忘れえぬ人 68
2015 / 10 / 22 ( Thu ) 「じゃあ私はこれで失礼します」
「牧野様」 「・・・はい?」 目的を済ませて執務室を出て行こうとしたつくしの足が止まる。 「せっかく来ていただいたのに司様が不在で申し訳ありませんでした」 「えっ・・・? そ、そんなことで謝ったりしないでください。私は仕事をしにきただけですから! あいつがいないからって別に・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 まっすぐに射貫く西田の視線にそれ以上の言葉が続かなくなってしまった。 この人にはどんなに取り繕ったところで全てを見抜かれてしまいそうで。 「司様も牧野様が来られるのを楽しみにしておられたのですが・・・どうしても外せない急用が入ってしまいまして。急な呼びつけだったにもかかわらず牧野様にも申し訳ないことをしてしまいました」 「いえ、ほんとに謝ったりしないでください! 彼も私も仕事で動いただけのことですから」 つくしの家に泊まってから10日以上、司とは一度も会っていない。 本人にとっても想定外の忙しさに追われているようで、不規則に電話やメールが来るだけ。 とはいえ、あの日をきっかけにつくしも変わろうと努力している。いつも受け身ばかりだった自分を反省し、できる限りこちらからも連絡をする。普通の恋人同士に比べれば頻度は少ないかもしれないけれど、それでもそれはつくしにとって大きな変化だった。 忙しい彼の邪魔にならないかという思いは常にあれど、本当に忙しい時には出ないし、時間ができれば折り返し連絡をくれる。それは深夜の時もあれば早朝の時もある。それでも、その時の彼が本当に嬉しそうだから・・・自分の行動は間違っていないと思えるのだ。 それに、どんな時間でも連絡をくれれば嬉しいと思う自分がいる。 遠慮してばかりでは本当の恋人同士にはなれない。 司に言われたことの意味が今つくし自身にもようやく実感としてわかり始めていた。 そうした中急遽書類を持って来るように連絡が入り、仕事とはいえ久しぶりに会えることに内心喜んでいる自分がいたのだが・・・いざ来てみればタッチの差で司は仕事に出てしまっていた。 思っていた以上に落胆していることに一番驚いているのは他でもない自分自身。 いつの間にこんなに彼のことを・・・ 「あの・・・西田さんはご存知なんですよね・・・?」 「と言いますと?」 「そ、その、私と、司さんが・・・」 「相思相愛だということですか?」 「そっ?!」 全くもって似合わない言葉にふざけているのかと思えば彼はクスッともしていない。 「違うのですか?」 「いえっ、違わなくは・・・ない、というか、えぇと・・・」 「お付き合いをされていることなら伺っております」 サラッと。こともなげにあっさり言われてしまった。 まぁここまでの流れを考えれば彼が知らないわけがないわけで。 とはいえ彼とこうして2人で話す機会もないつくしにとって、このチャンスにどうしても聞いておきたいことがあった。 「あの・・・西田さんは反対しないんですか?」 「・・・何をでしょう」 「ですから、司さんと私がお付き合いすることに・・・です」 「何故そんなことを思われるのです?」 「えっ?」 「何か問題でも?」 次から次に返される言葉にまるで尋問されている気分だ。 「その・・・彼ほどの立場の人なら色々なしがらみもあるんじゃないかって。私はただの庶民・・・というかむしろ貧乏人ですし、これから先彼の足を引っ張ることになったりしないかって、どうしても気になってしまって・・・」 「・・・・・・」 この沈黙は何を意味するのだろう。 とてもとても・・・息苦しい。 自分から聞いておきながらしょんぼりと俯いてしまったつくしにふぅっと西田が息を吐き出すと、途端に小さな肩がピクッと揺れた。 「あなたの考えることも尤もなことですね」 「・・・えっ?」 「確かに司様が背負われているものは並大抵の人間には想像できない重く大きな世界です。