王子様の憂鬱 20
2016 / 01 / 19 ( Tue ) 「あいつ何やってんだ・・・? いくらなんでも遅すぎるだろう」
お手洗いに行くと言ってから軽く15分以上。デリケートなことだけに余計な口出しは憚られるが、さすがにここまで遅いのは不自然だ。 それに、胸騒ぎがしてならないのは思い過ごしだろうか。 「あれは・・・」 ホテル内を探し回ること数分、次に向かっていた廊下の先で見知った顔を見つけた。 すぐに向こうもこちらの存在に気が付くと、ぱぁっと花が咲いたように満面の笑顔を浮かべながら走り寄ってきた。 「遥人っ! どうしたの? まさか私を探してくれてたとか?」 「・・・そんなわけないだろ。手を離せ」 巻き付いてきた腕を少し乱暴に外すと、女が明らかに面白くなさそうにムッと顔をしかめた。 それはこっちだろうと言いたいところだが、そんなことを話す時間すらもったいない。 「ねぇ待ってよ! よかったらこの後一緒に飲みましょうよ」 「いいわけないだろ。他をあたってくれ」 「私は遥人がいいのよ!」 「・・・何か勘違いしてないか? 言ったよな? 俺は誤解を与えるようなことは一切しないって」 「誤解って・・・別に再会を記念して飲むくらいいいじゃない。それくらいで文句言うほど度量が狭いの? あなたの大事なお姫様は。どうせ今は1人なんだから問題ないでしょ」 その言葉にスーッと空気が冷え込んでいくのが肌に伝わって、思わず杏が息を呑んだ。 言葉はなくとも、滲み出るオーラは明らかに怒気を含んでいるからだ。 「・・・お前、まさか花音に何かしたんじゃないだろうな?」 「はぁ? いきなり何を言うのよ。ちょっと不躾にもほどがあるんじゃない?」 「・・・・・・」 その真偽を探るようにじっと見ていたが、そんなことをしている間にも自分が動くべきだとすぐに思い至る。 「・・・まぁいい。言っておくが万が一にもあいつに何かしてみてろ。お前が相手でも許さないからな」 「 っ、だからありもしないことで人を疑うなんて酷いんじゃないの?! 許せないのはこっちの方だわ!」 語気を強めながらの反論に、何故か遥人はおかしそうに笑った。 「ありもしないことで人を疑う・・・ねぇ。まさかお前にそれを言われるとは」 「 ! 」 「まぁ何にせよ今後お前との個人的な付き合いを持つつもりは一切ない。既に重々わかってるものだと思ってたけどな?」 「・・・っ」 何も言えないほどに目で威圧すると、遥人は黙り込んでしまった杏をその場に残して走り出した。 「・・・何よ、いつまで経っても花音、花音って煩わしい・・・! せいぜいこじれればいいんだわ!」 そんな捨て台詞など一瞬にして聞こえなくなってしまうほどのスピードで。 *** 「クソッ、なんでどこにもいないんだよ・・・!」 どこを探しても目的の人物は見当たらず、言葉に出来ない焦りが湧き上がってきたちょうど時、エントランスの方へフラフラと歩いている女の後ろ姿を見つけた。 「いたっ・・・! なんであんなところに?」 そんなことを口にしたところで答えなど知りようがない。 遥人は絶対に逃がすまいと全速力でその後ろ姿を追いかけた。 「おい、花音っ!!」 突然腕を後ろに引っ張られ、ぼんやりと歩いていた体がガクンッと折れそうになる。 咄嗟にそれを受け止めると、尚もぼんやりと自分を見上げている花音の顔を覗き込んだ。 「はぁはぁ・・・滅茶苦茶探したぞ。まさかこんなところにいるなんて・・・一体何やってんだよ?!」 もし今見つけていなければ確実に自分はここに置いてけぼりだったに違いない。 怒るよりも混乱で頭がいっぱいだ。 「ハルにぃ・・・。・・・ごめんなさい。ただぼんやりしてただけ。こんなところにいたってことも今初めて気付いたの。・・・ちょっと酔ってるのかもしれない」 「酔ってるって・・・お前今日は飲んでないだろ」 「・・・」 今日はこの前のような失敗をしたくないからと頑なに飲もうとしなかったのは彼女自身だ。 「花音、俺と離れてる間に何かあったのか? 様子がおかしいぞ」 「・・・・・・別に? 何もないよ」 「そんなわけないだろ? じゃあどうして俺の目を見ない」 自分を見ているようで明後日の方向に焦点を当てている顔をグイッと戻す。 目が合った瞬間、明らかに動揺で瞳が揺らぎ始めた。 「痛いよ・・・離して、ハルにぃ」 「駄目だ。何があった。何を隠してる? 包み隠さず全部言うんだ」 「っだから何も・・・」 顔を固定しているにもかかわらず強引に視線だけは逸らしてしまったその姿に確信する。 「・・・杏に何かされたのか?」 その問いかけにビクッと体が揺れた。 「やっぱり・・・。あいつに何を言われた? 何をされた?」 「別に、何も・・・」 「花音っ!」 同じ事の繰り返しに語気を強めると、今度はもっと大きく肩を揺らして身を縮めた。 「・・・悪い。お前を責めてるんじゃないんだ。ただ心配で・・・明らかに様子がおかしいだろう?! 頼む花音、1人で抱え込まないでくれ」 苦しげに顔を歪める遥人の姿に、花音の瞳がゆらゆらと大きく揺れ始めた。 「・・・・・・・・・ったの?」 「え?」 「・・・あたし・・・ハルにぃに迷惑かけてたの? 