彼と彼女の事情 7
2016 / 03 / 27 ( Sun ) 待ち望んだ瞬間が訪れたのは正午まで残すところあと5分となった頃。
ガチャッと開いたドアに弾かれるようにして立ち上がった。 「お、お帰りなさいっ! どうでしたかっ?!」 入って来ると同時に駆けよって来たあたしに、西田さんが答えるよりも先に道明寺が思いっきり顔をしかめた。 「俺がいるのになんで西田に聞いてんだよ」 「・・・え?」 なんでって・・・だって西田さんに聞いた方が全てがスムーズでしょ? ・・・とは口が裂けても言えないほどの極悪ヅラをしている。 「っていうかそんな怖い顔しないでよ! その顔が戻らなくなったら困るじゃん!」 「あぁ? 別に普通だろうが」 「どこが普通なのよ、どこからどうみても前科持ちの極悪人ヅラだから!」 その言葉に道明寺がピクッと反応する。 ますますジロッと睨まれて、自分の顔なはずなのに思わず一歩後ずさってしまった。 「なんであのクソ野郎と同じこと言ってんだよ」 「・・・は? クソ野郎って・・・一体何の話?」 「決まってんだろ、あの・・・」 「お取り込み中すみませんが。時間もないことですし今後についてあらためて確認をさせてもらってもよろしいでしょうか」 「あ・・・はい! すみません」 西田さんの絶妙な助け船にほっとする。 道明寺が不機嫌な理由なんてさっぱりわからないけど、聞いたところで不毛な言い争いになるだろうことは容易に想像がついた。今はそんなことに気を揉んでる余裕なんてないんだから! 尚も不服そうな道明寺に気付かないフリをして西田さんの向かいへと座ると、長くせずしてドカッと真横に道明寺も腰を下ろした。 「まずは牧野様の会社の方には話をつけてまいりました」 「あ、あの・・・ほんとに大丈夫なんですか? かなり驚かれましたよね・・・?」 「そうですね。正直、我が社とは全く繋がりのない会社ですから、気の毒なくらい驚かれておられました」 「・・・ですよね」 そりゃそうに決まってる。うちは社員が15人程度の小さな会社なんだから。 青天の霹靂なんて言葉では言い表せないくらいびっくりさせてしまっただろう。 「ですがそこはきちんと話をつけておきましたから。驚かれてはいましたが納得はしていただけましたので何もご心配はいりません」 「あ、ありがとうございます・・・」 「そして当面のことについてですが」 「は、はい」 その言葉に思わず背筋が伸びてゴクッと唾を飲み込んだ。 そうだ。問題はここから、だ。 「先日も話した通り、牧野様には司様の臨時秘書としてついていただきます。とはいえあくまでそれは形式上だけのことですから、実際のところは何もしていただかなくとも構わないのですが」 「で、でも・・・」 「とはいえ問題はそちらではなくむしろ司様の方です」 「・・・俺が何だよ」 自分に問題ありと言われたようで道明寺がますます深い皺を寄せる。 だから人の顔でそんな極悪ヅラすんなっつってんの!! 「立場上司様がいつまでも表舞台に出ないということは不可能です。そして今現在その司様の立場に立っておられるのが・・・」 「・・・あたしってことですよね」 「はい。副社長という立ち位置からも、この先永遠に人と接触をもたずにやり過ごすということには限界があります」 「つまりは・・・あたしが道明寺の役目を果たさなきゃいけないって・・・そういうことですよね?」 恐る恐る尋ねた答えに西田さんが静かに頷いた。 「・・・・・・」 週末に当座の計画を聞かされた時、あたしはまだ深くまで考える余裕なんてなかった。 けど今ならわかる。あたしはなんてとんでもないことに巻き込まれてしまったのだと。 問題点は多々あれど、あくまでも仕事の面だけを考えて言えば道明寺があたしに成り代わるのなんてわけないことだ。くぐり抜けてきた経験値が違いすぎるのだから。 じゃあ逆は? そんなの考えるまでもない。 問題しかない。 あたしがこの道明寺ホールディングスの副社長の役目を果たす? ムリムリムリムリムリムリ! そんなの無理に決まってるでしょうが! 急激に現実に押し潰されそうになって目の前が真っ暗になってきた。 「不安になるなという方が無理な話でしょう。ですができる限り表舞台に出ずに済むように調整いたします。日常的な業務はここで司様にやっていただけば何の問題もありません。