忘れえぬ人 83
2015 / 11 / 22 ( Sun ) カコーーーーーンッ!!
気持ちのいい音を響かせて転がった球がまるで吸い込まれるようにして穴の中へと消えていく。満足そうにその様子を見ていた男は曲げていた体をスッと起こした。 その向かい側では呆けたような顔をしながらもつくしがパチパチと拍手している。 「すご~い・・・あんたに言うのはすんごい癪だけど、カッコイイね」 「おい、一言余計だろうが」 「あはははっ! でも泳ぎも上手いしビリヤードも上手。あんたって見かけによらず何でもできるんだねぇ」 相変わらずの余計な一言にピクッと司のこめかみが動いたが、めったにないつくしからの褒め言葉にまんざらでもなさそうだ。 「別にビリヤードくらい誰でもできんだろ」 「できないよ! っていうかそもそもやる機会がないし」 「1家に1台くらいあんだろ」 「あるかっ!! はぁ~、これだからハイソなお坊ちゃんは・・・」 やれやれと溜め息をつきながらキューを構えると、つくしはさっき見た司のイメージを浮かべながら思いっきり前へと突きだした。 カコーーン! と音がしてカッコ良く玉が転がっていく・・・予定だったのだが、現実はスカッと何とも情けない掠り音だけが響いて虚しく空を切った。 どこかでカラスが鳴いているような気がしてならないのは幻聴だろうか。 「・・・・・・」 「ぶっ、ははははは! こんのド下手くそ!」 「う、うるさいわねっ! 生まれて初めてやった人間がいきなり上手にできるわけがないでしょ!」 「にしてもセンスなさすぎだろ。お前案外運動神経悪いのな」 「失礼な! 短距離と持久力だけは負けないわよ!」 「あぁ、だからあんなに逃げ足が速ぇんだな」 「ぐっ・・・!」 なんだかここに来てからというもの完全に手のひらで転がされてるような気がするんですけど! 俺様なガキの道明寺のくせに、すっかり大人の男みたいなオーラで人を見下ろしちゃってさ。 なんだよなんだよ! 「ほら、ちゃんと持ってみろよ。教えてやっから」 「えっ? ちょっ・・・!」 密着するように背後に気配を感じると、キューを握っていたつくしの手に大きな手が重ねられた。 ドキーーーッ!! と心臓が跳ね上がるが、この男の顔色は少しも変わっちゃいない。 ちょっ、耳に息が当たってるってばぁっ!! 「いいか、ここを真っ直ぐ持って正面から突くんだ」 「こ、こう?」 「あぁ。手を添えてやってるから自分でやってみろよ」 「う、うん」 真面目に教えてくれてるのに余計なことで頭がいっぱいな自分が恥ずかしいったらありゃしない。 えぇい、雑念よ消え去れっ!! つくしは余計な思考ごと追い出すように言われた通りに正面から球を突いた。カコンッと今度こそ理想通りの音が響いて球が転がると、正面にあった球を押し出して綺麗にポケットの中へと吸い込まれていった。 あまりにも美しいその一連の動きに思わず振り向いて司の両手を握りしめた。 「やったーー!! すごいすごいっ! さすがは道明寺っ!!」 まるで子どものように跳びはねてはしゃぐ姿を司が目を細めて見つめている。 ・・・と、はたと我に返ったつくしが今さらながら恥ずかしそうに顔を染めた。 「ご、ごめん」 「何が。別に謝る必要なんてねーだろ」 咄嗟に離そうとした手を離さないとばかりにギュッと握りしめられてますます顔が熱くなる。 だからそんな目で見ないでってば! 「素直なお前も可愛いな」 「えっ?」 「いつものうるさくてめんどくせーお前も嫌いじゃねーけど。たまにはそうやって素直なお前も見せろよな」 「だ・・・だからそういう恥ずかしいことをサラッと言わないでって・・・」 「俺からこれをとったら俺らしさなんてなくなんだろーが。常に素直なお前が気色わりぃのと同じだろ」 「そっか。それもそうかも・・・って、ちょっとっ?!」 ハハッと軽快に笑うと、司は手を離して自分の持ち場へと戻っていく。 本当に・・・ガキ、時々男。 ・・・ううん、この4年の間にすっかり大人の男へと成長したことを嫌でも感じる。 「どうした、やんねーのか?」 「えっ? あ・・・やるよっ!」 気付けばぼーっと食い入るように見つめていたらしく、誤魔化すように慌ててキューを構えた。 「ふん、まぁ俺に見惚れるのも当然だけどな」 「はぁっ?! だから自意識過剰です!」 くっそー、自信満々のそのニヤニヤ顔が腹立たしいっ! 「っていうかあんたってほんと見かけによらず何でもそつなくこなすんだね。