生まれてきた意味を
2016 / 01 / 31 ( Sun ) 『 タマ、パパとママは・・・? 』
うさぎのぬいぐるみを大事そうに抱えながら不安げに瞳を揺らす少年に、タマは申し訳なさそうに微笑みかけた。 「 司坊ちゃま、旦那様と奥様は急なお仕事でNYへ行かれました。ですがご安心ください、このタマをはじめお邸には坊ちゃまのお誕生日をお祝いしたい者で溢れかえっていますよ。今日は盛大なパーティをいたしましょう! 」 『 ・・・・・・ 』 「 何か食べたいものはございませんか? 今日はどんなリクエストでも・・・ 」 『 何もいらない 』 「 えっ? 」 キュッとぬいぐるみを持つ手に力を入れると、少年はタマを睨み上げた。 『 何もいらないよっ。どうせ僕が本当に欲しいものなんか手に入らないんだからっ!! 』 「 坊ちゃま! お待ちください、司坊ちゃまっ!! 」 バタバタバタバタ・・・バターーーーーンッ!!! 誰をも寄せ付けないオーラを纏って走り抜けると、少年はそのまま自室の扉を固く閉ざしてしまった。 『 坊ちゃま・・・ 』 そのまま強引に扉をこじ開けることもできたが、今は下手な慰めは逆効果のように思えた。子どもとはいえ彼が繊細で傷つきやすいことを誰よりも知っている。そして小手先の誤魔化しはすぐに見抜かれてしまうということも。 「・・・・・・また後で参りますからね。パーティの飾り付けを皆でいたしましょう」 浮いたままの右手をそっと下ろすと、タマは何度も振り返りながらゆっくりとその場から離れて行った。 *** 『 はぁ、はぁ・・・ママは・・・? 今日かえってくるっていってたよね・・・? 』 「 坊ちゃま・・・申し訳ございません。実はどうしても予定がずれこんでお帰りになるのは難しいと・・・ 」 『 えっ・・・? 』 「 ですが大丈夫ですよ。このタマが朝まで坊ちゃまのおそばを片時も離れませんから。ですからどうかゆっくりお休みくださいませ 」 『 ・・・・・・ 』 高熱で紅潮していたはずの顔が目に見えて青白く色を変えていく。 それはまるで体中の血の気が全て失われていくかのように。 「 坊ちゃま、今のお仕事が終われば奥様はきっとお帰りになりますから。ですから・・・つっ!! 」 タマの顔面にバシッと小さな塊が直撃して思わず顔が歪む。 『 もういいよっ、いつもいつもうそばっかりでうんざりだっ! そう言っていちどだってかえってきたことなんてないじゃないかっ!! おまえらどいつもこいつも大うそつきだっ! 』 「 坊ちゃま! 興奮すると熱が・・・! 」 『 でていけ・・・でていけよっ! だれのかおもみたくなんかないっ・・・でていけっ、でてけぇーーーーっ!! 』 「 坊ちゃま! ぼっちゃ・・・! 」 ガタンッバタンッ!! 枕元にあるものを手当たり次第に投げ散らかして、その興奮状態はもはや宥めたところで火に油を注ぐだけ。 『 ・・・わかりました。タマは部屋の外に出ておりますから。ずっとそこにおりますからいつでもお声かけくださいね 』 「 うるさいっ! はやくでていけっ!! 」 申し訳なさそうに部屋から出て行くタマの後ろ姿目がけて投げた背当てのクッションは、目的の場所まで届くことなく途中で力なく落下してしまった。 『 はぁっはぁっはぁっはぁっ・・・! 』 40度近い熱のせいで普通に座っていることすら難しい。少年はグニャグニャと歪んだ視界の端に自分が放り投げたぬいぐるみを捉えると、途端に悔しさで涙が込み上げてくるのを感じた。 握りすぎてすっかりくたびれてしまったそのぬいぐるみはまるで今の自分のようだ。 「 いつだってぼくのたんびょうびにいてくれたことなんかないじゃないか・・・! おとななんかだいっきらいだ・・・! 