あなたの欠片 22
2014 / 11 / 29 ( Sat ) 「ま、牧野様っ!いけません、そのようなことはっ!」
「大丈夫大丈夫。これもリハビリの一環なんですから」 「しかし、こんなことをさせては司様がお叱りになられますっ!」 「え~?大丈夫ですよ。その時は私がちゃんと話しますから」 「で、でもっ・・・・」 オロオロと狼狽える使用人をよそに当の本人は至極楽しそうに手を動かし続ける。 握られたホースの先から飛び出した水滴が目の前に咲き誇る花々にサラサラと勢いよく降り注がれていくと、太陽の光に反射して時折綺麗な虹が顔を出す。 「だいたい、これくらいのことで叱られるってどういうことなんですか?ただの水やりですよ?」 「そ、それは牧野様は大切なお客様だからです!」 「お客様って・・・・私は居候させてもらってる立場ですよ?できることをお手伝いするのは当然じゃないですか」 「いいえ、牧野様は特別なお方です。司様にとっても、私たちにとっても」 大真面目な顔で断言するその姿につくしは思わず吹きだしてしまう。 「ぶっ、あはは!・・・あ、ごめんなさい。でもただの一般庶民の自分がそんなこと言われるとなんだか恥ずかしくって」 「一般庶民だなんて・・・・」 「だってそうじゃないですか~。あ、違うな。我が家はどっちかと言えば庶民以下かも・・・」 「えっ?」 「だって一時期は四畳半暮らしもしてたんですよ?」 「よ、四畳半・・・・?」 「そうです。あぁ、思い出すとなんだか懐かしいなぁ。でも、メチャクチャ狭いのに何故だかすっごく安心できるんです。だからここでの生活はもう地に足がつかなくって落ち着かないんですよ」 「・・・クスッ、色んな思い出をお持ちなんですね」 「全然自慢話にもならないんですけどね」 使用人もつくしの話を聞きながらクスクス笑いが止まらない。 穏やかな天気に恵まれた午後、つくしはじっとしていることに耐えられなくなり、庭園で花の水やりをしていた使用人の仕事を半ば無理矢理強奪していた。 戸惑う使用人に構うことなく、なんだかんだと自分のペースに持ち込んで今に至る。 つくしがいかに大切な人間であるかは誰もが知るところではあるが、当の本人はその自覚は全くない。だが、記憶があろうとなかろうと、つくしはつくしのまま、何一つ変わってはいないと誰もが実感していた。 こうしてじっとしていられずにあらゆる仕事を手伝ってしまうことも、気が付けば無欲のうちに邸の人間の懐にすっぽり入り込んでしまっていることも。 立場上戸惑いながらも、邸の誰もがこうしてつくしとの時間を過ごすことを楽しみにしているのも事実だった。 「でも嬉しいです。こうしてまた牧野様とご一緒できるようになって。そのネックレスもとてもよくお似合いです」 水やりをする横で使用人が嬉しそうに顔を綻ばせているのを見てつくしのふっと手が止まる。 その視線に気付いた使用人はしまった、と言わんばかりにあたふたし始めた。 「も、申し訳ございません!牧野様がわからないことをベラベラと・・・大変失礼致しました!!」 「いえっ、全然構わないんです!そんな謝らないでください!」 数秒前までの穏やかな空気は何処へやら。ひたすら恐縮してペコペコ頭を下げる女につくしも慌てふためく。 「ほんとに気にしないでください!・・・・・っていうか、もっと聞かせてもらえませんか?」 「・・・・・・え?」 思いも寄らぬ言葉に女性が目を丸くして顔を上げた。 「なんていうか、記憶を取り戻したくてここに来たんです、私。なんとなく懐かしいなとか、知ってるかも・・・っていうぼんやりとした感覚はあるんですけど、はっきりとしたことが思い出せないのがもどかしくて。皆さんもなんだか凄く気を遣ってるのがわかるし・・・。だからそろそろ皆さんの口からも本当のことを聞いてみたいな~って」 「牧野様・・・・」 「あぁっ、そんなにしんみりした顔しないでください!別に悲しくて言ってるわけじゃないんですよ?ただ、今の自分なら記憶にないことを言われてもちゃんと受け止められるかなって自分で思ってるんです」 「・・・・そうですか・・・・」 「・・・・やっぱりダメ、ですかね・・・・?」 まるで学校の先生に叱られている子どものように眉尻を下げて様子を伺うつくしに、真剣な顔をしていた使用人の顔も次第に解れていく。 