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忘れえぬ人 55
2015 / 10 / 01 ( Thu )
「ちょっと~、自分が付き合うって言ったんでしょ? もっと楽しそうにしなさいよ!」
「・・・・・・」
「全く・・・言ってることとやってることが違うじゃん、ねぇ?」

つくしの問いかけに柵の中のサルがキョトンと首を傾げたのは偶然か必然か。

デートの続行を強制されたつくしが次に司を連れて来たのは敷地内にあった動物園だった。
何でも付き合ってやると言いながら、動物園だと知ってからのこの男の機嫌の悪さったら。
だったら1人で帰れと言いたいが、それを言ってしまえばもっと厄介なことになるだけに言わぬが花。とはいえ面白くなさそうなこの男の姿を見て内心溜飲が下がっているのが本音だったりするのだが。

「なんでそんなにぶすくれてんの? 動物嫌いなの?」
「間違っても好きじゃねぇな」
「なんでよ~? 自分こそ獣みたいな性格してるくせにって・・・おっとっと」

ジロリと鋭い睨みに慌てて口を噤む。

「だいたい動物なんてこんなせめぇ場所で見るもんじゃねぇだろ」
「え・・・動物園じゃなかったらどこで見るっていうのよ」
「サバンナに決まってんだろ?」
「さ、サバンナ?!」

って、ブラジルのみなさぁ~ん! ・・・じゃなくて、本物の方?

「・・・・・・やっぱり世界が違いすぎるんですけど」
「なんか言ったか?」
「いーえ。何でもありませーんっ」
「あ、おいっ!」

ササーーっと司と距離を取ると、つくしはそのまま別の檻の方へと小走りに移動し始めた。
だがもともと足の長さの違いが生み出す一歩の差は歴然。決して走っているわけでもないのに、少し早歩きをしただけでその距離は縮まっていく一方だ。そしてあっという間に追いつくと、後ろから伸ばした手でスッとつくしの右手に自分の左手を絡ませた。

「えっ・・・? ちょ、ちょっと・・・!」
「なんだよ、デートだろ? これくらい普通のことじゃねーか」
「普通って、まだあたし達付き合ってるわけじゃ・・・」
「時間の問題なんだから細けぇこと言ってんじゃねーよ。お前のやりたいことに付き合ってやってんだ。手ぇ繋いだくらいでぐだぐだ言うな」
「付き合ってやってるって・・・」

無理矢理そうさせてるのは一体どこのどいつだよっ!

ギュウッと更に力を込めて握られた手を見て頬を染めつつも、これ以上の抵抗は無意味だと判断すると、つくしはそのまま司と肩を並べて歩き出した。きっと周囲から見れば完全にカップル認定に違いない。

「あ、パンダだ! 可愛いねぇ~」
「可愛いのは見た目だけだろ」
「あはは、確かに。見た目の可愛さに騙されてる人は多いかも。実は結構凶暴なんだよね」

目の前でモシャモシャと笹の葉を勢いよく食べる姿はこんなに愛らしいのに。

「・・・ねぇ、1つ聞いてもいい?」
「なんだよ?」
「・・・・・・どうしてあたしをモデルにしようと思ったの?」

前を向いたまま、躊躇いがちにつくしが口にした。

ずっとずっと不思議だった。
どうしてあたしがモデルに? って。
例え嫌がらせだとしても、どう考えたって正気の沙汰じゃない。
社会人としてみればそこまでバカな男だとは思えないし、 「後ろ姿の女」 にあそこまでの執念を見せた理由が全くわからないのだ。

司はそんなつくしの横顔をしばらく見ていたが、やがて同じように柵の方へと視線を移した。

「・・・お前、俺の夢の中にずっと出てきてたんだよ」
「えっ?」

耳を疑うような答えにつくしが司を凝視した。

「記憶を失ってから4年、俺の中では沸々とマグマのような苛立ちや黒い感情が渦巻いてた。何をやってもその気分は晴れないし満たされない。そんな中でずっと見続けた夢があった」
「夢・・・?」
「あぁ。真っ暗闇の中に俺は佇んでる。右も左もわからねぇ暗黒世界。何もかもが面倒くさくてそのまま死ねばいいって思ってるのに、そう思った瞬間いつも決まった女が現れる」
「女・・・」
「長い黒髪を揺らすその女は決まって後ろ姿しか見せなかった」
「 !! 」

