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王子様の憂鬱 4
2015 / 12 / 31 ( Thu )
「香田さん、ありがとうございました!」
「とんでもございません。花音お嬢様、どうかお気をつけていってらっしゃいませ」
「は~い、行ってきますっ!」

ニコニコといかにも人の良さそうな笑顔を見せるのは運転手の香田さん。
彼に負けじと大きく手を振ると、あたしは駅の階段を駆け上がっていく。
これがあたしが社会人となってからの日常だ。

電車通勤をしたいと願い出たあたしに、当然のようにパパは大反対した。
わざわざする必要のない苦労をするなと言って。
もちろん反対する理由はそれだけじゃなくて、一番はあたしの身の安全を考えてくれているからこそ。日本ではアメリカにいた頃よりもあたしのことを知っている人は多いから、その分よからぬことを企む人間だって増えるというのがパパの考え。
パパがそう考えるのは当然のことだし、あたしだって自分が普通とは違う家に生まれ育ったという自覚はある。

でもだからこそ、普通と変わらない経験も大事にしたい。
結局少し離れたところからSPさん達に見守ってもらっているという特殊な状態であることは変えられないけど、それでもごくありふれた日常を体験できることはあたしにとっては何よりの宝物。
とても厳しいけれど、気が付けばいつだって自主性を尊重してくれている、それがパパ。
そしてあたしの知らないところでそんなパパを説得してくれているのは他でもないママだってこと、あたしは知ってる。

子どもが言うのもなんだけど、あの2人は本当にあたしの憧れだ。
時々こっちが恥ずかしくなるくらいラブラブ過ぎて目を逸らしちゃいたくなることもあるけど、いつもは物静かなパパがママの前では嘘のように色んな表情を見せる。そしてそんなパパを見てママはもっともっと嬉しそうな顔で笑うのだ。

『 溢れるほどの幸せ 』

2人はいつもそんなオーラで満ち溢れている。
唯一無二。
そんな絶対的な存在に出逢うことができた2人を心から羨ましく思う。

・・・そしていつか自分に子どもができたら、彼らにも同じように感じてもらえたら幸せだななんて、そんなことまで考えてるって知ったらハルにぃは何て言うだろう?
笑う? 呆れる?
・・・ううん、今の彼ならきっと微笑みながら頷いてくれるに違いない。



「 牧野さんっ! 」
「 きゃっ?! 」

1人夢の世界に浸っていると、突然後ろから肩を叩かれて飛び上がるほどびっくりした。
驚きに目を見開いて振り返ると、声をかけてきた相手もまた驚いている。

「ご、ごめんっ! そんなにびっくりされるとは思わなくて・・・」
「あ、山口さん・・・。ごめんなさい! ちょっとボーッとしてたからびっくりしてしまって。おはようございます」
「おはよう。牧野さんってこの路線だったんだ? 初めて見るよね?」
「あ、はい。その日によって乗る時間が微妙に違うので多分それでじゃないかと・・・」
「あぁ、そういうことか。へー、でもそっか、同じ路線だったのかぁ」
「? はい・・・」

なんだか妙に嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
彼には以前仕事で書類を届けたことがあり、それ以降会社で顔を合わせた時にはよく声を掛けてくれるようになった。聞くところによると営業部でも出世頭の筆頭だとか。

ただ花音には気になることが1つだけあった。
それは彼が妙に馴れ馴れしいということ。フレンドリーと言えば聞こえはいいが、彼の場合はそれとはまた違う感じがするのだ。先輩後輩というほどの仲でもなければ当然友人でもない。単純に仕事を通じて顔見知りになった、まだその程度の認識しかないはずなのに、ことあるごとにそれ以上の接し方をしてくるのがどうにもこうにも慣れないのだ。
とはいえそれが平常運転という人がいるのも事実なわけで、人によって感じ方は様々。
自分と違うからといってそれを無碍にするのは相手にも失礼というもの。ましてや何かをされたわけでもないのだから尚更のこと。

「はいどうぞ」
「あ・・・ありがとうございます」

最寄り駅に着いた電車から降りやすいように誘導してくれた彼に軽く会釈をして先に降りると、ピタリと横に寄り添うように後についてくる。
(距離が近いような気がするけど・・・考えすぎだよね?)
チラッと様子を伺うと、バチッと目があって慌てて前を向いた。
(なんでこっち見てるの?!)
知らず知らず歩幅が大きくなっていくが、相手は大人の男性。必死で歩いてやっと普通の一歩と同じくらいなのだから、それで距離が開いてくれるはずもなく。
(考えすぎるのは相手にも失礼。気にしない気にしない・・・)
近すぎる距離感に違和感を覚えながらも、花音は必死に頭の中を切り替えようと努めた。
早く会社に着いてと願いながら。

