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忘れえぬ人 88
2015 / 11 / 27 ( Fri )
「ねぇねぇ、先週メープルホテルに研修で行った時なんだけどさ、なんとっ! あの副社長が来てたのっ!!」
「えぇっ? それって道明寺司ってこと?!」

賑やかに聞こえてきたその名前にドキッと心臓が跳ね上がる。
思わず息を潜めて全神経を背中に集中させてしまう。

「そう! まさかいるとは思わなかったからこっちもびっくりしたわよ~」
「え~、いいなぁ~! あたしが行った時なんていなかったのに。っていうか副社長が研修に顔出したりするんだ?」
「詳しくはよくわかんないけど抜き打ちチェックみたいなものなんじゃない?」
「あ~、そういうことかぁ。いいなぁ~! っていうかどうだった? カッコ良かった?」
「むふふ~、もうカッコイイなんてレベルじゃないわよ。あれはもう神の領域よ」
「か、神・・・?」
「そう! 見る者全てを惹きつける美貌とあのオーラ。あぁ~! もう一度拝みたぁ~い!」
「いいないいな~、ずるぅ~い! ねぇ、牧野さんもそう思わない?」
「えっ!!」

話を振られるとは予想外で思わず声が裏返ってしまった。

「牧野さんの研修の時にはいた?」
「い、いえ、いなかったです」
「そうだよね~。じゃあ今回がほんとにラッキーだったんだぁ」
「みたいですね・・・」

アハハと笑いながら早く着替え終わるべく急ピッチで手を動かしていく。
と、話の中心にいた1人の女性が何かに気付いた。

「・・・あれ? それって・・・」
「えっ?」

じーっと1点に集中している視線の先にあるもの・・・それに気付くとつくしは慌てて隠すようにブラウスのボタンを閉じた。

「あぁっ! ねぇねぇっ、なんかすんごいキラキラしてたんだけど?!」
「そ、そうですか? ここ照明の下だから多分それで・・・」
「いーや! そんな生易しい光り方じゃなかったっ! ねぇ、それって滅茶苦茶高級品なんじゃない?」
「いや、だからそれは気のせいで・・・」
「もう1回見せてっ!」
「えぇっ?! それはちょっと・・・!」
「見るだけだからいいでしょ? お願いっ!!」
「いや、だからっ・・・」

さっきの話で既にテンションが上がった状態の女性はつくしの言葉など完全無視でグイグイ押してくる。あぁ、思わず聞き耳を立てたばかりに着替えるのが遅くなってしまった。
あたしのバカっ!

「別にちょうだいっていってるわけじゃないんだから見せてよ~!」
「う゛っ・・・」

仮にも先輩の言うことを無碍にはしづらい。
全力で拒否したいけれどここは諦めるしかないのか・・・?
苦渋の決断でつくしが右手を動かそうとした時だった。

「あなた達っ、何やってるの! もう休憩の時間は終わりでしょう!」
「はっ、はいっ! 申し訳ありませんっ!!」

突如入って来たチーフの雷にその場にいた全員が飛び上がると、まるで蜘蛛の子を散らすように一目散に部屋を飛び出していった。それはつくしとて例外ではなく、持ち場へと急ぐ。

「あ、牧野さん!」
「・・・はい?」
「突然で悪いんだけど、今日はプレミア棟の方をお願いできるかしら?」
「えっ・・・私がですか?」
「えぇ。私も詳しくはわからないけど今日はいくつか変更があるみたいなのよ」
「そうなんですか・・・? ・・・わかりました。じゃあそちらの方に回らせてもらいます」
「急で悪いけどお願いね。既にお客様は部屋を出られてるみたいだから」
「はい」

基本的にそれぞれの持ち場は固定だ。状況に応じて変更になることもあるが、こんなに急に言われたのは初めてだった。正直よくわからないが仕事は仕事。やるべき事に変わりはない。
更衣室を出ると、いつもは右へ行くところを左へと方向転換した。





***



「懐かしい・・・」

久しぶりに訪れるその場所。
そこでの思い出がまるで昨日のように鮮明に甦る。


「あれから」 半年 ___


今のつくしが身を置く場所こそがここだとは、きっと彼は想像だにしていないだろう。
まさに灯台下暗し。
それを自らが体現している気分だ。

「怒ってるだろうなぁ・・・」

ううん、怒ってるなんてもんじゃない。
またしてもあたしは幸せの絶頂からあいつを突き落とすような行為に及んだのだ。
そこに裏切る意図は皆無だとしても、それをどう受け取るかは相手が決めること。
怒らせることよりも、一瞬でもあいつを悲しませることの方が・・・辛い。

それでも・・・
つくしはギュッと服の上から小さな塊を握りしめた。


あの日 ___
記憶の戻っていない司が起こした奇跡。
全ての記憶を失っても尚、道明寺司という男は何も変わらないのだとその身をもって彼は証明してくれた。
そしてその確固たる証拠が今つくしの胸元で光っている。
・・・あの日から肌身離さずずっと。

