忘れえぬ人 84
2015 / 11 / 23 ( Mon ) ・・・・・・手が動かない。
さっさと取っ手を引いてドアを開ければいいだけの話なのに。 手を伸ばしては引っ込めるをもうどれだけ繰り返したことだろうか。 一緒に風呂に入るかと言われて飛び上がったつくしを見て司は大爆笑していた。 結局からかわれたのだとわかって安堵したのも束の間、 「お前がいいっつーならもちろん本気だ」 なんてとどめの一言を言われてしまった。 食事を終えてコテージへと戻ると、道明寺はいたって普通の様子でバスルームへと消えた。 自分ももう1つのバスルームへとやって来たものの、急に2人っきりだという今さらながらの現実が襲いかかってきた。広すぎる湯船に浸かっている間も、極上の香りを漂わせるボディソープを使っていても、何をしていてもこの後のことが頭から離れない。 覚悟なんてとっくにできてる。 ・・・そう。それはきっと4年前に 「離れたくない」 とあいつに吐露したときからずっと。 あいつはあたしが嫌がることはしないと言ったけど、決して嫌なんかじゃない。 好きな人とそうなりたいと思うのは自然なことだと思えるから。 でも覚悟できてるからって緊張しないかといえば話は別だ。 だってそうでしょ? 経験がないんだから。 ましてやこんなロマンチックな雰囲気でいっぱいの場所に連れて来られてムードも満点。恋愛偏差値が低すぎる女にはハードルが高過ぎるに決まってるじゃない! 脱衣所にはバスローブが用意されてたけどそんな色っぽいものなんてあたしにはムリ。 自分で持ってきたパジャマ姿で出ていったらあいつは呆れかえるだろうか。 ・・・ううん。あいつはあたしが何を着ていようときっと気にもしない。 「興味があるのは中身だ」 なんて冗談を飛ばしながら笑って受け入れてくれるだろう。 こんなに緊張しているのは覚悟を決めているからこそ。 だからこそ自分からどうすればいいのかわからないで右往左往するばかりだ。 まさかあいつの強引さがありがたいものだと思える日が来るだなんて。 「 おい牧野、まさか中でぶっ倒れたりしてねーだろうな?! 」 目の前のドアが前触れもなくドンッと音をたてて思わず飛び上がった。 咄嗟に口を押さえて悲鳴を上げるのを免れたが、別の意味で心臓が止まるかと思った。 「い、今上がったところ! すぐに出るから!」 「・・・ならいいんだけどよ。あまりにもおせーから何かあったかと思ったぞ」 「ご、ごめんっ! お風呂が気持ち良すぎてつい長湯しちゃった」 「部屋で待ってっから湯冷めしないようにして来いよ」 「わ、わかった」 自分でもどもりすぎだろうと思う。けどこればっかりはどうにもならない。 いつも思うけどなんであいつってこういうときに妙に落ち着き払ってるんだろうか? 記憶が戻る前にやったことはねぇだなんて言ってたけど・・・本当かと疑いたくなるくらい冷静なのがなんだか悔しい。 ・・・嘘。 本当は記憶がない間も誰ともそういうことがなかったって知って嬉しいくせに。 トクンと高鳴る胸元をギュッと握りしめると、ふぅーっと深呼吸をして脱衣所を後にした。 「ごめん! 遅くなっちゃった」 部屋に戻ると室内は間接照明だけが灯されていて既に雰囲気は完璧な状態だった。 それがまた落ち着いたはずのつくしの心臓を落ち着かなくしていく。 窓辺のソファーに寄り掛かって外を見ていた司がこちらを振り返ると、一際大きく脈打った。 意外にも彼もバスローブ姿ではなくTシャツにスウェットというラフな格好をしている。 「ちゃんと髪乾かしたか?」 「だ、大丈夫。っていうか自分こそ濡れてるじゃん」 「俺はいいんだよ」 近づいてきたかと思えばおもむろに髪を梳かれてもう心臓がどうにかなりそうだ。 そんな格好なのに女よりも色気がありすぎるっておかしいでしょうが! 気持ちがダダ漏れしたような顔で見つめないでよ。 今となっては薄暗い部屋に感謝したいくらいだ。そうでなければポストのように全身真っ赤な自分をさらけ出すはめになっていただろうから。 「よし、じゃあ行くぞ」 「えっ?」 いつ 「そうなるか」 と構えていたつくしに降ってきたのは思いも寄らぬ言葉・・・とコートだった。 男物の上質なコートがすっぽりとつくしの体を包み込む。 突然のことに意味がわからずにつくしがポカンと司を見上げた。 