後ろ姿・・・?
まさか、 まさか・・・

ゴクッと唾液を飲み込んだつくしをゆっくりと司が振り返る。
交差した視線は互いに決して逸らされることはない。

「 牧野、今ならわかる。 その女はお前だ 」
「 ・・・・・・! 」

そんなバカな話、と笑い飛ばしてしまえばいい。
顔すら見えない女が何故自分だと言い切れるのか。
くだらないにもほどがある。 そう言えばいいのに。

・・・・・・驚くほどに何一つ反応できない自分がいた。

「目覚める度に更なる苛立ちが俺を襲ってくる。だから最初はその女を見つけ出してどういうつもりだって張り倒すつもりでいた。そんな中、たまたま見かけた類んとこの広告の後ろ姿があの夢の女だと気付いたんだ。だから帰国して真っ先にあいつに聞きに行った」
「まさか、あの時・・・?」
「そうだ。だが類は一切口を割らなかった。まぁその直後にその女に会ってたなんてその時は気付きもしなかったけどな。でも別の場所でお前の後ろ姿を見た時に確信した。夢の中の女は広告の女、そしてそれはお前だってな」
「・・・・・・」
「あの時はただの忌々しい女ってだけだった。 でも・・・」

そこで繋がれた手とは反対の手が伸びてきてつくしの頬に触れた。
ピクッと小さく揺れたつくしの顔は・・・戸惑いを滲ませている。

「今なら全てがわかる。何故この俺があれだけお前に執着してたのかってことが。・・・俺は今も昔もお前だけを求めてんだよ。頭のてっぺんから足の指先まで、全てでな」
「・・・・・・」
「ただし勘違いすんなよ。過去の俺とお前のことは関係ねぇ」
「・・・え?」
「昔俺たちがどういう関係だったとしても、俺はただ目の前にいる牧野つくしという女に惚れた。ただそれだけだ」
「道明寺・・・」
「たとえ記憶を失おうがどうしようが、俺は俺だ。 お前だってそうだろ?」
「え・・・?」
「記憶の有無は関係ねぇ。お前はお前、牧野つくしであることに何ら変わりはねぇ。 だろ?」
「・・・・・・」

あたしも・・・?

記憶を失ったと知ってから、1人になると急な不安に襲われることが何度もあった。
それは誰にも理解はしてもらえないであろう、底知れぬ恐怖。
時々自分が誰なのかわからなくなる。
もしかして今の自分は偽者なんじゃないかって、目を閉じて次に開けた時にはまた違う自分になってるんじゃないかって・・・そんな不安を抱えたまま眠ったことが何度あっただろうか。
それは誰1人として口にしたことはない、つくしの心の中だけに封印された心。


・・・その固く閉ざされた扉が今、いとも簡単に外された気がした。


「何泣いてんだよ」
「・・・え・・・?」

目尻を拭われて初めて自分が泣いていたのだと気付く。

「や、やだっ、なんで・・・?」
「まぁいい。ただし他の男の前で泣くことだけは許さねーぞ」
「何よそれっ・・・っていうか離しなさいよっ・・・!」
「離さねーっつっただろ。いい加減諦めろ」
「もう、ほんとにバカなんだからっ・・・」
「バカの前でわんわん泣いてんのはどこのどいつだよ」
「・・・う、うぅっ・・・」

ギュウギュウに巻き付いた腕が全ての動きを封じ込める。
恋人になるだなんて言ってもないのに、相変わらずこの男はやりたい放題だ。
悲しいのか、嬉しいのか、ほっとしてるのか、自分でもわけがわからないほどに涙が止まらない。
それでも、何故だか今はこの場所が世界で一番安心できるように思えてならなかった。
これまで誰にも言えずにいた不安や恐怖を全て呑み込んでくれるような、そして守ってくれるようなそんな不思議な優しさに包まれているような気がして・・・



ただひたすらに泣いた。






***





「あ゛~、顔が痛い。どうしよう明日になってもこのまま目が腫れてたら・・・」
「心配すんな。もともと大した顔じゃねぇんだから」
「ちょっとっ! いちいちうるさいからっ!!」