4年前にもらったものと全く同じなようで少し違う。
そこに彼の4年という時間を見たような気がした。
どちらを身につけるか一瞬迷ったけれど、過去は過去で大事にしながら未来を見つめる。
そんな今の自分にふさわしいのは、今のあいつがくれたネックレスだと思えた。

・・・とはいえ、4年前にもらったものもお守りに忍ばせて行動を共にしている。
昔の自分ならこんなに高級なものを常に持ち歩くなんて末恐ろしくてできなかっただろう。
それでも、今の自分にとっては何よりも支えとなる存在だから。
久しぶりに耳にしたあいつの名前に、今も変わらずに頑張っているのだと知って心の底から安堵した。・・・そして嬉しかった。

きっと怒っているに違いない。
そして悲しませてしまったに違いない。
・・・たとえそうだとしても。
あいつはきっとあたしを見つけ出してくれる。
どんなに時間がかかろうとも・・・いつか必ず。



___ だからあたしは自分がすべきことをして信じて待ち続ける。



「いっけない、こんなことばっかり考えてる暇なんてないんだった。急いで片付けないと・・・」

プレミア棟。
従業員の間でそう呼ばれているこの場所、それこそが司とつくしが結ばれたあのコテージだ。
このリゾート一帯の中でも群を抜いて豪華なその造りと可愛らしくないお値段故か、基本的にはメープルで充分に鍛えられたベテランのスタッフが担当することが多かった。少なくともつくし達新人が担当できるような場所ではない。
つまりはこの中に足を踏み入れたのはつくしにとってもあの日以来となるのだ。

目を閉じるだけであの日のことが今も鮮明に甦る。
こうしてこの場に立てば尚更のこと。

「・・・・・・」

体中から溢れ出しそうになる感情を深呼吸で落ち着かせると、つくしは気持ちを入れ替えて室内清掃へと取りかかった。

「それにしてもほんとにこんなところに泊まる人なんているのねぇ・・・」

カチャカチャと使用済みのカップを片付けながら思わず口に出てしまう。
1泊ですらつくしの以前の月収でも到底手が届かない。
そんな 「ありえない」 がありえるセレブというのがこの世にはたくさん存在していることをここに来てあらためて思い知らされた。この思い出の場所でまた誰かが新たな思い出を刻んでいくことが、従業員としては喜ばしく思う一方で、一個人としては何とも言葉にできない気持ちになってしまう。
・・・だなんて、公私混同してしまう自分は完全にプロ失格だ。


「わ~お、見事な団子ができてる・・・」

広すぎる室内を順に回っていくと、次に入った寝室で真っ先に目に入ったのは乱雑に積み上げられたままの布団の山。このリゾート自体がある程度の富裕層しか来られない場所なのだが、こうして片付けをする度に思う。
彼らは案外部屋を汚しまくって帰っていく人達らしいと。
思えばお手伝いさんだの使用人だのがいるのが当たり前で、普段は自分で身の回りの整理整頓をするという習慣がそもそもないのだろうか。だから本人からすれば散らかしているという認識すらないのかもしれない。

「お昼までに終わるといいけど・・・」

やりがいのありすぎる惨状にむんっと腕まくりをすると、つくしは目の前の高級羽毛布団に手を伸ばした。




「 きゃああああっ????!!!! 」




だが次の瞬間室内に悲鳴が響き渡る。

掴もうとして伸ばした手を掴まれたのは ____ 他でもないつくし自身だったから。
誰もいない、いるはずがないと思っていた場所から伸びてきた手に悲鳴が上がるのは当然だ。
しかも凄まじい力でベッドの中に引きずり込まれてしまった。

まさか新手の強姦魔だったり・・・?!
金にものを言わせてそんなことができる人間がいてもおかしくはない。そのことを十二分に知っているだけにその可能性が過ぎって背筋が凍り付いた。

「いやっ・・・! 離しなさいよぉっ!!」

ジッタンバッタン力の限り暴れ回るが、その抵抗も虚しくますます体はベッドの中央へと引きずり込まれていく。おまけにグチャグチャになっている布団が邪魔で強姦魔の顔も確認できない。

「やだやだやだやだっ!! あんたの相手してる暇なんかないのよっ! あたしは既に売却済みなんだからっ! もう使い古しの中古品なんだからっ! そんな奴を襲ったってなんにも楽しいことなんてないんだからっ!! っていうか急所を潰されたくなかったら離しなさいよぉっ!!!! 」

体で抵抗できないならせめて口だけでも。
何でもいいから相手に隙を作らせて蹴り潰す!
つくしの頭の中はもうそれだけでいっぱいいっぱいだった。





「 バーーーーカ。 潰して困るのはお前だろうが 」




藻掻く隙間にふっと聞こえてきた心地よい声につくしの動きがピタリと止まる。


「・・・・・・・・・・・・・・・えっ・・・」


まさか・・・
まさか、この声は・・・

嘘のように抵抗がおさまったかと思えば今度は途端に全身が震え始めた。
そんなつくしを見下ろすようにバサッと布団から顔を出したのは・・・





「 ど、みょじ・・・ 」





 
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