忘れえぬ人 28
2015 / 09 / 01 ( Tue ) 「うわ~、すげぇ綺麗な海だな」
眼下に広がる真っ青な大海原に、男である大塚ですら思わず感嘆の声をあげた。 「そうだよね~!」 「・・・なんだよお前、ここに来たことがあんのか?」 「えっ?! な、ないないない! あるわけないじゃん!」 「・・・ほんとか?」 うぅ、ジト目が痛い。 「ほんとだって。っていうか大塚の意見にのっかっただけでしょ? なんでそんな深読みするのよ」 「・・・・・・まぁそれもそうだな」 「そうそう。あ~、綺麗だねぇ~!」 「・・・」 まだ疑惑の視線を感じるけど・・・気にしない気にしない。 っていうかなんでいきなりそんなこと言うのよ、びっくりするでしょうが! うっかりここに来たことがあるなんてばれればモデルの話までばれることになってしまう。絶対にそうなるわけにはいかないのだ。 「資料では見せてもらってたが、実物はそれ以上だなぁ」 前に座っている渡邉社長もいたく感動している様子。 それもそうだろう。前回つくしが来た時はもっと大きなリアクションで大喜びしたのだから。 日本だとは思えないこの景色に感動するなというのが無理な話なわけで。 あのすったもんだの週末から10日あまり、今日は今回のプロジェクトに参加する企業がそれぞれ数名の社員で現地視察をする日となっていた。 当然つくしがそれより先にここに来たことがあるなんて事実は絶対に言えない。いや、あの男がどう思っているかは知らないが、つくしとしては何が何でもばれるわけにはいかない。 だから努めて平静を装って初めて来た体でいなければならないのだ。 「すげ~、いくらそれなりにでかい無人島だとはいえ滑走路まで整備されてんのかよ・・・」 規模は小さいが、小型のジェットで離着陸ができる滑走路も完備されている。 今は建造物は他にこれといってないが、今日ここを訪れた業者によってあっという間に姿を変えていくことになるだろう。 「皆様お疲れ様でございました。お手数ですがあちらの事務所までは徒歩でお願い致します」 先に島に来ていた西田が出迎えると、思わず条件反射でこの前の騒動を詫びそうになってしまった口を慌てて押さえつけた。 危ない危ない。 「インフラ整備はほぼ万全みたいだな」 「そうみたいですね。ここにいずれ社長の造った素敵なスパができるかと思うと今から楽しみです」 「おーおー、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。お前は可愛い奴だなぁ。残念ながら何も褒美はやれねぇが、いい子いい子だけはしてやるぞ」 わっしゃわっしゃと頭を撫でられてたちまち髪がひどいことになっていく。 この人は昔っからスキンシップが好きな人で、男女問わずにこういうことが多々ある。 そこに性的ないやらしさなどは全くなく、決して嫌なわけではないのだが、TPOは考えて欲しい! 「ちょっ・・・社長! ぐちゃぐちゃになるからやめてくださいよっ!!」 「うんうん、照れんな照れんな」 「照れてませんからっ! もう、離してくださいってば!」 「あ・・・」 「えっ? ブッ!!」 次の瞬間、それまで面白がって頭を押さえ付けていた手がパッと離れていった。 突然のことで思わずバランスを崩したつくしが前によろけると、ゴフッと音をたてて何かにぶつかった。 「いったぁ~! な、なに?! ・・・あっ!」 口を開いた瞬間に認識できた香り。 顔を上げずとも全ての状況が理解できたつくしも、まるで先生に叱られる子どものように即座に姿勢を正した。案の定、眼下に見えるのは黒のピッカピカな光沢をまとった革靴。 何にぶつかったかなど言うまでもない。 「す、すみません・・・」 顔を上げるよりも先につくしは謝っていた。 「道明寺さん、申し訳ありません。私がふざけていただけでこいつは悪くありませんから」 すかさず間に入った渡邉をジロリと司が睨み付ける。自分より年下の男だというのに、渡邉が思わずたじろぐほどの鋭い視線で。 