彼と彼女の事情 12
2016 / 04 / 11 ( Mon ) 「ねぇねぇ、例の女見た?」
「それがまだなのよ。隙あらばと思ってはいるんだけどさ、相当ガードが堅いわよね?」 「うんうん。・・・でもさ、あたし今朝チラッとだけ見たのよね」 「えっ、それマジ?!」 「マジマジ。とは言ってもほんとに一瞬だけなんだけどさ。西田さんの後ろについて執務室に入っていく後ろ姿をチラッとだけ」 「顔は?」 「残念ながら全く。ただ、細身でストレートの黒髪の女だってことだけははっきりしてる」 「ストレートの黒髪・・・」 言われた特徴をブツブツ呟きながら女の眉間に皺が刻まれていく。 「・・・っていうか何者なの? 牧野つくしって」 「それがわかれば苦労しないのよね~。西田さんからある日突然期間限定の補佐をつけたって、名前を知らされた以外は一切の情報ナシでしょ? そもそも顔すら見せないってことが異常でしょ」 「ほんとよねぇ。副社長が西田さん以外の直属の部下をつけること自体ありえないのに、これだけ鉄壁のガードで守られてるなんて・・・」 「つまりは副社長が意図的にそうしてるってことでしょ?」 「・・・考えたくはないけど間違いないでしょうね」 「・・・・・・」 2人の女の間に重苦しい沈黙が広がる。 「まさか・・・副社長の女とか?」 「やだーっ! そんなの冗談でもやめてよっ!!」 「でもそうでもなきゃ説明つかないでしょ?! 確か副社長って渡米する時に彼女の存在について言及したんじゃなかったっけ? だから・・・」 「やだやだやだっ! 絶対に信じない! っていうか万が一にもそうだったとして副社長も何考えてんのよ。社員にきちんと紹介もできない形で女を忍び込ませるなんて。会社としてそれってどーなのよって話でしょ?!」 「あっ、ちょっと・・・!」 「えっ? ・・・あっ!」 グイッと腕を掴まれた女が慌てて後ろを振り返ると、給湯室前の廊下を今まさに横切っていく副社長その人の姿が目に入った。それは本当に一瞬の出来事で、女達が顔面蒼白になる頃には既にその姿は室内へと消えてしまっていた。 「・・・・・・・・・」 「ちょっ、大丈夫?!」 さっきまでの啖呵が嘘のように膝から崩れ落ちてしまった同僚に、もう1人の女もしゃがみ込んだ。彼女自身の顔も負けず劣らず血の気が失せている。 「・・・絶対聞こえたよね・・・」 「・・・・・・」 否定できないことが全てを物語っている。 再びの沈黙がますます2人を奈落の底へと突き落としていく。 『 不可侵の絶対王 』 社員の間で密かに囁かれている副社長像。 普段直接お目にかかれること自体なかなかない存在だが、仕事で関わったことのある一部社員や何かの折に偶然見かけたことのある社員が口にしたことがたちまち全体へと浸透していった。 他人にも厳しいが自分にも厳しい。 重大なミスでもおかそうものなら容赦なくクビが飛ぶ。 その緊張感が社内全体に浸透している証拠なのか、彼が日本支社へと戻ってきてからの業績は良くなっていく一方だった。 「どうしよう・・・明日になってクビ宣告されたら・・・」 「それどころかヘタすれば今日中になんて可能性だって・・・」 決してありえなくはない現実に、2人は両手をついたままガックリとその場に項垂れてしまった。 *** 「はぁ・・・」 「背中を丸めないでください。司様らしくありませんよ」 「は・・・はいっ!」 副社長室へと繋がる西田の執務室に入った瞬間、気が抜けてしまっていたところをしっかり指摘されて慌てて背筋を伸ばした。 いけないいけない。 「気にするな、と言う方が無理かもしれませんがお気になされませんよう」 「・・・・・・はい・・・」 力の無い返事に、西田がふぅっと小さく溜め息をついたのが背中越しにわかった。 だって・・・やっぱり気にするなって言う方が無理だよ。 同じ秘書課に勤めている彼女たちがあんな風に思うのは当然のことだ。逆の立場だったらあたしだって何が何だかわけがわからないし、上司への不満だって抱くかもしれない。 彼女たちが会いたがってる 「あたし」 こそが実は今目の前を通り過ぎただなんて ___ 自分でも信じられないことが他人に理解されるはずもなく。 「あの・・・あたしが何を言われようと平気なんですけど、道明寺に対する不信感が募っていくようなことになるのは会社としては大丈夫なんでしょうか・・・?」 「言いたい人間には言わせておけばいいのです。副社長としての評価がこの程度のことで崩れてしまうようであれば司様もそれまでのお人だったということですから」 「それまでって・・・」 そんな身も蓋もない。 「ですから心配には及ばないと言っているのです」 「・・・え?」 振り返ると、いつものキリッとした表情を崩さずに西田は淡々と言葉を続けた。 「こんなことで足元を掬われるような男ではないと断言します。私はできないことを口にするような人間ではありません。ですから牧野様は常に堂々としていてください。今のあなたに求めることはそれだけです。司様もあなたが落ち込むようなことは決して望んでおりませんから」 「西田さん・・・」 「さぁ、そろそろ出発の時間です。司様もお待ちですから参りましょう」 「あ・・・はい!」 その言葉にまた違った緊張感が走ると、続き部屋へと入っていった彼の後を早歩きで追いかけた。 *** 「う~~・・・」 震えるな、震えるな。 