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忘れえぬ人 86
2015 / 11 / 25 ( Wed )
暗闇に一筋の滴がスローモーションのように落ちていく。
漆黒の闇に落とされたそのひとしずくは、そこから静かに白い光を伸ばす。
目に見えないほどの細かな線が無数に広がっていき、それらはやがて世界を白へと変えてしまった。その光は熱を放ち、凍えるほど冷え切ったその闇にぬくもりを与える。
・・・そう、まるで命が芽吹いていくように。

草が、木が、花が。
根から水を吸い太陽を浴びて青々と生い茂っていくかのように、体の末端から命が吹き込まれていくのを感じる。それが体の中心まで届くと、再びそこから全身へとその熱が流れていく。
それを幾度も幾度も繰り返しながら、自分が今生きていることを実感するのだ。


あぁ、ようやく・・・
ようやく自分が自分の元へと帰ることができた。
眠りについている間、ずっとこの瞬間だけを求めていた。
深く深く沈んだ場所から、ただひたすらにこの光だけを求めて。


そうして掴んだこの温もりを・・・
この手をもう二度と離したりしない。

どんなことがあろうとも、もう二度と ____








「ん・・・」

それは穏やかな眠りだった。
こんなに心を解放して眠れたのは生まれて初めてだったのではないかと思えるほどに。
触れる柔らかな人肌が恋しくて、またその温もりを自分へと引き寄せた。

「・・・・・・」

はずなのに。
何故かその手は空を切って何も掴むことができない。

「・・・・・・牧野・・・?」

自分はまだ夢と現実の境目にいるのだろうか。
司はぼんやりとそんなことを考えながらうっすらと目を開けていく。
・・・だが。

「 牧野っ?! 」

ガバッと体を起こした司の目の前に ____ つくしの姿はない。
寝起きの頭ではすぐに状況を理解できずに混乱する。
どういうことだ・・・?
ここに確かに牧野がいたはず。まさかあれが全て夢だったなんてことは・・・

そこまで考えた思考はすぐに遮断された。
視線の先、真っ白なシーツの上にはっきりと残された紅の印 ___
それが確かにつくしがここにいたことを証明しているのだから。
それに、素肌で感じたあの生々しい感触が夢であるはずがないのだ。
それほどに互いにこれ以上ないほど深いところまで求め合って、そして愛を確かめ合った。

では何故つくしはここにいない?

「牧野っ! 牧野っ?!」

一瞬にして頭が冴えると、司はベッドから飛び降りて部屋中を探し回る。
バスルーム、ダイニング、テラス、蟻の子一匹見落とさないように必死で探し回るが、どこを探しても求める女の姿は見当たらない。

「くっそ・・・!」

誰に聞かせるでもなく思わずそう口にすると、寝室に放り投げられたままの衣類を乱雑に身につけそのままコテージを飛び出した。


「おいっ、牧野はっ! 牧野はどこへ行ったっ!!」

嵐のように凄まじい音をたてながら本館へ飛び込んで来た司の姿に従業員が一瞬だけ驚いてみせたが、何故かすぐに落ち着きを取り戻す。

「牧野様でしたら早朝にお帰りになられました」
「・・・・・・は?」

今こいつなんつった?
考えるよりも先に目の前の男の胸倉を掴んでいた。

「おいてめぇ、ふざけてんじゃねーぞ!」
「ぐっ・・・! け、決してふざけてなどおりません! こちらにお越しになるにあたり、牧野様から事前にそのように打診があったと伺っております」
「打診?」
「はい。詳しいことまでは存じ上げませんが、何でもお泊まりになられた翌朝に可能な限り早い段階で帰らせてもらえないかと。当然打診を受けたパイロットは戸惑いを隠さなかったようですが、それでもどうしてもと牧野様が下げた頭を上げようとはしなかったと。聞いた話によれば 『私の人生をかけた最初で最後の我儘を聞いていただけませんか』 と仰っていたようです」
「・・・・・・」

力の抜けた手のひらからズルリと男が滑り落ちて途端に咳込み始めた。

帰った・・・?
この状況下で、何故・・・
まさか、あいつは最初からこれで終わりにするつもりで・・・?

