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忘れえぬ人 87
2015 / 11 / 26 ( Thu )
「「 牧野がいなくなった?! 」」

衝撃の事実を聞かされた男達の声が広い室内へと響き渡る。
そんな中で類だけはいつもとさして変わらない様子でじっと座っていた。

「あぁ、しかもそれだけじゃねぇ。アパートも全て引き払った後だった。会社までやめてな」
「・・・嘘だろ? なんでそんな・・・」

久しぶりに呼び出されて集まってみれば思いもしないことを告げられて二の句が継げない。
一体何がどうなっているというのか。

「その反応を見る限りお前らは何も聞いてねぇってことか?」
「俺らが知ってるわけねーだろ・・・」
「・・・類。 お前はどうなんだよ? 何か知ってたんじゃねーのか」

名指しされた栗色の瞳が司のそれと正面からぶつかる。

「なんでそう思うの? 俺も初耳だよ」
「本当だろうな?」
「だからなんでさ。知らないって言ってるじゃんか」
「だったらなんでそんなに落ち着き払ってやがる」

つくしの失踪を聞いても特段反応を示さなかったはずの類が、司のその一言に意外そうに目を丸めた。

「・・・なに、驚いたらいちいちリアクションしなきゃならない決まりでもあるの? 俺は俺なりに驚いてるよ。・・・でもまぁある意味で牧野らしいなとも思ったけど」
「どういうことだよ」
「逆に聞くけど、司はなんで牧野がいなくなったと思ってるわけ?」
「あ?」
「司が嫌になって逃げたとか?」
「んなわけねーだろうがっ!!」

声を荒げながら掴みかかってきた男に、類は焦るどころか何故か笑っている。

「じゃあそういうことなんじゃない?」
「・・・あ?」
「司がそこまで自信をもって即答するってことは牧野は逃げたわけじゃないんでしょ。・・・多分その逆」
「逆・・・? おい類、どういう意味だよ」

言っている意味がよくわからないのか、総二郎が首を捻る。

「今から1週間くらい前だったかな。外で偶然牧野に会ったんだよね」
「何?」
「ふっ、そんな睨むなよ。同じ街に住んでるんだからそういう偶然だってあるだろ? その時あいつ、妙にすっきりした顔しててさ。何かいいことでもあった? って聞いたらどうかなって曖昧に濁してたけど。なんていうか、迷いのないいい顔してたよ、牧野」
「・・・・・・」
「だから司からそれを聞いてなるほどなと思ったってわけ。何があったかなんて知らないけど、少なくともあの牧野を見る限り後ろ向きな気持ちでやってるってことはないんじゃないの」

そう言ってニコッと笑うと、次第に胸倉を掴む司の手から力が抜けていった。

「なぁ司、そもそもあいつがいなくなったってどういう状況だったんだよ? 俺らからすれば唐突過ぎてわけわかんねーぞ」

あきらや総二郎からすればその疑問はもっともなものだ。

「・・・あいつの全てを手に入れたと思ったら・・・・・・朝にはもういなかった」
「え、全てをって・・・それってつまりは・・・」

思わず2人して顔を見合わせる。

「あいつはいつだってそうなんだよ。これ以上ないくらいに俺を幸せにしたかと思えば・・・こうして予想もつかない行動で現実に引き戻す」
「司・・・?」

なんでもないようなその言葉に全員が妙な引っかかりを覚える。
何かはうまく言えないが、何か大事なことが隠されていたような・・・
最初にそれを口にしたのは類だった。

「もしかして・・・記憶が戻ったの?」
「えっ・・・おい、そうなのか?!」
「・・・あぁ。あいつを自分のものにしたときに全てを思い出した」

4年・・・
長い沈黙を破ってようやく返ってきたその答えは、誰もが心から望んでいたものだった。
ようやく、ようやく ___

「それだけじゃねーよ」
「・・・え? それだけじゃないって・・・どういう意味だよ」
「記憶が戻ったのは俺だけじゃねぇ。あいつも・・・牧野も全てを思い出してる」
「・・・はっ?! おい、それはマジなのか? あいつがそう言ったのか?」

驚きに次ぐ驚きの連続で展開についていけない。

「何も言っちゃいねーよ。けど間違いねぇ。あいつの記憶は戻ってる」
「・・・・・・」

司はじっと己の右手を見つめたまま。

「類、お前は気付いてたんじゃねぇか?」
「・・・・・・」
「やっぱりな。普通に考えてお前が気付かないはずがねーんだよな」
「俺だって確信はなかったよ。ただ全てが吹っ切れたようなあいつを見てもしかして、って思ったくらいで。あいつは何も言わなかったし俺も何も聞かなかった」

つくしは誰一人としてその事実を話してはいなかった。
それは司ですら例外でなく。

「まだ記憶の戻ってねぇ俺に配慮して黙ってたのか、今さら過去の事を掘り返す必要もないと思ったのか、あいつがどういう考えで黙ってたのかはわからない。だが全てを思い出した今の俺にはわかる。あいつは記憶を取り戻し・・・自らババァに会いに行ったんだってな」
「おばさんのところに?!」
「あぁ」