あなたの仰るとおり嫌と言うほどしがらみはありますし、足を引っ張ろうとする者もいるでしょう」 「・・・・・・」 「あなたがそのことに引け目しか感じないのであれば・・・今のうちに別れるのもよいかと」 「えっ・・・?!」 「結果同じ事になるのならば早いほうがお互いの傷も浅くてすむかと」 「それはっ・・・」 決して脅しているようには見えないし、彼の言うことは何一つ間違ってはいない。 あの男は中途半端な気持ちで付き合えるような相手ではないのだ。 でも・・・ キュッと知らず知らずに握りしめた手に力が入る。 「・・・どんな人間でも100%歓迎されるなど不可能なことです。一見、どんなに完璧に見える者でも」 「え?」 「ならば大切なことは当人の心ではないですか? 自分がどうしたいのか、どうありたいのか。そこさえぶれなければ周囲など関係ないかと」 「どうありたいのか・・・」 「自信がないのであれば今のうちに引き返すのも手だと思います」 「____ っ、嫌ですっ!!」 気が付けば声を上げている自分がいた。 それ以上聞きたくなくて。 言わせたくなくて。 「確かに、私と彼じゃ釣り合わないこともたくさんあると思うんです。それでも・・・彼は私がいいと言ってくれた。そして私も・・・。私はあいつがどこの誰かである前に、道明寺司というただ1人の男性を好きになった。それだけなんです。だから何か困難にぶち当たるようなことがあるのなら、その時は私も一緒に闘いたい。何の力にもなれないかもしれないけどっ、それでも、逃げるような事だけはしたくないんですっ・・・!」 「・・・・・・」 自分でも驚くほどに次から次と言葉が溢れ出していく。 こんなこと、あいつの前で一度だって言ったこともないというのに。 言い終わって息が上がるほどに必死になって。 いつの間に自分はこんなにあいつのことが好きになっていたのだろう。 一気に捲し立てて肩で息をするつくしをただじっと見つめていた西田だったが、長い沈黙の後、ほんの少しだけフッと瞳が弧を描いた。 「えっ・・・」 もしかして・・・笑った・・・? だがそう思った時にはもういつもの表情に戻ってしまっていた。 「ならばその信念を大事になされたらよろしいかと。私の信念は上司である司様をお支えすること」 「それって・・・」 2人の関係を認めてくれるってこと・・・? 「・・・いえ、何でもありません。私も貧乏人なりに今まで私なりの信念を貫いて生きてきたつもりです。ならばこれからも私らしくありたいと思ってます。西田さん、ありがとうございました」 「私は礼にあたるようなことは何もしておりません」 「ふふっ、・・・はい!」 今日は彼に会えなくて正直残念だったけど・・・それ以上の何かを得たような気がする。 こんなことでもなければきっと一生することができなかった貴重な経験を。 「そういえばあいつ、ちゃんとご飯食べてますか? 最後に会ったときにちょっとやつれてる感じがしたので・・・」 「あまり食事をとられていませんね。もちろんとるように助言してはいるのですが・・・忙しい時には不必要な時間から削っていくお方ですので・・・」 「やっぱり・・・倒れたりしなければいいんですけど・・・」 あの日、見たこともない庶民食に文句を言いつつも結局全部食べてくれた。 それはつまり彼にとって必要な時間だと彼自身が判断してくれたからだ。 「・・・そうですね。ではこうしてはいかがでしょう」 「え?」 「牧野様が司様にお弁当を作られてみては?」 「・・・はっ?!」 「もちろん食費はこちらで負担しますので」 「いっ、いえっ、そういうことじゃなくて! お弁当って・・・」 そんなもの食べるの? あの男が?! ・・・その姿が想像できない。 「普通であればまず考えられないことでしょうね。ですがあなた様からもらったものだと聞けば間違いなく彼は口になされるかと。・・・とはいえ牧野様にも都合というものがおありでしょうから、無理は言えな・・・」 「作りますっ!」 