「少し外に付き合えよ」 「外?」 「あぁ、長く時間はかからねーから心配すんな。風邪ひかせるわけにもいかねぇからな」 「・・・」 そう言って肩を引き寄せると、司は尚もわけのわかっていないつくしを連れてコテージの外へと出て行く。当然ながら今この空間にいるのはこの2人きり。各コテージへ続く桟橋を彩る光に沿ってしばらく歩いて行くと、少し開けた場所に何かが見えた。 「・・・えっ・・・」 次の瞬間、つくしは言葉を失った。 何故なら ___ 「お前にどうしても見せたいものがあんだよ」 そう言って目の前の男はそこにあるものを触り始めた。 呆然とそれを見ながら、つくしはさっきまでとは全く違う意味で自分の鼓動が速くなっていくのを感じていた。 ・・・・・・嘘・・・でしょう・・・? 「・・・よし。おい牧野、ここ覗いてみろよ」 「・・・・・・」 何も答えずに棒立ちしているつくしに眉を寄せると、司は強引に細い手を引き寄せた。 力の入っていない体はいとも簡単に司の腕の中へと収められる。 「ほら、ここから覗き込んでみろ」 「・・・・・・」 ・・・手が震える。 違う。震えているのは手じゃない。全身が震えているのだ。 「お前震えてんのか? 大丈夫か? 無理なら戻るぞ」 「・・・ううん、大丈夫だよ。ちょっと興奮してるだけ」 そう言うと、つくしは目の前の物体をそっと覗き込んだ。 見なくてもわかる。 きっとこの先には・・・ 「見えるか?」 「・・・うん」 「この時期だとあんま見えねぇらしいんだけどな。この島だったら割と見えるって聞いてチャンスを狙ってたらこれだけの快晴になってくれたってわけだ」 「・・・うん」 「お前にどうしても見せたかったんだ」 「・・・うん」 胸がいっぱいで情けないほどに言葉にならない。 相槌を打つだけで精一杯だ。 シャラッ・・・ 「・・・・・・・・・え・・・?」 溢れ出しそうな想いに1人震えていると、突然背後から伸びてきた手が首元に巻き付いた。小さな音を響かせてひんやりとした何かが肌を掠めると、いよいよつくしの震えは止まらなくなってしまった。 「お前に土星を見せて・・・そしてこれをやりたかった。今日はお前の誕生日だろ?」 「・・・・・・」 「世界に1つしかない特注品で俺様からの貴重な贈り物だ。ありがたく受け取れ」 「・・・・・・」 あぁ、神様・・・ 「・・・? なんだお前、まさか泣いてんのか?!」 何の反応もなく自分の腕の中で小刻みに震えている肩を掴んで振り向かせると、いつから泣いていたかわからないほどにつくしの顔は涙で濡れていた。喜ばせたくてしたことだったが、ここまでの反応は予想外で司も一瞬戸惑いを見せる。 「どうした? お前がそんなに泣くなんて。どっか具合でも・・・」 「違う。違うの・・・道明寺はやっぱり道明寺だと思ったら・・・ただ嬉しくて・・・本当に、ただそれだけなの・・・」 「何言ってんだ? 俺は俺に決まってんだろ」 「ん・・・うんっ・・・」 「・・・・・・」 そういってぼろぼろと涙を零す顔は嘘を言っているようには見えなかった。 つくしに限ってプレゼントの中身でこれほど喜んでいるとは思わない。おそらく何かしら彼女の心の琴線に触れたからこその反応なのだろう。それが何なのか、自分には知る由もない。 だが彼女の喜びが心からのものであると伝わるだけで充分だった。 ただそれだけで満たされていく。 司は涙の止まらないつくしを自分の中に閉じ込めると、全ての愛情を注ぐようにその腕に力を込めた。それがまたつくしの涙を誘っていることなどお構いなしに。 「お前ほど感情豊かな奴はいねーよ」 「ご、ごめっ・・・!」 「バーカ。これは褒め言葉だ」 「う゛ぅっ・・・あ、あ゛りがど・・・ありがどうっ、どみょじ・・・!」 言葉なんてない。 出るはずもない。 これが奇跡じゃなかったら一体なんだというのだろう。 夜空に輝く星達に負けないほどに輝くこの光を奇跡以外で何と表現できるというのか。 「・・・牧野?」 ゆっくりと上げたつくしの顔は涙で酷い有様だった。 だが司は決して笑わない。 それは向かい合うつくしの顔が何かを訴えようとしていたから。 「 まき・・・ 」 「 好き 」 呼びかけた言葉が遮られる。 「 あんたのことが好き。 大好き 」 目を丸くしている男にそっと手を伸ばすと、つくしは包み込むように顔に触れてゆっくりとその距離を縮めていく。 はじめこそ驚きに染まっていた司だったが、自分を真っ直ぐに見つめるその瞳から視線を逸らすことなく肩に置いていた手を腰へと回した。 どちらからともなく静かに目を閉じると・・・やがて唇にふわりとあたたかなものが触れた。 もう恥ずかしいだなんて思わない。 思えない。 時をこえたこの奇跡に、溢れ出す想いを止めることなどもうできはしない。 月明かりの下ピタリと寄り添う影の間で、土星の形をしたネックレスがいつまでもゆらゆらと輝き続けていた ____