・・・が、時と場合によっては牧野様に副社長としての役目を果たしてもらわなければならないこともあるということはご承知おきください」 「わ、私にはそんな大それたことムリですよっ・・・」 やばい。怖すぎて泣けてきた。 だって、中流階級以下の育ちのただのOLに、ある日突然世界に名だたる大企業の副社長をやってくれって言ってるわけでしょう?! 恐ろしすぎてもはや悪夢だ。 「心配すんな。表に出る時には常に俺がついていくから」 「道明寺・・・」 人の体でふんぞり返ってるその姿が腹立たしい一方で、縋り付きたいほど頼もしくも見える。 姿形はどう見てもあたしなのに、人の印象ってこんなにも中身に影響されるものなんだ。 ・・・だからこそ余計に不安ばかりが募る。 「でも、外部から来たペーペーがいきなり道明寺みたいな人について回るようになったら色々と大変なことになるんじゃないの?」 「なんでだよ。自分の直属の部下にどんな奴を置こうとそれは俺が決めることだ。他人にとやかく言われる覚えはねぇ」 「そうかもしれないけど・・・あたしにはどう頑張っても道明寺のような迫力は出せないよ。ムカツクくらい威風堂々としてるはずの男がある日突然おどおどし始めたら・・・色んな意味で悪影響を及ぼしちゃいそうで・・・」 ビジネスに関することは事前に徹底的に情報を叩きこめばまだなんとかなるかもしれない。 これでも成績は悪くはなかったし、英語ならそこそこ意思の疎通が図れる程度には勉強した。 でもどう転んだってあたしに道明寺のような雰囲気を出すのはムリだ。これだけの圧倒的なオーラを放つ人間など、世界中を探したところでそうそう出会えることはないのだから。 「泣きそうな顔してんじゃねーよ」 「・・・え?」 知らず知らずのうちに俯いていた顔を上げた瞬間、ビシィッとおでこに痛みが走った。 「い゛っ?! ったぁ~~~っ!!」 一瞬何が起きたかわからないくらいの激痛に、目の前に複数の星が飛んだ。 「な、何すんのよっ!!」 「そりゃこっちのセリフだ。俺の顔で今にも泣きそうな顔なんかしてんじぇねーよ」 「な、泣いてないっ!」 「涙が出たかどうかは問題じゃねぇ。いつもまでも後ろ向きなことばっか考えんなつってんだよ。お前がメソメソして何か状況が変わんのか?」 「そ、それは・・・。でも不安になるのは当然じゃない! あたしに道明寺の立場なんて・・・!」 「だから何のために俺がいるんだっつってんだよ」 「・・・え?」 思わず興奮して立ち上がったあたしの前に道明寺もスッと腰を上げた。 いつもは見上げる側のあたしが今は見下ろす立場になっている。 それなのに、頭一つ分低いところからこちらを見上げている 「あたし」 は、信じられないほどに強いオーラに満ち溢れていた。 「さっきから言ってんだろ? 何もお前1人を俺の世界に放り込むんじゃねぇって。何かあるときには常に俺がお前の隣にいる。西田だっている。これ以上のサポートがあるか?」 「・・・・・・」 黙り込んでしまったあたしに道明寺が一歩距離を詰めると、ゆっくりと手を伸ばして背伸び気味にぽんぽんと頭を撫でた。 「何のために俺が5年も我慢したと思ってる」 「・・・え?」 「全てはお前との未来をこの手に掴む為に決まってんだろうが」 「 ! 」 下から見上げられているはずなのに、何故か自分が見下ろされているような錯覚を起こす。 「俺だってなんでこんな目にって思ってんのは同じだ。でもだからっていつまでもぐだぐだ考えてたってどうにもならねぇ。それよりも大事なのは俺たちがぜってーに戻れるってことを信じることじゃねーのかよ?」 「信じる・・・?」 「あぁ。そしてそれはお互いを信じるってことだ。お前はこの5年、俺を信じて待っててくれたんだろ?」 「・・・!」 「俺だって同じなんだよ。何がどうしてこんなことになったかなんて知らねーけどな、今さらこんなことで俺たちの足元がぐらつくだなんて冗談じゃねぇっつんだ。俺はお前と幸せになるためのこの5年を無駄には過ごしてねーんだよ。だからお前は俺を信じて堂々と立ってりゃいい」 「道明寺・・・」 はっきりと、鮮明に見えた。 今あたしの目の前に立っているのは、 「牧野つくし」 じゃなくて 「道明寺司」 なのだと。 「司様の仰るとおり私も万全のサポートをさせていただきますのでご安心ください」 「西田さん・・・」 いつの間にか西田さんも向かいで立ち上がっていた。 昔は敵だった人がこんなにも頼もしい存在に変わる日が来ようとは。 