また逢う日まで 5
2015 / 12 / 18 ( Fri ) 「おい、婚約者ってお前・・・。つーかお前こそあいつが突然仕事をやめた理由を知ってるんじゃねーのかよ!」
「おい大塚! 立場をわきまえろっ!」 突然食ってかかった大塚を社長である渡邉がたしなめる。 「 ___ っ、すみません・・・でも、」 「あいつは自分の意志でいなくなった」 「えっ?」 ゆっくりと振り返った司の鋭い眼光に背筋がゾクッと震えた。 だがここで怯んでなるものかと大塚も負けじと睨み返す。 「自分の意志でって・・・だったら尚更お前に原因があるんだろうが!」 「俺は何もしちゃいねぇ」 「そんなわけねーだろ! あいつが・・・あのクソ真面目な牧野がこんな形で仕事をやめるだなんて普通なら考えらんねーだろ?! お前すら理由を知らずにやめたんだとしたら・・・」 「あいつは俺に全幅の信頼を預けた上で消えたんだ」 「えっ・・・?」 「そして俺に信じろというメッセージを残してな」 そう言いながら司が触れているのはダイヤの輝きが目にも眩しいタイピンだ。 「お前、何を言って・・・」 わざわざここに足を運ぶということはつくしがいなくなったことはこの男にとっても想定外のことだったに違いない。だというのに何故こうも落ち着いていられるというのか。全く理解できない。 「あのっ・・・! もしかして、つくしちゃんが忘れていた人って・・・」 その時1人の女性がおずおずと割って入った。 渡邉の妻でありこの事務所でつくし以外で唯一の女性、里子だ。 「里子・・・? お前、何か知ってるのか?」 「あ、いえ・・・ただ以前つくしちゃんが言ってたのよ。自分には欠けた記憶があるんだって。その人のことは何も思い出せないのに、気になって仕方ないんだって。だからそれが好きってことなんじゃないの? って話したことがあって・・・。だからもしかしたら、その相手が・・・」 「欠けた記憶・・・?」 記憶喪失の事実を初めて聞いた面々が驚きに染まる。 それと同時に全員の視線が一点に集中した。 圧倒的なオーラでそこに立っている男へと。 「・・・渡邉社長、あいつはいつどんな形でここをやめたんでしょうか」 「えっ? あ・・・あぁ、あれは・・・今から1ヶ月ほど前でしょうか。神妙な面持ちでいきなり頭を下げられたんです。急な話で本当に申し訳ありません、ですが一身上の都合で仕事をやめさせてくださいと」 1ヶ月前・・・ それは例の女が起こしたトラブルが原因でつくしが倒れて間もない頃だ。 やはりあいつはあの時 ___ 「他には何か?」 「いえ、全く寝耳に水で驚いたのは事実ですけど・・・正直なところ、私も深くは追求していないんですよ」 「・・・それはどういうことです?」 怪訝そうに司が眉を潜める。 「私は彼女を信頼してるんです。大塚の言った通りクソがつくほど真面目、そして人一倍努力する。そんな彼女がいきなりあんなことを言い出したんです。もしも後ろ暗いことがあるようなら当然全力で引き止めるつもりでしたよ? でも牧野の目力は強かった。そこに一切の迷いを感じなかった。ならば私は彼女の決断を黙って受け入れようと思ったんです」 「・・・・・・」 「まぁ経営者としてはそれじゃ駄目なのかもしれませんけどね」 そう言って苦笑いする。 この男を見ていれば、自分の知らない4年間をつくしがどう過ごしてきたのか、今の司にはそれが手に取るようにわかる。 「だが1つだけ。あなたは先程牧野を婚約者だと言った。大塚は牧野がここをいなくなったのにはあなたが関係していると言う。里子の話が事実だとするならば、色々と複雑な事情がおありなのでしょう。具体的に何があったのかまで聞くつもりはありません。・・・ですがこれだけは確認したい。あなたを本当に信頼していいんですよね? ・・・牧野を幸せにしていただけるんですね?」 「・・・・・・」 柔和に笑っていた顔が一瞬にして真剣なものへと変わる。 それはまるで大事な娘を攫われる父親のように鋭い眼差しへと。 司はしばし睨み合うようにその視線を真っ正面から受けると、長い沈黙の後何故か笑った。 笑う理由など皆目検討がつかない一同は戸惑いを滲ませて司の言葉を待っている。 「・・・愚問だな」 「え?」 「私にそれを聞くこと自体が愚問だと言ったんです」 「それは・・・」 「牧野は俺の全てだ」 「 ! 」 短いながらも凄まじい威力をもつ言葉に室内が静まりかえる。 次にどんな言葉が紡がれるのか、一文字ですら聞き逃すまいと。 「確かに俺も牧野も記憶を失った。・・・だがそんなことは問題ではない。