あなたの欠片 16
2014 / 11 / 21 ( Fri ) コンコン
「・・・・はい」 「あ、あの、私です!ちょっと話があるんだけど・・・・いいかな・・・?」 自信なさげにそう告げるのとガチャッと扉が開くのはほぼ同時だった。 「・・・どうしたの。・・・ま、いいや。とりあえず中入んな」 「あ、うん・・・」 類に導かれるように車いすを押して室内に入ると、入って間もないところでつくしは立ち止まってしまった。類はそんなつくしを少し先で不思議そうに振り返る。 「何?」 「え?あ、あの・・・」 一体何と切り出せばいいのやら。 ここを出ていきます? いやいやいや、そんな無節操なことは言えない。 道明寺さんのところに行きます? いやいやいや、それもなんだかあまりにも露骨すぎて・・・・ とはいえどちらも紛れもない事実なのだ。 どう転んだところで伝えたいことは一つしかない。 「司に何か言われた?」 「はい・・・・・・って、えぇっ?!」 驚愕に満ちた顔を上げたつくしに類がプッと吹き出す。 「声」 「声・・・・・?はっ!!!まさか・・・・・?」 「そう。そのまさか。全部聞こえてたよ」 「・・・・・!!!!」 顎が外れそうな程に驚き固まるつくしに類はますます笑いが止まらない。 何ということだろうか。 散々悩んで悩んでぐるぐる考えていたことが全部ダダ漏れだったとは。 悩んだことが全くもって無意味ではないか。 つくしはガックリと項垂れる。 「ごめん、私ったら・・・・」 「別にいいよ。あんたの言う通りどういう言い方をしたところで結論は一つだろ?」 その言葉にハッとするが、類は変わらず笑っていた。 「あ、あの、花沢類・・・・」 「あんたが悩む必要なんてないんだよ。最初からこうなることはわかってたんだし。むしろ司にしては我慢した方なんじゃない?」 「え?」 「だから司があんたを邸に連れて行く事なんて簡単に予想がつくことだったんだよ。俺だけじゃない。他の奴らだってそうでしょ」 「そ、そうなの・・・・・?」 「うん」 な、なんだ・・・・そうだったのか。 類に会えるまでのこの数日間、悶々と悩んでいたのは一体何だったのか。 そう考えた途端つくしの体中からどっと力が抜けていく。 「司ほどの人間が牧野が俺の邸にいるのをいつまでも黙ってるわけがないからね。ギプスが外れる日を聞いて来た時点でこうなるのは想定内だよ」 「そうなんだ・・・・なんだ、私もの凄く考えちゃった」 「まぁあんたがそうなるのも想定済み」 「あはは、そうなのか・・・・なぁんだ・・・」 参ったなとでもいいたげにつくしは苦笑いする。 「迷いは消えた?」 「えっ?」 「司のことだから、前に会った時にも同じこと言ったんじゃないの?」 「えぇっ!」 な、なんでそんなことが・・・・この人は超能力者か何かなのか? 「言ったでしょ。付き合いが長いから大抵のことは予想がつくんだよ。それに、司ほどわかりやすい人間もいないからね。特に牧野、あんたに関することは」 「私?」 「そう」 ・・・・・・?よく意味がわからない。 けれどズバリ言い当てるということは本当にそうなのだろう。 「司に押し切られたから行くってわけじゃないんでしょ?」 「う、うん・・・・・」 それは違う・・・・・・はず。 いや、確かに彼の方から言われなければ絶対にあり得ない展開ではあるけれど。 それでも最終的に頷いたのは自分の意思であることに違いない。 「ならいいよ。あんたの思うとおりにやってみなよ。俺はあんたが笑っていられればなんでもいいんだから」 「花沢類・・・・・」 つくしの目頭から鼻筋にかけてギュウッと熱くなる。みるみるうちに涙が溜まり、ひと突きすればボロボロと零れていきそうだ。 「泣くなよ。司に殺されるだろ」 「う、うん・・・・」 「ぷっ、何その顔。ブサイクすぎるでしょ」 「う゛、う゛るさいっ!・・・・・グスッ」 俯いて唇を噛みしめているつくしの頭に手を置くと、類はポンポンとリズムを刻んでいく。 「あんたとの生活、結構楽しかったよ。多分うちの人間も同じなんじゃないかな。もしあんたが来たいと思えばいつでも来ればいいし、戻りたいならそうすればいい」 「・・・・うん・・・」 「だからあんまり深く考えるのはやめて、決めたからには悩まずに行きな」 「・・・・・・うん。・・・・・ほんとに何から何までありがとう、花沢類」 グイッと涙を拭うと、つくしは心からの笑顔で類を見上げた。そんなつくしの顔を見て類もフッと顔を緩めると、ビー玉のような瞳がゆっくりと弧を描いていく。 「だからあんたのありがとうは聞き飽きた」 「・・・・・そうだったね」 「そう」 ふふっとつくしがはにかむ。 たとえ記憶はなくとも、類とはとても大切な絆で繋がっていたに違いない。司とはまた違う確かな何かを心の奥で感じていた。 