さっきまでの空気が嘘のようにいつもの調子が戻って来た。
全く、我ながらなんでこの男の前であんな醜態を晒してしまったのかと恥ずかしくてしょうがない。

「でも今日はありがと。正直予定外で迷惑だとも思ったけど、お姉さんと色々話せて楽しかったし、動物園なんて子どもの頃以来に来て凄く楽しかったから」

そう言った直後に何か違和感を覚える。
・・・一体なんだろう・・・?
この、小骨が引っかかったようなもどかしい感覚は。

「・・・あれ? 違うな。確か高校生の時も来たような・・・」

どうしてだかわからないけどそんな気がする。
でもいつ誰と来たかは思い出せない。
あれはいつだった・・・?
頭の中にぼんやり浮かんだ3人の姿が見えそうで見えない。
・・・・・・誰・・・?

「っつっ・・・!」
「おい、どうした?!」

顔を歪めて頭を抑えたつくしの肩を慌てて司が支える。

「あ・・・ごめん、たまに原因不明の頭痛に襲われることがあって。最近は随分減ってたんだけどね、久しぶりに来たからちょっとびっくりしただけ。ありがと、もう大丈夫だよ。 さ、もう暗くなってきたし帰ろっか」
「・・・・・・」

すっかり慣れたのかそれとも諦めただけなのか、歩き出したつくしの右手は変わらず司のそれと繋がったまま。

「・・・牧野」
「ん?」
「お前、いつから記憶がなくなった?」
「・・・えっ」

その言葉にピタリと歩みが止まる。
驚くのも無理はない。
互いの失われた記憶について触れるのはこれが初めてなのだから。

「お前も記憶がねぇんだろ?」
「な、なんで・・・」
「深く考えんな。ただいつからねぇのか聞いてるだけだ。深い意味なんてねーよ」
「・・・・・・正直あたしもよくわからないの。でも、皆が言うには1月24日にタクシーに乗ってるときに事故に巻き込まれて頭を強く打ったらしくて・・・。あたしはタクシーに乗ってたことすら覚えてないんだけどね。ほら、あたしがタクシーに乗るなんてあり得ないでしょ? だから聞いた時は嘘でしょ~? って笑い飛ばしたんだけどさ。あははっ」
「・・・・・・」
「でもなんでそんなこと・・・」
「・・・言っただろうが。深い意味はねぇって。ただの興味本位だ」
「な、何それっ!」
「いいから行くぞ。 飯食って帰んぞ」
「えぇっ、夕食まで一緒にとるの?!」
「ったりめーだろうが。今度こそフルコースにするか?」
「絶対に嫌っ!! ・・・あ、じゃあさ、この前のラーメン屋さんにしようよ! おいしかったし」
「げっ」
「うんうん、そうしよう! じゃあそうと決まれば急がなくっちゃ!」
「おい、引っ張んな。 おい、待てって!」

赤く染まった空の下、軽快にはしゃぐつくしの声がいつまでも響き渡っていた。









「斎藤」
「はい、なんでございましょうか?」

つくしを送り届けた後、司はすっかり暗くなった車窓からの景色を見ながら口を開く。

「お前、俺が4年前に渡米した日を覚えてるか?」
「えっ? はい、もちろん覚えておりますよ。あれは確か1月24日だったかと。その日は一段と寒い日で、場所によっては雪が舞ったところもあったようですよ。だからよく覚えてるんです。・・・それがどうなさいましたか?」
「・・・いや、なんでもねぇ」
「・・・?」

それっきり黙り込んでしまった司に斎藤が首を傾げる。
バックミラー越しに見える司の表情はいつになく真剣だった。



『 1月24日にタクシーに乗ってたときに事故に巻き込まれたみたいで 』



偶然か、必然か。
ぐるぐると、その事実だけがいつまでも司の頭の中を回り続けていた。





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by: * 2015/10/01 02:18 * [ 編集 ] | page top
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by: * 2015/10/01 11:03 * [ 編集 ] | page top
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by: * 2015/10/01 12:46 * [ 編集 ] | page top
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by: * 2015/10/01 14:42 * [ 編集 ] | page top
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by: * 2015/10/01 14:43 * [ 編集 ] | page top
--莉※様--

