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君が笑えば
2016 / 01 / 29 ( Fri )
ダダダダダダダダダダ・・・!

「坊ちゃま! お待ちくださいませっ!!」
「やーーーーっ!」

だだっ広い廊下にスッタンバッタン何事かと思うような物音が響き渡る。
四方八方から現れた使用人が右に左にと小さな影を追いかけて走り回るが、まるで死に物狂いで逃げる鼠の如く僅かな隙間をすり抜けていく幼子に、未だ誰一人として手が届いた者はいない。

「坊ちゃま!! お願いですからお待ちくださいっ!!」
「やなのーーー!! ママがいいのーーーーっ!!!」
「ですから奥様には今は会うことはできませんと・・・!」
「やーーーーーーーっ!!!」
「あっ、そちらはダメですっ・・・!」

今度こそ届きそうだった手のほんの数センチ脇をすり抜けていくと、少年は一番奥にある部屋を目指して猛ダッシュしていく。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ママ・・・!」

あと1メートル、50センチ、30センチ、10センチ・・・
ゼ・・・

ガッ!!

「あっ?!」

ドアノブに指先がほんの少しだけ掠った瞬間、突如ふわりと体が宙に浮いた。まるで背中に羽が生えて天使にでもなったかと思うほどに、両手両足がブラブラとぶら下がっている。
最初こそキョトンとしていたが、それが自分が捕まったことに他ならないと気付くまでにそう時間はかからなかった。

「やっ・・・! やぁーーーーっ!! ぼくはママのところにいくのーー!! はなしてぇー! はなしぇーーーーっ!!!」


「うるせーぞ、男がギャーピー言ってんじゃねぇ」


「・・・えっ?」

顔の真横から聞こえてきた声に、それまでジッタンバッタン動き回っていた手足が面白いようにピタッと止まった。

「ぱ・・・ぱぱ・・・? パパっ!!」

つい3秒前まで顔を真っ赤にして抵抗していたのが嘘のように、幼子の表情が一瞬にして花開く。

「かえってきてくれたのっ?!」
「誰だ? いつまでも我儘言って大人の手を煩わせてんのは」
「 ! ご、ごめんなしゃい・・・でも、ぼく・・・」
「つくしには今は会えねーって言われただろ」
「う、うん・・・」

わかりやすく目に見えてしょんぼりする。

「何も一生会うななんて言ってねぇだろうが。あいつが元気になるまでは我慢しろっつってるだけだろ。それとも何だ、お前はつくしを困らせてーのか?」
「ち、ちがうよっ! ぼくはただ、ママに・・・ママに・・・」

ブンブンと首を振ると、みるみる大きな黒目に涙が溜まっていく。
子どもと言えど父親の前で泣くことへの意地があるのか、今にも溢れ出しそうなギリギリのところで踏みとどまって唇を噛みしめている。司はそんな息子の姿にふぅっと軽く息を吐くと、鷲掴みにしていた洋服ごと少年をゆっくりと地面へと下ろした。
そして立ち尽くしたまま尚も泣かずに耐えている息子の頭にポンッと大きな手を置いた。

「お前があいつに会いたいって気持ちはわかる。けどな、別に誰も意地悪で会わせねーってんじゃねぇ。あいつは今病気なんだ。お前みたいなチビが会えば確実にうつる。そうなったときに一番悲しむのは誰だ?」
「・・・・・・ママ・・・?」
「あぁ。自分のせいでお前を苦しることになってみろ。あいつは自分を責め続けるぞ。それでいいのか?」
「や、やだっ!!」
「だろ? だったらあと数日だけ我慢しろ。つくしだって1日でも早くお前に会いたいに決まってんだろ? だからたとえ今は会えずに寂しくたって、お前と一緒にいる時間のために必死で頑張ってんだろうが」
「・・・・・・げんきになったらママといっぱいあそべる?」
「あぁ」
「1日中ずーーーーっと?」
「あぁ。いつだってそうだったろ?」
「うん・・・。・・・そっか、そっかぁ。パパがいうならぜったいだね!」
「自慢じゃねーが俺は嘘だけはついたことはねーぞ」
「うん! いつだってパパが言うことはほんとだもん!」
「わかったならさっさと自分の部屋に行って寝ろ。今何時だと思ってる」