何も気付かずに、ずっと・・・」 「・・・は? 一体何の話をしてるんだ? お前に迷惑をかけられたことなんて・・・」 「だって、アメリカにいた頃日本に帰るためにいっぱい無理してたって・・・」 「・・・杏がそう言ったのか?」 「・・・・・・」 俯いて黙り込んでしまった花音に遥人がハァッと深く溜め息をつく。 「あのな、俺は無理なんかしちゃいない。そもそも本当に無理なときには帰らなかっただろ? それに、お前達に会うことでむしろ日頃の疲れを癒してもらってたくらいなんだぞ」 「・・・・・・」 「花音、こっちを見ろ。俺がこれまでお前に嘘をついたことがあったか?」 「・・・」 ふるふると小さく首を横に振ったものの、その顔は今にも泣きそうだ。 「花音・・・杏の奴が何を言ったか知らない。けどな、俺は一度だってお前のことを迷惑だなんて思ったことはないし、それに・・・」 「・・・・・・いで」 「え?」 「杏って呼ばないで・・・」 「・・・・・・花音?」 いつもとは明らかに違う様子に遥人も戸惑いを隠せない。 「あの人のこと、杏って呼ばないで・・・」 「・・・・・・」 震える声でそう呟くと、花音の大きな黒目からぽろっと一粒の涙が零れ落ちた。 不謹慎なことは百も承知だが、その涙があまりにも美しくて、しばらくその姿に見入ってしまう。 「・・・ハルにぃは大人の男性だし、過去にそういう人がいたってこともわかってる。・・・でも、実際その人達を目の前にしたらちっとも冷静でなんかいられなくて・・・それどころかどうしても埋めることができない年齢の壁を見せつけられてるような気がして・・・。自分の中にこんな醜い感情があるだなんて知らなかった」 「・・・・・・」 グッと唇を噛むと、花音は遥人の胸の辺りを強く握りしめながら言った。 「どうしてあたしはハルにぃより遅く生まれちゃったんだろう? あたしもハルにぃと同じ時間を過ごしたかった! 同じ時に生まれていれば小さなハルにぃも、学生のハルにぃも、社会人のハルにぃも・・・全部全部身近で見ることができたのに! あたしの初めては全部ハルにぃなのに、あたしはハルにぃの初めてを何も知らない! どうして、どうしてあたしはっ・・・!」 「・・・花音」 名前を呼ばれて初めて我に返ったのか、ハッと自分で驚いた顔になると、たちまち全身が真っ赤に染まっていく。だが次の瞬間には真逆の現象が起こり、その赤みが引いていったかと思えば今度は一瞬にして顔面蒼白になった。 「あ・・・あたしったら一体何を・・・」 「花音」 「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! もう自分でも何がなんだかグチャグチャで・・・」 「花音、大丈夫だから落ち着いて」 宥めるように優しく肩を擦られても、花音は真っ青な顔で首を振り続けるだけ。 「ほんとにごめんなさい・・・。自分でも何を口走るか本当にわからなくて・・・。・・・ごめんなさい、今日はこのまま家に帰らせてください。ほんとにごめんなさい」 最後の方は消え入りそうな震える声でやっとのことそう口にすると、深々と頭を下げてそのまま遥人の顔を見ることなく走り出した。 最低だ・・・ 最低だ最低だ最低だ。 あたしは今何をやった? 何を言った? こんなに醜い姿をハルにぃに晒すなんて、時間を戻せるなら戻してしまいたい。 自分でもどうしてあんなことになったのかわからない。 どうしたらいいのかわからない。 勝手だとわかっていても、今のあたしにはここから逃げ出すことしか ____ ガッ! 「えっ?」 自動ドアを抜けた瞬間、後ろから伸びてきた手に右腕を掴まれた。 ハッと顔を上げればそこにいるのは当然ハルにぃで ____ 「は、ハルにぃ? ごめんなさい、怒るのは当然だってわかってる。でも今は ___ 」 「いいから黙ってついて来い」 「 ____っ 」 いつになく強い口調にそれ以上の反論を奪われる。 引き摺られるようにしてそのまま連れられると、やがてエントランスに横付けされているタクシーの中へと押し込まれた。 「すいません、港区のこの住所まで行ってください」 「わかりました」 遥人が出したスマホに表示されている場所を確認すると、運転手は静かに車を発進させた。 「港区って・・・一体どこに行くの?」 「行けばわかる」 「・・・・・・」 こちらを見ることもなく視線を前に送ったままそれ以上は何も答えようとしない。 ・・・怒ってる。 くらだない、醜い嫉妬で温厚な彼を怒らせてしまった。 自分が恥ずかしくて情けなくて。 今すぐに逃げ出したくてもそれもできない。 花音は今にも零れ落ちそうな涙をギリギリのところで踏みとどまらせると、ぐっと唇を噛んで窓の外を流れる景色をじっと見つめた。 沈黙が続く中、2人を乗せた車は夜の街を走り続けた ____
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by: * 2016/01/19 01:30 * [ 編集 ] | page top
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