」 この涙は自分の意志で出てくるものなんかじゃない。 熱のせいで勝手に出てきているだけに過ぎない。 歯を食いしばっても尚ボロボロと零れ落ちていく涙で枕を濡らしながら、少年は大きなベッドの中央に小さく小さく蹲った。 その姿は豪華すぎる部屋とはあまりにも対照的で儚げで、今にも消え入りそうに震えていた。 *** 「・・・・・・・・ま・・・・・・さま・・・司様」 「 ! 」 トンッと肩を叩かれてハッと意識が覚醒する。 「お疲れのところ申し訳ございません。ご自宅に到着しましたのでお休みになられるならお部屋に戻られてからごゆっくりどうぞ」 「・・・・・・」 どうやら帰りのリムジンの中で眠ってしまっていたらしい。 人に起こされるまで寝落ちするなど普段ならばまず考えられない。 ・・・不覚だった。 それもこれも夢見の悪さのせいだ。 あんなガキの頃の夢を見るだなんて一体どういうことか。 思い出すこともなかったことを今さら見るだなんて胸糞わりぃにもほどがある。 「明日のお迎えは午後に参りますので」 「・・・あ? てめぇ何言ってやがる」 「随分と疲れも溜まってらっしゃるようですからたまにはゆっくりとお休みください。幸い今は火急の用事もございませんし」 「いらねーよ。そんな無駄な時間があるならさっさと次の仕事を回せ」 「ですが・・・」 「いらねーっつってんだろうが」 「・・・かしこまりました。ではもしも気が変わられた場合はまたご連・・・」 「てめぇーも大概しつけーな。いらねーっつってんだろうが。ぶっ飛ばされてぇのか?」 「・・・・・・」 「フン、じゃあな」 それ以上は口を噤んだ西田を車内に残すと、司は颯爽とリムジンから降りて行った。 今日のNYは殊更寒い。雪こそ降ってはいないがおそらく今現在の気温は氷点下に違いない。 はぁっと吐き出した真っ白な息がゆっくりと空に消えていく。 何故何の脈絡もなく突然あんな夢を見たというのか。 特別何かがあったわけでもなくいつも通り仕事に追われる日常を送っていただけだというのに。 誕生日やイベントに親がいなくて悲しんでいたのなどチビもチビの頃の話。 物心ついた頃には既にそのことに悲しいとも腹が立つなんて感じることもなくなっていて、もはやいないのが当たり前ではなく 「いなくていい存在」 へと変わっていた。 それでもふとした瞬間に 「一体何のために生まれてきたのだろうか」 という疑問が湧き上がってくることがあって、当然ながらそんなことは考えるだけ無駄だった。 「後継者としての駒が必要だった」 ただそれだけのこと。 それに気付いて荒れ狂った頃もあったが、そのうちそれすらもどうでもよくなった。 今日の空気と同じように、季節に関係なく心の中には常に氷点下の風が吹き抜けているようなそんな状態が当たり前となっていった。 だから自分にも辛うじて子どもらしい時代が存在していたということをこの瞬間まで忘れていた。 ギイイィ・・・ 「・・・?」 シーーーーンと静まりかえるエントランスホールに違和感を覚える。 いつもなら既に使用人が整列して待ち構えているのが常だというのに、今日は何故か人っ子一人いない。別に出迎えが欲しいわけでもなんでもないが、与えられた仕事をしていないともなれば話は別だ。 「おい、誰もいねーのか」 カツン・・・ 中へ数歩踏み入れてみても状況は変わらない。響いているのは自分の声と足音だけ。 今朝はいつもと何ら変わらなかったというのに一体何があった? 「おいっ! お前ら・・・」 カタン・・・ 左手から小さな物音がしてハッと振り返る。 「お前ら、主人に無断でこんなことするなんざいい度胸 ___ 」 言いかけた言葉がそこでブツンと途切れた。 