忘れえぬ人 67
2015 / 10 / 17 ( Sat ) トントントンとどこからともなく不思議な音が聞こえてくる。
途中でピーッとこれまた奇妙な音が響いてきたが、不思議なことにそれをうるさいとは思わない。 「あっつ!」 それは続くように聞こえてきた声が何よりも心を穏やかにさせるせいか、それとも・・・ そこまで考えたところで司の意識は再び深い眠りの底へと沈んでいった。 「・・・じ、・・・みょうじ・・・」 「ん・・・」 「どうみょうじ・・・?」 「・・・・・・」 爆睡してる・・・ 眠りが浅くて寝付けないと言っていたのが嘘としか思えないほどに。 「すご、まつげこんなに長かったんだぁ・・・。うわ、毛穴とかも全然ないじゃん」 つくしは目の前で子どものように眠る男の顔をここぞとばかりに観察していた。 普段はどうにもこうにもこの男を直視することができないでいる。 今までは畏怖から、最近では 「男」 を意識するようになってしまったから。 元々見た目はいいのはわかっていたけれど・・・こうしてあらためて見ると、どこかの彫刻のように完璧に整った造形にただただ感嘆の溜め息しか出ない。 「世の中って不公平」 片やお金もあって完璧な見た目。 片や超ド貧乏で見た目も並以下。 せめてブサイクだけどお金持ちとか、貧乏だけど見た目はいいとか、もう少しバランスよくしてくれたっていいんじゃないの?! 「どうしよう、今日の予定とか大丈夫なのかな・・・」 既に8時を回っている。もし仕事があるのならばすぐにでも叩き起こした方がいいのだろうが・・・こんなにもぐっすり眠っているのを目の当たりにすると、なんだか起こすのが可哀想になってしまう。 「・・・・・・あと10分だけ」 早朝に外せない仕事があるならきっと泊まるだなんて言い出さないはず。 そう自分を納得させると、つくしははだけたシーツを掴んでそっと司の体へとかけた。 ガシッ!! 「えっ?! きゃああああああっ???!!!!!」 が。 突然シーツの中から伸びてきた手に腕を掴まれると、そのまま凄まじい勢いで体が引き上げられてしまった。 「道明寺っ・・・起きてたの?!」 「今起きた。お前が耳元でカッコイイだの大好きだのうるせーから」 「ちょっ・・・そんなこと一言だって言ってませんからっ!!」 「あーうるせー。人の睡眠じゃますんじゃねーよ」 「だったら離しなさいよぉっ!!」 「やなこった」 じったんばったん藻掻くがいつも通り身動き一つできず。 仰向けの男の上にまるで打ち上げられたトド状態で乗っかって恥ずかしいったらありゃしない。 「道明寺ってば!!」 「お前、前も思ったけど軽すぎだろ。もっといいもん食えよ」 「よ、余計なお世話です! っていうか腰に手ぇ回さないでよ!」 「でもまぁ不思議と抱き心地は悪くねぇな」 「えっ? ひゃあああっ! どこ触ってんのよぉっ!」 腰と背中をがっちりホールドした手がさわさわとその周辺を撫で始める。 相変わらずその手は燃えるように熱くて、動いた拍子に服の隙間からつくしの素肌に直に触れた。 「ぁっ・・・!」 無意識に出てしまった声に自分自身が一番驚く。 今・・・あたしってば何て声出した?! ・・・・・・・・・やだやだやだっ、恥ずかしい、恥ずかしすぎるっ!!! やだーーーーーーーーーーーーっっ!!!! 「・・・・・・・・・」 羞恥に身悶えてすっかり固まってしまったつくしをよそに、何故か司も無言になる。 ・・・と、何を思ったかつくしをのせたままむくっと起き上がった。 「・・・道明寺?」 「・・・あんまふざけてっと俺の方がミイラになる」 「は? ・・・ミイラ?」 「余計なところまで起きそうになる」 「余計なところ・・・? 起きる・・・?」 「いいからはやく降りろ。反応しちまうだろ」 「反応って一体なんのこ・・・・・・」 そこまで言いかけてハッとする。 この、お尻の下に感じる得体の知れない物体は・・・・・・ 「ぎゃああああああああああああああっ!!!!」 「あ、おい、牧野っ!!」 ズタッ、ドシーーーーーーンッ!!! 絶叫と共に響き渡った鈍い音に、電線にとまっていたスズメがパタパタと飛び立っていった。 *** 「いつまでも睨んでんじゃねーよ」 「睨むわよ、睨むに決まってんでしょ! アタタタ・・・」 全く、なんで朝からお尻にアザをつくるはめになるんだか。 「男なんだから仕方ねーだろうが。手ぇ出さずにいてやったんだ。むしろ感謝しろ」 「か、感謝って。アポなしに来ておきながら相変わらず傲慢過ぎでしょ」 「はぁ? 付き合ってる同士がいちいちアポ取らなきゃ会えねぇのかよ」 「そ、そういうわけじゃないけど・・・。ほら、もういいから食べるよ! 冷めちゃうでしょ!」 箸置きに置かれた箸を掴んで司の胸倉に押しつけると、つくしは両手を合わせてお辞儀した。 「いただきます」 「・・・いただきます」 なんだかんださすがは作法を身につけた男。その所作は見惚れるほどに美しい。 