大きな窓の外はとっぷりと日が暮れ、綺麗な満月が煌々と邸の中を照らしていた。

「ねぇパパ! えほんよんでっ!!」
「あ?」
「ねぇいいでしょ? せっかくパパがかえってきてくれたんだもの! おねがい!!」
「・・・チッ。仕方ねーな。今回だけ特別だぞ」
「やったあーーーーっ!!!」

よっぽど嬉しいのか、幼児としてはあり得ないほどの跳躍力で跳びはねている。

「じゃあさっさと行くぞ」
「あっ、まってぇ! ねぇパパ、かたぐるましてっ!」
「あぁ?!」
「おねがい!!」
「・・・・・・」

ひしっと膝にしがみついて見上げる姿が一瞬だけつくしに見えた。
・・・なんて、チビ相手にそんな錯覚を起こすなんて一体どんだけ欲求不満なんだか。

「クッ・・・あいつが不足してんのは俺も同じか」
「えっ? なーに?」
「なんでもねーよ。おら、行くぞ!」
「えっ? きゃーーーーーっ!!! すごいすごーーーいっ!!」

ヒョイッと小さな身体を肩に担ぎ上げると、さらにハイテンションで大喜びだ。
この調子で本当に眠りにつくのやら。

「ねぇ、たーーくさんえほんよんでねっ!!」
「あぁ? 一冊読みゃあ充分だろ」
「ママはいつもみっつはよんでくれるよ!」
「げ・・・」
「3びきのこぶたでしょー? あとはー、シンデレラもいいな! あとはねぇ~・・・」
「つーかお前髪の毛引っ張ってんじゃねーよ。いてーだろ」
「だってパパのかみふわふわできもちいいんだもん!」
「だもんじゃねーだろ。ったく・・・ブツブツ・・・」
「きゃっきゃっ」

ほんの5分前までの喧騒が嘘のように楽しげな声が響き渡る廊下に、精も根も尽き果てた使用人がグッタリとしながらも、どこからどう見ても瓜二つな親子の後ろ姿をいつまでも微笑ましそうに見送っていた。





***




カタン・・・


「・・・タマさん・・・? ごめんなさい、さっきあの子騒いでましたよね・・・?」
「いい。起きんじゃねぇ」
「え・・・?」

入り口から聞こえてきた物音にフラフラと体を起こしかけていたつくしの動きが止まった。
ゆっくりとこちらに近づいてくるその人物、それは・・・

「つ・・・司?! どうしてここに・・・? シンガポールじゃ・・・まさか、」
「心配するようなことは何一つねーよ。やるべきことを終わらせて帰ってきたまでだ。予定よりうんと早くな」
「そんな、もしかして・・・あたしのために・・・?」
「そうじゃねーよ。これは俺のためだ。だからお前が気に病むようなことは何一つねぇ」
「・・・・・・」

司の1週間ほどの海外出張の間につくしのインフルエンザが判明したのは彼が日本を経って2日後のことだった。まだ予防接種の終わっていなかった子どもは当然ながら近づかせることは出来ず、母親と会えないストレスを与えてしまっていることがつくしにとっても辛かった。
だからこそ必死で治そうと闘っていたのだが、思うように回復しないことに焦りと苛立ちを感じてしまっていた。こんな時に司がいてくれたら・・・そう思わなかったと言ったら嘘になる。

でも実際こうして本当に帰ってきてくれたらくれたで何とも言えない申し訳なさでいっぱいになる。
きっと相当な無理をして帰って来たに違いないのだ。
・・・彼は優しい人だから、そんなことは口が裂けても絶対に言ったりはしない。

「また難しいこと考えてんだろ。お前の悪い癖だぞ」
「・・・ダメ。司も近づいちゃダメだよ。うつしちゃったら大変」

いつの間にか真横にいた司の手がつくしの髪をさらりと撫でる。
咄嗟に身を引いたものの、最初からベッドに横になっている状態ではほとんど逃げ場はない。

「俺は毎年予防接種だってしてるし病気につえーのは知ってんだろ」
「そういう問題じゃないよ・・・万が一のことを考えなきゃ」
「だからマスクしてんだろ?」
「そう、だけど・・・」