「・・・・いえ、私でお力になれることがあれば。何でも聞いてください」 「本当ですかっ?!」 目の前に広がる花にも負けないほどの笑顔になったつくしに、とうとう女性は笑い出してしまった。 「はい。喜んで」 「本田さんっ!ありがとうございますっ!!」 「ま、牧野さまっ?!」 嬉しさの余り思わず女性の腕にしがみついたはいいものの、その手にホースを握りしめていたことをすっかり忘れていた。つくしの手から前触れもなく放たれたホースが空中で見事な放物線を描いて2人に降り注ぐ。 バシャバシャバシャ~ッ!! 「きゃあ~~~~~~~っ!!!」 澄み渡る青空に2人の悲鳴が響き渡った。 ***** 「本当に申し訳ございませんでしたっ!!!!」 本田と呼ばれた使用人が額が膝につきそうな程体を折ってつくしに頭を下げている。 「や、やめてください本田さんっ!!あれはどう考えても私が悪いんですから!本田さんは何一つ悪くないですから!!」」 「でも、もともと私が牧野様にやらせてしまったばっかりに・・・」 「いえいえそれも違いますって。私が無理矢理強奪したようなものですよね?本田さんは何にもしてません、むしろ被害者ですから!だからお願いです、頭を上げてくださいっ!」 つくしの必死の懇願にようやく本田がゆっくりと顔を上げていく。その目はうっすら潤んでいるようにも見える。 「それよりも本田さんも早くお風呂に入ってきてください。まだ髪の毛とか濡れてるじゃないですか!」 「いいえ、私は牧野様のお世話が終わるまではいいんです」 「でも・・・」 「お願いします。これくらいはさせてください」 ズイッとあまりの迫力で迫られつくしもそれ以上は強く言い返すことができない。 「う・・・わかりました。じゃあ終わったらすぐに行って温まってきてくださいね?」 「はい。お気遣いありがとうございます」 ニコッと笑顔を見せた本田につくしもようやく安堵の息が零れた。 「・・・・あの、自分でできるから何もしなくていいですよ?というかそうさせてください」 「いいえ、お手伝いさせてください」 ああ言えばこう言う。漫才かとつっこみたくなるほど、さっきからつくしと本田の掛け合いは終わらない。 あれから。 2人仲良く水を頭から被ってしまい、つくしは慌ててバスルームへと押し込まれた。拭くだけで大丈夫だと何度も言ったが、寒いこの季節、風邪でもひかせてしまっては司に顔向けできないと、必死でお願いされてしまった。 今のつくしにとって司はどちらかと言えば優しい男としてインプットされているため、これだけ邸の人間が怖がるなんて、一体どれだけ二面性を持っているのだろうかと少々不安を覚えなくもないのだが。 本田自身も濡れたにもかかわらず、軽く拭いただけで後は必死でつくしのお世話に徹している。 今も風呂上がりのつくしの濡れた髪の毛に甲斐甲斐しくドライヤーを当てている。 「・・・なんていうか、こんな生活続けてたら一人暮らしに戻ったときが怖いです。何もできなくなってそうで」 つくしの口からあははと苦笑いが出る。 「・・・ずっとこちらにいらしたらいいんですよ」 「えっ?」 「是非そうされてください。司様も、邸の全ての人間だって同じ気持ちでいますよ」 ドレッサーの鏡越しに目が合うと、本田は優しい顔でニコッと笑った。 自惚れでもなんでもなく、自分は本当にここの人達に大切にされている・・・・ つくしはバスローブの前合わせをギュッと握ると、意を決して聞いてみることにした。 「・・・・あの、聞いてもいいですか?」 「はい、なんでもお聞きください」 「その・・・私と道明寺さんって本当にお付き合いしてたんですか?」 「はい。その通りです」 ドキドキするつくしをよそに、本田は少しの間も空けずにあっさりと事実だと認めた。 「私はよくここに来てたんですか?」 「そうですね。一時期こちらにお住まいだったこともあるんですよ」 「えぇっ?!い、いつですか?」 「牧野様が高校生の時の話です。あの頃はお付き合いしているというわけではなかったようですけど。居候という形でしばらくいらっしゃったんですよ」 「へぇ~・・・・そうなんですか・・・」 まさかの事実に思わず口が開いてしまう。 「司様はあの頃からそれはもう牧野様に夢中でらしたんですよ」 「え」 「牧野様に出会うまでの司様はどこか満たされずいつも荒れておいででした。