王子様の憂鬱 2
2015 / 12 / 29 ( Tue ) 「花音は?」
「彼女なら食堂に行くと仰ってましたが」 「・・・あいつ、また黙って行ったな」 一緒に行ってみたいから行くときには必ず声を掛けろとあれだけ言っていたのに。 毎度毎度うまいこと隙を見つけてはまるで脱兎の如く逃げられる。 「・・・なんだよ」 「いえ? 何も言っておりませんが?」 「お前の目は口よりも正直なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え」 明らかに何かを含んだ目で見ているくせに、何でもないなんてのたまうこの男が憎たらしい。 「・・・では僭越ながら一言だけ。決して専務のことを言っているわけではありませんので誤解なきよう。あくまでも一般論としてお聞きいただけたらと。年甲斐もなく独占欲が強いといずれ女性に逃げられるとよく耳にし・・・」 バンッ!!! 「・・・・・・ご自分が言えと仰ったのに、全く困った方ですね」 言葉を遮るように目の前で勢いよく閉まった扉を前に、山野がやれやれと一つ息を零した。 *** 「くっそ、山野の奴、いつまで経っても人で遊びやがって・・・」 幼少期から自分を知り尽くしている山野が相手だとどうにもこうにも分が悪い。 特に花音と恋人関係に変わってからというもの、ことあるごとにからかわれて面白くないったらない。今頃してやったりと書類を見ながら1人ほくそ笑んでいるに違いない。 あぁ、クソッ! 「そもそも花音の奴が俺に一言声さえかけてればこんなことには・・・」 次こそは絶対と言ってたくせに。 最初から逃げる来満々だったのがまた面白くない。 「せ、専務?!」 突然現れた男を前に驚きに固まる社員を前にニッコリ笑う。 彼らが驚くのは当然のことだろう。俺がここへ来るのは初めてなのだから。 最初は数人だったざわつきがたちまち広範囲へと広がっていくのを横目で流しながらすることはただ一つ。目的の人物を見つけ出すことだけだ。 だがそれもほんの一瞬のこと。広い空間でその人物が何処にいるのか、探し出すよりも先に見つけてしまった。まるで自分の体内には専用レーダーが備わってるんじゃないかと思えるほどの早技に、我ながら笑えてきた。 何やら楽しそうに談笑しながら食後のお茶を口にしている女性の後ろから静かに近づいていくと、彼女よりも先に向かいに座る別の社員がこちらに気付いてその顔を驚愕の色に染めた。 まるで金魚のようにパクパクと口を動かしている。 「せ・・・専務・・・!」 「えっ?!」 その言葉に驚いた目的の人物がここにきてようやく俺の顔を見た。 「ハ・・・せ、専務! どうしてこちらへ?!」 「どうして? その理由は君の方がよく知ってると思うけど?」 「 ! 」 ニッコリ笑いながらチクリと痛いところをついてやると、花音の顔がみるみる困惑していく。 それを見ていたら俺の悪戯心にムクムクと火がついた。 「せっかくだから俺もここで何か食べていこうかな」 「きゃーっ、うそっ!」 「え、いや、ちょっと・・・!」 歓喜に湧く女性社員とは対照的に花音はますます焦っている。我ながら意地が悪いなと思いつつ、何度も俺を出し抜こうとする花音を多少なりとも懲らしめてやりたいと思うのも本音なわけで。 「ねぇ牧野さん、どうやって頼むのか教えてよ」 「えっ?! いや、それは、あの、専務・・・!」 「どこに行けばいいの? あっち? ねぇ、一緒についてき・・・」 「す、すみませんでしたっ!!」 ごく自然に肩に手を置いた瞬間、ガッタンと音をたてて花音が立ち上がった。 顔を真っ赤にして、今にも泣きそうな情けない犬のような顔で俺を見上げながら。 ・・・まずい、ミイラ取りがミイラになる。 「大事な資料を準備するのを忘れてましたっ! それを教えるためにわざわざここに来てくださったんですよね? すぐに戻りますから、本当に申し訳ありませんでしたっ!」 「え、いや、」 「すみません、そういうことなので先輩、お先に失礼しますっ!」 「えっ? 牧野さんっ?!」 