忘れえぬ人 53
2015 / 09 / 28 ( Mon ) 恨めしい、恨めしい、恨めしいっ!
この向こうではきっと・・・ ふぅ~っと何度も大きく深呼吸を繰り返すと、つくしは意を決したように目の前の扉を押した。 と同時に中で新聞に目を通していた男が顔を上げる。 一瞬だけ驚いた顔を見せたが、それもすぐにあの不敵な笑みへと変わった。 「よう。似合ってんじゃねーか」 「卑怯者っ! 横暴! 暴君! ろくでなしっ!!」 おはようの代わりに出てくるのは罵詈雑言の数々。 それも全て想定済みな男は言われれば言われるほど楽しそうに笑っている。 この男は・・・っ! 「なにがだよ。俺は何もしてねーぞ」 「嘘つきっ! あんた以外にこんなことができる人間なんていないでしょっ?!」 「さぁな。とにかくそんなとこに突っ立ってねーで座れよ。使用人が途方に暮れてんだろ」 見ればすぐ後ろでワゴンをスタンバイさせた使用人が中に入れずに待っている状態だった。 つくしは思いっきり口を尖らせたまま渋々言われるまま向かいの席へと腰を下ろす。 距離が近づいたからか、司はさっきの比じゃないほどに遠慮なしに上から下までつくしを凝視し始めた。 「~~~~、だからっ、じろじろ見ないでってっばっ!!」 「なんでだよ。似合ってんだからいいじゃねーか」 「似合っ・・・?! そういうこと言わないでっ!」 「褒めてんのにお前は何を怒ってんだよ」 だって、だって、だって・・・! 結局ほとんど眠れなかったつくしを待っていたのはさらなるあり得ない事態だった。 シャワーを浴びて出てみれば、着ていたはずの服が消えていた。慌てて辺りを見渡せばそこには綺麗に整えられた服一式が。淡いクリーム色に小花柄の模様、シフォン地のスカートのついたそのワンピースは、普段のつくしなら絶対に手を出さないようないかにも女性らしいものだった。 そう、まるで美しいお嬢様のためにあつらえたような上品さ。 必死で本田を呼んで着ていた服を返すように懇願したが、クリーニングに出したからそれは無理ですとあっさり言われてしまった。つまりは端から選択肢などなかったというわけだ。 この満足そうな顔を見れば、それを命令したのは誰かなんて考えるまでもない。 「こんな格好、あたしにとっては罰ゲームみたいだよ・・・」 「あぁ?! お前はバカか。似合ってんだからいつまでもグダグダ言ってんじゃねーよ」 「だって・・・」 最近はスカートを履くことすらめっきり減っているというのに、こんな女の子女の子した服なんて自分に似合うはずがないのだ。また嫌がらせされているのかと思いたくなる。 司はそんなつくしを見て盛大に溜め息を一つ。 「はぁ~~、お前なぁ。ちったぁ自分に自信持てよ」 「・・・え?」 「お前はこの俺が惚れた女だぞ。俺がお前に似合うと思って見立てた服なんだから似合ってるに決まってんだろうが。せっかくの衣装がその顔じゃ台無しじゃねーか。普通にしてろ」 「俺が見立てたって・・・」 「好きな女に似合う服を贈って何が悪い?」 「なっ・・・だっ、だからそういうことをサラッと言わないでってば!」 「なんでだよ。俺は自分に正直に生きてるだけだろ。これは変わらねぇんだからお前が慣れろ」 慣れろって・・・・・・ムリっ!! 「とにかくお前は自分で思ってる以上に魅力的な女だってことを忘れんな。その服もよく似合ってる」 「も、もうわかったから! もう充分だからこの話はおしまいっ!!」 ダメだ。何を言ってもこの男のペースに巻き込まれてしまう。 これ以上は羞恥地獄で耐えられない。 ついこの前まで何の取り柄もない貧乏女とか言ってたくせに・・・この変わり様は一体なんなんだ?! 「本当に、坊ちゃんの仰るとおりよくお似合いでございますよ」 「えっ? ・・・タマさん!」 