しっかりしろ、あたし! あたしは道明寺司、道明寺司。こんな状況は朝飯前の俺様男。 強引で自己中で傲慢な俺様が法律男。 「おいてめぇ、堂々と本人の前でケンカ売ってんのか」 「・・・へっ?」 真後ろから聞こえてきた 「自分」 の声に振り返ると、紺色の小綺麗なワンピースに身をつつんだ 「あたし」 がその格好に全くそぐわないすこぶる不機嫌そうな顔で睨み付けていた。 「え? ・・・っていうかもしかして・・・」 「強引で自己中で傲慢な法律男がどうしたって?」 「あ・・・はは、は? ど、どうしたんだろうねぇ? あはははは」 やっぱり・・・またしてもやらかしてしまったらしい。 器が変わろうとやってしまうことはどこまでいっても 「あたし」 そのもの。 「ったく。一言くらいいい男とか言えねーのかよ」 「っていうか自分でそれ言うの?」 「いい男なんだから言うに決まってんだろうが」 「あー、はいはい、そうでございましたね~」 「おい、適当に流すな」 しょーもないやりとりにほんの少しだけ肩の力が抜けた気がした。 きっと道明寺はそんなあたしのこともお見通しでわざとそう仕向けてるんだろう。 強引なくせに、こうして見せる押しつけがましくない優しさが心に染み入る。 「ほんとにバレないかな・・・」 目の前に迫ってきた大きな扉を前にまたしても弱気の木がむくむくと成長していく。 「お前さえ堂々としてりゃまずばれねーから安心しろ」 「ほんとに? あたしはむしろ道明寺の方が心配だよ!」 「あぁ? なんでだよ」 「だって、俺様の道明寺がいくらがさつなあたしだとはいえ女になりきるだなんて・・・。今までは閉鎖的な空間でしか過ごさなかったけど、こんな大人数がいる場所なんて・・・やっぱり不安だよ」 そう。この扉の向こうは何百人の人で溢れかえっているのだ。 とうとう仕事の上でどうしても欠席することが避けられなかったパーティへと出向くことになってしまった。いつかはこんな日が来るとは覚悟していたけれど、本音を言えばそうなる前に元に戻りたかったに決まってる。 自分がきちんと 「世界の道明寺」 を演じきれるのか、不安がないわけがない。 それでも、ふんぞり返るくらいに堂々としていればこいつを相手に無理難題をふっかけてくる相手などそうそういないだろうし、いざというときには西田さんに任せれば全てうまくフォローしてくれる。 その絶対的な安心感があった。 でも道明寺はそうじゃない。 明らかに場違いな 「牧野つくし」 としてこの場にいるのだ。 あたしの存在を公にしていないのだから 「あんた誰」 状態になるのは必至で。 さっきの秘書さん達のときもそうだったけど、あたしはどんな攻撃を受けようと我慢できるしそれ相応の耐性だって身についてる自信がある。 でも道明寺が 「あたし」 として周囲の冷たい目線にきちんと対応できるのか・・・ 無意識のうちに睨みでもきかせようものなら、そんな女を引き連れてる道明寺自身の評価に傷がついてしまいそうで・・・。西田さんは言わせておけばいいと言ったけど、状況が状況とはいえこんなことで僅かでもあいつの足枷になるようなことにはなりたくない。 ・・・だって、それほどにこの5年を頑張ってきたのをあたしは知ってるから。 「考え込むなっつってんだろうが」 「いたっ!」 ゴツッと背中を小突かれて思わず声が出る。 「なるようになるしなるようにしかなんねーんだから開き直れよ」 「いや、開き直りすぎてもだめでしょう」 「いいんだよ。とにかくお前は俺らしく堂々としてろ」 「それはわかってるけどあたしが心配してるのは道明寺なんだってば! 間違っても大股開きしたり相手にガン飛ばしたりしないでよ?」 「うるせーな、わーってるっつってんだろ! いい加減信用しろよ」 「今まで一度だって女性らしい素振りしてこなかったんだから無理に決まってるじゃん・・・」 「とにかく行くぞ。西田もすぐに来るっつってたんだから心配すんな」 「う、うん・・・」 「 司、牧野 」 意を決して扉に手を掛けたその時、後方から聞こえてきた声に2人して足が止まった。 振り返らなくてもわかる、この声の主は・・・ 「 類 」 「あたし」 の口から出たその名前に、ビー玉の瞳の王子様がふわりと微笑んだ。 その瞬間これまで経験したこともないような音でドクンと心臓が音をたてた。
更新する詐欺状態になってしまってすみません・・・m(__)m あの後も色々イロイロとありまして、なかなか書ける状態になっていませんでした。 少しずつ書いていけたらいいなと思ってますので、気が向いたら元気玉をお願いします(o^^o)
|
--管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2016/04/11 00:25 * [ 編集 ] | page top
--管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます ----
更新ありがとうございます 我が娘も昨日から熱をだしうなされています。 身体的にも精神的にも調子が悪くなる時期ですよね 無理しないように…マイペースで。 --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます |
|
| ホーム |
|