「・・・」 「毎日届ける・・・のはさすがに無理かもしれませんけど、時間の許す限り持って来ます!」 想像以上に力強い返事に少々驚いたのか、思わず言葉を止めていた西田がこくりと頷いた。 「ではお願いしても宜しいですか? ただし決してご負担にならない程度でお願い致します」 「はいっ、任せてください!」 何故だろう。 ずっと前にご飯をおいしいと思った事なんて一度もないと言ったあいつの顔が浮かんできた。 何でもないことのように言い切っていたけど、それが酷く悲しげで寂しげで・・・ そしてこの前見せたあいつの顔はそれとは真逆で、本当に楽しそうだった。 文句を言いながらも、すごくすごくおいしそうに食べているように見えて・・・ そう思ったら、またあんな顔をして欲しいと心の底から思った。 たとえ会えなくても、それであいつに少しでも元気になってもらえるならって。 「あの、西田さん、関係ないんですけどあいつのご両親って・・・」 プルルルルルッ プルルルルルッ つくしが口を開きかけたそのタイミングで執務室の電話が鳴った。 「あ・・・何でもないです! じゃあお届けできるときには事前に連絡しますから。では失礼しますっ」 「あっ、牧野様!」 西田の呼び止めに笑って会釈すると、つくしは仕事の邪魔にならないようにとすぐに執務室を後にした。彼らが分刻みで働いているのを何度も目にしてきたのだ。今日は随分と彼に余計な時間を取らせてしまったに違いない。 反省する一方で、こんな時間をもてたことに心から喜んでいる自分もいる。 「えへへ、これじゃあ補佐失格だね」 公私混同もいいところだが、今日だけは見逃して欲しい。 会えなかった落胆など何処へやら。 エレベーターホールへ向かうつくしの足取りは驚くほどに軽かった。 *** 「相変わらずすんごいスピード・・・」 次々に変化していく数字を眺めながらはぁ~っと感嘆の息が出る。 以前秘書に絡まれてからというもの、極限られた人間しか通れないエレベーターを使うようにと司に厳命されていた。そこはセキュリティカードがなければ通れず、受付ですら立ち入ることは許されない場所だ。 こんな場違いなところを使うことに萎縮しかしないが、彼と付き合うということはこういうことにも少しずつ慣れていかなければならないのだろうと今なら思える。 「さっき西田さんに聞きそびれちゃったなぁ・・・」 電話が鳴る直前、思わず聞きそうになったこと。 『 彼のご両親はどんな人ですか? 』 我ながら何とも漠然とした質問だと呆れかえるが、彼ならきっと何かしら知っているのではないかと思った。司本人にはとても聞けることではない。それは彼を見ていれば嫌と言うほどに伝わってくることで。 それでも、一社会人として見た両親が一体どんな人達であるのか、純粋にそれを聞いてみたかったのだ。あれだけの大財閥を支えている夫婦が一体どんな人達なのか・・・ 「付き合うってことはいつかあたしのことも耳に入るってことだよね・・・?」 そう考えるとぶるっと武者震いする。 すんなり認めてくれる・・・なんて甘い世界ではきっとないだろう。 「信念をもって・・・だもんね!」 たとえそうだとしても。 身分の違いがなくともうまくいく恋もあればそうじゃない恋もある。 つまり問題はそこではないのだ。 せっかくもらった勇気を無駄にしてはいけない。 「よしっ、まずはお弁当づくり頑張るぞ~!!」 ポーーーーーン・・・ 1人ガッツポーズをしたタイミングでエレベーターが1階へと到着した。 「あっ・・・!」 と、開いた扉の前に人がいるのに気付いて慌てて姿勢を正す。 「ご、ごめんなさい! どうぞっ・・・!」 慌てて外に出ると、正面にいた女性がコツコツとヒールの音をたてて中へと入っていった。その後ろから真っ黒なスーツを身につけた屈強な男性が数人ついていく。 なんだか滅多に目にしないその物々しい雰囲気に思わず足を止めてボーッと見ていると、正面に向き直ったその女性と視線がぶつかった。 「あっ・・・ご、ごめんなさいっ、あたしっ・・・」 つい条件反射で謝罪の言葉を口にしたが、最後まで言い切る前にガタンと扉が閉まった。