「・・・今から皆さんにはこちらからそれぞれ担当の者がつきますので、島内一周と建設予定地をくまなく見ていただきます。その後にこちらの事務所で打ち合わせとなりますので」 「わかりました」 「では後のことは担当の者にお尋ねください」 すぐ後ろに待機していた数人の男性がそれぞれ自分が担当する会社の人間の元へと散っていく。つくし達についたのは・・・まさかの西田だ。西田と言えば役職こそ秘書だが、司と肩を並べると言っても過言ではないほどの人物。 他社は見たこともない人ばかりだというのに、一体何故? 「牧野様? いかがなさいましたか」 「えっ? あ・・・いえ、なんでもありません。ごめんなさい、つい海に見とれちゃってました」 「そうですか。ごゆっくりと言いたいところではありますが・・・まずは仕事を終わらせていただきたいと」 「はい、すみません・・・」 仰るとおりで返す言葉もない。 チラッと上を伺うと、こわ~い顔で自分を睨み付ける男と目があって慌てて逸らした。 な、なんでそんなに怒ってんのよ! 「では車までご案内致します」 西田の言葉に逃げるようにその場から離れて行く。 「おい、お前はチャリで回るんじゃねぇのか?」 「えっ?」 が、後ろから飛んで来たとんでもない問いかけに心臓が跳ね上がった。 「お前って・・・え、牧野のことか?」 「なっ、何を! 違いますよ、ねぇっ?」 心の中で憤慨しながらも顔で笑って必死で平静を装う。だが司はそれすらも嘲笑うかのようにさらに言葉を続けた。 「お前はチャリで暴走するのが好きなんだよな? 今日は寝ずにちゃんと仕事しろよ」 「なっ、なななっ・・・!」 「・・・? 牧野、どういうことなんだ?」 渡邉と大塚が司の言葉の意味を考えあぐねてつくしをじっと見ている。 こ、こんの男~~~!! 「・・・またまた~、道明寺先輩ってば相変わらず冗談がお好きなんですから! いくら私が英徳で唯一のチャリ通だったからって、こんなときにまでからかわないでくださいよ~!」 「・・・なるほど、お前達高校の先輩後輩って言ってたもんな」 「そうなんです。ほら、セレブの中で私だけすごく浮いてたのでよくからかわれたんですよ」 「はは、そういうことか」 「そういうことです。さ、西田さんもお待ちですから行きましょう!」 納得した渡邉の隣でいまいち納得していない大塚の背中ごとグイグイ押すと、つくしは振り向きざまに思いっきり司を睨み付けた。 が、それも想定済みだったのか、勝ち誇ったような顔で笑っているではないか。 くっそ~~! 完全に遊ばれてるっ!! 車が出る一瞬の隙にあっかんべーをしたのを、隣に座っている大塚だけが密かに見ていた。 *** 「あ~、なんか帰るのがもったいないねぇ」 「だな」 予定を全て終え、あとはジェットの出発を待つだけとなったつくし達は各々残された時間を自由に過ごしていた。とはいってもまだ何もない島でできることは限られており、事務所で待つか海を見るかくらいしかすることはないのだが。 渡邉をはじめとする年配組は迷わず事務所で、つくし達若手軍団はビーチで、実にわかりやすく二極化して時間を潰している状態だった。 つくしと大塚は砂浜に座り込んでぼーっと日が傾いていくのを見ていた。 キラキラと水面に反射する光が宝石のように美しく、何もしなくとも至福の時間を過ごせる。 「泳いだらもっと気持ちいいんだろうね~」 「そのままダイブすればいいんじゃねぇの?」 「はぁっ? できるわけないじゃん! 全くバカなこと言うんだから。やるなら自分がやってよね」 「ハハッ、着替えさえあれば飛び込むところだけどな~」 そう笑ってゴロンと砂浜に大の字に転がると、大塚は同じように笑いながら海へと視線を戻したつくしの横顔を見つめた。 「・・・道明寺さんってさ」 「えっ?」 その言葉にドキッとして思わず不自然に大きな声が出てしまった。 じーっと突き刺すような視線が痛い。 「・・・やっぱあの人って、お前のこと・・・」 「え? 