「・・・これ何だよ」 「どれ? あぁ、子持ちししゃもだよ。おいしいよ~」 「子持ち・・・?」 「その都度聞かれるのも面倒だから先に説明しておくね。これは大根の菜っ葉と豆腐のお味噌汁、こっちはキムチネギ納豆。今日はいつもよりう~んと奮発してるんだから。心して食べなさいよ!」 「・・・・・・」 そう言ってパクッと一口でししゃもを放り込んでしまったつくしをどこかの異星人を見ているかのような眼差しで見つめる。やがて手元にある同じものに視線を戻すと、げんなりしながらも黙ってそれを口に運んだ。 「どう? おいしい?」 「・・・・・・見た目ほど悪くはねぇな」 「でしょでしょ? もう、そういうときは素直においしいって言えばいいんだってば!」 「いや、うまくはねぇぞ?」 「わかったわかった、素直じゃないからね~」 「おい」 「はいはい、食事中はご飯に集中! ちゃんと残さず食べましょうね~」 「・・・・・・」 すっかり子ども扱いのつくしに青筋を立てつつも、何故か素直に従っている自分がいる。 見たことも聞いたこともないような食べ物を前にしながらも、不思議と箸が進んでいる自分がいる。 ・・・食事の時間がこんなに楽しいと思ったのは生まれて初めてだった。 目の前で心の底から幸せそうに食事をしている女を見ながら、いつの間にか自分も同じような表情になっていたことに、司自身はまだ気付いていなかった。 *** 「じゃあまた連絡する」 「あ、うん。大変だけど・・・頑張ってね」 「あぁ」 結局つくしの予想は当たっていて、司はこの後も仕事だったらしい。 すこぶる嫌そうにしながらも、立場上それを放棄できないのが辛いところだろう。 少しでもここで心と体を休めることができたのならいいのだけれど。 「あ・・・」 玄関まで見送りに来たところで振り返った司の顔が近づいてくるのがわかった。 条件反射のように一瞬手が出そうになったが、そんなことをする必要はないのだと我に返ると、つくしは静かに目を閉じてそれを受け入れた。 唇にふわりと柔らかいものが触れる。 その触れ方は、いつも驚くほどに優しい。 ・・・そして心地よい。 「 ッ・・・! 」 だがしばらくして唇の隙間から侵入して来た生温かい物体に、つくしの体が激しく揺れた。 それを予想していたかのように背中に回された手にグッと力が込められる。まるで離れることは許さないと言わんばかりに。 「・・・ふっ・・・ぁ・・・!」 これまでのキスのほとんどが軽いものばかりだった。 こういうキスをしたことがないわけじゃない。 けれど、ここまで強い意思をもったものはこれが初めてでどうしていいかわからない。 ・・・それなのに、決して嫌だなんて思っていない自分がいる。 そんな戸惑いも全てお見通しなのか、司は小刻みに震えるつくしを宥めるように背中を撫でつつも決してそれを止めようとはせず、そのまま長い時間をかけて翻弄し続けていった。 「・・・・・・・・・」 「・・・牧野、最近お前の周囲で何かおかしなことはなかったか?」 「・・・・・・え・・・?」 ようやく長いキスから解放され、頭も体もフラフラの状態ではいまいちすぐに理解できない。 司が抱きしめてくれていなければ間違いなく膝から落ちている。 「いや、何もねーならいいんだ」 「・・・・・・なんでそんなこと・・・」 「俺は道明寺の人間だからな。知らないところで俺たちの関係を良く思わない人間も出てくるかもしれねぇ。・・・ま、俺はそんなこと知ったこっちゃねーけどな。とはいえお前に危害が加わるようなことだけは絶対に許さねぇから」 「危害って、そんな大袈裟な・・・」 「受付の女にすら絡まれてただろうが」 「 あ 」 言われてみれば確かに。 「とにかく何もなきゃそれでいい。だが付き合ってる以上お前も常に警戒心は持っておけ。俺が24時間お前に張り付いて守ってやれるわけじゃねーから」 「う、うん」 「・・・なんならうちで一緒に暮らすか?」 「はっ?! な・・・何言ってんのよ!」 「それも悪くねぇな。ま、お前も前向きに考えておけよ。 じゃあな」 「ちょっ・・・!」 呆けたつくしの唇にもう一度キスを落とすと、司はあっという間に玄関から出て行ってしまった。 ようやく我にかえったつくしも慌ててその後を追う。 「・・・いってらっしゃいっ!!」 さすがは足の長い男。ほんの少しの時間で既に階段から降りていた。 目の前の手すりから顔を出して思いっきりそう言うと、驚きに染まった顔が振り返った。 一瞬言われた言葉の意味がわからないような、そんな表情で。 「・・・おう、行ってくる」 だが徐々に表情が和らいでいくと、最後にはつくしの大好きな少年のような笑顔へと変わった。 軽く手を挙げる仕草すら腹が立つほどにカッコイイ。 「頑張ってね・・・」 いつの間にかスタンバイされていたリムジンが見えなくなるまで見送りながら、つくしは今まで感じたこともないような温かさで心が満たされていくのを感じていた。 でもこの時のあたしは道明寺の言っていたことの意味をまだわかってはいなかったのだ。
