忘れえぬ人 80
2015 / 11 / 18 ( Wed ) 「運命? 随分陳腐な言葉だこと」
「本当ですよね。自分でもそう思います」 もし自分が聞き手だったら笑いそうになるのを必死で耐えているに違いない。こんな青春ドラマみたいなくさいセリフを、まさかこの自分が口にする日がくるなんて夢にも思っていなかったのだから。 「でもそれ以外に形容する言葉が見つからないんです。何度出会おうとお互いの第一印象は最悪。・・・というよりあいつの視界には私の姿すらまともに映ってもいなかったんでしょうけど」 自分で言っていて思わず笑ってしまった。 犬猿の仲にすらならないほど最悪な関係。そんな2人が何度も恋に落ちる。 これが運命じゃなかったらなんだというのだ。 「記憶を失う前、記憶を失っている間、・・・そしてあいつと再会してから今に至るまで。今の私の中には全ての出来事がはっきりと存在している。そのどこを切り取っても辿り着く答えは全て同じ。そしてそれはきっと道明寺にとっても同じこと。・・・たとえマイナスからのスタートだとしても、私達は必ず同じ場所で巡り会う。そう確信したんです。・・・だから私も覚悟を決めた」 「・・・覚悟?」 「はい。何があってもその事実から目を背けないって」 「・・・・・・」 「4年前あいつに別れを告げようとしたのは、そうでもしないと目の前の現実に打ちのめされてしまうから。受け入れたくない現実から逃げるために、私は別れの道を選択しようとした。捨てられるのは自分じゃなくて向こうなんだって思いたくて」 そうだ。今になってよくわかる。 本当は別れたかったわけじゃなくて、別れることに正当な理由をつけたかっただけなのだと。 惨めな自分を認めたくなくて。目を逸らしたくて。 ・・・結局、弱い自分に負けてしまったのだ。 「希望通りにリセットされても同じ道を辿るのならば、今度こそ迷ったりしない。もしあいつが記憶を失うようなことがあるなら、またそこから始めればいい」 はっきりとそう言い切ったつくしを楓はただ黙ったまま見つめている。 ともすれば睨んでいるとも言えるような鋭い瞳で。 何を考えているのかなんて全く読めない。 いきなり押しかけて来たかと思えば小娘ごときが何の戯れ言をと思われているかもしれない。 それでも。 自分の言葉できちんと伝えたかった。 それが記憶を取り戻した自分が真っ先にすべきことだと思えたのだ。 「・・・あの子と付き合うということはただそれだけで済む問題ではない」 「・・・え?」 思わず聞き返してしまったつくしに呆れたようにふぅっと息を吐き出した。 お前はわざわざ説明しなければわからないのかと言わんばかりに。 「司はいずれこの道明寺財閥を背負って立つ身。その辺りの人間とお付き合いするのとはわけが違うのです。覚悟を決めたと簡単に仰っていますけど、あなたはそのあたりまでお考えになっていて?」 「それは・・・」 一瞬だけ言葉に詰まったのを見逃さないとばかり楓が言葉を続ける。 「平穏な日常を好むあなたにはこの世界は荷が重い。価値観の対等な人間と一緒になる方が双方への負担も減るというもの。そうすることがあなたにとってもいいことなのではなくて?」 「・・・」 彼女の言っていることは決して間違ってはいない。 道明寺夫人としてこの世界に足を踏み入れて来た時から、きっとこちらの想像を絶する試練や修羅場をくぐり抜けてきたに違いない。ただ単に道明寺とあたしを引き離したいがために言っているのではないということもわかる。 彼女だからこそ真実味のある言葉になるのだということも。 彼らがいるのは愛だ恋だなんて綺麗事だけで全てがなんとかなるような世界じゃないのだ。 「・・・そうですね。今の私には所詮想像することくらいしかできませんけど、あなたの仰るとおりなんだと思います。これまでだって価値観の違いで衝突することは幾度となくありましたから。でも、だからこそ私はあいつの傍にいたいと思ってるんです」 「・・・どういうことです?」 「お互いに記憶がないときにあいつが言ったんです。メシを美味いと思ったこともなければそれに疑問を感じたことすらねぇって。私はそれを聞いた時に胸が苦しくて仕方がなかった。確かにあいつの生きてきた世界ではそれが当たり前のことだったのかもしれない。でも、それが当たり前だなんて思って欲しくなかった。全く正反対の世界も存在するんだって知って欲しかった」 「・・・・・・」 「私は子どもみたいに笑う道明寺をもっともっと見ていたい。それを引き出せるのが自分だとするならば、何があっても離れたりしない。価値観が違うならお互いにない部分を補い合えばいい。あなたの言う厳しい世界で生きるあいつだからこそ、私みたいな人間が必要なんです。・・・人の上に立つ人間だからこそ、限られた価値観だけで生きていって欲しくない。世の中には私みたいな貧乏人がいて、でもたとえ貧乏でも幸せに生きてる人間だっている。