噂のアイツ 前編
2015 / 10 / 18 ( Sun ) あたしに触れたらヤケドするぜ?
そんなバカバカしいセリフを言いたくなるほど、あたしの気分は最低最悪だった。 「ねぇねぇ、牧野さんはもう見た? 例の研修生!」 「あ、いえ、私は何も・・・」 「えぇ~っ、まだ見てないの? 今社内で話題の中心なのに! 早く見てみなよ~!」 「あははは・・・はい・・・」 コテコテのネイルとグロスを光らせながら離れていく同僚を見ながらドッと脱力する。 あんた達は一体何しに会社に来てんだよ?! ・・・そう言えたらどんなにいいか。 このところ、季節外れの研修生がうちの会社にやって来たという話は聞いていた。 なんでこんな時期に? と社員の注目を集めるのは当然のことで、来る前から話題になってはいたのだが、それはその研修生が来てからますますひどくなる一方だった。 なんでも長身の見目麗しいハーフだとかで、社内の女達がこのところ浮ついているのだ。 さっきのように声をかけられることがここ数日だけでも何度あっただろうか。 部署もフロアも違うつくしには面識はなかったし、そもそもそんなことはどうでもいい。 イケメンだろうがイケてないメンだろうが大事なのは仕事。 そう、ここは仕事をするための場所。 それなのに・・・ 「おい牧野」 自分を呼ぶ声が耳に入ってきただけで頭が痛くなる。 我ながら結構な末期症状なんじゃなかろうかと思う。 「・・・はい。お呼びでしょうか」 だがそれを必死で隠して平常心を装って声の主の元へと急ぐ。 ちょっとでも遅れようものなら何を言われるかわかったもんじゃない。 「お前さぁ、文章打つくらいまともにできないわけ?」 「えっ?」 「ここ見てみろよ。誤字だらけ。しかも1つや2つじゃねーぞ。何をどうやればこんなに間違えんだよ? ったく、今時小学生でもこの程度のこと簡単にやれるっつーのに。一体お前の脳内は何歳なんだぁ?」 「・・・・・・」 放り投げるように返された書類をじっと見つめる。 「何だよ? 何か文句でもあんのか?」 「・・・・・・・・・いえ、すぐに直してきます」 「仕事ができねーなら来なくていいんだぞ」 背中に捨て台詞を吐かれても必死で耐える。 ・・・ダメだ、ダメ。 キレたらダメ。 その時点でこっちの負けになってしまう。 絶対にその手にだけはのってなるものか。 ぶるぶる震える手をなんとか押さえ付けながら自席に戻ると、すぐにパソコンを立ち上げ当該のデータを出した。そしてそこで予想したとおりのものを目の当たりにする。 ・・・原本には誤字脱字などどこにもないということを。 「・・・・・・」 入力し直すことなく即座にそれをプリントアウトすると、気怠そうに書類に目を通している男の元へと再び戻っていった。 「・・・なんだよ」 「できました」 「なんだぁ? やけに早いじゃねーか。できんだったら最初っからちゃんとやれよな」 「・・・・・・はい」 心底人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべながら、男は受け取ったばかりの書類をデスクの隅へと放り投げた。指摘していた場所の確認どころか中を開くことすらせずに。 つくしはじっとそれを見つめると、静かに頭を下げて自分のデスクへと歩き出す。 「ったく、やる気がねぇならいつでもやめてもらって構わねーぞ?」 そんな言葉を背中に浴びようとも、ただひたすらに耐えて。 *** 「ムカツク、ムカツク、ムカツクーーーーーーっ!!! 仕事ができないのは一体どこの誰だっつーのよ?! 毎日毎日毎日毎日偉そうに暇そうに座ってるだけでろくな仕事なんかしてないくせに! やってることは人の足を引っ張ることだけ! あんのボンクラ能なしボンボンがぁっ!!!!」 ドガッ!!! 鈍い音を響かせて壁に一発お見舞いしたつくしはぜぇはぁと全身で息をしている。 言えなかった不満を一気に吐き出して呼吸をすることすら忘れていた。 それほどに鬱憤は溜まりに溜まっているのだ。 あの野郎、五十嵐という名の男が突然上司になったのは今から3ヶ月ほど前のこと。 いきなりの人事に驚いたが、どうもその男がこの会社の跡取りであることが後に判明した。何でもこの会社を継ぐべくアメリカで武者修行をしていたとのことで、満を持して帰国した。 ・・・あくまでも表向きはそうなっている。 が、その実態たるや酷いものだった。 傲岸不遜な態度は言わずもがな、あの男、驚くほどに仕事ができないのだ。 態度が悪くとも仕事ができるのならばまだ我慢のしようもあるのだが、人を人とも思わないような態度に仕事はまるでできない。その最悪な男のせいでこのところの社内は目に見えて雰囲気が悪化していた。 将来を最も有望視されていたとある男性社員が見るに見かねて一度意見を述べたことがあったのだが・・・その3日後には彼の地方への異動が命ぜられた。 