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by: * 2015/10/17 00:46 * [ 編集 ] | page top
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すずめのくだりで笑ってしまいました(笑) それほど大きな音だったと・・・。 これから怖いことが起きるんですね? 誰が・・・? どんな事をしてくるのか? せっかくラブラブモードに進みだしたのに・・・。 誰やねん? 悪いことする奴は? --管理人のみ閲覧できます--
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こんにちは! 昨日は更新前に寝ちゃいました>< つくしの手料理食べて司の記憶が!!!なんて 展開もあるのかと思ったけど早合点しすぎでしたね^^; それにしても最後は不穏な終わり方でハラハラドキドキ モヤモヤwww 幸せになるための試練なんでしょうか!!!? それにしても秋深まってきましたね この辺では枯葉の掃除が大変ですw ではまた 夜中に! --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --クリス※※ガーデン様--
ご心配くださり有難うございます。 今思えば前回2ヶ月ほど咳が続いたときもそうだったんでしょうね。 なかなか病院に行く時間が取れない(と自分に理由を作って)ズルズルと・・・ 気が付けばいつの間にか完治していた咳。 今回久しぶりに風邪をひいて最初はなかった咳の症状。熱が下がり喉の痛みが引いていくと同時に何故が現れたんですねぇ。 週が明けてもよくなる気配がなかったので今回は早めに病院に行ってきました。 おそらく咳喘息のようなものだろうと強い薬を処方され、すぐに完治!とはいきませんが、3日経った今ようやく楽になってきました。夜が苦しかったんです(T-T) 調べてみるとすごく多いみたいですね、治らない咳。 なんなんでしょう、やっぱり環境が一番の原因なんですかねぇ・・・? --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
どうなんでしょうねぇ? でも司なら魔女が敵だとしても平然と一緒に住もうぜとか言いそうな気がしますが(笑) あらっ、言われて見ればキムチ納豆味のキス・・・結構なツウだこと(* ̄m ̄*) --てっ※※くら様--
こんだけラブラブ感を醸し出してるくせにやってないとかどんだけやねん!ですよね(笑) でもこれでこそつかつく~♪ そして当たり前の日常の一言が珍しくて、しかも好きな女に言われてると思うだけでいちいち反応しちゃう司。 やっぱりお前らなんやねんっ!!(≧∀≦) --みわちゃん様--
あはは、すずめのくだりで笑ってもらえた~! 誰か1人でもいいからクスッとして欲しくて付け加えたんです(笑) 相変わらずこういうどーーーでもいいこと大好き人間ですっ( ̄^ ̄) これから怖いことが起こるんですかねぇ・・・? 誰でしょうね、一体そんなけしからん奴は。 ・・・えっ?その名はみやとも?! ・・・・・・・・・・・・あんだって?(´д`)アタシャーサイキンミミガトオクテネー --ke※※ki様--
でしょう~?このまますんなりハッピーエンド・・・って物足らないですよね? え、ほんと?ほんとにこれだけで終わり?ってきっと消化不良ですよ(笑) とはいえもう70話近く書いてきてますからね~。 最後の山場って感じで書けたらいいなとは思ってますが・・・いかんせん物語が生きてますからねぇ。 私の思い通りに動いてくれることやら。 でも何がどう転がっても越年するようなことだけはしませんぞ!! --さ※ら様--
あはは、確かに手料理を食べて記憶が戻る!というパターンもありましたね~。 でもここであっさり思い出しても物足りないかな~なんて。 もし思い出すとするならどんな場面にしましょうかね~( ̄ー ̄) 最後の一言が何やら穏やかではありませんが・・・ 一体どんな展開を迎えるんでしょうか。ドキドキ --k※※hi様--
なんだかこのまま<完>と書きたくなってしまうくらいいい感じですよね~。 いっそのことそうしてしまおうかしら・・・(* ̄∇ ̄*)それだととっても楽・・・ 久しぶりのボンビー食、相変わらず文句を言いつつもしっかり食べる坊ちゃん。 少しは何か思い出してくれたりしたんでしょうかねぇ? 仰るとおり嵐の前の静けさ?!って感じの終わり方ですが、今の2人ならきっと大丈夫!! ・・・と信じましょう( ̄∇ ̄) |
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