何? よく聞こえないんだけど」 「・・・・・・・・・いや、なんでもねぇ。 さー、そろそろ時間だし戻るか」 「・・・? 変なの」 神妙な面持ちで一体何を言い出すかと思えば。 けれどあまり詮索されたくないのはこっちも同じなのだから内心ほっとする。 大塚に続いてつくしも立ち上がると、お尻の汚れをはたいて歩き始めた。 一方で先を歩くつくしの後ろ姿を見ながら、大塚はその姿にどこか違和感を覚えていた。 どこかで見たことがあるような・・・ 一体どこで・・・? 立ち止まってじーっとその後ろ姿を見ていた大塚がハッと何かに気付く。 「おいっ!」 「わっ! び、びっくりした・・・いきなり何?!」 後ろから突然腕を鷲掴みにされて飛び上がる。嫌がらせかっ! だが振り向いた大塚の顔は極めて真剣そのもので、どこか驚愕しているような、そんな表情をしている。 「大塚・・・? どうしたの・・・?」 「・・・牧野・・・お前って・・・」 「え?」 一度言葉を切った大塚の手にグッと力が入る。 「お前って・・・もしかしてあの広告の・・・」 ちらりと聞こえた単語にドクンッと心臓が一際大きな音をたてた。 「 おい」 だが次の言葉を言う前に聞こえてきた声に2人同時にハッと振り返る。 見ればいつの間に近づいていたのか、2メートルほどの距離のところに司が立っていた。 「ど、道明寺・・・」 いつもなら変な意味でドキッとするのに、この時ほどこの男を見てほっとしたことはない。 相変わらず怖い顔で睨み付けられているというのに、まるでこの男が救世主のように思えて、つくしは全身からドッと脱力していくのを感じていた。 「何してやがる? これ以上待たせるようならここに野宿するか泳いで帰れよ」 「あっ、ごめんなさい! すぐ行きますっ!!」 「あ、おい、牧野っ!」 「大塚も早く行くよっ!」 掴まれていた手をすごい勢いで離すと、つくしは我先にと滑走路がある方へとダッシュした。 その姿はどこからどう見ても逃げているようにしか見えない。 大塚はしばし呆然とその姿を見ていたが、そのうち視界の隅でもう1つの影が動いたのに気付く。 「あのっ!」 ものの数秒で随分離れた場所まで移動していた司の足がその声に止まる。 「・・・何だよ」 ゆっくりと振り返った顔は思わず息を呑むほどの形相だ。 突き刺さるような鋭い視線にたじろぎそうになるが、大塚は軽く息をはくと、今一度正面から司と向き合った。 「・・・どういうつもりですか?」 「・・・あ? 何言ってやがる」 「牧野を補佐にするなんて、一体何が目的なんです?」 「・・・目的? 仕事に目的もクソもねぇだろ」 「そうでしょうか。俺にはあなたが公私混同しているように見えますけど。実際、ジェットの時間まではまだ余裕がありますよね。わざわざここに来る理由はなんなんです?」 その言葉にピクッと眉尻が動くと同時に、さっきよりも更に眼光が鋭くなる。 「公私混同? ・・・くっ、そりゃあテメェのことじゃねぇのかよ」 「えっ・・・?」 「仕事でここに来ておきながらあわよくばと思ってんのはどこのどいつだよ」 「・・・!」 一体いつから見られていたというのか。 それとも最初から見抜かれていた? いずれにせよ図星を突かれた形となった大塚は言葉に詰まる。 これでは認めてしまったも同然だ。 「自分を棚に上げて人に口出しとはたいそうな身分だな?」 「・・・・・・」 「何も言い返せねぇような奴が余計な口出しすんじゃねぇぞ。そもそも俺がどこで何をしようとテメェには一切関係ねーんだよ」 嘲笑うようにそう吐き捨てると、司はつくし達の待つ滑走路の方へと歩き出した。 その悠然と自信に満ち溢れた後ろ姿を見ながら大塚の握り拳がぷるぷると震えている。 「なんなんだよ、あいつ・・・。ぜってぇ邪魔しに来たんだろ・・・!」 本来ならそう怒鳴りつけてやりたいのに、波の音に掻き消されてしまう程度の声しか出せない自分が情けなくてたまらなかった。
