彼と彼女の事情 11
2016 / 03 / 31 ( Thu ) ギシッ・・・
とうに日付も変わった頃、暗い室内にベッドの軋む音が小さく響いた。 それから間を空けずに背中にじんわりと温かな人肌が伝わってくる。 「・・・・・・・・・・・・・・・どうみょうじ・・・?」 消え入りそうな声で口にした名前に、ハッとこちらを向いた気配を感じた。 「・・・なんだお前、まだ寝てなかったのか?」 「ごめん・・・なんか、眠れなくて・・・」 「・・・・・・」 背中を向けたままそう呟くと、またしてもベッドが軋む音が聞こえた。体ごとこちらを向いたのがわかったけれど、あたしはそれに気付かないふりをした。 道明寺はあたしが余計なことを考えなくていいように眠るのを待って来てくれたはずなのに。 これ以上は黙って目を閉じればいいだけなのに。 頭ではわかっているのに・・・自分を止めることができない。 「もし・・・・・・もしさ。 もし・・・あたしたちが、このまま・・・・・・えっ?!」 そこまで言いかけたところで突然肩を掴まれたかと思ったら、グイッとそのまま後ろに引っ張られてベッドに押しつけられるような形になった。 「 ______ ・・・っ !! 」 次の瞬間呼吸が停止する。 口を開こうとする前に、柔らかい感触がその唇ごと塞いでしまったから。 何も見えない真っ暗闇の中でも、触れているそれが何かわからないほどバカじゃない。 「~~~んん~~っ・・・!」 ジタバタともがくのに、今はあたしの方が圧倒的に力があるはずなのに。 何故だか不思議なほどに目の前の体はビクともしてくれない。 ほとんど馬乗りになるような体勢で何度も何度も唇を重ねていく 「あたし」 に、気が付けばあたしは全ての抵抗をやめてひたすらその熱を受け取り続けていた。 「・・・・・・・・・・・・はぁっ・・・!」 ようやく解放された時にはもう指一本にすら力は入らなくなっていて。 相手は間違いなく 「あたし」 だったはずなのに、暗闇の中自分に触れた感触はどこを切り取っても全て 「道明寺」 そのものだった。もしかして元に戻れたんじゃないだろうかと思えるほどの不思議な感覚に、自分でもどうしていいかわからない。 「どうだよ、少しは気が紛れたか?」 「・・・・・・え?」 ようやく暗闇に慣れてきた目がぼんやりと目の前にいる人影を捉える。 やはりそこにいるのは 「あたし」 で。 「ったく。余計なこと考えずに寝ろっつっただろうが。わざわざこの時間まで待って来てみりゃあこの有様だ。このバカ女!」 ペシッと平手が額を直撃する。 「イタっ! ・・・だって、眠れなくて・・・」 「どんなときでも爆睡すんのがお前の専売特許なんじゃねーのかよ」 「それは、そうだけどさ・・・。あたしだって人間なんだからこんな日だってあるのよ!」 そりゃあこれまで空気を読まずに爆睡したことは一度や二度じゃないけどさ。さすがにこんなありえない状況に置かれたら・・・いくらあたしでも脳天気に眠ってばかりもいられない。 「っていうかさ、早く降りてくんない?」 お腹の上にどっかり座り込んだままで、もしまた自分の意思とは全く関係ないところであらぬ反応でもされたらたまったもんじゃない。 「・・・道明寺? ねぇ、聞いてる?」 「やってみるか?」 「え? やるって・・・何が?」 っていうかそれよりもまず降りて欲しいんですけど。 「決まってんだろ。この状態でセックスやってみるかって聞いてんだよ」 「・・・・・・・・・」 「おい、お前こそ聞いてんのか?」 ・・・うん? 今なんて言った? えーーっと・・・。 あ、そうそう、セックスやってみるかって言ったんだ。 なるほどそうきたか。 セックスね~、 セッ・・・ 「 はっ、はぁああああああぁあああぁぁあああっっっ????!!!! 」 「 おわっ!! 」 絶叫と共に飛び起きた勢いのまま、 「あたし」 の体が真っ逆さまに倒れていった。 「いって・・・!」 「な、な、ななななななな何言ってんのよ! あんたバカじゃない?! この期に及んでそんな悪趣味過ぎる冗談なんてやめてよねっ!!」 悪ふざけにもほどがある! 「冗談なんかじゃねーよ」 「・・・えっ」 ムクッと体を起こした道明寺の顔は・・・予想なんかよりも遥かに真剣だった。 とても冗談を言っているようには見えないほどに。 「俺は別に構わねーぜ。入れ替わってたって何の問題もなくできんだろ?」 「何言って・・・問題ありまくりに決まってるでしょうが!」 「なんでだよ。中身が入れ替わった以外はなんも変わらねーだろうが」 「以外はって・・・それが唯一にして最大の問題なんじゃんか!」 「そうか? 形が入れ替わったとしても俺は俺、お前はお前に違いはねーだろ」 「え・・・?」 違いは、ない・・・? いやいやいや、あるでしょう? 「確かに自分を客観視するのは気持ちわりぃしさっさと戻れよと心底思ってる。でも不思議だよな、見た目は俺なのにどう見てもお前にしか見えない瞬間っつーのがあるんだよ」 「・・・・・・」 同じだ・・・。 言われたような不思議な感覚に陥ることがあたしにも何度もあった。 道明寺も・・・? 