彼と彼女の事情 6
2016 / 03 / 26 ( Sat ) 長らくお待たせしました、連載再開です。
未読の方はこちらを先にどうぞ → 「 彼と彼女の事情 」 「・・・・・・・・・あぁっ、もうっ! じっと座ってなんかいられないよっ!!」 座り心地の良すぎるソファーから立ち上がると、ウロウロと右に左に動き回る。どんなに動き回ったところでこれまた極上のカーペットが足音を吸収してその気配を完全に消してくれる。いつもは高質な靴音を響かせているあいつの足音ですら。 「なんでこんなに豪華なのよ!」 いくら重役の執務室だからってこんなに豪華な設備が必要なわけ? これじゃあまるでホテルのスイートルームみたいじゃない! うちの事務所なんか社長と社員を隔ててるのは一枚のパーテーションだけだってのに。 「って違う違う、今はそんなことはどーでもよくて。 ・・・あぁっ、いくら西田さんがついてくれてるとはいえ本当に大丈夫なの・・・?」」 もう何時間前から同じことを自問自答しているのか。 まだ昼にもなっていないというのに既に心身共にグッタリだ。 時計を見れば11時を回ったところ。 遅くとも昼までには帰って来ると言っていたのだから、そろそろ戻って来てもおかしくはないのに。一向に現れる気配を感じないことが余計に不安を掻き立てる。 「お願いだからとんでもないことしでかさないでよっ・・・!」 今のあたしにできることはもうひたすら神頼みすることだけ、だ。 *** 「おい、牧野っ!!」 突然後ろから掴まれた腕に思いの外体が大きく傾く。 「あっ・・・わりっ! 大丈夫か?!」 勢いのまま男の体にぶつかると、原因を作った張本人が慌てて両肩に触れた。 「うおわっ! つーかお前、なんだよその極悪人ヅラは・・・」 「・・・ざけんなよ」 「え? 何か言ったか?」 本当ならこの時点でこの男の胸倉を掴んで一発ぶん殴ってやりたいところだが、自分の今置かれた立場を思えばそれもできない。 こうして他の男を見上げなければならない時点で悪夢は去っていないのだから。 殴る代わりにできることはひたすらガンを飛ばすことだけ。 牧野の体に気安く触りやがって。 んの野郎、元に戻ったら覚えてやがれ。 「それよりもお前マジか?」 「・・・何が」 「だからあの道明寺ホールディングス本社に出向するって話だよ!」 「・・・あぁ」 「あぁって、一体何をどうすればこんな小さな会社からあんなところに出向する事態になるんだよ?! しかもお前まだ新人だぞ? 普通じゃねーだろ!」 「・・・・・・」 うるさい男に舌打ちが止まらない。 普通じゃなけりゃどうしたってんだ。てめーには関係ねーだろうが! あぁ、イライラが止まらねぇ。 「あ、おいっ待てって!」 「 ! 」 無視してその場を離れようとした俺の手を再びその男が掴んだ。 ・・・ンの野郎っ・・・! 「なぁ、またちゃんとこっちに戻ってくんだろ? まだ一緒に飲みに行く約束果たせてねーぞ」 「・・・あ?」 男が発した言葉に思わず出かかった右手が止まる。 ・・・こいつ今なんつった? 「は? じゃなくて、前々から言ってただろ? 一緒に飲みに行こうぜって」 「・・・・・・」 「お前いつもなんだかんだ理由付けて先延ばししてたけど、このままなかったことになるなんてゴメンだからな。つーかどれくらい出向になるかくらい教えてくれよ。あ、それからいい加減携帯の番号を・・・」 「・・・・・・・・・けんじゃねぇぞ」 「え? なんか言ったか?」 こっちの反応などまるで無視でせっせとポケットに忍ばせた携帯を探す男を前に、これが牧野のものとは思えないほどの低い声が出た。 「ざけんじゃねぇぞ」 「・・・え?」 凍てつくような空気に気付いたのか、男がきょとんと顔を上げる。 と、次の瞬間、その顔がギョッと凍り付いた。 「てめぇ・・・ふざけてんじゃねぇぞ」 「ま、牧野・・・? 一体どうし・・・」 「てめーごときが気安くこいつの名前を呼んでんじゃねぇ。気安くこいつに触ってんじゃねぇ。 こいつにはなぁ、道明寺っつー立派な・・・!」 「 牧野様 」 すぐ背後から聞こえてきた声にそれ以上の言葉を遮られてしまった。 心の中で盛大に舌打ちしているのを知ってか知らずか、声の主はツカツカと俺の横に立って目の前の男に軽く頭を下げる。 「大変失礼致しました。突然のことで混乱を生じていることを深くお詫び致します。無理を言って今回の出向が実現しました故、彼女も少々疲れが溜まっておられるようで・・・」 「は、はぁ・・・」 「詳しいことは企業秘密故お話しすることは出来ませんが、全ては彼女の能力を必要としてのことですから、どうかご理解いただきますようお願い申し上げます」 「い、いやっ、俺は何も・・・!」 道明寺本社付きの秘書なる男に頭を下げられて、野郎がわかりやすいほどに狼狽している。 「そろそろ時間ですのでこの辺で失礼致します。では参りましょう」 「あぁ。・・・・・・・・・はい」 そうじゃないオーラをビンビンに感じてこの上なく不本意ながらもそう言い直すと、西田はクイッと眼鏡のフレームを上げて歩き出した。