辿り着く場所は同じ」 「辿り着く場所・・・?」 「俺を幸せにできるのは世界にただ1人、牧野つくしという女だけ。そしてその逆もまた同じ」 「・・・・・・」 ゴクッと渡邉の呑み込んだ唾液の音が響き渡る。 20ほども歳が離れているというのに、放たれるこの圧倒的なオーラは一体何だというのか。 「俺達に記憶の有無は関係ない。・・・だが彼女は一足先にその欠片を手にしてしまった」 「・・・え?」 「だからこそ彼女は動いた。・・・俺たちが一緒にいるためには越えなければならない壁があると判断して」 「それは、どういう・・・」 最後の方はここにいる人間に聞かせているというよりも、もうほとんど自分に語りかけているようだった。まるでそうして自分を納得させているかのように。 「いかにもあいつらしい、あいつは4年前と何も変わっていない。それでこそ牧野つくしと言わんばかりの行動をしやがった。・・・今日ここに来てあらためてそれを確信することができた」 そこまで言うと、司はいきなり渡邉に向かって頭を下げた。 突然のことにわけがわからず、誰一人、何一つ反応ができないでいる。 「こういう形でここを辞めたこと、彼女と共にお詫びする。そしてこれまで彼女を温かく見守ってくれたことへの感謝も」 「ど、道明寺さん・・・? あの、顔を上げてください!」 「・・・では私はこれで。突然の訪問で失礼した」 「えっ? 道明寺さんっ?!」 軽く会釈をして体を反転した司に慌てて声を掛けるが、来た時以上のスピードで瞬く間に部屋から出て行ってしまった。渡邉を筆頭にその場にいた全員がまるでキツネに抓まれたように呆然と立ち尽くしている。 「彼が・・・牧野の婚約者・・・?」 「すっげ・・・俺、あの人を生で見るの初めてだよ。オーラがハンパねぇんだな・・・」 「っていうかまさかつくしちゃんの想い人が道明寺副社長だったなんて・・・」 微かに残る高質な香りに酔いしれながら、残された面々は興奮冷めやらぬ様子でいつまでも落ち着かなかった。 ただ一人を残しては。 *** 「おい、待てよっ!!」 確実に聞こえているに違いないのに、風のように颯爽と前を行く男は止まらない。 振り向きもしない。 「あいつを泣かせたら承知しねぇからなっ!!」 この野郎と心の中で悪態をつきながら投げたその一言に、ようやくその足がピタリと止まった。 「・・・お前、誰に向かって言ってる?」 振り向きざまに凄んだ声は自分でなければ縮み上がっていただろう。 だがこれだけは言っておかなければ。 「誰ってお前だろ。道明寺司」 名指しされた男のこめかみがピクッと動く。 「お前の言ってた話の半分も意味がわかんねーけどな、これだけは言える。あいつを泣かせたら許さねぇぞ」 「だからてめぇは誰に向かって口聞いてんだ? お前に言われる筋合いもなければてめぇはそんなこと言える立場にねぇだろうが。何か勘違いしてんじゃねーのか? あいつの彼氏気取りかよ、振られた分際で」 「あぁそうだよ、気持ちがいいほどにフラれたさ。でもあいつを心から大事に思う気持ちは何も変わらない。心配する気持ちだって」 その言葉に司の瞳が鋭く光る。 「でもそれは俺だけじゃねーんだよ。見ただろ? 社長だって、里子さんだって、そして同僚だって。あいつを知る人間は心底心配してんだよ。もしもあいつが苦しんだり悲しんだりしてるようなことがあるなら・・・社長だってお前を一発ぶん殴るだろうさ。異性として好きだからじゃない。それ以前に俺たちは牧野つくしっつー人間に惚れてんだよ!」 「・・・・・・」 今にも殴りかかってきそうなほどの空気を纏った男を前にしても、大塚は怯むことなく思いの丈をぶつけた。司は眉間に深い皺を刻んだままじっとそんな男を見据えている。 「・・・・・・フッ」 「・・・え?」 ピリピリとした空気がふっと途切れると、何故か司は笑っている。 呆れたような、どこか諦めにも似たような苦笑いを浮かべながら。 「・・・全く変わってねぇぜ。腹立たしいほどにな」 「 ? 何がだよ 」 「あいつはこの4年記憶を失っていた。けれどその本質は何一つ変わっちゃいねぇ。こうやって本人の自覚のないところで人を惹きつけて離さない」 「・・・・・・」 「そこに男も含まれるっつーのがこの上なく気に入らねぇけどな」 まるで子どものような言い分に大塚が拍子抜けする。 「・・・でもそれでこそ俺が惚れた女なんだよ」 「 ! 」 「俺だって記憶を失おうと本質は何も変わっちゃいねぇ。俺は俺だしあいつはあいつだ。だから俺たちは再び惹かれ合った。泣かせたら承知しねぇだと? そんなことてめぇに関係ねーんだよ。