高級な食事なんてできなくたって、それを美味しいと感じられる人間だっている。そういうことをあいつにはもっともっと知って欲しいんです!」 はぁはぁと息が上がる。おまけに歯を食いしばってなければ涙が零れ落ちそうだ。 それほどに溢れ出す感情を抑えることができない。 いつの間にあたしはあいつのことをこんなにも ____ 「・・・フッ」 「・・・えっ?」 もしかして・・・今笑った? だがハッとして仰ぎ見ても、楓の顔は少しも笑ってはいない。 表情は無のまま。 「本当に。あなたはいつまで経っても綺麗事の世界だけで生きているのね」 「・・・決して綺麗事だけで生きてきたつもりはありません。私なりに苦しいことだってありました」 「あの子にあなたが必要だと言うことはこの道明寺財閥にとってもあなたは必要だと?」 そこまで大それたことを言うつもりなんてない。 けれど、お互いが唯一無二の存在だと言うのならば ___ 「 ___ はい。 そうです 」 あたしがそれを認めなきゃだめだ。 迷うことなくそう答えたつくしを楓はただ黙って見つめている。 怒るでもなく、嘲笑うでもなく。 つくしもそんな彼女から視線を逸らさずに、次に出てくる言葉を静かに待った。 ・・・自分が言うべきことは全て伝えられたと思えたから。 「・・・よほどの自信をお持ちのようね」 それは純粋な言葉なのか皮肉が込められているのか。 微動だにしない表情からは伺い知ることはできない。 「ならばその覚悟とやらを見せていただきましょうか」 「・・・え?」 すぐにはその言葉の意味が理解できずに首を傾げた。 「あなたのその自信が本物であるか、賭けをしようではありませんか」 「賭け・・・? 一体なんの・・・」 「先に詳しく聞いてどうするのです? できない勝負ならばしないとでも?」 「っそんなことはありませんっ!」 「ならば受けて立つということでいいですね?」 「・・・賭けてその結果どうなるんです?」 返ってくる答えは十中八九決まっているだろう。 それでも確認しないわけにはいかない。 「あなたが勝った暁には今後一切あなた方の関係に口出しはしません」 「・・・負けたら?」 「金輪際あの子に、道明寺家に関わることを許しません。口をきくことすら、一生」 「・・・・・・」 ゴクッと大きな音が響く。 どんな賭けをするというのか何一つわからない。 それでも、あいつとの未来を夢見るならばこの人を避けては通れない。 その人物が提示する試練がそれだと言うならば ____ つくしは目を閉じて深呼吸すると、やがて何かを決意したように静かに目を開けた。 そして・・・ 「 やります。そして絶対に勝ってみせます 」 目の前の圧倒的なオーラに怯むことなくはっきりとそう言い切った。 「 牧野様 」 階下へのボタンを押したところでかけられた声に振り返る。 と、つくしのたっての願いを叶えてくれた人物がそこにいた。 「あ・・・西田さん。今日は無理を言ってすみませんでした。感謝しています」 普通ならばまず会えるはずのない人物と話す機会を与えてもらえたのは他でもないこの人のおかげだ。つくしはあらためて深々と頭を下げた。 「いえ、礼には及びませんのでどうかお気になさらずに。それよりも司様が急遽不在となってしまって申し訳ありません」 「えっ? いえいえいえ! それこそどうして西田さんが謝るんですか? 仕事ですし何にも気にしてません。・・・それに、結果的にあいつが今日本にいないことはあたしにとって助かりましたから」 そこで一旦言葉を区切ると、つくしは西田を仰ぎ見た。 「前にもお願いしましたけど、あたしが社長と会ったってことはあいつに言わないでもらえますか? なんだか頼み事ばかりでほんとに申し訳ないんですけど・・・どうかよろしくお願いします」 「・・・・・・それで本当によろしいのですか?」 「はい、もちろんです!」 力強く即答したつくしをしばらく見つめると、西田は静かに頷いた。 「わかりました。お約束いたします」 「わがままばかり言って本当にごめんなさい。でもありがとうございます」 「ですから礼には及びません。それよりも司様の帰国予定が当初よりも早まりそうです」 「えっ、そうなんですか?」 急な仕事で欧州数カ国を回ることになったと連絡が来たのは今から2週間ほど前。 記憶が戻って3日後のことだった。 本来であれば西田さんが同行するところなのだろうけれど、何故か今回は第2秘書を帯同して行ったらしい。その理由はもしかしなくてもあたしなのだろうか・・・と思って彼にに聞いたところでイエスと認めるはずもなく。 ただただ感謝するばかりだ。 「はい。帰国してからよほど楽しみにしていることがおありのようで。第2秘書からその働きぶりたるや凄まじいと報告がきております。・・・何かご存知ですか?」 「え? い、いやぁ~・・・なんででしょうね?! あははははは!」 