結局、この会社の将来に見切りをつけたその男性は会社を辞め、自力で別の会社へと転職したと風の噂で聞いた。 逆らえば問答無用で首を切られる。それはエリート街道まっしぐらの人材であっても。 それを目の当たりにした一同はそれ以降物言えぬ人となってしまった。 あの男はそれをわかった上で自分の憂さ晴らしをしているらしく、わざと部下のミスを誘導してはここぞとばかりに叩きつぶす。逆らおうものなら首を飛ばす。 そうしてこの数ヶ月の間に何人の同僚がやめていっただろうか。 そしてそのターゲットが今現在自分になっているということにも気付いていた。 ・・・いや、あれで気付かない方がどうかしている。 穴が開くほど確認して完璧な状態で提出したさっきの書類だってそうだ。あの男、わざわざ自分でデータを取り込んで一部を書きかえやがった。そうしてわざと不備を作り出してこっちが反論するのを今か今かと待っているのだ。 そんなことが今日が初めてじゃないのだから、こっちだっていい加減我慢の限界ってもの。 とはいえキレたら相手の思うツボ。 その時点でこちらの負けだ。 ぜっっっっっっっったいに相手の思い通りになどなってやるものか。 やるなら機を外してはならない。 ・・・いつか、いつか必ずその時はやって来る。このままあの男の天下が続くはずなどない。 そのタイミングを絶対に見逃してなるものか。 それだけを信じてひたすら日々を耐え抜く。今の自分にできることはそれだけ。 「はぁ・・・無能な上司が1人いるだけで組織ってこんなに崩壊していくものなのね・・・」 あの男が来るまでは至って平穏な会社だったというのに。 上が怖くてビクビクしている社員の士気は下がりっぱなし。女子社員が季節外れの研修生に仕事そっちのけで夢中になるのもある意味では仕方がないことなのかもしれない。 「・・・・・・あいつ、どうしてるのかなぁ・・・」 同じ俺様ジュニアでもあの男なら絶対にこうはなっていない。 一緒に仕事をしたことがあるわけじゃないけれど、何故かそう確信できた。 確かに容赦なく首を切ることができるタイプという点では同じだけれど、あいつの場合はまず自分が率先して仕事ができるのだ。ああ見えて頭が切れるし、それに、なんだかんだでしっかり会社の将来を考えている。それはバカばっかりやってた学生時代ですら感じられたことだった。 同じ緊張感でもあいつの場合は部下の志気を高めることができる。 ボンクラ男とはそこが決定的に違う。 「って、あたしってば何考えてるんだか・・・」 こんなときにあいつのことを思い出すなんて。 ___ もう3週間も連絡を取っていないというのに。 「はぁ・・・全てがうまくいかないなぁ・・・」 最後に会ったときに喧嘩した。 いや、自分の中では喧嘩のつもりはなかったのだけれど。 意見が最後まで噛み合わなくて結局それっきり。 いつもなら1週間もすれば 「俺だ」 なんて言って偉そうに連絡してくるのに、今回はそれすらもなかった。だったら自分からすればいいだけのことなのに、いつもと違うあいつの出方に 『もし無視されたら』 なんて、らしくもなく怖くなってしまって結局今に至る。 正直、今はこれ以上悩み事を増やしたくないのが本音なのだ。 ・・・と言いつつ1日経つごとに気分は沈んでいくばかり。 家に帰れば鳴らない携帯と睨めっこ、会社に来ればろくでなしに振り回され。 こんなに憂鬱なのは生まれて初めてかもしれないと思うほどに心はどんよりしていた。 「はぁ・・・・・・会いたいよぉ・・・」 1人ならこんなに素直に口に出せるのに。 カタン・・・ 背後から聞こえてきた物音にハッとする。 「だ、誰?!」 誰もいないと思っていたのに。 ここは会社の外れの外れにある非常階段。 偶然見つけたこの場所が学生時代を思わせて密かなつくしの憩いの場となっていた。ここに他の社員がいるのを見たことなどただの一度だってなかったのに。 まさかさっきの雄叫びも・・・聞かれた?! 「あ・・・?」 ドクンドクンと嫌な汗が噴き出してきたつくしの前に現れたのは長身の男性だった。 一瞬あいつかとバカなことを考えそうになったけどこんなところにいるはずもないわけで。 よく見れば似ても似つかない風貌だというのに、体格が似ているだけでそんなことまで考えるようになってしまうなんて・・・自分で思っている以上に相当参っているのかもしれない。 「あ、あのっ・・・」 青色の瞳と栗色のサラサラとした髪をなびかせた見目麗しい男性。 それがさっき同僚が興奮気味に話していた噂の研修社員だということは一目瞭然だった。 ハーフでかっこいいとは聞いていたが・・・それ以上にオーラが凄い。 普段身近にいないハーフだからそう感じるのか、それとも彼の醸し出す雰囲気がそうさせるのか。 薄茶色のフレームの眼鏡が殊更彼を知的に見せていて、これなら女性陣が騒ぐのも妙に納得してしまった。・・・だからといって自分にとってどうでもいいことに変わりはないのだが。 