Holy Night 中編
2015 / 12 / 25 ( Fri ) 『 今なんつった・・・? 』
その声は震えていた。 怒りに、悲しみに。 ありとあらゆる負の感情が入り交じって。 それでもあたしは構わずに言葉を続けた。 『 だからあたしと離婚してください。あたしの分はもう書類に捺印してるか・・・きゃあっ!! 』 バシィッ!! 乾いた音が広い部屋に響き渡る。 勢い余って床に倒れ込んでしまったあたしを、あいつが今にも泣きそうな顔で見下ろしていた。 ジンジンと熱を持つ頬に不思議と痛みは感じない。 あたしは殴られて当然のことをしているのだから。 それよりも、今目の前で苦しげに顔を歪めている男を見る方がよっぽど痛い。 『 ・・・ざけんなよ・・・・・・ふざけんなっ!! 』 「 ふざけてなんかいない! あたしは真剣にっ・・・! 」 『 だからそれこそがふざけてるっつってんだよ! 離婚? 捺印した? この俺がそんなことを許すわけがねーだろうが!! 』 「 だって! だってっ・・・!! 」 『 いくら子どもがいたってお前がいなきゃ何の意味もねぇんだよっ!! 』 「 ・・・・・・っ! 」 空気を切り裂くような悲痛なその叫び声に息が止まる。 座り込んだまま呆然と見上げるあたしの前にゆっくりと跪くと、あいつはあたしの両手を握りしめて顔を埋めた。その手は微かに震えていた。 『 なんで・・・なんでわかんねぇんだよ・・・。俺にはお前が全てなんだって・・・ 』 「 ・・・・・・ 」 『 子どもができない? それが何だっつーんだよ。んなこと俺たちの人生に何の関係もねぇ 』 「 でもっ、あんたはっ・・・! 」 『 道明寺の後継者だからって? だからどうしたんだよ。実子じゃなきゃ後を継げない法律でもあんのか? あるとするならそんな法律は俺が変えてやる 』 「 そんなバカなこと・・・ 」 『 バカ? 馬鹿げてんのはお前の方だろうが。子どもがいないだけで何故俺たちが別れる必要がある? 俺は子どもが欲しくてお前と結婚したんじゃねぇ。お前と人生を歩みたくて家族になったんだ。逆にお前は俺に子どもをつくる力がないんなら俺を捨てるのか?」 「 そんなわけないじゃないっ!! 」 即座に否定した言葉は思いの外大きな音で響き渡る。 自分でも驚くほどのその声に、司は何故か嬉しそうに笑って見せた。 『 だろ? そんなん俺だって同じだ。子どもの有無なんてどうだっていい。お前さえいれば 』 「 でも、でも・・・あんたは・・・ 」 『 今時養子をもらうことは珍しいことじゃねぇ。それに、姉ちゃんのところにだって子どもはいる 』 「 でも、でもっ・・・! 」 あたしはあんたに 『 家族 』 をつくってあげたかった。 愛情を知らずに育ったあんたに、愛ってこんなにも素晴らしいんだよって。 そんな笑顔溢れる家族の姿をあんたに ____ 『 つくし・・・やっぱりお前は何もわかっちゃいねぇ。たとえ10人子どもがいたってなぁ、そこにお前がいなきゃ何の意味もねぇんだよ。お前たった1人の価値に敵う存在なんて、この世のどこを探したっていねぇんだよ! ・・・俺はお前がいて初めて人間らしく、俺でいられんだよ・・・ 』 「 つ、かさ・・・ 」 『 お前さえいれば俺は何も望まない。・・・お前を愛してる 』 「 つか・・・っ 」 パタパタと、どこからともなく音が響いてくる。 それはとめどなく続いていき、やがて完全に視界が歪んだときに初めて自分が大粒の涙を流しているのだと気付いた。 『 つくし・・・ 』 「 うぅっ・・・うぅ゛ーーーーーーーーーーーーっ・・・! 」 『 お前を愛してるんだ・・・お前以外は何もいらない。お前だけ・・・ 』 「 あぁ゛ーーーーーーっ・・・! 」 まるで壊れた機械のように、手負いの獣のように大声で泣き崩れるあたしの体を、あいつは優しく優しく抱きしめた。壊れないように、労るように。けれど絶対に離さないという強い意思だけは伝わってきて、あたしの涙腺は完全に崩壊してしまった。 張り詰めていた糸が切れてしまったように、ただひたすらに声を上げて泣いた。 