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by: * 2015/11/23 00:33 * [ 編集 ] | page top
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おぉ~、ご無沙汰してます!コメント嬉しいです~(*^^*) 我が家のチビゴン、鋭いご指摘の通り金曜の夜に熱を出しまして。 9月以降出ても微熱程度だけでやっと体に免疫がついてきたのかな~なんて思ってましたが、久しぶりの高めの発熱にこれはやばーい!と焦りまして。しかも案の定夜中に耳が痛いと泣き出してしまい。急性中耳炎だったんですねぇ。 でも幸い今回は治りがとっても早くて!最終日にはケロッと遊ぶことができてほっとしました。こうして少しずつ体が鍛えられていくんでしょうね^^ さてさてこちらのお話、感動していただけたようで嬉しいです。 絶対にこのエピソードは入れると決めていただけに、皆さんの反響の大きさに喜びもひとしおです^^ --莉※様--
ほんとに、これをミラクルと言わずして何と言う!!って感じですよね~。 実はこのお話のテーマが「人は全てを失っても何度でも同じ人に恋に落ちるのか」ってな感じでして。 つくしのいう「運命」が本当ならば、きっと司なら同じ事をするのではないのかと思ったんですね。 つくしは既に記憶が戻ってますから、もう震えが止まらなかったでしょうね。 この後がパス付きになるかどうかは・・・さてどうでしょう?( ´艸`) --ひろ※※ん様--
はじめまして~!勇気を出してコメントくださって本当に嬉しいです(*^o^*) 有難うございますっ! 今回のお話、胸がキュンとしたとのことで・・・そのお言葉に私こそキュンッですよ! ここはですね、皆さんの反応がとても楽しみなシーンでしたので、期待通りの反応の大きさにやったどーー!!と拳を振り上げて喜んでおります(笑) まだ楓さんの試練がわからず気になることが残ってますが、ラストまであと少し、どうぞ共に完走してやってくださいね! これからもよろしくお願いいたします(*´∀`*) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
司、よくやったーーー!!って感じですよね( ´艸`) まさかの土星のネックレス2つ目です~。 多分この展開が予想できた人ってさすがにいないと思う(笑) 互いの気持ちは最高潮になれば・・・後はもうねぇ・・・?(* ̄∇ ̄*)ポッ --k※※hi様--
司凄いですよね~。まさに本能! なんだろう、彼のこの行動が何故か犬の帰巣本能とダブって見えるんですよね(笑) 4年前にもらったネックレスも気になりますよね。 もちろんそれもラストまでに出てきますのでお楽しみに!^^ --イ※※マ様--
「忘れえぬ人」 たとえ全てを失っても、全ては心が体が覚えてる。 今回の司の行動はまさにそんな感じだったのかなと思ってます。 素敵ですよね~! --うか※※ん様--
おぉ、王道中の王道って感じですか? そうなんですよね。才能がないのをカバーするためになるべく軽い感じにしないようにと必死で書いてます(笑)特に長編は心情変化を大事にしたいので、だからついつい長くなってしまうんですよね~。 やっとこのシーンを書けた・・・!って感無量です。 ラストまであと少し!この2人に残された試練とは・・・?! --さと※※ん様--