「・・・・でも司に火をつけたのなら覚悟しておいた方がいいんじゃない?」 「え?」 「・・・いや、こっちの話」 覚悟って言った? 一体彼は何の話をしているのだろうか。 不思議そうに首を傾げるつくしを見てまた類は笑った。 まさかその意味がすぐにわかることになろうとは夢にも思っていなかったが。 **** 「・・・・・あぁ、そうか。わかった」 ピッとボタンを押すとそのまま機体をデスクの上に放り投げる。そしてその勢いのまま大きな体をドサリと椅子の背もたれに預けた。 「ようやくか・・・」 フーッと息を吐き出しながら目を閉じて天を仰ぐ。 コンコン 「なんだ」 「失礼します。花沢様が副社長に会いに来られておりますが、お通ししますか?」 西田の口から出た意外な人物の名前に思わず体を起こす。 「類が?」 「はい。次の予定まで時間もあまりございませんし、無理なようでしたらお帰りいただきますが」 「・・・・・いや、いい。通せ」 「かしこまりました」 「・・・・・」 一礼して西田が出て行ってから5分も経たないうちに本人が姿を現した。 「やぁ」 「どうした?お前が会社にまで来るなんて」 「ちょっと近くまで来たからついでにね」 飄々とした様子でそう言うと、類は応接用のソファーに腰を下ろした。 「で?わざわざここまで来るなんて何があった?」 デスクに肘をつきながら本題に切り込んでくる司を見ながら類がクスッと笑う。 「そんなのは司が一番わかってるんじゃないの?」 「・・・・」 「さっき移動中の車で連絡受けたんだ。『牧野様にお迎えが来てそのまま出て行かれてしまいました~』ってね。随分急なんじゃない?使用人達は大騒ぎみたいだよ」 「あいつからちゃんと話は聞いてるだろ?」 「聞いたよ。でもそれは昨日の夜の話。牧野はまさか昨日の今日でこんなことになるなんて夢にも思ってないはずだよ。今頃パニック起こしてるんじゃない?」 驚き慌てふためくつくしを想像してククッと肩を揺らす。 「・・・・あいつに相談したところではっきりした答えなんて出るわけないからな。だったら来ると決断した時点で多少強引にでも連れてこねーと」 「だからってせめて一言伝えてやっといてもいいんじゃない?なんでも別れ際はうちの人間と泣きに泣いて大変だったらしいよ」 「・・・・・」 その様子が手に取るように想像できるだけに司は面白くない。 それだけ花沢家の人間とつくしの関係が深くなっているという何よりの証拠なのだから。道明寺の人間にもあれだけ受け入れられているつくしだ。それは花沢邸であっても同じであるに違いないわけで。類とは何もないとわかっていても、一つ屋根の下にいるという事実だけで、邸の人間との関係が深くなればなるほど、嫉妬の炎は燃え上がる。 だが今の自分にはそんなことを主張する資格などない。そんなことはよくわかっている。 それでも、どうしようとも押さえきれない感情が存在してしまう。 「牧野をどうするつもり?」 しばらく黙り込んでいた司の代わりに口を開いたのは類だった。見ればその顔からは笑顔は消えている。薄茶色の瞳が真っ直ぐに男を射貫く。 「どうって・・・・決まってんだろ。俺の求めるものは今も昔も変わらねぇ」 「・・・・ちゃんと待てよ」 「あ?」 「牧野は充分待ったんだ。・・・・司、今度はお前が待つ番だよ」 「・・・・・・」 「俺は牧野が自分の意思で決めたことならそうするのが一番いいと思ってる。ただし泣かせたり傷つけたりするなら話は別だよ。もしも牧野がお前の邸を出たいと言うようなことがあれば・・・・・」 「させるかよ」 それ以上は言わせないとばかりに今度は司が言葉を繋いだ。そして立ち上がるとすぐ後ろの窓際に立って外を見つめる。高層ビルから見える景色は果てしなく先まで続いて見える。NYにいたときにどれだけ同じように遥か先を眺めたことだろうか。その先にいるただ一人の人物を思い浮かべながら。 眼下に広がるビル群からゆっくり視線を後ろに向けると、先程と変わらず自分を見ている男と視線がぶつかる。 「今さら手放すわけねぇだろ」 「それが牧野を傷つけることになっても?」 「そんなことはしない。させねぇ」 「記憶が戻ったら?牧野はそんなこと望んでないかもしれない」 「そんなことはない。俺はあいつを信じてる」 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・・」 誰もが振り返るほどの美貌を持つ二人の男の視線が言葉もなく激しくぶつかり合う。 まるでそこには見えない火花が飛び散っているかのようにとてつもない緊張感が走る。 もしこの場に人がいたなら身動き一つ取れず、まともに呼吸さえできずに固まることしかできないだろう。 それは長い時間だったのか、一瞬だったのか、どちらとも思える沈黙が続く。 