Holy Night 後編
2015 / 12 / 26 ( Sat ) 医師から告げられたことを正直に話したあたしにあいつが言った言葉 ___
『 だからなんだ? そんなことは俺たちにとって何の問題もない 』 少しも考えることもなく即答したあいつに、あたしの心は打ち震えた。 そして心のどこかで彼ならきっとそう言うに違いないと信じていたし、そう期待もしていたのだ。 思いも寄らぬ宣告にショックを受けたのも事実だけど、悲観してばかりはいられない。 そう、可能性がたとえ1%でも残されているのなら。 その可能性を信じて前を向いて進んでいくだけ。 司は無理してまで子どもを作る必要なんかないって言ってくれたけど、あたしに迷いはなかった。 あいつに温かい家族をつくってあげたい、それはあたしの何よりの夢だったから ___ けれど現実はそんなに甘いものではなかった。 検査結果を受けていきなり体外受精から入ったものの・・・望まない結果が繰り返されるだけ。 やがて時間と共に顕微授精へとステップアップしたけれど、そこでも結果は同じ。 今度こそ! と期待を抱いて胎内へ戻しても、そのうち駄目になって流れてしまう。 そんなことの連続だった。 頑張ろうと気持ちが空回りするばかりで、結果は全くついてこない。 辛いなんて弱音を吐くことは許されない。だって、あたしは経済的に恵まれてるんだから。 お金の心配をせずに治療に打ち込ませてもらえる。それだけでもどれだけ幸せなことなのか。 だから、絶対に弱音なんて吐いちゃいけない ___ あたしは知らず知らず自分を追い詰めていった。 気が付けば治療を始めてから4年目に突入した頃、突然あいつが言った。 『 俺はお前がいれば後は何もいらない。辛い治療を続けて悲しむお前を見るよりも、子どもがいなくたってずっと笑っていられる2人でいたい 』 と。 涙が止まらなかった。 あたしを慰めるためじゃない。 あいつは心の底からそう思って言ってくれたんだってわかってるから。 自分がどれだけ幸せなのか、いつバチがあたってもおかしくないほどに恵まれているのか。 こんなにも自分を愛してくれる人と巡り会うことができた奇跡。 その奇跡にこれほど感謝したことはない。 それなのに・・・ それと同時にどうしても消すことのできない罪悪感があたしの中で渦を巻き始めた。 どうして・・・どうして神様はこんなに残酷なのか。 誰よりも家族の愛を知って欲しい男に、何故こんな試練を与えるのか。 あいつにそっくりな子どもを抱かせてあげたい、くだらないことで大笑いしたい。 そうすればあいつはもっともっと本当の自分を取り戻すことができるのに ___ あたしの心を疲弊させていったのは自分自身だけではない。 道明寺財閥の副社長という立場上、ありとあらゆる人脈がある。 何かにつけて人と会う度に、 「お子さんはまだですか?」 と決まり文句のように言われる。 結婚した夫婦に対してありふれたはずの会話が、こんなにも鋭い凶器へと変貌するなんて。 自分がそうなるまで気付きもしなかった。 今になって思う。これまで自分は知らず知らず無神経なことをしていなかっただろうかと。 上手く話を流してくれるあいつの横で作り笑いをするあたし。 そんなことを繰り返していくうちに、いつしか笑おうとすると息苦しささえ感じるようになっていた。 そんなあたしをあいつは大事に大事に労ってくれた。 その優しさが嬉しいと思う一方で、とてつもない罪悪感が自分に襲いかかるのだ。 自分は心配ばかりかけて一体彼に何ができるというのだろうか。 何が雑草のつくしだ。 ポキッと根元から折れてしまっては、いくら雑草だって立ち上がることなどできやしない。 情けない。 悔しい。 腹が立つ。 ・・・・・・悲しい。 どんなに這い上がろうとしても、出口の見えない底なし沼のように負の感情から抜け出せなくなってしまったあたしは、結婚してから6年目のあの日、あいつへ離婚届を差し出した。 別れるなら早いほうがいい。 あいつにはいくらだって家族をつくるチャンスがあるのだから。 最初は寂しくても、いつかあいつが幸せな家族を築いてくれるなら・・・あたしは心の底から笑って祝福したい。それは嘘偽らざる本音だった。 あいつは優しいから自分からそんなことを言い出したりしない。 だから、あたしの方からあいつを自由にしてあげなければ ____ 『 いいか、つくし。二度とこんなバカな真似はするな。