司がマスクをすることなんて普段ならまず考えられない。
つまりは自分を安心させるためにやってくれているのだ。

「お前が逆の立場ならぜってー同じことするだろ?」
「・・・・・・」

そこは悲しいほどに否定出来ない。
うつる覚悟で必死にお世話するに決まってる。

「な? とにかくお前は余計なことなんて考えずにゆっくり休め。あいつだってお前が元気になるのを今か今かと待ってんだ」
「・・・あの子にも悪いことしちゃったな・・・」
「病気なんだから仕方ねーだろ」
「うん・・・。元気になったらうんと遊んであげなきゃ」
「あぁ。でもお前が相手すんのはあいつだけじゃねーぞ」
「えっ?」

キョトンと見上げる顔はやっぱりさっきのチビにそっくりだ。

「・・・何? なんで笑ってるの?」
「ククッ・・・いや? なんでもねーよ。とにかく。お前に飢えてんのは何もガキだけじゃねーってことだ。さっさと元気になって早く俺を充電させろ」
「あ・・・」

ようやく言わんとすることが理解できたのか、つくしの頬がほんのり色づいていく。

「あー、その顔やめろよな。つーかキスくらいならいいんじゃねーのか?」
「だ、ダメっ!! そんなの絶対にダメダメダメっ!!!」

バッサバッサと布団を引っ張ると、つくしは自分の口元を必死で死守した。

「チッ、やっぱだめか。じゃーせめてお前の寝顔くらい見せろよ」
「で、でも、早く部屋から出た方が・・・」
「心配しなくても朝まではいねーよ。お前が眠ったのを確認したら俺も別室に行くから。だからお前は安心して寝ろ」
「うん・・・ありがと、司」
「お礼なら治ってからたんまりしてもらうから心配すんな」
「・・・ふふ、そうだね」
「ほら、もう寝ろ」
「うん・・・ほんとに、ありが・・・と・・・う・・・」

頭を撫で始めてからスースーと寝息が聞こえるまで一体どれほどの時間があっただろうか。
あるいは息子を心配する余り思うほど眠れていなかったのかもしれない。
すっかり安心しきった顔で幸せそうに微睡む姿に仕事の疲れも何もかもが一瞬にして吹き飛んでいく。


「早く元気になって今度は俺を幸せにしやがれ」


すっかり夢の中のつくしの耳元でそう囁くと、司はグイッとマスクをずらしてつくしの頬へとキスを落とした。

「・・・・・・今日はここで我慢しておいてやるよ。続きはまた今度たっぷりな」
「・・・ん、う~ん・・・」

一瞬だけ眉間に皺を寄せて寝返りをうったつくしに思わず吹き出すと、司はポンポンと布団の上から背中を叩いて静かに部屋を後にした。




明日はもっと笑って会えますように。





 
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たくさんの激励有難うございました。皆さんの気持ちが嬉しくて、比較的気分のいい時間に一気に書き上げました。おかげさまで熱は2日ほどで下がったのですが、どうにもこうにも気分の悪さが抜けず・・・。酷い船酔いが続いてる感覚です。インフルのせいなのか両鼻が詰まって蓄膿みたいな状態になってるせいなのか、はたまた他の原因なのか・・・もうわけがわかりません(笑)
ただ願うことは早く気分が良くなってくれ、ただそれだけ(苦笑)
チビゴンは早くも本来の元気を取り戻しつつあり・・・自分の衰えを痛感しています。トホホ。
今後の更新はしばらく不規則になるかもしれませんが、気長に待っていてくださいね!(o^^o)
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by: * 2016/01/29 05:38 * [ 編集 ] | page top
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by: * 2016/01/29 06:47 * [ 編集 ] | page top
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短編有難うございました
子供の回復は早いですよね(≧∇≦)
一家の太陽が具合悪くなると大変なものです。お大事にして下さい。
by: さち子ママ * 2016/01/29 07:55 * URL [ 編集 ] | page top
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by: * 2016/01/29 08:04 * [ 編集 ] | page top
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by: * 2016/01/29 10:06 * [ 編集 ] | page top
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by: * 2016/01/29 17:25 * [ 編集 ] | page top
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