、その拍子にふわりと鼻孔をいい香りがくすぐった。 この香りは・・・ 「・・・・・・ひぇっ!!」 「・・・」 見上げた直後に硬直する。 そりゃそうだろう。 だってこの男の腕の中に自分がいるともなればそうなるのも当然だ。 どうやら倒れそうになった体を支えてくれたらしい。 「あわわわ・・・ご、ごめんなさいっ! 重ね重ね迷惑かけて・・・あのっ、ほんとにもう帰るのでっ」 「迷惑かけたくないならじっとしてろ」 「えっ?」 肩に置かれたままの手にグッと力が入ったような気がする。 「つくし、あんたは肺炎を起こしかけてたんだよ」 「えっ・・・」 「坊ちゃんが迎えに行かなかったらどうなってたことか・・・今は点滴で随分楽になっただろうけど、まだまだ安静にしてなきゃだめだよ。熱だってまだあるんだ。今日はこのままここでゆっくり休みな」 「え・・・えぇっ?!」 このままって・・・ここに?! いやいやっ、ありえないから! 「いえっ、あの、手厚くお世話していただいたのは本当に感謝しています。でもこれ以上ご迷惑をかけるわけには・・・タクシーを使って帰りますから」 「お前、ほんとに悪いと思ってんのか?」 「え・・・? も、もちろん・・・」 だからこそこれ以上迷惑はかけられないんじゃん。 なのになんでそんな怖い顔で睨み付けるのよ。 「死にてぇなら帰れよ」 「え?」 「そしてさらに迷惑をかけてもいいってんなら勝手にしろ」 「・・・・・・」 体を支えていた大きな手がするりと離れていく。 なんだかそれが無性に寂しく思えるだなんて・・・どうかしてる。 熱のせいだ、絶対。 「つくし、坊ちゃんはあんたのことを心配してるんだよ」 「おいタマ、てめぇ勝手なこと言ってんじゃねーぞ。ぶっ飛ばされてぇのか」 「はいはい、この老いぼれでよろしければ後でいくらでもどうぞ。 つくし、とにかくあんたはほんの数時間前まで40度以上熱があったんだ。冗談抜きで死んでたかもしれないんだよ。今は素直に坊ちゃんの言葉に甘えておきな」 「でも・・・」 「お世話のことなら気にするんじゃないよ。ここにはいくらだって部屋は余ってるし、お世話する人間だって溢れてる。あんたが気にするようなことは何一つないさ」 「・・・・・・」 チラッと上を伺う。 相変わらずとんでもなく恐ろしい顔で睨み付けられているが、あの極悪非道なはずの男が一言だって 「帰れ」 とは言わない。いつものことを考えればいの一番に言いそうなことだというのに。 というか状況が状況だったとはいえ、まさか自宅に連れて来るなんて・・・ それだけ心配してくれたということ・・・? つくしは胸元にあてた手をきゅっと握りしめた。 「・・・あの、それじゃあお言葉に甘えて今日だけ・・・。今日だけお世話になってもいいですか? 明日になればすぐ帰りますから」 「そんなことは気にしなくていいんだよ。ちゃんと回復するまでは余計なことを考えるのはよしな。坊ちゃん、それでいいですね?」 「・・・・・・好きにしろ」 無愛想に一言だけそう言うと、司は背を向けてベッドから離れていく。 「あ、あのっ!」 だがつくしの声に足を止めると、ゆっくりと振り返った。 「あの・・・迷惑をかけてしまってほんとにごめんなさい。・・・それから、助けてくれてありがとう」 「・・・・・・」 じーっと、まるで時間が止まったかのように無言で見つめられる。 ・・・というか睨まれている? 無表情すぎるその顔からは何を考えているのかは全くわからない。 だからっ、何でもいいから何か言ってってばっ! 「あ・・・」 だがその願いも通じず、結局司は何も言わずに部屋から出て行ってしまった。 ・・・何よ、何だよ。 人が素直に謝ったっていうのに。相変わらずあの冷酷男は! ・・・・・・でも・・・ 「何か口にするかい?」 「あ・・・いえ、まだそんな気分では・・・」 「そうかい、じゃあゆっくり休みな。ほら」 「あ、ありがとうございます・・・」 横になったつくしに老婆が甲斐甲斐しく布団を掛けてくれる。 そういえば気になることが。 「あの・・・タマさん・・・でしたよね? あたしの名前を呼んでましたけど・・・あたしのことをご存知なんですか?」 司から名前を聞いにしてはやけに親しげだった。 もしかして欠けた記憶に彼女も含まれているのだろうか。 つくしの問いかけにほんの一瞬だけ老婆は寂しげな表情を見せた。 「・・・そうだね。でも今は余計なことは考えるんじゃないよ。とにかくゆっくり休みな」 「・・・そうですね。ありがとうございます」 「使用人が部屋の前にいるから。何かあったときには遠慮なく声をかけるんだよ」 「はい。お心遣いに感謝します」 つくしの言葉に優しく微笑むと、照明を少し落としてからタマと呼ばれた女性も部屋を後にした。 広すぎる部屋にポツンと残され途端に寂しさが襲ってくる。 1人でいるなんて日常的なことなのに、何を急におセンチな気分になっているのか。 