「・・・・・・え? 今、なんと?」 「・・・ですから、奥様は非常に妊娠しづらい体質であることが判明しました」 医師から告げられた言葉に頭が一瞬にして真っ白になる。 ・・・何? 妊娠しづらい・・・? ・・・一体、誰が・・・? 「数ヶ月にわたり精密検査をしてきましたが、奥様の場合は卵子を作る機能に・・・」 具体的な説明をしてくれているというのに何一つ頭に入っては来ない。 何も、 ___ 何も。 『 お子さんはまだですか? 』 そんな何気ない他人の一言が気になるようになったのはいつからだっただろう。 子どもなんて、結婚して欲しいと思えばそのうち自然にできるんだって信じて疑わなかった。 だからすぐにできなくたって、夫婦仲良くしてればいつかその時が来るって深く考えもしなかった。 『 一度軽い気持ちで検診受けてみるのもいいんじゃないですか? 健康診断にもなりますし 』 そんな桜子のアドバイスで初めて婦人科を訪れたのは・・・結婚してから2年経ってのことだった。 そしてそこで告げられた衝撃の事実。 全くもって想定だにしていなかった事態に、頭は完全に考えることを拒否してしまっている。 「あ、あの・・・しづらいってだけでできないってわけじゃないんですよね?」 そう。彼女は 「できない」 とは言ってはいない。 そんな淡い期待に胸を膨らませながらそう尋ねたが、医師の表情は晴れないまま。 そのことがまた暗黒の世界へと自分を突き落としていく。 「仰るとおりできないわけではありません。ですがデータを見る限り奥様の場合は自然妊娠は限りなく難しい状況なのも事実です。ですから人工授精や体外受精などの不妊治療へとステップアップされることが望ましいかと。卵は少しでも若い方がいいですから、取り組むお気持ちがあるのでしたらすぐにでもなされた方がよろしいかと思います」 「・・・・・・」 「・・・突然のことで混乱もおありでしょう。自然妊娠が不可能なわけではないし、治療をすれば子どもができるという保証もありません。何よりも治療は心に無理な負担をかけてまでするものではないと思っています。ご夫婦の問題ですから、ご主人とじっくり話し合われて答えを出されてくださいね」 そう言って優しく微笑みかけてくれた女医の顔がやけに歪んで見えた。 ・・・あぁそうか、あたしは泣いているんだ。 この涙は何? 悲しくて泣いてるの? ・・・違う。 不甲斐ない自分自身への怒りで泣いてるんだ。 今までだって気付くチャンスはいくらだってあったはずなのに、何故あたしはこんな大事なことに気付かなかったのだろう。 「 当たり前 」 なんてこの世には存在しないのに、目の前の幸せで頭がいっぱいになって、そこかしこに転がっていたその可能性を素通りしてしまっていた。 あいつと一緒になるまでたくさんの試練を乗り越えたんだから、この先にはもう幸福な未来しかないなんて、そんな馬鹿げたことをあたしは本気で信じていたのだ ____
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by: * 2015/12/25 00:43 * [ 編集 ] | page top
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そうなんです。同じ女性としてこれは決して人ごとじゃないんですよね。 この2人の場合はどんな未来となっていくのでしょうか。 --k※※hi様--
実はこのお話は細かい部分は変えてるものの、大筋で実話なんです。 だーれも知り合いすらいない雪国へと嫁いだ私。 これまで色んな事がありました。その中でも特に大きな試練となったこちらの出来事。 苦しいこともたくさんありましたけど、その分自分でも色々成長できた部分もあったなと思います。それまで気付きもしなかったことをたくさん学びましたから。 夫婦の形って正解はないと思うし、そんな中でつくし達はどういう結末を迎えるのか。 最後まで見守ってやってくださいね^^ --てっ※※くら様--