セクスィビームが出せないからね、せめてずんぞービームくらい出そうと思いまして。 でもまさかそれが原因で出家の決断をされるとは・・・さすがに想定外でしたね。 やっちゃいます?出家。 いいですか?後悔しないですか? 出家したら煩悩からかけ離れた生活を送らなきゃいけないですよ? よもやこんな二次作品に没頭なんてたわけたことは許されるわきゃーないですよ? 覚悟はいいですね?比叡山に籠もってもらいますよ?女に二言はなしですからね? ここを書くまでがものすんごーーーーーく長かった・・・ もう100話が目の前じゃん!みたいなね。もーう我ながらまいっちんぐ( ̄∇ ̄) でも最初にこのエピソードを思いついたときに自分でも何故か感動したんですよね。 司ならそのありえない奇跡を起こしてもおかしくない!って素直に思えたし、「忘れえぬ人」というタイトルにもドンピシャだなと思いまして。 え?この後ですかい? そりゃーあーた、言わずもずくですがな。うん、もずくはウマイ( ̄~ ̄)モグモグ --ナ※サ様--
涙腺にきちゃいましたか?嬉しいです~(*^^*) 別に泣かそうと思って書いてるわけじゃないんですけどね。 自分の書いたもので人様の心を動かしてるかと思うと何ともいえない感動です。 この奇跡は本当に感動しますよね。 つくしが素直に甘えるのも当然だと納得です。 --さ※ら様--
「まさかの展開!!」 そう言って驚いてくださる皆さんの反応が本当に嬉しくて嬉しくて。 これだけ色々書き続けてるとどうしてもマンネリ化したりネタがつきたり・・・ もう避けられない宿命と言いますか。 でも「これだ!」と考えついたエピソードがこうして皆さんに喜んでもらえるとまた頑張るぞ-!という気持ちにさせてもらえるんです^^ そうそう、ネックレス2つになっちゃいました(笑) --k※※a様--
まさかまさか・・・!ですよねぇ~( ´艸`) 以前もらったのはどうしてるんでしょうね? その辺りも後に出てきますのでお楽しみに^^ ほんと、つくしには楓との勝負が待ってますからね。 これ以上ない勇気をもらえたことと思います。 頑張れつくしっ!! --真※様<拍手コメントお礼>--
はじめまして!コメント有難うございます^^ 読み逃げ大歓迎ですよ~!でもこうしてコメントいただけるとやっぱり嬉しいです(*´ェ`*) ほんとに、この物語の序盤は流れが最悪~な感じでしたよね。司の冷酷っぷりに皆さんが引いてるのがひしひしと伝わる伝わる(笑)でも底辺も存在しないとこのお話は成立しないのでね、私も耐えながら書きました。 楓さんとの賭けがありますからね。やはりもうひと山くるでしょうが・・・ 今の彼らに怖いものはないんじゃないかと思ってます。 ラストまで共に完走しましょう! これからもよろしくお願いいたします(*´∀`*) --R※N様--
ご無沙汰してます~!もちろん覚えてるに決まってるじゃないですか~!(*´∀`*) 今回、やられましたか? やったー!してやったぞ~~い!(笑) もうね、そういう反応してもらえたときが一番嬉しくって。 多分お互いに「キターーー!!」って感じなんじゃないかなと(笑) 同じ土星のネックレス、ゾクゾクしちゃいますよねぇ~! 全く同じかは微妙ですけど、限りなく同じに近いだろうなとは思ってます。 残すは楓さんの試練のみ。さぁ、最後の最後までドキドキしてくださいね~! --な※様<拍手コメントお礼>--
ふふ、サイコーーいただきましたぁ~! あざーーーーーっす(≧∀≦) 笑 --た※き様--
まさかのネックレス2つ! 誰にも予想できなかった展開にできたときの達成感・・・クセになります(笑) --ke※※ki様--
ふふ、さすがにこの展開は読めなかったですか? 最初に思いついたときには私まで感動しちゃいまして。 でも司なら全然ありえる!!と思えたんですよね。で、即採用と相成りました(笑) もし同じ人が作ったんだとしたら、驚きつつも天下の道明寺様の要望通りのものを作らねば・・・!と必死過ぎて余計なことを考えてる余裕なんてなさそうだわ(^◇^;) 古株の方のネックレスも気になりますよね。そうそう、ご指摘の通りあのタイピンと同じケースにしまわれてるはずです。その辺りもラストまでにわかってきますよ~。 |
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