「この5年間、誰よりもお傍で司様を見てきた者として言わせていただきます。この不測の状況下でもあなたを支えるだけの経験を司様は積まれてまいりました。ですから今のお2人にとって何よりも大事なことは、何があっても互いを信じるという強い信念だけなのです」 「信念・・・」 「はい。当人が戻れるということを信じていなければ話は始まりませんから」 「・・・・・・」 そう言った西田さんの眼鏡の奥はとても真剣な眼差しだった。 ゆっくりと視線を目の前に戻すと、あたしの姿をした道明寺もとても力強い眼差しを向けている。 あたしは・・・1人じゃない。 そう思ったら、自分でも不思議なほどに見えない力が湧き上がってくるのを感じた。 「・・・そうですよね。ごめんなさい。あたしもちょっと混乱し過ぎてて・・・一番大事なことを忘れちゃってました。本当に、信じなきゃなにも始まらないですよね」 道明寺はじっとあたしを見つめたままだけど、その瞳が何と言っているかは言うまでもなかった。 あたしはすぅっと大きく息を吸って深呼吸すると、一度西田さんを見てからゆっくりと道明寺へと向き合った。 「・・・わかった。何があっても大丈夫だって信じるから。だからよろしくお願いします」 まさかそこまで素直な反応が返ってくるとは思ってもいなかったのか、一瞬だけ道明寺は驚いたような顔を見せた。けれどすぐにいつもの自信に満ち溢れた不敵な笑みを浮かべると、 「任せとけ」 そう言ってもう一度あたしの頭をクシャッと撫でた。 その手のひらから伝わる熱は、不思議なほどにあたしの心を落ち着かせてくれた。
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by: * 2016/03/27 00:19 * [ 編集 ] | page top
--さと※※ん様--
クシャっていいですよね~。クシャって。きゃーーー(*≧∀≦*) ← でも司は自分のクルクルパー・・・おっと、クルクル頭をクシャッってるわけで・・・ いや、西田と司が入れ替わるよりは遥かにマシだな、うん。 --管理人のみ閲覧できます--
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面白くなってきましたか? 今までにない路線(パラレルって言うんですかね?)なので反応にびびりながら書いてます(笑) そうそう、こうなってくると西田以外にはばれるのか?とか色々気になることが出てきますよね。 その辺りも是非楽しんでもらいたいな~と思ってます^^ 原作後の物語も書いてみたいですね~。・・・ちゃんと話がまとまれば(笑) --た※き様--
おぉ、この話好きですか?嬉しいな~(*^o^*) 逆転Rねぇ、あったらすごいですよね(笑) 今まで二次でそういう話ってあったんでしょうかねぇ・・・? --a※※hana様--
司がビシッと決めてるように見えて・・・ 見た目上実際にいい子いい子されてるのは司の方なんですよね(笑) いや~、司は内心ブチ切れそうなほど気持ち悪いと思ってるでしょうね(≧∀≦) --k※※hi様--
西田さんは司がこの5年を本気で頑張ったのを真横で見てきたからこそ全面的に協力してくれるんでしょうね。彼の存在は心強い! そして司はご愁傷様(笑) 5年耐えたのにね、涙無しじゃ読めませんぜよ・・・(大爆笑) ← --ke※※ki様--
お~、そんなに楽しみにしてもらえてたんですか?嬉しいです~^^ コメディ路線って簡単なようで意外と難しいんですよねぇ・・・。 基本笑ってもらいながらもこのピンチを2人がどう乗り越えていくのかをしっかり描いていけたらいいなぁと思ってます。(あくまでも希望的観測) 誰かにばれちゃうんでしょうかねぇ・・・?ハテ?(* ̄m ̄*) --み※※鍋様--
なんてったって一筋縄じゃいかないつかつくですから。 一波乱と言わずに何波乱もしていただきましょうか( ̄∇ ̄) 見た目は完全に入れ替わってても内面って滲み出てるみたいですね。 でもそれはお互いに対する想いが強いからこそ感じられることなのかもしれません。 --v※※go様<拍手コメントお礼>--
おっ、ここにもニシダスキーさんを発見! いや~、彼の安心・安全・安定、トリプルAの人気度はさすがですね!(笑) |
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