おぉっ!まさかガラケー仲間ですかっ!!
今や指定絶滅危惧種へとなってしまったこの肩身の狭い身。
だって通話とメール以外必要ないんじゃーー!!ぶっ壊れるまで使い潰してやるんじゃーー!!(`Д´)
と半ば開き直ってます(笑)
自分には不要な機能満載で料金も高いし・・・どうせなら自分に必要なものに投資したい(・m・)

さてさて、ちょびっとつくしの記憶喪失について触れましたね。
あの~言っておきますが、なーんにも深い設定なんてないですからね?
何やら皆さんどんな謎が・・・とドえらい期待をされてるみたいなんですが・・・
断言します!何もありませんと!!( ̄∇ ̄)
by: みやとも * 2015/10/01 23:08 * URL [ 編集 ] | page top
--ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--

そう言えばここまでつくしが記憶喪失になった理由って触れてないんですよね~。
でもね、そんな大した理由なんてないんです( ̄∇ ̄;)
あなたの欠片の時みたいなサスペンスを期待してる人もいるみたいなんですが・・・ナイナイ。
やばいなー、無駄に長くなってるからますますハードルが上がってる気が(笑)
by: みやとも * 2015/10/01 23:17 * URL [ 編集 ] | page top
--翔様--

あれ、なんだかちょっぴりお久しぶりですね?
というかもう10月って・・・早すぎですよね~。ほんとに信じられない。
あれよあれよと気が付けばこのお話しも50話を超えていて・・・そしてまだ終わりそうにありません(笑)
おかしいな~、書けば書くほど長引く傾向にあるなぁ(・∀・)ハテ?
今現在この後の展開で少々頭が煮詰まっております。
全然大したことは考えてないんですけどね。動かない頭が尚のこと鈍くなっております・・・(=_=)
by: みやとも * 2015/10/01 23:30 * URL [ 編集 ] | page top
--マ※※ち様<拍手コメントお礼>--

司が覚醒したので以前よりは楽しんでいただけているでしょうか?
はよぅラブラブにならんか~!!って感じですけどね。でもあんな嫌がらせされてたのに、好きだって言われたからってすぐに切り替えられる人間なんて実際いねーだろって話ですよね(笑)
やっぱりつくしに振り回されてる坊ちゃんが好きだと再認識した今日この頃( ´艸`)
by: みやとも * 2015/10/01 23:33 * URL [ 編集 ] | page top
--ぴ※※あ様--

野獣本能全開の司には何かしらピリピリくるものがあるのやも・・・動物園(笑)
同じ夢を見続けるって凄いですよね。
そもそも未だに夢のメカニズムってどうなってるんだ?!と本当に不思議で堪らないです。
いつか解明されるときがくるのかなぁ?
あららっ!ご主人も足クサーズのお仲間ですか?!(・_・)/\(・_・)ナカーマ!
ほんとにね、夏なんか地獄ですよね・・・
根本的な解決には全然ならないですけど、デオドラントスプレーを使うなら断然ag+をオススメします!
色々清涼剤使ってきましたけど、消臭効果が一番高かったのは文句なしでこれでした。
そしてフットスプレーもあるから重宝してます。
鼻がもげそうなほどくっっっっさい臭いが消えてくれますよ!
by: みやとも * 2015/10/01 23:40 * URL [ 編集 ] | page top
--た※き様--

この2人って揃って記憶がないんですもんねぇ・・・
最後は戻るんでしょうかね?それとも新しい2人としてスタートを切るのか?
どっちが面白そうですか~?笑
by: みやとも * 2015/10/02 07:48 * URL [ 編集 ] | page top
--ke※※ki様--

そうそう、何気につくしが記憶喪失になったきっかけってまだわかってなかったですよね。
え?サスペンスになっていくのかって?
ないないない!そんな脳みそはありません!!
なんだかね、皆さん色々妄想を大きく膨らませてるみたいで(笑)
やべぇよぉ、ハードル上がりまくってるよぉ~と心臓が縮み上がってます( ̄∇ ̄)

そうそう、一昨日かな?別便飛ばしたんですけどちゃんと届いてますかね?
久しぶりすぎて大丈夫か不安で(^◇^;)
by: みやとも * 2015/10/02 07:54 * URL [ 編集 ] | page top
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