もし万が一こんなことをしようものなら・・・俺はお前を殺して自分も逝く 』 「 ・・・っ! 」 『 俺は本気だ。それほどにお前が俺の全てなんだよ 』 「 ・・・っうぅ゛っ、つかさっ・・・づがざぁあっ~~~っ・・・! 」 『 ・・・さっきは殴って悪かった 』 ぶんぶんと必死で首を振る。 こんな時まであたしの心配をしてくれるあんたは心の底から優しい人だ。 こんなに弱くて愚かで自分勝手なあたしだというのに。 獣のように激しい一面と表裏一体で併せ持つ優しさ。 そんなあんただからこそあたしは家族をつくってあげたかった。 ・・・ごめんね、司。 それでもあたしはあんたといたい。 あんたがあたしを必要としてくれる限り、この命が尽きるまであんたの傍を離れたくない。 ううん、ずっとずっと、たとえ命が尽きようともあんたと一緒に ___ 久しぶりに懐かしい夢を見た。 もうずっと前に割り切っていたはずのちょっぴり苦い思い出。 最大の試練を乗り越えたあたし達は、まるで憑きものが落ちたかのように日々が笑顔で溢れるようになった。子どもが欲しくないわけじゃない。それでもお互いにとって一番大事なことが何なのか、ようやく気付くことができたから ___ 今を精一杯に生きる。 それこそがあたしたちにとって一番なんだって、やっとわかったから。 それでもふとしたときにこうしてセンチメンタルな気分になるのは、今日がクリスマスだから。 10年前のあの日を思い起こさせるこの日だけは、ほんの少しだけ苦い痛みをあたしに与える。 そしてその度に大事なことが何なのかを気付かせてくれるのだ。 「ん・・・」 体が、だるい・・・ ここは・・・どこ・・・? 「気が付いたか?」 「え・・・? あ・・・つかさ・・・?」 ぼやけた視界に浮かび上がってきた輪郭、それはこの世で一番愛する人。 やけに心配そうに覗き込むその顔に、自分の記憶を必死でたぐり寄せる。 「あたし・・・?」 「覚えてねぇか? お前パーティの最中に倒れたんだよ」 「倒れた・・・?」 そういえば朝から体が重かったことを思い出す。ここ数日は思うように眠れず、そこに加えてしっかり道明寺夫人としての役目を果たさなければという重圧がのし掛かって、結果的にこんな失態をおかしてしまった。 そう、今自分がいるのは病院だ。 「ごめんなさい! あたし・・・!」 「起きなくていい。寝てろ」 「でもっ・・・!」 「パーティならとっくに終わってる。それにお前は既に自分の役目をしっかり果たしてる」 「・・・・・・」 その言葉にどっと力が抜けていく。 道明寺の後継者をつくってあげることができないのならば、せめて自分にできることは常に全力で取り組もうと思っていたのに。こんな形で穴を開けてしまうなんて・・・自分はどうしてこうも空回りしてしまうのだろうか。 潤んできた視界にグッと唇を噛むと、つくしは見られまいと黙って俯いた。 そんなつくしの頬に温かな手が優しく触れる。 「・・・お前ずっと我慢してたのか?」 「・・・え?」 「ずっと体調悪かったんじゃねぇのか?」 心配しながらもどこか怒っているような声に思わず顔を上げた。 その表情は何とも言えない複雑なもので・・・何を考えているのか読めない。 「どうして言わなかった」 「いや・・・言わなかったってわけじゃなくて、単なる寝不足だったから。ほら、あたしって未だにパーティとか慣れないでしょ? だからどうしても緊張して眠れなくてさ。今回は司もいないってわかってたから余計に。だから別に体調が悪かったってわけじゃ ___ 」 「もうお前1人の体じゃねぇんだぞ」 「・・・・・・え?」 言われた言葉の意味がわからずにキョトンとする。 ・・・どういうこと? わけがわからずにいるあたしの両手を握りしめると、司はそっと手のひらに口づけをしながらあたしを見つめた。 「 ・・・お前の腹の中に俺たちの子どもがいる 」 ・・・・・・・・・・・・え・・・? な・・・に・・・? いま、なに、を・・・ 「子どもができたんだ」 ギュウッと握りしめられた手に我に返る。 ハッとして顔を上げれば・・・司が笑っていた。 はにかむような、照れくさいような、一言では表現できない初めて見る顔で。 「う・・・うそ・・・」 「じゃねぇよ」 「な、何かのじょうだ・・・」 「こんな悪趣味な冗談誰が言うか」 「・・・・・・・・・」 未だ放心状態のあたしに痺れを切らしたのか、司の手が再び頬へと戻って来る。 自分から目を逸らすなと言わんばかりにしかと支えられた視界が捉えるのは司だけ。 