「ざけんな! んなわけねーだろうが!」

あんなに心の底からこの俺を求めていた姿が最初で最後だと?
・・・冗談じゃねぇ。
そんなことがあるわけがないし、万が一でもそんなことを認めはしない。

「ジェットを出せ」
「は・・・朝食の後でよろしいですか? その間に準備を・・・」
「いいわけねーだろうが。今すぐだ」
「今すぐ・・・でございますか? ですが、」
「つべこべ言ってる暇なんざねぇんだよ! さっさと飛び立てる手配をしろっ!!」
「は、はいっ! かしこまりましたっ!!」

響き渡った怒号に飛び上がると、男は一目散に飛行場の方へと消えていった。
司は知らず固く握りしめていた手を開いてゆっくりとそこへ視線を落とす。

昨夜、・・・いや、夜明け前までこの手でつくしを抱いていた。
あの感触は、ぬくもりは決して夢などではない。幻でもない。
昔と少しも変わらない強くて真っ直ぐな瞳がこの心を捉えて離さなかった。
その眼差しは常に俺を求めていて、言葉なんかなくとも愛してるという想いが溢れていた。
そしてそれは俺にとっても同じこと。
確かに揺らぎようのない愛を心で、体で確かめ合ったのだ。


「・・・・・・たとえ地獄の果てだろうと追いかけるっつっただろ・・・!」


グッと再び強く拳を握りしめると、司は前だけを真っ直ぐに見据えたまま歩き出した。







***




カタン・・・



「 ・・・・・・ 」

ここに辿り着くまでの間、こうなることは心のどこかで予想できていた。
だがいざその光景を目の当たりにすると何一つ言葉を発することができない。

司は1人、知らぬ間に全ての物が運び出され閑散としているつくしの部屋で立ち尽くしていた。





『 どういうつもりだよっ! 』
「 突然ノックもなしに入って来たかと思えば不躾に何ですか 」
『 何ですかじゃねーだろうが! 牧野をどこへやった 』
「 ですから何のことです? 」
『 とぼけてんじゃねぇぞ! あの牧野がこの期に及んで俺の前から消えるなんざてめぇ以外にその理由があるはずがねぇだろうが! あいつに何をした。あいつに何を言ったっ!! 』
「 ・・・・・・ 」

突入してくるやいなや凄まじい剣幕で捲し立てる我が息子の姿に楓は深く溜め息をついた。

『 そこにどのような理由があろうと関係ないのではなくて? 』
「 あぁ? てめぇ何言ってやがる 」
『 仮にあなたの言う通り彼女がいなくなった原因が私だとして、だから何だというのです? 子どもでもあるまいし、その行動は全て彼女の意思においてなされたこと。外野がとやかく言う問題ではありません 』
「 んだと・・・? 」
『 理由などここでは何の意味も成さない。決めたのは彼女自身。ただそれだけのことです 』
「 ・・・・・・ 」

ギリッと握りしめた拳に痛みが走る。
いっそのこと駆け寄ってこのすました顔に拳を入れてやろうかとすら思う。
骨を打ち砕かれても尚この女はこのポーカーフェイスを崩さずにいられるのかと。
だが・・・

「 てめぇはいつだってそうだよな 」
『 ・・・何がです? 』
「 全てを見透かしたような目で人を見下しやがって。そうやって今も昔も自分の駒のように人を転がして楽しいかよ? 」
『 人のせいにして自分が楽になるならそうすればいいだけのこと。ですがそれで現実が変わるわけではない。ただの逃げです 』
「 退路を断って追い詰めてんのは他でもねぇお前だろうがっ!! そうやってお前は4年前も・・・! 」

その言葉に楓の瞳が微かに動いた。
だがそれ以上は司も言葉を噤むと、楓も何一つ聞こうとはしなかった。
広い室内に沈黙だけが落とされる。

『 ・・・そういうことなら俺は俺のやり方であいつを見つけ出す 』
「 道明寺の権力を使うことは認めません 」
「 ・・・何? 」
『 あなたがどのような行動を取ろうと自由です。ですがこの道明寺の力を使うことだけは許しません 』
「 はっ! 断るっつったらどうすんだよ? 」
『 言わなければわからないほどあなたは愚かな人間ということかしら? 』
「 ・・・・・・チッ! このクソ女が・・・! 」

寝ても覚めてもどこまでいっても忌々しい。
だがこの女を力でねじ伏せることを決してつくしは望んではいない。
だとするならば・・・

『 どこへ行くのです? 』
「 それこそてめぇには関係ねーだろ。俺には行かなきゃなんねー場所があんだよ 」
『 ・・・・・・ 』

吐き捨てるようにそう言い残して部屋から消えた司の後ろ姿をじっと見つめたまま、楓はふぅーっと深い息を吐き出した。



「 お手並み拝見というところかしら 」



そう呟きながら。










あれだけ狭いと思っていたはずのボロアパートが、全てのものが撤去された状態ではこんなに広かったのかと思えるから不思議だ。どう転んだって狭いに違いないはずの空間だというのに。

つくしの住んでいたアパートは既にもぬけの殻となっていた。
一体いつからだったのか。
直前まで海外に飛んでいた自分が結果的にこの行動を後押ししていたのかと思うと間抜け過ぎて笑える。

この部屋を見ていたら今朝までの出来事全てが、つくしに出会ってから起こったことの全てが幻だったのではないかと思えてくる。
だがそんな馬鹿げた思考は即座に切り捨てられる。
何故ならそれ以上にこの手に掴んだ彼女の感触が、想いが確かなものだったと信じられるから。

「昔っからお前って女は散々この俺を喜ばせた後に一気に突き落とすのが好きだったよな」

口にしたら笑えてきた。
それは不思議と晴々とした笑いだった。
振り回しているようで、結局気付けば振り回されているのはこの自分。
どうやったって一筋縄ではこの手に掴めない。
それが牧野つくしという女だろ?