それに続いてその場を離れていくが・・・ 「牧野っ、帰ってくんの待ってるからな! 頑張れよっ!」 諦めの悪い男は尚もこいつに声をかけることを忘れない。 「どうか余計な反応などしませんように」 「・・・うるせーな。ぶっ飛ばすぞ」 「・・・・・・」 ボソッと俺にだけ聞こえるように釘を刺す鉄仮面が心底忌々しい。 こいつがいなければ間違いなくあの男をぶん殴ってやるところなのに。 *** 「いいですか。現状、司様の意思だけで暴走することはすなわちご自身の首をお絞めになることだとお忘れ無きよう」 「・・・・・・」 リムジンに乗るやいなや説教が始まった。 こんなんシカトだ、シカト。 「それからそうやってお座りになってあらぬところが見えてしまって困るのは牧野様なのだということも忘れずに」 「 !! 」 その指摘に反射的に開いていた股を閉じた。 「・・・見たのか?」 「見てはいません。ですが見える状況ではありました」 「てめぇ、やっぱり見たんじゃねぇかっ!! いてっ?!!」 勢いよく立ち上がった拍子にリムジンの天井で思いっきり頭を強打した。 痛みに慣れていない体はヨロヨロと革張りのソファーへと倒れていく。 「・・・はぁ。いいですか、見たのではなく見えたのです。不可抗力です。そしてそうさせていたのは他でもない司様、あなただということを忘れないでください」 頭をさする間も西田の説教は止まらない。 睨み付けようにもズキズキと痛んでそれどころじゃねぇ。 つーか女ってのはこんなに打たれ弱ぇのか?! 「いいですか。いかなる原因があれ、入れ替わってしまった以上その現実を受け入れる他ないのです。牧野様と2人きりのときはご自分を解放されるのは構いませんが、人目のある場所では今のご自分の立場をゆめゆめ忘れませんよう。がさつな振る舞いも、そうして体を痛めつける行為も、全てはそのまま牧野様に降りかかってしまうのだという事実を常に頭に入れておいてください」 「・・・・・・お前は説教ババァかよ」 「何と仰っていただいても構いません。何かあれば後々困るのはあなたなのですから」 「・・・チッ!」 「そういった振る舞いもくれぐれもTPOを考えてなさいますよう」 「・・・・・・」 ああ言えばこう言う。 今後戻るまでは何から何までこの男の監視下に置かれるかと思うとうんざりする。 ・・・つーかマジでいつまでこんなことが続くんだ? まさかこのまま一生なんてことになったら・・・ 「それから。必ず元に戻れるという強い信念を常にお持ちください。誰よりもお2人が信じないことには事態は好転しませんから」 「・・・・・・」 お前は透視でもしてんのかよ。 言ったところで返ってくる反応が読めて口に出すことをやめた。 「・・・はぁ」 窓にうっすらと映るのは俺であって俺じゃない。 この5年、会いたくて会いたくて身も心も焦がれ続けたただ1人の女。 ・・・だというのに、何故こんなにも心が晴れない思いをしなければならないというのか。 「ひとまず牧野様にはあなたの臨時秘書としてついていただきますから。仕事を休んでもらうという選択肢もありますが、かえって目が行き届かない状況の方があなたにとっては都合が悪いでしょう。それに、いずれは自分の元で働かせたいと望んでいたあなたの願いが図らずも叶った形になるのですから、ここは一石二鳥といい意味で切り替えてください」 「・・・俺が望んだのはこんなんじゃねーよ」 「ではやめますか?」 「・・・・・・」 しれっとした顔でそうのたまう男をぶん殴ってやれたらどれだけいいか。 一日でも、一分でも一秒でも早く元に戻りてぇ。 そうして道明寺司としてあいつをこの手に抱きしめてぇ。 何度も心の中で叫び続けながら、窓に映る牧野の顔をぼんやりと眺めた。
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by: * 2016/03/26 00:24 * [ 編集 ] | page top
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久しぶりすぎてすみませ~ん>< 最後に書いた日付を見て自分で引きました(笑) ちょっとスランプで離れてたんですが、完結目指して頑張ります! 内容が内容だけに楽~に読んでくださいねっ(*^o^*) --さと※※ん様--
いや~、やっぱり西田さんはこの物語に欠かせないですね! 真顔でナイスボケ&ツッコミに勤しむ彼を書くのが楽しくて楽しくて(笑) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
ほとんど化石化してましたからね・・・(汗) 少しは思い出してもらえたでしょうか? どんなときでも西田がいると何故か大丈夫だと思えるこの不思議。 彼の素の姿はもちろんのこと、「男」としてどんな顔を見せるのか、想像するだけでドキがムネムネ止まりましぇんっ! |
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