でもその端正な顔もすぐにグチャグチャに歪んで見えなくなっていく。 「嘘・・・でしょう・・・? だって、だって・・・!」 「あぁ、医者だって驚いてたさ。でも医学は絶対じゃない。可能性がほんの僅かでもある限り、それはいつだって起こりうる。それが俺たちにも起こっただけのことだって。だからこれは奇跡なんかじゃねぇ。俺たちはたまたま人よりも時間がかかっただけなんだ」 「・・・うぅっ・・・つ、つかっ・・・」 「子どもがいなくたって何ら構わねぇっつー俺の考えは変わらない。だがお前が笑ってくれるならそれが一番いい。・・・だから体を大事にしろよ」 「つっ・・・づがざぁっ・・・!」 「おう、好きなだけ泣け」 「うっ・・・うぅっ・・・うわ゛ぁああああぁああああん!」 あたしがこんなに泣いたのは10年ぶりだった。 全てを割り切って、受け入れて、そして諦めたあの日。 まるで生まれたての赤ん坊のように泣いて泣いて、泣いて。 それから10年。 結婚して15年、司が間もなく40という節目を迎えるこの冬 ___ 何の前触れもなく突然天使は舞い降りた。 「 大事に育てていこうな 」 「 うんっ、うんっ・・・! つかさぁっ・・・! 」 「 ははっ、お前の方がよっぽど赤ん坊みてーだな 」 そう言って笑いながら涙を拭ってくれたあなたの顔をあたしは一生忘れないだろう。 クリスマスはいつもちょっぴり切ない。 けれどそれも今年まで。 あたしはきっと、今日この日を思い出す度に人目も憚らず大泣きするのだろう。 喜びに顔をぐしゃぐしゃにして ____ Merry Christmas !
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もうね~自分が辛い不妊治療をして、結婚9年目と13年目に子供を授かったから、このお話は特別な想いがあります。 つくしは顕微でもできなかったのに・・・。 でも司の大きな、ぶれることのないつくしへの愛で諦めることを選んだんですよね。 私も下の子の時は、もう体がこれ以上は耐えられないと、これが最後と決めて・・・でもなんとか持ちこたえてくれて、今13歳です。 結局つくしは自然妊娠ですよね。 クリスマスの奇跡かサンタさんからのプレゼントか・・・いえいえ司の言う通り、人より時間がかかっただけ。 二人の揺るぎない愛の力ですよね。 前編を見たとき、何々~?何なの~?と思っちゃいましたが、素敵なお話でした。 ありがとうございました。
by: みわちゃん * 2015/12/26 00:35 * URL [ 編集 ] | page top
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心温まるお話に涙 涙です みやともさんからのクリスマスプレゼントですね^^ ありがとうございます 遅くなりましたが メリークリスマス♪ ----
こんにちは! いつも来させてもらっているのですが、バタバタしてて、読み逃げばかりですみません…。 今回のお話、とっても考えさせられることばかりでした。 私は結婚してすぐ子供を授かったので、二人目だって簡単にできるものと思い込んでいましたが、思うようにいかず、落ち込んだり、イライラしたりしている日々を送っているので、つくしの気持ちが痛いほどよく分かりました。 周りの人はそんなつもりは更々ないのは分かっていても、子供のことを聞かれる度に傷つき、苦しくなるんですよね。 自分を追い詰めてしまって、気持ちに余裕がなくなって。 そんなときって、どんなに努力しても事態は好転せず、また泥沼に入ってしまう感じなんですよね。 つくしの場合は道明寺財閥の跡取りというプレッシャーもあるだろうから、相当精神的にしんどいだろうなと思いました。 それでも、司の大きな大きな愛情に包まれて、少しずつ心が解されていって。 司の言葉ひとつひとつにジーンとしちゃいました。 当たり前ではありますが、司にとってつくしはどんなものにも代え難い、世界で一番大事な人だというのが、ものすごく伝わってきました。 最後はハッピーエンドですごく嬉しかったです! お話を読んで、私も気持ちが少し楽になりました。 少し肩の力を抜いて、毎日を過ごしてみようかと思います。 またお話を読ませてもらうのを楽しみにしています! --管理人のみ閲覧できます--
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