何も残されていないとわかっていながら静かに部屋へと足を踏み入れる。
ほんの数歩行けばすぐに端まで辿り着いてしまうそこは、とてもじゃないが人間が生活する場所じゃねぇだろとあらためて思う。
だがここで彼女は自分の知らない4年という歴史を積み重ねてきたのだ。


ガタンッ



「・・・・・・・・・これは・・・?」



部屋に1つだけ備え付けられた収納棚を開けると、司の視線があるものを捉えた。





 
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コメント
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by: * 2015/11/25 00:12 * [ 編集 ] | page top
--k※※hi様--

ドキドキしますよね。
まさかの展開。
いや、ある意味「らしい」展開とも言えるのか。笑
つくしは何故いなくなったのか。
逃げたのか、それとも・・・?
いよいよ本当のラストが近づいてまいりましたよ!
by: みやとも * 2015/11/25 00:44 * URL [ 編集 ] | page top
--ぴ※様<拍手コメントお礼>--

えぇ~!!って感じですよね。
皆さんの悲鳴が聞こえてきそう(^◇^;)
これが本当の最後の山場となります!
by: みやとも * 2015/11/25 00:46 * URL [ 編集 ] | page top
----

どこ行ったぁ。ヘ(゜ο°;)ノ捜す司。攻めの司はカッコイイ!アパートに何かを発見!?楓も司が記憶取り戻したこと気付いたかもですね。ラスボス戦間近!ますますこの先目が放せません!(≧∇≦)
いつもストーリー最後のバナーの猫ちゃん内容にドンピシャッで楽しみにしてます。これからも続けて下さいね、癒されます!
by: エミ * 2015/11/25 01:10 * URL [ 編集 ] | page top
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by: * 2015/11/25 05:59 * [ 編集 ] | page top
--エミ様--

全てを取り戻した司が今さら引くわけがないですからね。
どこまでも攻め続けるのみ!
いよいよ本当に残り僅かとなってきましたよ~^^
猫バナーも気に入っていただけて嬉しいです。毎回必死ですよ(笑)
by: みやとも * 2015/11/25 08:57 * URL [ 編集 ] | page top
--た※き様--

その通り!これが正真正銘最後の山となります。
司はつくしを見つけられるのか、そしてつくしは何処へ?!
ラストまで見守ってあげてください!
by: みやとも * 2015/11/25 08:58 * URL [ 編集 ] | page top
--ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--

昨日の今日での急転直下ですからね~。驚かれるのも当然ですね(^_^;)
そうなるのは重々わかっていましたがどうしてもこれを書きたかったんですよ~。
彼らの行く末を見守ってやってくださいねm(__)m
by: みやとも * 2015/11/25 09:00 * URL [ 編集 ] | page top
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by: * 2015/11/25 09:06 * [ 編集 ] | page top
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by: * 2015/11/25 13:59 * [ 編集 ] | page top
--ke※※ki様--

ふふ、逃亡なのか何なのか。
逃げる意思があるのなら間違いなくそうと言えるでしょうけどね。
一体つくしちゃんに何があったのか。
昨日までが幸せの絶頂でしたからね、まさかの展開に「またかーーー!!」と憤慨される方も中にはいらっしゃるかもしれませんが、それを覚悟で書いてますので^^都度色んな感想をもってもらいながら、終わったら終わったで今度は全体を通しての感想をもってもらえたら嬉しいなぁなんて思ってます。
まぁ「あるある」が発動するってことはそれだけ原作に忠実に書いてると前向きに捉えてもらいましょうか(笑)
by: みやとも * 2015/11/25 14:18 * URL [ 編集 ] | page top
--ta※※iaoi様--

えぇ~っ!全然謝る必要なんてないですよっ!
全く気分を害されてなどいませんし、どうか何もお気になさらないでくださいね^^
むしろ色んな感想があった方が私も楽しいですし(o^^o)
ここに来て何故っ?!ですよね、ほんと。
でも正真正銘これが最後の試練(?)となりますので、彼らがどういう結末を迎えるのか予想しつつ楽しんでもらえたらいいなぁと思ってます。
つくしは逃げたのか?!
1人でジェット飛ばしてもらうなんて・・・ある意味司より強ぇ!!( ̄∇ ̄)
by: みやとも * 2015/11/25 14:21 * URL [ 編集 ] | page top
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by: * 2015/11/25 15:04 * [ 編集 ] | page top
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by: * 2015/11/25 16:04 * [ 編集 ] | page top
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by: * 2015/11/26 00:13 * [ 編集 ] | page top
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