この邸もいつも重い空気に包まれているような、ずっとそんな毎日だったんです。・・・でも牧野様に出会われてそれが真逆に変わったんです」 「私・・・ですか?」 「はい。牧野様に出会われてからです。司様の本当の笑顔を見るようになったのは。牧野様は司様にとってもこのお邸にとっても、太陽のような方なんです。だからこのままここにいてください」 「本田さん・・・」 本田のあまりの熱弁につくしの胸がギュッと熱くなっていく。 その目があまりにも真剣だったから。 このまま流されてしまいそうになるけれど、もっと自分の目で、耳で色んなことを確かめたい。 「道明寺さんって高校を卒業して渡米してたんですよね?」 「そうです」 「私ってその間もここに来ることはあったんですか?」 「はい、よく来られてましたよ。私達もそうですけど、タマさんが楽しみに待ってましたしね」 「タマさん・・・・・。そう言えば『私は先輩だよ』って言われたんですけど、あれってどういう意味かわかりますか?」 つくしがずっと気になっていたことを聞くと、本田は思い出したようにクスッと肩を揺らして笑った。 「それはですね、牧野様がこちらにお住まいの頃に使用人をされていたからですよ」 「えぇっ?!」 使用人?! いや、貧乏暇なし。いかにも自分らしいと言えばそれまでだけれど、何をどうすればこのお邸で働くことになるのだろうか。 「牧野様がこちらにいらっしゃった頃、どうしても働かせてくださいと言われたんです。もちろん司様も私達も猛反対しました。でもどーーーーしてもと牧野様がおっしゃられて。それを認めたのがタマさんなんですよ」 「タマさんが?」 「はい。指導係を買って出たのがタマさんだったんです。だから先輩に」 「・・・・なるほど~!そういうことだったんですね」 つくしの中でずっと謎だったことがすーっと消えていく。 「今思えばタマさんは最初から牧野様の本質を見抜いていたんだと思います」 「え?」 「司様が牧野様に好意を寄せていたことはもちろんのこと、いずれお二人がそうなることをわかっていたんだと思います。そうでなければあのような申し出を受けるとは思えませんから。司様との距離を縮めるきっかけを作るために一肌脱いだんじゃないでしょうか」 「・・・・・・そう、なんですか・・・」 「ですからここ1年ほど牧野様がいらっしゃらないのをタマさんもとても寂しく思われていましたよ」 「・・・え?そうなんですか?」 「はい。牧野様も社会人になられて多忙な日々を送られていたんでしょう。こちらに来られなくなったのと時期が重なっておいでですから」 「・・・・・・そうですか・・・・」 ・・・・なんだろう。 何故だかはわからないけれどとても引っかかる。 確かに社会人になれば学生の時とは違ってくることも多々あるのだろう。 でもだからといって全く来られなくなるほどなのだろうか? だって、買い物に行ったり誰かと出かけたりしようと思えばできるわけで。 だったらその時間にここに来ることだってできるはず。 どうして。なんだかモヤモヤして気持ち悪い・・・・・ 「さぁ、全部乾きましたよ」 「えっ?あ、ありがとうございます」 どこか落ち着かない胸元をギュッと握りしめた瞬間、ドライヤーの音がカチッと止まった。 人に仕上げてもらった胸上まであるストレートの髪は、まるで美容室でブローしてもらったかのようにサラサラしている。 「じゃあ本田さん、約束通りすぐにお風呂に入って来てくださいね」 「ありがとうございます。でも最後のお仕事を一つだけ」 「え?」 「お付け致しますね」 そう言って笑いながら指差したのはドレッサーの上に置かれた土星。 毎日つけておけと言われてからというもの素直にその言葉に従ってはいるが、お風呂に入るときだけは外している。万が一壊してしまったらと思うだけでゾッとするからだ。 「本当にお綺麗でそして牧野様によくお似合いですよ」 「あ、ありがとうございます・・・」 あまりにもニコニコ言われると恥ずかしくてたまらない。 照れくささのあまり思わず視線を逸らした先で、ふっと鏡に映る人影に気付いた。 ・・・・・・・え?! 驚きに目を見開くつくしに気付くとその人物がニッと口角を上げて不敵に笑った。 「嘘っ?!」 