そうですね、重いテーマですよね。 でも決して人ごとではないんですよね・・・ 仰るとおり子どもの有無ではなくそこのベース部分を大事に描きたいと思って書いたお話なんです。 つくしと司ならではの1つの夫婦の形を最後まで見守ってやってくださいね^^ (すみません、ダーリンに愛の言葉は囁けそうにありません。もうムリです・・・笑) --や※※☆様--
前半だけだとわけがわからなくて「えっ!」ってなりますよね。 そして中編は中編でずしっと心に重いテーマがのしかかり・・・ さぁ、彼らはどういう結末を迎えるのでしょうか。 --ta※※iaoi様--
そうですね、やっぱり・・・でしたね。 これは実体験をベースにしているので結構リアルに感じる人もいるんじゃないかと思います。 ほんとに色んなことがあったなぁ・・・と。世の中「当たり前」はないですね。 特につくしの立場は本当に辛いんじゃないかな~と思うんです。 世界の大財閥の妻ですからね。それはそれは想像を絶する苦悩だったのではないかと。 だから離婚を申し出たつくしちゃんの決断が安直だなんて絶対に思えません。 でもここでも司は司。彼らの愛の形を最後まで描きたいと思ってます^^ --ナ※サ様--
そうなんですよね。愛してるが故に別れの選択をする。 見る人が見れば「なんでなんで?」と思うかもしれませんが、またある人が見れば「痛いほどにわかる」、受け止め方は分かれるのではないかと思います。私は後者です。 司の言い分もよくわかるし間違ってない。そしてつくしだって間違ってない。 お互いがお互いを想い合うが故のすれ違い。 この経験を通して彼らは何を学ぶのか、ラスト見守ってやってください! --し※様--
今までとはまた全く雰囲気の違う話ですよね。 重いテーマではありますが、最後まで彼らを見届けていただけたら嬉しいです^^ --翔様--
翔様チビゴンがほんとお好きですね(笑) 確かに1日行動観察してると飽きないです。超絶疲れますけど( ̄∇ ̄;) チビゴンはサンタさんに自分で手紙を書いて、夜中に母がこそーーっと息を殺してプレゼントを設置に。しかーし!一晩の間に世界5周くらいするチビゴンは案の定プレゼント設置予定位置にひっくり返っていて大苦戦!頼むから夜中にベッドから蹴り落とすんじゃねーぞ!と念を送りながら強引に置きました(笑) 風邪をひいてる私だけ今は1階の和室で寝てるんですが、朝6時にガッタンゴットンと何やら怪しい物音が近づいて来まして。引き摺るようにしてデカイ箱を抱えながら満面の笑みを浮かべたチビゴンが爆睡する母の枕元へと参りました。お前は貞子かっ!! ちなみにプレゼントは毛糸のミシンだったんですけどね、早朝からカタカタ付き合わされる羽目になりました・・・(=_=)誰だよこんな便利なおもちゃ開発した奴は!(笑) --ゆ※ん様--
お互いを想うが故の愛がビシビシ痛いですよね。 でも今は決して珍しくないこういった問題。 乗り越え方も夫婦によって様々だと思います。 あくまでも彼ららしさを出しながらラストまでいけたらいいなと思ってます^^ --ke※※ki様--
えぇ、人ごとじゃないですね。何せ大筋で実話なので(^_^;) 言葉では簡単に表現できないくらい本当に色んなことがありました。 司の気持ちもわかるしつくしの気持ちもわかる。 どっちも間違ってないんですよね、ほんと。ただ共通してるのはお互いを心から大事に想ってるってことだけ。だから一緒にいるだけが愛の形じゃないと結論づけたつくしの葛藤も痛いほどにわかります。 辛辣な言葉を投げつける人っていますよね~。 ke※※kiさん、それくらいならまだ可愛いもんです。 ほんと、びっくりするくらいもっと酷いこと言われたことありますから。 もうね、言葉にするのも嫌(苦笑) 今回は短編ならではのラストを選択しました。もし長編にしていたら確実に違うタイプのラストにしていたと思います。 |
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