いつの間にかすぐ後ろでカチャカチャと飲み物を準備していた老婆に全く気付かなかった。 「坊ちゃんが女性にプレゼントを贈るなんて・・・長生きした甲斐があるってものですねぇ」 「なっ・・・タマさんっ?!」 「さぁさぁ、せっかくのお食事が冷めてしまいますよ。お食べください」 「・・・はい・・・いただきます・・・」 うぅっ。 もうこのお邸全ての人に手のひらで転がされてる気がする。 つくしはガックリ項垂れながら渋々目の前の食事に口をつけた。 「・・・・・・んっ、おいしいっ!!」 すると誰もが予想したとおりにたちまち笑顔の花が咲いた。 「プッ、お前はほんとうまいもんさえ食わせてりゃ常にご機嫌だな」 「う、うるさいなっ。おいしいものはおいしいんだから仕方ないじゃない」 「くくくっ・・・」 「笑ってないであんたも食べなさいよ!」 逆らうこともなく言われたとおりに司も自分の食事に手をつけ始める。 その姿は前回見たときとはまるで別人で、料理を一度だっておいしいと感じたことはないと言った本人と同一人物だとはとても思えなかった。 表情一つでこんなにも印象の変わる男なのだとあらためて実感する。 「つくし、これは椿様から預かったものだよ」 「え?」 タマから差し出された一通の手紙。 急いで中を見てみれば、もうアメリカに戻らなければならないこと、再会できたことへの喜び、そして何かあれば遠慮なくいつでも連絡してほしい旨が書かれていた。そして最後にはこうも。 『 司が調子に乗ったときはいつでも言って。懲らしめてやるから! 』 「プッ!」 「・・・何だよ」 「ううん、別にー? お別れの挨拶ができなかったのは残念だったけど・・・すごく綺麗なお姉さんだね」 「さぁな。別に意識したこともねーよ」 「認めたくはないけどあんたも見た目だけはいいよね。美形姉弟って感じ」 「おい、だけはってどういうことだよ」 「きっとご両親もすっごい美男美女なんだろうね~!」 何気なく口にした言葉に司の顔から笑顔が引いていく。 「・・・道明寺?」 「・・・あんな奴らに似てるって言われたところで嬉しくもなんともねぇな。むしろ虫唾が走るぜ」 「・・・・・・」 思わず止まった手が空を切って行き場を失う。 さっきまでの楽しい時間が嘘のように冷え込んでしまった。 そういえば以前家族の繋がりなどほとんどない、そんなことを話していた。 自分は貧乏だが家族の繋がりは強い方だと自負している。一方できっと彼はその真逆なのだろう。富や名声は充分あるはずなのに、どうしてだろう。 ちっとも幸せそうに見えない。 幸せって一体何なのかわからなくなる。 「昨日はちゃんと寝たか?」 「えっ?」 ハッとして顔を上げれば、もう既に司の表情は元に戻っていた。 「あ・・・あんまり」 「へぇ? 殴られようが落とされようが目が覚めねぇお前にしちゃ珍しいこともあるもんだな」 「う、うるさいよっ」 ニヤニヤ笑う顔が憎ったらしい。 どうせ眠れなかった原因だってわかってるくせに! 「・・・ねぇ、今日出掛けるって一体どこに行くつもり?」 間違ってもデートだなんて言葉は使ってなるものか。 「言っておくけどクラシック鑑賞とか美術館巡りとか、そういう高尚なことなんてあたしには無理だから。あとやたらとお金のかかる場所も絶対にムリ!!」 事前に釘を刺しておかなければ連れて行かれても何ら不思議じゃない。 こんな格好をさせられていれば尚更のこと。 「お前の行きたいところに連れていってやるよ」 「えっ?」 カタンと持っていたナイフとフォークをテーブルに置くと、司はキョトンと目を丸くしているつくしを見てニッと笑った。 「一方的に押しつけられんのは迷惑なんだろ? だったら今日はお前のやりたいことにとことん付き合ってやる。だからお前が行きたい場所を決めろよ」 思いも寄らぬセリフと共に。