「どんな状況だろうと俺が欲しいと思うのはお前だけだし、お前だって俺だけだろ?」 「・・・・・・」 戸惑いを隠せず、言葉にする代わりに小さく頷いた。 「だったら器にこだわる必要なんかねーだろ? 力の差があるっつーなら俺が上に乗って動きゃあ何の問題もねーわけだし。お前が主体になることに抵抗があるっつーなら俺のままで受け身でいりゃあいい」 真面目な顔でなんというぶっ飛んだことを言ってるんだこの男は。 この状態でやるだなんて・・・そんな末恐ろしいことを平然と。 「つってもさすがにお前にその気がねぇのに無理矢理するつもりはねーけどな」 「・・・え?」 訝しげな顔を向けたあたしに、道明寺は茶化すでもなく真剣な表情を崩さずに続けた。 「あくまで俺の気持ちを言ってるってだけの話だ。俺はいつだって 『牧野つくし』 を欲してる。今目の前にいるのがお前だと思えるのなら、俺はいつだってお前を受け入れられるし抱ける」 「道明寺・・・」 「お前、さっき俺にキスされてるときどう感じた?」 「えっ・・・?」 「途中から相手の器なんかふっとばなかったか? 俺は全身全霊でお前を感じてたけど」 「・・・!」 まるで心の中を見透かされたかのような指摘にドキッとする。 ・・・そう。さっきあたしは確かに 「道明寺」 を感じていた。 それもはっきりと。 あたしの考えていることが手に取るようにわかったのか、道明寺がクッと満足そうに笑った。 「つまりはそういうことなんだよ、牧野」 「え・・・?」 「確かにこの状況はありえなーしざけんなとも思う。1日だって1秒だって早く戻りやがれとも思ってる。でもな、こうなった相手がお前だったってことに意味があるんじゃねーのか?」 「意味・・・?」 「あぁ。もし入れ替わったのが他の人間だったらお前どうする?」 「えっ?!」 他の人だったらって・・・ いやいやいや、ありえない。そんなゾッとすること想像したくもない。 「な? 確かにこの状況はありえねーし腹も立つけど、それでもこうなった相手がお互いで良かったとは思わねーか?」 「・・・」 「俺はお前だからこそこの現実を受け入れてるし、こうして同じ空間で過ごすこともできる。むしろ結婚にも同棲にも消極的だったお前をここに住まわせられてるって点では良かったのかもな」 「良かったって・・・」 そんなバカな。 「だからものは考えようってことなんだよ。こうなったことにもきっと意味がある。たとえそれが予想だにしないことだったとしても、マイナスな方向ばかりに意識をとられんなっつってんだ」 「・・・・・・」 「ま、さっき言ったことは嘘じゃねーから」 「・・・え?」 キョトンと顔を上げたあたしに道明寺が不敵に笑った。 「俺はお前さえその気になりゃあいつだってやる気でいるぜ。そん時は遠慮なく言えよ」 「なっ・・・! ばっ・・・バカっ! そんなことあるわけないじゃんっ!!」 「わかんねーだろ? 実際お前さっきのキスを受け入れてたしな。気持ちが同じなら見た目がどっちかなんて関係ねーってことだよ」 「気持ちが同じなら・・・?」 「あーもう、とにかくもう寝ろ! これ以上ぐだぐだ言うなら今すぐやってもいいんだぞ」 「ひっ・・・! ね、寝るから! 寝ます、もう寝ますっ!!!」 必死の形相で布団を掴んでバサッと潜り込むと、頭上からククッと愉快そうに笑う声が降ってきた。 「その意気だ、その意気。腐ってばっかの牧野なんて牧野らしくねーぞ」 「 !! ちょっ、ちょっと・・・! 」 「うるせーぞ。最後までやられたくなかったらこのまま大人しく寝ろ」 「・・・・・・」 追いかけるようにして後ろから巻き付いてきた手にドキドキが止まらない。 大きな体に回されたそれは自分で思っていた以上に細くて小さかった。 ・・・そしてあたたかい。 「・・・・・・ありがと、道明寺」 「礼を言われる覚えはねぇ。つーかなんだ? 早速やって欲しいのか?」 「ち、違うわっ!! もうっ、おやすみっ!!!」 「クククッ・・・!」 あぁもうっ! 完全におちょくられてるじゃないか。 でも・・・ とんでもないことを言われたはずなのに、さっきまであたしの心を覆い尽くしていた靄がいつのまにか綺麗さっぱり消え去っていた。何1つ問題は解決されていないというのに。 不安の代わりにあいつの温もりに包まれながら、その日あたしは2人が入れ替わってから初めて一度も目を覚ますことなく朝を迎えることができたのだった。
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by: * 2016/03/31 00:39 * [ 編集 ] | page top
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どんな状況でも司は俺様!たのもしい!カッコイイ! 中身が入れ替わって大きな身体の司がモジモジする姿なんて想像したら笑っちゃいました(^O^) --管理人のみ閲覧できます--
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