瞬く間に表示されている数字が増えていく。 その場に残されたつくしは何故か言葉も出せずに立ち尽くしてしまっていた。 「・・・すっごいオーラ・・・」 歳は40代? 50代? 全くわからないけれど、今流行の美魔女のような美しい人だった。 そしてとてつもないオーラ。 ただそこにいるだけで全ての人間を畏怖させてしまうような、そんな圧倒的な。 「なんか・・・まるであいつみたい」 それは何気なく呟いた一言。 だが、その相手が嫌というほど見知った人間だということに気付くのは・・・ そう遠くない未来に迫っていた。
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by: * 2015/10/22 02:01 * [ 編集 ] | page top
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西田君はこのまま味方と思っていいんでしょうかね。 どうしても色々と考えちゃいますよね~。 過去の嫌がらせを忘れてるのならいっそのこと記憶が戻らない方がややこしいことにならないのかもしれないですよねぇ・・・ --た※き様--
本当に、司の父親ってどんな人なんでしょうねぇ。 一度も出てないからこそ二次の世界では書きたい放題でもあるし、逆に難しさもあるなぁと常々思ってます。だから私は一度も登場させてません(笑) でも間違いなく見た目はいい男なんでしょうね~。 類の両親も想像が広がりますよね。 --てっ※※くら様--
そうなんですよねぇ。西田は報告書からつくしのことを消していたんですよね。 でもつくしに対する接し方は味方のような気もするし・・・ 色々深読みしちゃいますよね。 そして最後にすれ違ったのは間違いなく楓様でしょうねぇ。 私もちゃんとこの話が着地できるのか不安になってきました(笑) --うか※※ん様--
えぇえぇ、間違いないでしょうねぇ・・・ つくしはともかく、楓は確実につくしだと気付いてるでしょうからね。 敢えてのスルーが嵐の前の静けさなのかが恐ろしいですね(^_^;) でもなんだかんだと2人のハッピーエンドには彼女は避けて通れないですからね。 さてこれからどうなっていくのでしょうか。 チビゴンは元気モリモリですよ~! 相変わらず朝の別れ際は泣いてますけど(笑) --k※※hi様--
味方と思わせて実は・・・なんてことにならないでね西田さんっ!! お弁当、もらった日にゃあ坊ちゃんデレまくりでしょうね(笑) 最後にすれ違ったのはあのお方でしょうね。 最後も意味深な一文ですか? うふふふふふ・・・( ̄ー ̄) --ke※※ki様--
あはは、指摘内容がお姑さん化しちゃってますよ~(笑) まぁね、正確に言えばそうなんですけどね。 未熟なところがあるのが人間だってことで。 最後の一文が意味深ですねぇ。 とはいえ物語は終盤戦に突入してますからね。(・・・多分) そろそろ大きな動きが出てくるんでしょうか。 --k※※a様--
ほんとですよねぇ。 私も昨日のテンションから一転して現実に引き戻されました(笑) 最後の2行、意味深ですよねぇ。 ついについに・・・その日が来ちゃうんでしょうか?! ドキドキドキ。 --さと※※ん様--
わはは、ゴジラが出現しましたね~。 とは言ってもいまだに一度もはっきりと「彼女」だという表現はないんですけどね。 抽象的な描写だけで確定しちゃう存在はさすがです。 物語も終盤戦、2人の記憶も楓の存在も気になります。 --コ※様--
ついにあのお方らしき影がチラチラと・・・(@@;)ドキドキ つくし特製ボンビー弁当を食べた坊ちゃんの反応が気になりますよねぇ♪ 西田も背中を押してるように見えて本当に味方なのか皆さん半信半疑って感じですし(笑) さぁさぁ、色々気になることが増えてきましたよ^^ |
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