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by: * 2015/09/28 00:12 * [ 編集 ] | page top
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今日は更新ができなくて申し訳ないです>< 明日の定時更新、予約済みですので大丈夫です!! お月様はみられましたか?さすがにデカッ!!って感じでしたよね(笑) 雲がかかってるのが逆に幻想的で素敵でしたね~(*^o^*) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
あはは、司が栗拾い。いいかも(笑) 途中素手で拾って「いってぇ!ブッ飛ばす!!」とか言って栗相手にブチキレるんでしょう?で、結果自分が流血(笑) やばい、なんかすんなり想像できる( ̄∇ ̄) ワンピースなんて一体いつの間に準備したんだか。 邸に腐るほど余ってる服の山から選んだのかしら?それとも夜のうちに店の人間を叩き起こして持ってこさせたのかしらん? --莉※様--
まず確認ですが、こちらのコメントが承認待ちになってました。 いつもは非公開を選択されてますので、一応確認してから承認作業を行おうと思ってます。やっぱりチェック忘れですかね?もしそうならこのまま非公開にさせていただきますね^^ 強引ながらも別人のように優しさも出てきた司君。 それにコロッといってくれるような女だったらどれだけいいことか。 でもそんな女だったらきっと司は惚れないんでしょうけどねぇ。 うーん、難しい!(笑) それにしても寝言で大塚の名前を呼ぶとか・・・どんだけやねーん( ̄∇ ̄) 一体どんな夢を見ていたのやら? --た※き様--
一体どこへ行くんでしょうねぇ?そもそもちゃんとデートに行ってくれるのかしら? 絶叫マシンが大好きな私でしたが、年のせいか最近恐怖心の方が勝るようになってきました。 学生の頃はフジヤマとか乗りまくってたのに・・・多分今はムリだろうな( ̄∇ ̄) --ゆき※※う様--
おぉっ、なんだか急に文学的なかほりが・・・(*´ェ`*) 記憶がなくとも司は司。 そこには私のそうあって欲しい願望がギュギュッと果汁1000%で詰まってます♪ つくしはどうなんでしょうねぇ? でもいかにもつくしっぽい感じが既に出てる感じですけど・・・( ̄∇ ̄) --ke※※ki様--
そうそう、そもそもつくしにはデートの概念すらろくにないでしょうからねぇ(^_^;) お前の好きなことに付き合ってやるなんて言っちゃって、坊ちゃん後で盛大に後悔しなきゃいいけど。 ワンピースはなんとなく司が好きそうだったので(笑) まぁつくしなら何でもいいって奴ではあるんでしょうけどね、それでもやっぱり可愛い格好してたら堪らんのでしょうな。いわゆるギャップ萌えってやつでしょうか( ̄∇ ̄) そして鉄パン女と鉄棒男、見事なメジャーデビューを果たしました。 鉄棒って・・・またどエライ頑丈そうな・・・(=_=)オソロシヤ・・・ --ふ※※ろば様--
あはは、つくしのやりたい放題っていったらやっぱりそんなことを想像しちゃいますよねぇ♪ でもね、そこには落とし穴がありますよっ! ほら、特製貧乏野菜鍋を食べさせるためには自宅へ招き入れなきゃでしょう? そうすれば・・・ 「お前・・・誘ってんのか、このツンデレ野郎っ。可愛いことしやがってっ!」 「えっ・・・?ぎゃあ~~~っ、違う違う違う~~~っっ!!」 ・・・といつもの仁義なき戦いが繰り広げられるだけですからね( ̄∇ ̄)無限ループ・・・ |
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