わざわざ聞いてくる時点で全てお見通しなのだろうけど、それでも誤魔化さずにいられないのはもう仕様ということで。そんな乾いた笑いにツッコミを入れるかのようにポーンと小気味いい音を響かせながらエレベーターが到着した。 「あ・・・じゃあ本当にありがとうございました」 「いえ、どうかお気を付けてお帰りくださいませ。留守中に万一にもあなたに何かあればこの会社は傾いてしまいますから」 「えっ? あははははっ! はい、気をつけます。では失礼しますね」 「お疲れ様でした」 頭を下げた西田の姿が扉の向こうに消えたと同時に鞄に忍ばせていた携帯がブルッと震えた。 「・・・・・・・・・」 差出人を確認するまでもないメールは、やはり予想通りの人物からのものだった。 それを見た瞬間、つくしは閉ざされた空間で1人吹き出した。 『 俺が日本にいねぇ間に怖じ気づいて今さら旅行に行かねぇなんて逃げ出すんじゃねーぞ。その時には地獄の果てまで追いかけっからな 』 「地獄の果てまでって・・・そのセリフはあんたの専売特許かっつーの」 『 誰がよ。あんたこそ心ここにあらずで仕事したら承知しないんだからね! 』 『 お前こそ誰に言ってんだドアホ 』 『 あんた以外に誰がいるっていうのよ 』 『 バーーーーカ! すぐに帰るから待ってろよ 』 きっと電話はできない状況ながらも隙を見てメールしているに違いない。 あの男がこんなにメールのやり取りをするなんて普段ならまずありえない。 しかもこんな子どもみたいな内容を一体どんな顔でやってることやら。きっとこっちが返信する度に眉間の皺が1本ずつ増えてるに違いない。 容易に想像できすぎてまたしても笑ってしまった。 「・・・よしっ、行くか!」 『 りょーーーかい! 』 短い一言に今の想いを全て込めて返信すると、つくしは開いた扉から力強く一歩を踏み出した。
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by: * 2015/11/18 00:17 * [ 編集 ] | page top
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日々の更新ありがとうございます! そーですよね。やはり、二人の未来を勝ち取るには避けて通れない人物が居ましたね。ラスボスが( ̄□ ̄;)!! でも、楓母も二人の運命には少しは認めているはず。頑張れつくしO(≧∇≦)O --管理人のみ閲覧できます--
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そうですね~。記憶をなくしていた4年間、つくしも人として成長してますからね。 やはり社会人になるとその辺りも大きく違ってくるのかななんて。 なんだか今のつくしちゃんは怖いものなしって感じで生き生きしてますよね! --さと※※ん様--
ほんま、惚れてまうやろ~~!!ってくらいに漢ですな(〃▽〃) 気になる気になる楓さんの言う「賭け」。 一体どんな中身なんでしょうね~? え?はよう教えんかいって?? ふっふふふ、そ~れはひ~みつひぃみ~つひ~みぃつぅ、 ひみつぅのみ~やともちゃんっ♪ ぎゃーーー、暴力はんたーーーーーいっ!!!٩(๏Д⊙`)۶ --エミ様--
そうですね~。やっぱりラスボスは彼女が相応しいですよね。 2人の明るい未来を掴むためにも最後の試練を乗り越えて欲しいものです^^ --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
そういえば西田は味方でファイナルアンサーなんですかね? 実はラスボスがニシダスキーだなんてことは・・・( ゚Д゚)?! --ke※※ki様--
でも白黒はっきりつけられるからこそ後腐れなくていかにも彼女らしいと思いますけどね。 問題はその勝負事の中身ですよね~。 一体どんな課題を与えた事やら。 え?肝心要のその中身を書かんかいですって? ふふふふ、慌てない慌てない。一休み一休み(*´∀`*) 楓さんも昔からつくしが手強い相手だとわかってるからこそ厳しいんでしょうね~。 さぁ、ラストへ向けてどう動いていくのか。私も頑張らねば。 --た※き様--
司の記憶も結局どうなるんでしょうね。 賭けの内容が気になります~! --てっ※※くら様--
真っ正面から正々堂々勝負を挑むつくしちゃん、かっこいいですよね~^^ 楓さん、まさかの勝負返しで来ましたが(笑) 一体どんな賭けをするのか・・・色々と想像しながらお楽しみくださいませ。 --ナ※サ様--
彼女ほどラスボスに相応しい人はいないですよね。 まさに王者の風格。 帰国してからずっと沈黙を守っていただけに一体何を考えてるのか謎ですね。 最後の最後まで目が離せません! |
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