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by: * 2015/09/01 06:34 * [ 編集 ] | page top
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まだまだ完全に押され気味の大塚君。 こんなもので終わってもらっては困りますよ! 読者の皆さんに大塚選んだ方がいいんじゃない?くらいは思ってもらわないと(笑) それにしても彼・・・つくしの秘密に気付いちゃった様子ですね。 つくしちゃんピーンチ?! --つ※※う様--
えへへ、原作の雰囲気に近いと感じてもらえて嬉しいです(*´ェ`*) 仰るとおり、このお話は「初期の頃の2人みたい」そう思って欲しくて書いてるんですよね。 つまりは一度リセットして出会っても恋に落ちるのか?みたいなテーマがありまして。 近づきそうで近づかない、じれったい展開が続いてますが動くときは一気に動きますので(多分)その時をお楽しみに! --こ※様--
えぇえぇ大塚君、既に不戦敗みたいな状態になっちゃってますが(笑) きっとこれから彼も本気でエンジンがかかってくると期待しておきましょう。 まだ仕事のこともあって遠慮があるでしょうからね。 でも切羽詰まってくるとそんな悠長なことも言ってられないと思うので。 思う存分激しくバトってほしいものです(≧∀≦) ← 人ごとだと言いたい放題 --ke※※ki様--
どうやら大塚君、気付いてしまったようですねぇ。 まぁその事実に気付いたからといって関係が変わるってことはないんでしょうが・・・ でもつくしにとっては心穏やかでない状況でしょうね。 司も自覚無しで思いっきり威嚇しちゃってますが。 そんな自分の行動でますますイライラが募っちゃうんでしょうねぇ・・・ 早く気付け~!って感じですが(笑) 全米はショックすぎて燃え尽き症候群みたいになっちゃってます・・・(T-T) --さと※※ん様--
スキンシップ渡邉(サロンシップでないよ?)、オーレ大塚、 坊ちゃん思いっきり邪魔&威嚇(CHAGE&ASKAじゃないよ?)しちゃってますね。 本人まだ完全無自覚ですよ~。 そんな野獣の剥き出し威嚇に完全に押されちゃってるオーレでございますが。 このまますごすごと引き下がってもらっちゃあ困りますぜ( ̄ー ̄) ほんとにね、あそこまでいい雰囲気になったんだから(と思ってるのはもちろんオーレだけですけども)その勢いのまま告白しちゃえばいいのにねぇ。 でも司に言われたとおり仕事中ですからねぇ・・・何気に痛いところをつかれましたね。 しかも玉砕する可能性が高いと自覚があるだけに躊躇う気持ちもわかるかも。いずれにせよ オーレ~オレオレオレ~、お・お・つ・かガーンバッ♪ オレッ♪ρ(`.´)ρ ♪ズンチャカ --た※き様--
あはは、当て馬じゃないですよ!ライバルと言って!(笑) --ぴ※※あ様--
うふふ、大塚君が気になって仕方ないですか? そうなってもらえたらいいな~と思いながら彼を書いてますので、今後もっと頑張ってもらわなければいけませんね!(笑)そして司にはもっともっとつくしに振り回されてほしいものです。 やっぱり彼にはジタバタしてもらうのが萌えるので。坊ちゃん許せ・・・( ̄∇ ̄) あはは、錦織選手=私 が思い浮かぶようになっちゃいましたか?マイッタナー さすがに初戦敗退はねぇ・・・ショックが大きすぎました。 実はこの前の大会も負け方がものすごく悪い形だったんですよね。 2戦連続なので今後引き摺らないでほしいな~と願ってます。 そしてチビゴンは本当に根性が座ってまして。 覚悟はしてたんですが想像の遥か上をいってました(^_^;) 園での活動中は問題ないみたいなんですけどね、とにかく別れ際がまぁ凄まじいったら・・・(苦笑) ゴジラ vs チビゴン で映画つくれますよ、ほんと。 |
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