もしもあいつが泣くことがあったならそれ以上に笑わせてやる。あいつが悲しむことがあればそれ以上に幸せを実感させてやる。それができるのはこの世に俺しかいねーんだよ」 「・・・・・・」 歯の浮くようなセリフに大笑いしてやりたいのに、その心とは裏腹に少しも笑えない。 それはこの男がそれを心から信じて疑っていないからだ。 真っ直ぐで揺らぎないその想いが自分を撃ち抜いて、瞬きすらできない。 「お前が入り込む隙は1ミクロンだってねぇっつっただろ。諦めろ」 「あっ、おい!」 「うるせーな。てめぇに構ってる時間なんかねぇんだよ。・・・あいつが俺を待ってっからな」 「・・・!」 口角を少しだけ上げながらそう言うと、再び大塚の前を風が通り抜けた。 ここへ来た時と少しも変わらない高質な靴音を響かせながら、あっという間にその姿は見えなくなる。呆然とそれを見送っていた男が我に返ったのは、その風が吹き抜けてからどれくらいの時間が経ってからのことだっただろうか。 「・・・・・・くっそー。やっぱあの男、心底気に入らねーぜ・・・」 そう言いながらも何故か笑っていた。 いや、もはや笑わずにいられなかったのかもしれない。
昨日はたくさんのコメント有難うございました!予想以上に怪奇現象先輩がいらっしゃいまして、なんだか勇気が湧いてきました(笑)お話の種もたくさん有難うございます^^ 昨日の記事にいただいたコメントお返事は個別にしませんので、これでお礼に代えさせていただきますことをご了承ください(o^^o) |
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by: * 2015/12/18 11:51 * [ 編集 ] | page top
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悲しきかな加齢現象と大笑いされるかと思いきや意外や意外、「私も仲間ですっ!!」というなんとも心強いお言葉が続出しまして(笑) いやぁ、これが類友というものか?! と何とも言えない一体感を感じたのであります( ̄∇ ̄) それにしても娘さんの体温・・・5度見したんですけど! 書き間違いじゃなくて?!ガチでですか?! そりゃ周囲はパニックにもなりますわ・・・( ゚Д゚) --ke※※ki様--
司はなんだかんだ言いつつも大塚に対して嫉妬心はもってるでしょうね。 何故なら大塚もつくしの本質をよく理解できてるから。 自分以外つくしを泣かせることも幸せにできる奴はいないと思ってても、それと面白くない感情はまた別物ですからね(笑) 坊ちゃんならガン無視だって余裕でできるだろうに、敢えて面と向かって啖呵を切るあたり・・・なんだかんだ気になる存在の1人なんだろうなと(笑) --ta※※iaoi様--
おかげさまで順調に回復してます! 今度は息を吸っただけで寝違えないように気をつけます!オスッ! 笑 大塚は男としてももちろんつくしを好きだけど、兄のような感覚も持ち合わせてるんでしょうね。 とにかく放っておけない。しっかりしてるように見えて危なっかしいつくしが気になって仕方ない、そんな感じなんだと思います。意外と庇護欲を掻き立てられるタイプなのかしら? いずれにせよつくしが羨まし過ぎというファイナルアンサーで( ̄∇ ̄) --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --さと※※ん様--
何気にこのお話でのイチオシキャラはこの渡邉社長だったりします。 渋めのイケメンおじさまの設定。 とは言ってもまだ40そこそこなのでまだバリバリ現役なんですけどね! たまには司のライバルがこういううんと年上の大人の男ってのもいいんじゃないか?なんて思っちゃってます。ただ残念、彼は既に売約済みなんですよね~(≧∀≦) うん、年上男のネタ、本気で使えるかも・・・ 私も司のくっせー決めぜりふを書きながら「カーー!何言ってんだてやんでぃ!」なんて思っちゃうんですけどね。もし自分がリアルにそんなことを言われた日にゃあ万年の恋も冷めるくらい現実主義の私ですけどね、司が相手だとこれしかない!と思っちゃうんですよねぇ~。 いやぁ、道明寺司という男はやはり何処にも属さない唯一無二の存在ですねぇ。 お前が言わずして誰が言う? 「俺でしょ!」 みたいな。 16年の流行語大賞狙っちゃう?( ̄∇ ̄) |
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