一緒に食事をしていた同僚の戸惑いを尻目に慌ただしくトレーを持ち上げると、花音はまるでここから逃げるように俺の横をすり抜けて騒がしい食堂から出て行ってしまった。 「あ、あの、専務、よろしかったら私達がやり方をお教えしますけど・・・」 タイミングを待っていたかのようにどこからともなく現れた女性社員の声に振り返る。 見れば自分に自信を持っているのがよくわかるタイプの数名の女子社員がこのチャンスを逃してなるものかとハンターの目をギラギラさせて俺を見上げていた。 同じ仕草でもこうも変わるものなのか・・・ 「ありがとう。でも俺には有能な秘書がついてるから大丈夫だよ。じゃあ失礼するよ」 「えっ・・・?」 営業スマイルを浮かべて唖然とする彼女たちの横をすり抜けると、獲物を捕まえるべく急いでこの場を後にする。出た瞬間、背後から悲鳴のような騒ぎ声が聞こえてきたがそんなことはもちろん完全無視だ。 *** ガンッ!! 「きゃあっ?!」 ほとんど閉まりかかっていた扉の隙間から突如伸びてきた手足に悲鳴が上がった。 「なんで俺を置いていくんだよ、花音」 「えっ・・・せ、専務?!」 開いた扉から現れた俺を目にした花音が驚きに染まる。 役員専用のエレベーターにいるのは彼女1人。俺はすぐに閉ボタンを押すと、ズイッと体を押し込んで花音を壁へと追いやった。逃げ場のない彼女は当然ながら壁と俺に挟まれて身動きが取れなくなってしまう。 「約束したよな? 社食に行くときは声をかけるって」 「う・・・そ、それは・・・」 「花音は俺と行くのが嫌なの?」 「そ、そんなことないっ!!」 必死に首を振る姿にほんの少しだけほっとしたのは内緒だ。 「じゃあなんで。どう考えても意図的に避けてるだろ」 「そ、れは・・・」 「花音、正直に言って」 決して怒らず柔らかい声でそう言うと、花音は困ったような顔でおずおずとこちらを見上げた。 ・・・あー、やばい。この顔には昔っから弱いんだよな。 「・・・だって、ハルにぃと一緒にいたら大騒ぎになっちゃうから」 「別に構わないだろ?」 「よくないよ! ハルにぃは色んな意味で注目を浴びる人なんだから・・・」 「何ら問題ないだろ? お前は俺の秘書で婚約者だ。いつだって俺たちの関係を公にしたって構わないんだ。うちは社内恋愛だって自由だし、誰に何を言われる覚えもない」 「それはまだダメっ!!」 「どうして?」 大きな黒目を揺らしながら、花音はどこか戸惑いがちに言葉を続けた。 「だって・・・まだ社会人になったばかりだし、あたしみたいな新人が専務の下で働くなんて、やっぱり納得がいかない人だっているだろうから・・・」 「お前が実力でうちに入ったのは俺が一番わかってることだろ」 「そうだけど、でも今は自分のすべきことをちゃんとしたいの。あたしたちの関係を公表することでハルにぃが公私混同したって言われるのだけは嫌だから。まずはきちんと認められるような自分になりたいの」 そう言った顔はさっきとは対照的に強い意思に満ち溢れていた。 おっさんとつくしを足して2で割ったような、そんな真っ直ぐな眼差しで。 「・・・花音、正直に答えてくれよ?」 「・・・? うん」 「うちに入って嫌な目にあったりしてない? 陰口言われたり、嫌がらせされたり」 「 ! ・・・ううん、なんにもないよ」 「本当に? 正直に言えよ? もし後で嘘だってわかったら本気で怒るからな」 「本当に本当。・・・あたしのことが話題になってるのを偶然耳にしたことはあるけど、嫌な目にあったりとかは本当にないの。だから何も心配しないで?」 「・・・・・・」 その真意を探るべく花音の目をじっと見つめる。 一点の曇りもないその瞳は嘘など言っていないことを如実に語っていた。 「・・・わかった。お前の言うことを信じるよ。ただし少しでも何かあればすぐに俺に言うこと」 「わかった。ハルにぃ、心配してくれてありがとう」 「こうでも言っておかないとお前は何でも1人で抱え込むからな。まぁ入社して1ヶ月そこそこで俺たちの関係を公表することに気が引けるってお前の考えも理解できるし、もう少しは様子見にしておく」 「えっ・・・いいの?」 