ガバッと振り向くとそこにはドアにもたれ掛かるようにして司がこちらを見て立っていた。 一体いつからそこに?! 「ここはもういいぞ。後は俺がやる」 「えっ!!」 司の口から飛び出たとんでもない一言につくしは驚愕する。 「かしこまりました。ではよろしくお願い致します」 「えぇっ??!!」 さらにはすんなりそれを受け入れる本田にひっくり返りそうになる。 「ちょっと、本田さん!待ってくださいよ!」 「うふふ、牧野様のお言葉に甘えてお風呂に入らせていただきますね」 そう言って本田はニッコリ笑うとどこか嬉しそうな足取りでさっさと部屋を後にしてしまった。 さっきまでどれだけ懇願しても聞き入れようとしてくれなかったのに!! しかも結局最後の仕事だと言ったネックレスだって残されたままではないか! つくしは口を開けたまま唖然として本田のいなくなった方を見つめている。 だがやがて視界に徐々に大きくなる影に気付いてハッと息を呑んだ。 気づいた時にはすぐ目の前まで来ていたその影は、大きな手を伸ばしてドレッサーの上に置かれたままのネックレスを掴んだ。 「俺がつけてやるよ」 「・・・えっ?!」 普段なら到底帰っていない時間に司がここにいること、 いつの間にあそこに立っていたのかという驚き、 そしてあんな話の流れで急に二人きりにされたこと、 ありとあらゆる状況につくしの心臓が壊れんばかりに暴れ始めていた。 ![]() ![]() |
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by: * 2014/11/29 02:14 * [ 編集 ] | page top
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あらあら、禁断の深夜訪問が続いていらっしゃるのですね? 危険な橋を渡ってしまわれたのですね( ̄ー ̄)フフフ サスペンスは今回はお休みです。 ってサスペンスじゃないですからっ!!!(笑) ちょこちょこ場面転換をぶっ込むので「あれ?」と思われることでしょうが、 何とぞ見捨てずについてきてくださいませm(__)m はい、もっかいネックレスきました~。 これも時々あるシーン・・・・かも?! 前からでも後ろからでもどっちでもいいっ!! うんうん、その後ギューッってして欲しいですよね! えっ、その後チューですか?ギャ~~~~!! 想像しただけでもうたまらーーーーーーーーん!!(;´Д`)ハァハァ ・・・・・そんなことをに胸を膨らませて近くでガースカいびきをかいて寝てる旦那を見たら・・・・ なんか一気に「現実」に襲われました。 ちーーーーん --きな※※ち様--
まさかの生転がしクイーンの称号が!! いやぁ~、焦らしが大の苦手私がそんな日を迎えるなんて(笑) 本田さん、なかなかいい仕事してますよね。 テコでも引かないのに坊ちゃん絡みだとあっさり(笑) さすがはタマ先輩、教育の徹底ぶりがパネエっす! そうそう、「既視感」にこだわった理由がわかっていただけたでしょうか? 封筒は何通かありましたからね。 残りは一体どうなっているのか・・・ そして送り主は誰にしましょうか? ほんとに行き当たりばったりで書いてるので、今からでも変更可能ですよ! ナイスな筋書きを絶賛募集中です!!← 金田一少年人気ですね。 他の方のコメントにも「呼ばなきゃ!」ってありましたよ(笑) --管理人のみ閲覧できます--
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だてに普段タマさんの教育を受けているわけじゃないですね。 細部までタマイズムが浸透しておられるようです(笑) ふふふ、ネックレスつけた後に猛獣化する坊ちゃんに会いたいですよね~。 あんなことやこんなこと、妄想し始めたら止まりません( ̄∇ ̄) --ゆ※ん様<拍手コメントお礼>--
おぉ~、ほんとに時間旅行をしてくださってるのですね。 結構な頻度で読み返ししてくれてますよね?ありがたいことだな~(T-T) 多分ゆ※んさんの方が内容について詳しいと思います。っていうか間違いない(笑) |
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