「お、お帰りなさい・・・」 「・・・・・・・・・」 大きな花瓶の裏からもじもじといかにも挙動不審に姿を現したのは・・・ 「え、えーと・・・な、何か言ってよ・・・」 「・・・・・・・・・」 「・・・道明寺? ね、ねぇ、聞こえてる? きゃっ!!」 ガシッ!! 「・・・・・・牧野?」 「は、はい?」 「・・・牧野か?」 「う、うん」 「・・・本物の牧野か? ・・・いや、また俺は夢見てんのか?」 「い、いや、だから本物だってば!」 両手を掴まれた大きな黒目がパチパチと瞬きを繰り返す。 どんな宝石よりも輝くこの一点の曇りのない漆黒の双眸の持ち主、それは ____ 「 牧野っ?! 」 「だ、だからそうだってば!」 間違いない。 この世でただ1つこの俺が求める牧野つくしだ。 「お前・・・なんでこんなところに? 俺マジで夢見てんのか・・・?」 「ち、違うってば! 本物! 現実! ほら、触ってみてよ!」 混乱する司の右手を掴むと、つくしはそのまま自分の頬に持って来て触れさせた。 凍てつきそうなほど冷たい司の右手にふわっと確かな温もりが伝わる。 「っていうか道明寺の手冷たすぎ! 手袋してなかったの? こんなに冷たくなっちゃって・・・あ!」 何かを思い出したようにつくしは花瓶の後ろに置いてあった荷物の中から何かを取り出すと、司の目の前まで戻ってきてそれをゆっくりと差し出した。見れば綺麗に包装された袋がそこにはある。 「・・・?」 「お誕生日おめでとう、道明寺」 「・・・え?」 「あ。やっぱり忘れてたでしょ。あたしの誕生日は覚えてるのにどうして自分のは忘れちゃうのよ」 「・・・自分のなんて昔からどーでもいいからな」 「ダーメ! 今度からちゃんと覚えておいてね。はい、これプレゼント。・・・って言ってもあんたからすれば全然大したものじゃないんだけど・・・ほら、気持ちだけはちゃんとこもってるから! ねっ?」 「・・・・・・」 半ば強引に渡された袋の中身をそっと取り出すと、中からは揃いの手袋とマフラーが顔を出した。今の司の首を温めている最高級カシミヤとは似ても似つかないただのウール素材のマフラーをじっと見つめる。 それはどこからどうみても手作りだというのがわかる出来映えだ。 「・・・あの、肌触りが気になるとか見た目が気になるとかなら無理してつけなくていいからね? ごめんね、本当ならもっといいものをあげられたらいいんだろうけど、あたしにはこれでせいいっ・・・」 バサッ! 「・・・えっ?」 いきなりつくしの首回りが温かくなった。それもとびっきり。 司が身につけていたマフラーが巻かれたのだと気付くまでにそう時間はかからなかった。 「お前が巻けよ」 「え?」 「俺にくれんだろ、これ。だったらお前が巻け」 「道明寺・・・・・・いいの?」 「何がだよ。ほらさっさとしろ、さみーだろ」 「・・・うんっ!!」 瞳を潤ませながら笑顔で頷くと、つくしは少し前屈みになった司の首に自分が何日も寝る間を惜しんで作り上げたマフラーをゆっくりと巻き付けた。 「・・・あはっ、やっぱりおかしいね」 お世辞にもうまいとは言えないその出来映えに自分でも苦笑いするしかない。 司の身につけているものと本人の醸し出す高級感とのアンバランスさにも今さらながら不釣り合い感がすさまじい。 「あったけーな」 「・・・本当?」 「あぁ。それよりもよっぽどあったけー」 「道明寺・・・ありがとう。うれしっ・・・!」 グイッといきなり体を抱き込まれてそれ以上の言葉を紡げなくなってしまった。 「あぁ・・・牧野、牧野、牧野・・・ほんもんのお前だ・・・」 「っ道明寺・・・!」 ギュウギュウに締め付けられて苦しいが、それ以上に幸せだ。 その幸せを思いっきり吸い込むと、つくしは大きな背中にめいっぱい手を伸ばしてしがみついた。 