それよりも気になることはただ一つ。 彼が一体いつからここにいたのか、だ。 「あの、さっき・・・」 一段上の踊り場にいたらしいその男性がつくしの目の前まで降りてくると、あまりのオーラに思わず息を呑んでしまった。こう言ってはなんだが、いい男には見慣れていたつもりだったのに・・・彼らにも負けず劣らず凄いオーラがあるのだ。 「・・・えっ?」 何かを言わなければと思いながらも雰囲気に押されて口ごもるつくしの前にスッとその男性が手を出した。突然のことにわけもわからずにつくしがキョトンと顔を上げた。 が、それと同時に手を掴まれると、右手に強引に何かを握らされた。 「えっ、えっ?! あのっ・・・!」 それはほんの一瞬の出来事。 つくしが手の中を確認しようと下を向くと、その男性は扉を開けて中へと入っていってしまった。 慌ててそれを追いかけたが、足が長いゆえか彼は遥か遠くまで行ってしまっていて追いつけそうもない。 「な、何? 一体なんなの・・・?!」 一体何が起こったというのか。 さっぱりわからない。 結局彼がいつからいたのかも、彼の行動の意味も、何一つ。 「そういえば・・・」 いきなり何を握らされたというのか。 はたと思い出して恐る恐る右手を開いていくと・・・ 「え・・・・・・飴・・・?」 コロンと。 手のひらに可愛らしくおさまっているのは子どもの頃から定番のイチゴの飴玉。 懐かしい~! 「・・・じゃなくて、なんで?!」 顔を上げてもその答えを知る人物はとうの昔にいなくなってしまっている。 ・・・・・・わけわかんない。 もしかしてあまり日本語得意じゃないとか? あたしが言ってることはよくわかんなかったけどとりあえず怒ってるみたいだからこれでも食って落ち着けよ、みたいなそんな感じ? だとしたらそれが一番しっくりくる。 ・・・というかもうそういうことにしておこう。 「ここはありがたく頂戴しておこうかな。・・・ん、おいしいっ!」 口の中にほんわりとした甘さが広がっていく。 それと同時にさっきまで心の中に渦巻いていた棘が削ぎ落とされていくようだった。 思わぬ形で噂の研修生と顔を合わせることになったけれど・・・ とりあえずなんとなくいい人そうだということはわかった。 っていうか・・・ 「 なんか花沢類みたい 」 誰もいない廊下を見ながらそう呟いたつくしの足取りは心なしか軽くなっていた。
今日から3回(おそらく)に渡ってリクエスト作品をお届け致します♪ |
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by: * 2015/10/18 00:53 * [ 編集 ] | page top
--こんばんは--
今日は新しい番外編ですね。しかし超〰ムカつく上司ですな。つくし負けるな(*`Д´)ノ!!!謎の青年がキーパーソンなのか?続きが気になるー。宮様、私の心は掴み🙆ですわ。道明寺がムカつく上司を締めてくれー! ----
ククク・・・イケてないメン(笑) つくしの会社はF3の系列ではないのかな? 早くあのボンクラ後継ぎ上司のギャフンと言わされた姿が見たいです(笑) そして類のような噂の研修生がどう絡んでくるのか気になります。 猫ちゃんの青い瞳、めっちゃきれいですね~。 --k※※hi様--
久しぶりの短編です~。 連載も気になるところではあるでしょうが・・・思いきってどこかで区切りをつけないといつまで経っても入れられなくて(^◇^;)数話お付き合いくださいませ♪ 酷い上司がいたもんですね~。 こんな奴いねーよ!と言いたいところなんですけどね、世の中には嘘のようなほんとの話って結構あるみたいなんですよねぇ。ろくでなしって思っている以上に存在するみたいです(=o=) 類似の噂の彼、これから一体どんなことが起こるのやら?! --エミ様--
お久しぶりの新作短編となります~^^ ほんとにムッカツク男ですよね~(`Д´)書きながらイライラしまくり(笑) 謎の青年が何やら今後関わってきそうな予感。 おっ、掴みはOKですか?よかった~!! 私自身とっても楽しく書けた今回のお話、是非楽しんでいただけますように(*^o^*) --みわちゃん様--
ふっふふふ・・・今日もどうでもいい密かなこだわりの世界へよ・う・こ・そ(はぁと) どうもみわちゃん様とは以心伝心繋がっているようで、連日嬉しい限りでございますm(__)m 「この部分で誰かがくすりとでもしてくれますように」、ほんとにこんなことを考えながら書いてるんですよ(笑)それをコメントにもらえた日にゃあ・・・お天道様あんがとーーー!!と叫びたくなるってもんです( ̄∇ ̄) わはは、ボンクラ上司をギャフンとですか? 是非ともそうなってくれればいいのですが、何やら坊ちゃんとは喧嘩中のようですねぇ。 |
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