苦手なこととかないの?」 そういえばこの性格でピアノだって弾けるんだった。 「あるわけねーだろ。ガキの頃からエイセイ教育受けてきたし、こういうのはあいつらと散々遊びでやったしな」 「エイセイ教育って・・・」 「俺の辞書に可能の文字はねーんだよ」 「・・・・・・」 「まぁお前に多少できねぇことがあったって気にすんな。俺が別次元なだけだ」 「・・・・・・そうだね。あんたとは根本的にここのつくりが違うんだったわ」 「あ? どういう意味だよ」 「ん、いいのいいの。こっちの話」 トントンと人差し指で頭を指し示すジェスチャーに司が実に不可解そうに首を傾げるが、つくしはどこか諦めにも似たような清々しい顔で1人うんうんと頷いていた。 *** 「うーん、美味しいっ!!」 「・・・相変わらずお前はうまそうに食うような」 「あったり前でしょ? だってこんなに美味しいんだもーん!」 もうこのお決まりの会話は一体何度目になるだろうか。 泳ぎにビリヤードに島の散策まで、どっぷりと日が暮れるまで遊び尽くした後のディナーはいつにも増して絶品だった。とはいえたとえここに出されたのが1杯の卵かけご飯だとしても、つくしは全く同じ反応を見せたに違いないだろうが。 「っていうかさ、今ここにいる人達ってこの日のためにわざわざ呼ばれたんだよね・・・?」 「なんか問題あんのか?」 「いや、なんていうか、すんごい申し訳ないなーと思って。しかもオープン前だし」 「別に気にすることじゃねーだろ。うちの管轄なわけだし、あいつらもタダ働きしてるわけじゃねーしな」 「お邸の人・・・とは違うんだよね?」 つくしの記憶をフルに思い起こしても見覚えのある人はいなかったような。 「あいつらは普段メープルホテルで働いてる連中だ。中でも選りすぐりの奴を呼んである」 「はぇ~~・・・っていうか大丈夫なの?! そんな人達が抜けちゃって」 「その程度で問題が出るようじゃどの従業員も即刻クビだな」 「・・・さいですか」 この男に聞くこと自体間違いだった。 「中にはここのオープンスタッフとして異動になる奴もいるからな。そういう意味でも無駄にはならねーから気にすんな」 「そうなんだ・・・」 確かにそういう人事はままある話だ。 「・・・でも冬の海もいいもんだね」 今食事をしているのはコテージではなく本館レストランにあるテラス席だ。全面ガラス張りになっていて外は既に暗いが、ライトアップされた景色に波の音が響いて何とも幻想的な雰囲気が漂っている。きっとオープンした暁には多くの客で賑わうことだろう。 「時期的に少し寒いと思ったんだけどな。ぜってーここに来たいと思ったんだ」 「あんたの言う直感ってやつ?」 「あぁ」 「・・・・・・」 司には言っていないが、本音で言うとつくしの中でも 「もしかしたら」 という予感がなかったわけじゃない。それこそ理由を聞かれたところで言葉に詰まるのがオチだが、それでも彼ならここを選ぶのではないかと心のどこかで感じていた。 そして今日ここに降り立って妙に納得している自分がいる。 「どうかしたか?」 「う、ううんっ! 美味しいなぁ~と思ってさ。・・・ん~、ほっぺた落ちそうっ!」 いつの間にかぼーっと凝視してしまっていたことに気付いて慌てて手元のエビを口に放り込んだ。冗談抜きで頬が落ちそうなほどに美味しい。何て幸せなひとときなのだろうか。 「・・・ほんと、お前といるとメシがうまく感じるんだから不思議なもんだよな」 「え?」 その言葉に動かしていた手が止まる。 司はどこか遠くを見つめながらぽつりぽつりと続けていく。 「同じような料理なんて飽きるほど食ってんのにな。今までうまいと思ったことすらねぇ。でもお前と食ってると思うだけで1つ1つの味がはっきり感じられる。それはお前が作ったボンビー食だって例外じゃねーんだから不思議だよな」 「ぼ、ボンビー食って・・・」 「お前に出会うまでの俺の世界は無味無色だった。お前といることで俺の世界が色づいたんだよ」 「道明寺・・・」 視線を戻した司の顔はこれまでで一番穏やかなものだった。 その顔を見ているだけで不意に涙が込み上げてきそうなほどに。 「もうお前のいない世界なんて考えらんねぇ」 その真っ直ぐな言葉が胸を突き抜けていく。 つくしは思わず溢れそうになる涙をぐっと堪えると、その代わりに心からの笑顔で頷いた。 「・・・あたしも。道明寺と出会って自分の世界がありえない色に染められちゃったけど、今じゃそれが自分にとっての当たり前になってる。