「そっかー、牧野さん同じ路線なのかー。全然気付かなかったなぁ」
「そう、みたいですね」
「じゃあ俺も牧野さんと同じ時間に乗ろうかな」
「えっ?!」

まさかの一言に必死で前に出していた足が止まってしまった。
今・・・なんと?
驚愕する花音をよそに山口はますます上機嫌になっているように見える。

「だってさ、そうすれば毎日こうして一緒に通勤できるでしょ」
「一緒にって・・・」
「あれ、俺と一緒に行くの嫌?」
「いえっ、嫌・・・とかそういうことではなくて・・・」
「じゃあいいじゃん。一緒に行こうよ」
「いや、それは、あのっ・・・」

困る。困ります! っていうか嫌ですっ!!
・・・そう言えたらどんなにいいか。
仮にも相手は会社の先輩で自分はペーペーの新人だ。
断ろうにも角が立たないようにするには一体どうすればいいのだろうか。
何事もそつなくこなす上に努力の人である花音だが、こういうことに関してはめっきり免疫がないことが唯一の欠点だった。とかく異性に関して免疫がなさ過ぎるのだ。

「あ、っていうかさ、携帯の番号教えてよ。あとラインもやってる?」
「えぇっ?!」

何でそういうことになるんですか!
いくらなんでも話が飛躍しすぎじゃ・・・?
・・・さすがにここまでくればいくら鈍いあたしにだってわかる。
彼が自分に対して少なからず好意を持ってくれているということくらい。
そして今まさにグイグイ押されている状況なのだということも。
こちらの困惑などまるで無視で嬉しそうにスマホを取り出した彼を見ながらここから逃げ出したい衝動に駆られる。

「あ、あの、山口さん、」
「いいよいいよ、遠慮しないで。会社だとなかなか会えないでしょ? こうして偶然会えたのも何かの縁だと思うからさ、これを機に親睦を深めようよ」
「いえっ、そうじゃなくて、私は・・・!」


「 牧野 」


えっ・・・?

2人の会話を切るように背後から聞こえてきた声にドクンと胸がざわつく。
この声は・・・

「ハ・・・専務っ?!」
「おはよう、牧野」
「お・・・おは、ようございます・・・・・・え?」

花音が激しく困惑するのも無理はない。
入社して1ヶ月以上。未だかつて遥人よりも先に出勤できたためしはない。
こうして出勤途中に顔を合わせたことなど一度だってないというのに、一体何故ここに?
目と鼻の先に会社が見える位置で棒立ちする花音にニコニコと微笑みながら近づいてくる男が1人。まだ朝早いというのに誰もが見惚れるほどの完璧な出で立ちは、まさに王子の名に相応しい。

「せ、専務! おはようございますっ!」
「おはよう。うちの秘書が何か失礼でも?」
「えっ?」
「遠くから見てたら彼女がもの凄く困ってるように見えたからさ」
「そ、そんなことは・・・!」
「そう? 俺には今にも泣きそうなくらい困ってるように見えたけど?」
「・・・っ!」

慌てて花音を見ると、額面通り困惑した顔で目を逸らされてそこで初めて現実を直視する。
浮かれるあまり都合の悪いことは何も見えていなかったらしい。
いや、単に見ようとしていなかっただけなのかもしれないが。

「彼女はとても優秀な秘書だけど・・・万が一にも君に何か失礼をしたのであれば直属の上司である私が代わりに謝らせてもらうよ」
「いっ、いえっ! とんでもありませんっ! 彼女は何もしてなどいませんから!」
「そう? 牧野も大丈夫?」
「は、はい・・・」
「ならよかった。じゃあここからは俺と一緒に行こうか。どうせ行く場所は同じなんだし」
「えっ・・・?」
「さ、行こう」

ぽかんと呆気にとられる花音をよそに、遥人はニコッと微笑んでみせる。
その瞳は 「大丈夫だ」 と言っているように見えた。
・・・なんて言ったらまた笑われてしまうだろうか。

「あの・・・山口さん、お先に失礼します」
「えっ? あ、あぁ、じゃあね」

目の前に専務が現れるという突然の事態に山口も状況が掴めていないようだった。
どこか呆けている男を一瞥すると、遥人は前を行く花音を守るようにしてピタリと歩幅を合わせて歩き出した。

「そういえば彼氏と行ったフレンチはどうだった?」
「えっ!!!」
「まーまー、照れなくていいから」
「えぇっ?! あのっ・・・! ・・・!」


『 彼氏 』

はっきりと聞こえた言葉にガツンと頭を殴られたような衝撃を受ける。
遠ざかっていく彼女はまるで恋人に微笑むかのように嬉しそうにしているではないか。
さっきまでの夢のような時間はまさに夢と散り、取り残された山口はいつまでもその場から動くことができなかった。





 
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