「いいもなにも、お前はそれを望んでるんだろ?」 「う・・・ごめんなさい・・・」 シューンとわかりやすく落ち込む姿にたまらず笑ってしまった。 「ただし近い将来俺たちは結婚する。黙ってられる期間もそう長くはない。それはわかってるな?」 「うん。だからこそそれまでは精一杯頑張りたいの。・・・あっ! もちろんそれからも変わらずに頑張るんだよ? えーと、なんて言えばいいのかな、」 「クスッ、わかってるって。お前の言いたいことは全部わかってる。俺の立場上、お前の存在を公表するしないにかかわらず何かしらやっかみを抱く人間は出てくるかもしれない。俺の知らないところでお前がそんなことに苦しめられることは絶対に許せないんだ。だから絶対に1人で全てを抱え込むな。何かあれば俺に言え。お前のためだけに言ってるんじゃない、そうすることが俺たちのためになるから言ってるんだ」 「あたしたちのため・・・」 「そうだ。これからはどんなことでも2人で乗り越えていく。そうだろ?」 「ハルにぃ・・・」 うるっと瞳を揺らすと、キュッと唇を噛んでゆっくり大きく頷いた。 ・・・あー、もう限界だ。 「・・・? ハルにぃ?」 「少しだけ充電」 「えっ? えっ?! ちょっ・・・ここ会社だよ! 今仕事中だよっ!!」 壁に手を当てたままゆっくりと顔を近づけていく俺の体を花音が必死で押し留める。 が、止まってやる気などさらさらない。 「大丈夫。昼休みが終わるまであと5分あるから」 「でもっ、ここエレベーターの中っ、誰か来たらっ・・・!」 「それも大丈夫。扉が開く時にはいつも通りに戻るから」 「そっ、ハルにぃっ・・・!」 「もう黙って? 花音」 「ハル・・・んっ・・・!」 まだ何か言いたげな唇ごと塞いでしまうと、途端に小刻みに震え始めた体ごと抱きしめた。 こういうことに慣れていない花音は未だにこうする度に震えてしまう。本人は全くの無意識のようだが、それがまた俺の庇護欲を掻き立てていることを本人は気付いているのだろうか。 ・・・なんて、考えるまでもないか。 大事に大事に、何よりも大切にしたい俺のお姫様。 「んぅっ・・・ハァっ・・・!」 ポーーーーーーン 花音の口から艶めかしい吐息が漏れたところで電子音が響く。 扉が開く直前もう一度啄むようにキスを落とすと、次の瞬間俺のスイッチが切り替わった。 今起こったことがまるで嘘のようにクールな仮面を被ると、放心状態で固まる花音に振り向きざまに言った。 「じゃあ牧野さん、また後で」 花音にしか見せない特別な笑顔を見せてエレベーターを後にする。 後ろを振り向かなくとも、背後では彼女がズルズルと真っ赤な顔でへたり込んでいる姿が目に浮かぶ。そのことでまた顔が緩みそうになるのをグッと堪えた。こんな姿を見られたらまた山野にどんな嫌味を言われるかわかったもんじゃない。 「・・・にしてもやばい、かなりの中毒性があるな・・・」 専務と秘書の甘美な秘め事。 まさか自分が職場でこんなことができる人間だったとは。一番驚いているのは他でもないこの俺自身だ。 果たしてこの調子で本当に自分を抑え続けることができるのだろうか? その自信は・・・・・・まるでない。
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by: * 2015/12/29 00:43 * [ 編集 ] | page top
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ハル、もう花音が可愛くて、愛しくて仕方がないのが、よくわかります(笑) 公表して堂々としたい・・でも花音の言う通りにしてあげたい。 ホントはイヤだけど、花音のお願いには弱いと・・(笑) さあ、ハルはいつまで我慢出来るのか? 甘いオフィスラブの虜への道、まっしぐら。 頑張れ、ハル! --管理人のみ閲覧できます--
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