全く、子どもじゃないんだから。 これはあれだ、珍しく熱なんか出したからに違いない。 ・・・そして、思いがけぬ優しさに触れたから。 いつものようにふざけんなって怒鳴りつけて容赦なく追い出せばいいのに。 具合が悪かろうがなんだろうがそんなことおかまいなしの冷酷人間のくせに。 ・・・なんで黙って受け入れてんのよ。 「らしくないことなんてしないでよね・・・」 猫の子のように小さく丸まったつくしを、いつまでもさっきの甘い残り香が包み続けた。 薄暗い部屋に伸びる大きな影。 窓の外は相変わらず大粒の雨が落ち続けていて、静まり帰った室内にやけに響いて聞こえる。 「 ・・・あの女、やっぱり記憶がねぇんだな 」 外を眺めながら小さく呟いた声も、激しい雨音に一瞬にして掻き消されていった。
|
----
う~ん、ちょっとずつ、ちょっとずつ、本能が、身体が覚えてることが記憶を呼び覚まそうとしてますね。 そして、つくし自身も記憶がない事を司は知りましたね。 これからどう展開していくのでしょうかね? 楽しみです(笑)
by: みわちゃん * 2015/08/27 00:36 * URL [ 編集 ] | page top
--管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --みわちゃん様--
ちょっとずつ、ちょっとずつですね、ほんと。 一気にぐわーーーっと行った方が読んでる皆さん的にはスッキリなんでしょうけどね。 それじゃほら、すぐに連載が終わっちゃうので(笑) 少しずつ惹かれ合っていく(?!)彼らをじっくり描きたいなと思ってます(*^^*) --名無し様<拍手コメントお礼>--
つくしも自分を覚えていないということに気付いた司。 今の彼なら一体どうするでしょうね。 つくしに惚れていた彼ならそんなことお構いなしに突っ込むで間違いなしでしょうけど(笑) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
ちらほらとナイスアシストらしきものがあるようなないような? 西田はともかくタマは間違いなく2人の味方でしょうからね~。 え?昨日新宿でハシゴしてどうやって帰ったか覚えてないって? それはあれですよ、ヒッチハイクして帰ったに3000点!(≧∀≦) --さと※※ん様--
いや~ん、「身体は大切な人をちゃんと覚えていた」だなんて。 なんだかエッチぃ~~!やだもうさと※※ん様ったらぁ~~(*/∇\*) ・・・よし、今日のジャブおしまい。( ̄∇ ̄;)フー ツカレタ つくし嬢、夢うつつの中で温もりを感じたようですが、それは夢だったのか現実だったのか? その答えを知るのは司君だけでしょうねぇ・・・。 いらつきながらもつくしを邸に連れて来て、おまけに追い出そうとはしない。 かといって何故?と聞いたところで今の司にはその理由なんてわからないんでしょうけどね。 もうほんとに考えてやってる行動じゃないんですよね~。 本能、本能。 その本能こそが司の真骨頂ですから。つくしの記憶についても気付いたようですし、さぁこれからどうなっていくのやら?! --た※き様--
あはは、そういうことありますあります。 あれも記憶喪失の一種になるんですかね?自分ではボケが始まったのかと( ̄∇ ̄) でも「惹かれるものは忘れてても同じ」この言葉深いですね~、いいですね~!!(*´ェ`*) --ke※※ki様--
タマだけじゃなくてつくしを知ってる使用人は皆こぞってお世話したがるでしょうね。 つくしが感じた温かい手。 誰だったのかな~?そしてそれは夢だったのか、それとも・・・? タマはつくしの記憶についていつから気付いてたんでしょうね。 少なくともタマより先に斎藤が事実を目の当たりにしてますから、もしかしたら彼経由で聞いたのかもしれないしあるいは別のルートで・・・? いずれにしても落ち着いてるのがいかにもタマらしいですね。 そして司もそのことに気付いた様子。 今の彼ならどうするんでしょうね?昔の奴なら猪突猛進一択ですけど(笑) 息子さん異常がなかったようで何よりです。 頭はホント怖いですからね~。脳震盪とかって繰り返したときがより怖いって言いますからね。 --c※※co様--
司に関することはキレイさっぱり消え去ってるようですねぇ。 司もつくしの記憶について気付いた様子。 それを知ってどう変わるのか。あるいは全く変わらないのか。 2人の心情の変化をじっくり描いていけたらいいな~と思ってます(*^^*) ふふ、猫バナーは日に日にファンが増えているみたいで。 猫好きが高じて始めたはいいものの、今ではかなりのプレッシャーに。 内容にあったものを見つけたときには「ヨッシャーーー!!」と叫んでます(笑) |
|
| ホーム |
|