やっと・・・やっと、やっとやっとやっとやっと会いに来ることができた。自らの足で。 司がNYへ経って3年、約束の4年まであと1年。 これまで片手で数えられるほどだけ会えたことはあるが、どれも顔を合わせて話をする程度の時間しか確保できなかった。こうして面と向かってきちんと会えたのはこれが初めてのこと。 ・・・そう、会いたくてたまらなかったのは司だけではない。 つくしとて彼に会いたくて会いたくてたまらなかった。 「・・・このためにわざわざ来てくれたのか?」 「うん・・・皆が行ってこいって背中を押してくれたから・・・。ごめんね? 内緒で来たら迷惑かもって思ったんだけど、いつの間にかF3が西田さんに連絡取ってくれてたみたいで。そうしたら今なら大丈夫ですって言ってくれて・・・」 その言葉に全ての合点がいく。 だからさっきあんなわけのわからない提案をしたのか。 こんな理由があるならあるとさっさと言えばいいものを、相変わらずあの能面は・・・ 「クッ・・・!」 「・・・道明寺?」 「・・・癪だが西田に連絡しなきゃなんねーみてぇだな」 「えっ?」 「いや、こっちの話だから気にすんな。お前いつまでこっちにいられんだ?」 「あ、えっと、明後日の便で帰ろうかと・・・」 「つーことはもう2日もねーってことか。こうしてる時間がもったいねぇな。さっさと部屋に行くぞ」 「えっ? あの、ホテルを・・・」 思わぬ言葉に司が心底呆れかえる。 「はぁ? バカ言ってんじゃねーぞ。誰がホテルなんざ行かせるか。お前は俺の部屋に泊まるに決まってんだろうが」 「へっ?」 「へっ、じゃねーよこのタコ! 貴重な時間をわざわざ離れて過ごすバカがどこにいるってんだよ。いいから行くぞっ!」 「えぇっ?! あっ、ちょっと! 荷物が・・・!」 「んなもん5秒もすりゃ誰かが持って来るから気にすんな」 「ちょっ・・・そんなに思いっきり引っ張らないでってばぁっ!」 あんなにも凍り付きそうだった末端から溶け落ちていくように温もりが広がっていく。 まだ子どもらしさを失ってはいなかった頃、自分は何故この世に生まれたのだと何度も自問自答を繰り返した。その答えを与えてくれる者はどこにもおらず、自ら辿り着いた答えはただ1つ。 だが ____ 今なら違うと言える。 何故俺は生まれてきたのか。 牧野・・・全てはお前に出逢うために。 俺を人らしくしているのはお前。 俺を生かしているのもまたお前。 お前というかけがえのない存在があるからこそ俺は俺らしくいられる。 あと1年。 全てが終われば俺は全力でお前を迎えに行く。 その時にはお前に選択肢は1つしかない。 泣こうが喚こうがお前は俺と家族になるんだからせいぜい今のうちに覚悟しておけよ? なぁ、牧野? 「 道明寺・・・あらためて、お誕生日おめでとう 」
何もしないつもりでいたんですがポッとお話が浮かんだので一気に書いちゃいました。 次からはまた王子様に戻ります~^^ |
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by: * 2016/01/31 00:13 * [ 編集 ] | page top
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誰にでもある誕生日、生まれてくるのに意味のない子供はけっしていないんですよね。 ただ幼い頃に親に抱きしめられずいた司くん、大人になってつくしにギュッと抱きしめられ愛溢れる毎日で幸せですよね! 誕生日おめでとう! --管理人のみ閲覧できます--
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