「・・・・・フッ」 先に視線を外したのは類だった。口元をクスリと緩めると、再び司を見やる。 「じゃあお手並み拝見とさせてもらうよ。・・・・牧野は手強いからね」 「・・・・上等じゃねーか」 司も負けじとニヤリと微笑を浮かべると、先程までのピリピリとした空気が嘘のように緩んでいく。 「じゃあ俺そろそろ行くよ」 「あぁ」 あっさりとそれだけ言うと類は扉へと歩いて行った。 「類」 ドアノブに手をかけたところでかけられた声に顔だけ振り返る。 「・・・・・お前には色々感謝してる」 「・・・・何のこと?」 「わからねぇならいい。ただ言っておきたかっただけだ」 「・・・なんか司が素直だと気持ち悪いね。悪いものでも食べた?」 「・・・・・てめぇ・・・」 「ククッ、じゃあね」 類は悪戯っ子のように肩を揺らすと、今度は止まることなく部屋を出て行った。 「・・・・・・サンキュ」 誰もいない扉に向かって呟いた言葉は静かに部屋に溶けていった。 カチャッ、カタン・・・・・ 暗闇の中、月明かりだけを頼りに目的の場所を目指す。 長くせずして柔らかい感触にぶつかると、ゆっくりと視線を上にあげていく。やがて喉から手が出るほど欲して止まない女の姿がぼんやりと見えてきた。ベッドの中央に沈むようにしてスースーと柔らかい寝息を立てている。 「牧野・・・・」 ゆっくりと伸ばした手はほんの少し震えているのだろうか。 起こさないようにそっとその頬に触れるとその手に確かな温もりを感じる。 ずっと、ずっと。 夢にまで見ていたその温もりを。 「必ずお前を取り戻す」 そう呟いた言葉はつくしに対するものなのか、それとも自分へ言い聞かせたものなのか。 離した手のひらからぬくもりが逃げてしまわないようにギュッと固く握りしめると、音を立てないように静かに部屋を後にした。 そんな二人の姿をカーテンの隙間から差し込む月明かりだけが見ていた。 ![]() ![]() |
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by: * 2014/11/21 09:02 * [ 編集 ] | page top
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二人の気持ちが切なすぎます。 もう、つくしが二人いればいいのにといつも思うこの気持ち。 金持ちのF4の誰かがドラえもんの開発をしてほしいと本気で考えます。 --管理人のみ閲覧できます--
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坊ちゃん、ようやくスタートラインにつきました。 さぁこれからどうしていきましょうか?! 是非アイデアくださいっ!!(笑) いやぁ、おおざっぱな流れは作ってるんですが 細かいところは気分次第で変えようかと思ってまして。 書きながら進行形で悩んでます^^; 連勤お疲れ様です! 少しでも息抜きしていただけるといいのですが。 明日は新シリーズを載せる予定です~(*^o^*) --うさぎ様--
ここから坊ちゃんはどう頑張っていくのでしょうね。 つくしが二人ですか?! おぉ~、それは面白い! でも同じつくしでもなんだか浮気しているような背徳感がありますね(笑) ドラえもん、本当に欲しいですよね~! もし一つだけ道具がもらえるなら何がいいですか? 私はやっぱりどこでもドアかなぁ・・・ってベタすぎ?!( ̄∇ ̄) --ブラ※※様--
え、つくしに何があったのかですか? ・・・・いえ、そんなに期待されるようなあれは何も・・・ というか全く・・・・ ・・・あ~~~~~~っ、いつの間にかハードルが上がりまくってる・・・! <( ̄∀ ̄;)>オーマイガッ! 師匠、ドラマチックなネタをばください・・・・(*-ω-)(*_ _)コノトオリダス ところで十二単ってそうなんですかっ? 初めて知りました~!φ(◎。◎‐)フムフムフム あんなに重いのに一剥きでいけるなんて・・・なんて魅力的なの! 逆に帯クルクル~の方が無理ですよね。 自分が着るとよくわかるけど、1回転する度に止まってますもん(笑) 「あ~れ~!!」じゃなくて「あれ?」みたいな( ̄∇ ̄) ----
どこでもドアも捨てがたいですが、今はタイムマシンが欲しいです♪ 水曜日の7時に戻りたいです。 笑。 --うさぎ様--
タイムマシンもいいですね~! 私は大学生時代に戻りたいですね。 もう一度青春を謳歌したい!! それにしても水曜日の7時に一体何が?! 気になって夜も眠れそうにありません(笑) え?ぐっすり寝ただろって?・・・・・・いやーん( ̄∇ ̄) |
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