誰にも相談することなく、ただ1人の意思で ___

「じゃああいつがいなくなった理由ってのは・・・」
「間違いなくババァが絡んでるだろうな」
「・・・・・・」

シ・・・ンとその場が静まりかえる。
まさか4年前の悪夢が繰り返されるなんてことは・・・

「あいつは俺から逃げたわけじゃねぇ。そんなことはこの俺が誰よりもわかってることだ。あいつはこれから別れようって男に自分の全てをさらけ出すような女じゃねーよ」
「・・・まぁお前の言う通りだな。じゃあなおさらなんで・・・」
「ババァとどんな話をしたかはわからない。だがあいつは前へ進むために自ら会いに行ったに決まってる。ババァが相手だろうと理不尽だと思うことには怯むことなくぶつかっていくあいつが、意図的に俺の前から消えたんだとするなら・・・」
「するなら・・・?」

じっとその先を待つ親友共の顔を見渡すと、司はゆっくりと立ち上がった。


「・・・決まってんだろ。 俺があいつを迎えに行くだけの話だ」


はっきりと真っ直ぐに。
少しの迷いもないその言葉は不意にグッと胸に込み上げてくるものがあった。

あぁ、我が親友は本当に自分自身を取り戻したのだと。

「おい、どこ行くんだよ?」

黙って部屋を後にしようとする男を慌てて引き止める。

「決まってんだろ。あいつを探し出す」
「探し出すって・・・一体どうやって? おばさんが絡んでんなら一筋縄じゃ見つからないだろ。俺たちもできる限りの協力はするぞ」
「いや、それは断る」
「はぁっ?!」

今何と?
いつだって親友達に助けられてきたこの男が、この期に及んで断るだと?

「ババァが釘を刺しやがってな。あいつを探すつもりなら道明寺の力を一切使うことは認めねぇって」
「・・・まじでか・・・」
「まぁそんなもんいくらでもシカトできるんだけどな。あのクソ女が叩きつけてきた挑戦状を受けて立ってやろうと思ってな。多少時間がかかろうとも、金輪際ぐうの音も出ねぇほどに俺たちの勝利を叩きつけてやるよ」
「司・・・」

フッとこの男らしい、自信に満ち溢れた不敵な笑みが3人の視線を捉える。

「っつーことでお前らの協力もいらねーよ」
「・・・ほんとにできんのか?」
「クッ、てめぇ誰に向かって口聞いてんだ? 命が惜しいならふざけたこと言ってんじゃねーぞ」
「・・・はは、だな」

口にしていることは何とも物騒だが、決してその顔は怒ってなどいない。
それどころかどこかこの状況を楽しんでいるようにさえ思えて。
・・・と、司が胸ポケットからおもむろに何かを取り出した。

「・・・なんだそれ?」
「空っぽのあいつの部屋に唯一残されてたものだ」
「タイピン・・・? これがどうかしたのかよ」

どこにでもあるような高級なネクタイピン。
何故こんなものが?

「これは俺たちを再び繋いだ象徴とも言えるものなんだよ。・・・そしてこれだ」
「これって・・・確かストックの花だよな?」

和の世界に通じている総二郎がすぐに気付く。
司の手のひらに載せられているのは煌々と輝くタイピンと、1枚の押し花。
綺麗な栞にされたそれには真っ赤な花が色鮮やかに鎮座している。

「じゃあな」
「あ、おい、司っ?!」

それに一体何の意味があるのかも言わずに唐突に男達を置き去りにして消えてしまった我が親友に言葉も出ない。

「な、なんだったんだ・・・?」

まるで狐に抓まれた気分だ。

「ストックか・・・なるほどね」
「え? おい類、何か気付いたのか?」
「なるほど、牧野にしちゃなかなかシャレたことしやがったな」
「は? おい総二郎、お前まで一体なんなんだよ?!」

あきら1人が完全に置いてけぼり状態だ。

「ストックの花言葉は知ってるか?」
「花言葉・・・?」
「あぁ」

女に花をプレゼントするときは大抵バラを選ぶあきらにはピンと来ない。
一体どんな意味があるというのか。

「ストックの花言葉はな・・・」








「司様、お邸でよろしいですよね?」
「・・・いや、社に戻れ」
「えっ、今からですか? もう夜も遅いですが・・・」
「構わねーから行け」
「か、かしこまりましたっ!!」

有無を言わさぬ圧倒的なオーラに気圧されると、斎藤は慌ててハンドルを握りしめた。
すぐに流れ始めた夜の光を司はじっと眺めている。


「・・・たとえ地獄だろうと見つけ出してやるから覚悟してろよ」


まるで自分に言い聞かせるように赤い花を握りしめたまま。






『  私を信じて ____ 』






 
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