あんたの侵食パワーには恐れ入ったわ」 「くっ、そりゃお前だろうが」 「かもね」 相変わらずのやりとりをすると、どちらからともなくプッと笑った。 出会いはいつだって最悪。 そんな2人に今これほど穏やかな時間が流れているなんて。 あの時の自分は天地がひっくり返ろうとも想像だにしなかっただろう。 「メシ食ったら次は風呂だな」 「えっ?」 「ここの売りの1つに温泉があるって話はしたか?」 「あ・・・そういえば仕事の時に聞いたような」 下っ端とはいえ一応つくしもこの仕事に携わった人間の1人だ。 「一緒に入るか?」 「・・・・・・はっ?!」 サラッと告げられた一言に、それまで感無量な余韻に浸っていたつくしが一瞬にして現実に引き戻された。
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by: * 2015/11/22 00:22 * [ 編集 ] | page top
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おぉ、カウントダウンしてまでお越しいただきましてありがとうございます(*^^*) 結構ね、拍手一番乗りを狙ってます!なんて方もいらっしゃったり。 色んな楽しみ方をしてもらえて嬉しいです。 結婚記念日おめでとうございます~^^ 我が家は11月11日で覚えやすいところにしました(笑) そして旅行だけで引っ張ってますよね。自覚大アリです(笑) でもね、ここをしっかり書くことがこの後に大事なってくるのでもう少しだけお付き合いくださいませ~! --莉※様--
たーぼー懐かしいですよねぇ。 流行ったのはいつだったかなぁ?小学生だか中学生だったか・・・ って調べてみたらたーぼーって1984年生まれなんですね。びっくり!人気が出るまでには結構時間がかかったみたいですねぇ。 いずれにせよ学生の頃がサンリオの最盛期だったような気がします。 けろけろけろっぴとか覚えてます?(笑) 司の一途さはいいですよね~。 でも総二郎みたいなタラシがどっぷり1人の女に落ちていくパターンも大好物ですよ~。 案外ギャップ萌えでそっちの方が萌え要素が大きいかも。 花男は今続編が出てるのもあって今後ますます二次の世界が賑わうかもしれませんね。 --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
私は大学に入ってビリヤードデビューしましたね~。 なんだかイケナイ大人になったような気分になった記憶があります(笑) なんとなくですけど金持ち=ビリヤードうまそうってイメージです。 --K※※員様--
あはは、多分司の中で料理は「するもの」って認識がなさそう(笑) 出てきたものを食う!それだけのものっていうか。 でもあれで料理まで上手だったら逆に憎たらしくなってきそう(笑) あ、でも最大の欠点は性格だから他のことくらい万能でもいいのか( ̄∇ ̄) --さと※※ん様--
後ろからギュー、名付けて「牛ギュウ」。 (え?字が違う?まぁまぁ細かいこたぁ気にしない!ニバイニバーイ!!) ビリヤードは司にドンピシャって感じですよね。 金持ち集団はできて当たり前ってイメージがあるのはなんででしょうね? 高級クラブ(バー)や豪華客船には必ずあるからですかねぇ。 手取り足取り教えてるときの2人の会話・・・ちょっとエロイとツッコミが入るかなと思ってたんですけどね。ちょっと予想が外れました。無念!(何がやねん) くどいくらいのイチャコラ旅。この旅もいよいよクライマックスが迫ってまいりました。 そして物語も・・・! --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --ke※※ki様--
ふふふ、決して狙って書いたわけではなかったんですけどね。 誤字脱字チェックのために読み返してたらなんかやたらエロくないか?と思いまして。 そんなことを考えてしまうこの思考回路が正常モードかと思うと・・・もう笑うしかないみたいな( ̄∇ ̄) 体制的にもドンピシャなんですよね~!!(≧∀≦) って何の話やねん。 この旅もいよいよクライマックスが迫ってまいりましたよ~。 |
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